第35話「夜散歩3」


 魔法陣に魔力を込めてから目を開けた時、何故か目の前に五匹の狼がいたから倒したのだけれど、魔石のみがその場に残った。


 それがどういう事なのか、すぐに理解出来たのは今まで散々、皆んなと魔物を狩っていたからだろう。


 っと、その前に。


「ルーナ、終わったよ」


 小さな背中を軽くさすり、その間に私達が今いる場所を確認する。


 魔物が身体を残さずに魔石に変わったところから見て、迷宮なのは間違いない。


 にしては、コップやら椅子やらと生活感があるけど、誰か居たのかな?


 状況確認も込めて周囲を見渡していた。その時、微かに視界の端で蠢く何かを見つけた。


「あれは……スライム?」

「?」


 壁にもたれ掛かるそれは、青い身体に何処が目で何処が口なのかも分からないが、丸々とした小さな身体を揺らすそれは紛れもなくスライム……なんだけど、どうも身体は異様に小さいし、なんなら魔物にとっての命とも呼べる魔石が僅かに見えている。


 どう見ても瀕死か、重症だ。


 すると、スライムの状態を観察しようとしゃがみ込む私にルーナが顔を寄せた。


「ラウ。この子、助けて、って。言ってる」

「え? ルーナって、魔物と会話出来るの?」

「むふん♪」


 ルーナが胸を張り、自慢げな表情をしてるって事はそういう事なのだろう。


 闇精霊っていうことが何か関係してるのかな?


「ラウも、契約すれば、会話。出来る、よ? ……多分?」


 なんとも曖昧な言葉だが、ここで契約をして屋敷にこの子を持って行ったらそれこそ…………。


「どう考えても怒られる未来しか見えない……」

「どう、するの?」

「ん〜」


 私達に襲いかかってくる気配もないし、スライムを助けた所で大して変わらないでしょ。


 それに、契約したらルーナの友達になる可能性もあるし、少しは寂しくないように出来るかな。


「はぁー、しょうがないなぁ〜」

「ありがと、ラウ♪」

「それじゃあ、後でルーナを撫でさせてね?」

「や!」

「え〜」


 ルーナに拒否られてしまったので、私は渋々スライムに向けて手をかざすと、急な体内魔素の変化に身体が壊れないようにゆっくりと魔力を与えていった。


 一気に魔力を込めるとそれは対象の身体に強い負荷と拒否反応を増幅させてしまう事になるので休んでは込めてを繰り返す。


「え!?」

「真っ黒……ラウ……」

「あれ……ど、どうしてだろうね? でも、これでも可愛いよ?」

「でも、私達の仲間……真っ黒ばっかり」

「あぅ」


 スライムの特徴である青色の身体が徐々に黒く染まり、身体が元通りの大きさに戻る頃には全身真っ黒に染まっていた。


 それこそ、夜になったら保護色で何処にいるのかすら分からない程に。


 なんというか、元のスライムとは比べ物にならない程に凄い毒々しい見た目になってしまった……。


「そう言えば、あの子も黒く染まってたような?」


 漁業都市タリーに居たときに起こった当時の伯爵だったブスメーズ・サグリースとの戦闘で共に戦った一匹の狼。


 あの子も私の魔力を分け与えた事で体毛が黒く染まってたっけ。


 あれから何処かに走り去って行っちゃったんだけど。


「あの子、は良かった。モフモフは、正義」

「あはは、やっぱりあの時見てたんだ?」

「ん。やる事なかった、から」


 私の魔力を込めたからか、集中すれば感覚的に何処にいるかは大雑把だけど分かる。


 のだが、なんだか前感じた時より近いんだけど、もしかして魔法国に近付いてきてる……とか?


「んな、訳ないか」

「?」

「なんでもないよ。それじゃあ、スライム君! 質問です!」


 私の視線に気付いたのか、スライムは身体を嬉しそうにぷるぷると震わせた。


「行く場所はある? 帰る場所とか」


 けれど、言葉を理解していないのか、再度身体を震わせる。


「私達に、ついて行きたい、って」

「その前に、スライムに親がいるのかどうなのかは分からないけど、お父さんお母さんとかは?」

「スライムに親、居ないよ?」

「そうなの?」

「ん。強いて言えば、魔素が濃い所に生まれるから。魔素がお母さん?」


 …………。


「よーし、分かった!」

「ほんと?」

「ルーナ、お口チャック」

「ん! クゥも」

「にゃ————」

「こんな私達だけど、それでも良かったら一緒に来る?」


 私達と出会った縁と言うことで、誘ってみたのだが、返事は思っていたよりも早く。


 私が手を差し出すと嬉しそうにピョンピョン跳ねながら私の頭の上へと移動した。


 何で頭の上なのかと思ったが、居心地が良いのかぷるぷると震えている。


「それにしても。なんだか、どんどん増えていくんだけど……」


 最初は一人で迷宮探索をするつもりが、ルーナとクゥが付いてきて、その次はスライムが私達の仲間になって。


 この調子だと、第二のスライムや第三の狼が現れても仕方が無い様に感じてしまう。


「前途多難だ……」

「スライム……スラ、イム……じゃあ、スラ」

「? ……あっ。もしかして、それ名前?」

「駄目?」

「いや、ダメというか……」

「でも、喜んでる、よ?」

「え?」


 頭の上で何かもぞもぞと動くスライムをとっ捕まえては見てみると、手の中でぷるぷると震えていた。


 それが嬉しさから来るものなのか否定から来るものなのかは定かでは無いが、ルーナの言葉からして嬉しいのだろう。


「本当にスラで良いの?」


 再度聞いてみるが……どうやら、良いみたい。


「じゃあ、スラで! よろしく、スラ♪」

「よろしく、ね?」

「にゃぅん!」


 使い魔召喚時は学園がギルドの替わりとなって仲介してくれるけど、迷宮とかで出会った魔物との契約はギルドを通さないと出来ないから本格的なのはお預けだ。


 でも、帰ったら怒られるのは確定かなぁ……。


「あっ……、ラウ。魔石、あげてみて?」

「そういえば、魔物って魔石食べるんだっけ?」

「沢山食べれば、進化もするよ」

「進化! スラも進化するのかな? というより、スライムって何に進化するの? スライムバージョンツーとか?」

「何? それ? 私にも、スライムの進化先は、分からないの」

「もしかして、何か理由があるの?」

「そもそも、スライム。戦う前に、他の魔物に食べられちゃう」

「あ〜、凄い納得しちゃった……。じゃあ沢山食べさせてみてかな?」

「ん!」


 試しにと、私は亜空間内に入れてあった先程拾った狼達の魔石を取り出すとスラへ渡した。


 すると、スラはにゃるりと両脇から生えた腕の様なモノを使って魔石を掴むと突如として空いた小さな口に持っていき、もしゃもしゃと食べ始めた。


 なんか、子供が一生懸命ご飯を食べてるみたいで可愛い。


 そして、全てを食べ終えた時、身体が僅かに発光。


 思わず「おぉ!」とか声が漏れたが、その後は特に何もなく。


「あれ? スラ、進化……したの?」


 ぴょんぴょんと跳ねているって事は進化……した?って事なんだろうけど…………正直、何が変わってるのかサッパリ分からない。


 身体は相変わらず真っ黒だし、身体の形も変わっていない。


 ツンツンと触ってみても、進化前と変化は無さそうだし……?


「スラ、強くなった?」

「にゃ?」


 私に関わらずルーナにも分からない様で、首を傾げていると、スラが私の手のひらから飛び降り、地面に着くと突如として震え出した。


「え、スラ!?」


 直後には、私が倒して魔石になった筈の、先程の狼が目の前に現れており、あまりの出来事にポカンとしていると私の頬にモフモフの毛並みを擦り付けた。


「もしかして、食べた魔石の元の魔物になることが出来るって事……!?」


 倒した相手の力を吸収して、強くもなり、そして状況に応じてその姿すら変える事が出来るとしたら。


 それは魔物の生態系を変える事すら出来そうだ。


「まぁ、それが出来てないから現状なんだろうけど。でも、凄いよ、スラ! せっかくだし、迷宮探索ついでに魔物倒したらその魔石あげるね!」


 よしよしと毛並みをもふもふして堪能する。


「モフモフ!」


 ルーナがスラの毛並みに抱き着き、満喫している。どうやら、ルーナにとってもこの進化は良かったらしい。


 それに、この子が強くなれば強くなる程、どんな風に育つのか側で見てみたい気持ちが増えてくる。


「むぅ! ラウ」

「ん、分かってるよ」


 奥の通路からやってきたのだろう。


 鋭い爪で地面を掘り、柔らかくなった地面に獲物を引きづり込む事で相手を倒すねずみの魔物—————ドーベルが此方に敵意を向けていた。


 スラも新たに得た身体を自由に使いこなして体勢を低く。


「にひひ、良いね。本当に、これからが楽しみだよ♪」

「スラ、ファイト!」

「にゃー!」


 そして、互いの咆哮と共に長い夜の戦闘が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る