第34話「夜散歩2」


「暗い、ジメッとする、そして何より—————いつまで続くのさ! この階段っ!!」

「ラウ。うる、さい」

「いや、でもルーナもそう思わない!?」

「…………」

「そんな、そっぽ向いても駄目なんだよ? ルーナ? ほら、こっち向きなさい!」

「んぅ〜!」

「にゃーぁふ」


 ルーナといちゃつきつつ、もう既に何段降りたか分からない程に下ったのにも関わらず、いつまで経っても着かない終着点に若干の苛立ちを覚え始めた頃だった。


 数十段に一つという長い間隔に置かれた明かりを灯す魔導具の光が、先の方では強まっているのが確認出来た。


 ずっと代わり映えのしない光景から、目の前に現れた突然の変化。


 それは言い換えれば、この長い階段の終わりが近付いているということに違いない。


 そして、遂に目的の明かりが灯った場所に辿り着く。


 だが、そこにあったのは壁に数個取り付けられた魔導具と仄かに明かりを放つ、何か描かれた魔法陣のみでそれ以外は頭上の小屋と大差は無かった。


「ルーナ、この魔法陣何か分かったりする?」


 魔法陣には何か蛇がのたうった文字が円形状に描かれているが、私には内容はサッパリ分からない。


 だから、精霊のルーナなら私には知らない何かを知っているのではと思ったのだが、ルーナも心辺りが無い様で頭を傾げた。


「古代文字に、似てる……けど……んぅ?」


 古代文字とは遥か昔、魔族と神達、精霊、獣人の四種が世界を巻き込んで争っていた神魔大戦とも言われる時代に出来た文字だ。


 と言っても、その時の人類は力の無い種族だった為に四種から隠れて生きていたらしいが。


 また、その数百年後に起きた人間と魔族によって起きた聖魔対戦頃にもあったので、相当に古い。それこそ、何百年も生きる精霊やエルフですら分からない者も多い程に。


 それにしても、昔は弱小種族だったのにもかかわらず、今では一部の人間は獣人どころか魔族や精霊とまで、肩を並べる程に力を付けたのだから、凄いものだ。


 思わず感心に浸っていると、しゃがみ込んで魔法陣を眺めていたルーナが私の制服の裾を引っ張ったので、視線を向ける。


 すると、白く細い指である一文を指差した。


「ラウ。ここ、見て?」

「と言っても、私は読めないよ?」

「ん、知ってる。そうじゃなくて、ここ。『箱庭に通じる門』って、書いて、ある」

「箱庭? なんのこと?」

「知らない。でも、これ。使える、よ?」

「もしかして、この魔法陣って何処かに繋がってるの? それこそ、その箱庭って所に」

「そう、だと思う」


 箱庭とは。また何とも興味をそそる言葉だとこと。


 それに、今日は迷って辿り着いたから今度は此処に来れるという確証は無い。


 だったら、答えは決まったもの!


「ラウ?」

「よし! ルーナ!」

「?」

「行くよ!」

「え、ラ、ラウ!?」


 ルーナの焦りの声もそっちのけで、魔法陣に手を付くと一気に魔力を込めて魔法陣を発動させた。


 直後に目の前を眩い光が覆い尽くす。


 驚いたのか、ルーナがクゥごと私に強く抱きつく感覚を感じながら私達の視界は白色に包まれたのだった。



 ポヨポヨとうごめく生命体がいた。


 暗く、ごつごつとした四方を囲む岩肌の上を飛び跳ねながら動くそれは客観的には可愛らしいものだ。


 地面に着くたびに円形から楕円形へ変形し、そして再び宙へと舞い上がりながら前へと進む。


 何度も何度も。


 小さな歩みを止める事は一向にない。


「ったく、スライムなんぞで遊んで何が楽しいんだ?」

「おいおい、冷めた事言うなよ。コイツがどうやっても敵わない相手に必死に逃げ回ってるんだぜ? それだけで、おもしれぇだろ!? この世は結局の所、弱肉強食だって事を教えてあげてんのよ!」

「ははははははっ! おい、スライム擬き! もっと逃げ回れよ! 俺はお前には賭けてねぇが、楽しむ娯楽にならねぇとつまらねぇからなぁ!」

「誰か、この哀れなスライムに賭けてあげてくださーい! 賭けになりませーん!」


 直後に後方から響いた複数人の下卑た笑い声が洞窟内を木霊する。


 スライム。


 それは、最下級の魔物として知られ、魔物を主に狩る冒険者どころか冒険者ですら無い子供にも倒せてしまう、そんな小さき魔物。


 ある地域では独特の食感から食用として狩られ、またある時はスライムの粘性の身体を活用した染め物まで存在する。


 そして、スライムは周囲に生える雑草や家庭用のゴミ、空気中の霊素エーテル等を主食とする雑食。


 加えて、他者に積極的に襲い掛かる魔物でもなければ、動きの遅さと攻撃が体当たりくらいしか無いものだから危険が皆無とされている。


 言ってしまえば、そこらの草食動物よりも劣る程だ。


 だが、スライムと言えど、そこらに放っていれば作物から薬草まで食べてしまう害魔と化す。


 しかし、活用方法はあり、雑食を利用とした下水道の処理やゴミの処理などに重宝される益魔ともなり得る。


 用は使い方次第という事だが、迷宮に住み着いた魔物は単なる害なす魔物でしかなく、特にスライムの様な一際弱い魔物は度々暇潰しと称して人間の娯楽として使われる事もあった。


 現に今のように。


「ほらほら、逃げてばかりじゃ勝てませんよー、ってなぁ!!」


 男が振り下ろした長剣がスライム特有の青い身体を容易く切断し、一部が切り取られた。


 だが、切り取られた痛みで怒りを感じようにも、痛みを感じない身体がそれを否定する。


 それでどれだけ身体が削られようとも。


「おい、外してんじゃねぇよ。酔ってんのか?」

「お前、剣の振りが甘いんだよ」

「うっせぇぞ、外野!! こっからだろうが! なぁ、スライム!」


 感情もなく、ただ前へと進む。


 スライム自身にも、何故前に進んでいるのかは分からない。


 後ろにいる悪魔達の足元で複数転がる元スライムだった残骸に自分もなりたくないからなのか。


 それとも、男達の声から逃げたいからなのか、何も分からない。


 それでも、ただ前へと進んだ。


 その直後だった。


 目の前の地面が光を発し、複数の白服が現れたのは。


「ん? なんだこいつは? おい! お前ら、指示していた事はどうなってる!」

「は、はっ! 全て終わってます!」

「それで、こんなモノで遊んでたの、かっ!」


 呆然とするうちに、突如として迫った強靱な足先がスライムを蹴り上げた。


 悲鳴を出す事も出来ず、身体にめり込む足先と衝撃で地面を転がっていく。


 その度に身体の粘性のボディが削れ、中心の核――――魔石がひび割れる音が聞こえ、地べたに這いずる時には僅かに剥き出しになっていた。


 そうなれば、もう動く力すら残ってはいない。


 自分で遊んでいた男達は最早興味を失ったのか、白を着込んだ者達に向かって姿勢を正し、整列する。


「いいか。これから本格的に探索を開始するが、目的は忘れていないだろな?」

「勿論です!」

「……まぁ、良い。忘れていたなら、全員魔物共の餌にしてやるだけだからな」

「そ、そんなご冗談――――」

「冗談? 私が冗談が嫌いなのは、下っ端のお前達でも知っている筈だが?」


 ゴクリと唾を飲む音が空中に溶けると同時に「ふん。所詮、我らとは違う下民か」という小さな侮蔑の声が聞こえた。


 そして、白服達は萎縮する男達の横を横切ると奥へと進んでいった。


 下を向いていた男達も続く様にして駆け足で奥へと消える。


 残されたのは、飲みかけのコップや乱雑な食器や料理、同種の残骸魔石


 身体は元通りにはなっていない。


 加えて、剥き出しになった核も修復の見込みは未だ無い。


 魔物の核が粉々に壊れた時。又は魔物体内から魔石を取り出された時、それは死を意味する。


 だからこそ、飛び跳ねる事で前へ動く移動は出来ないし、戦闘なんてもってのほか。


 ただここで魔素の素となる空気中の霊素エーテルを吸収し、一刻も早く治療するしかない。


 のに、だ。


 現実は酷く残酷だ。


「グルル」


 男達が出て行った奥。


 自分達が来たように招かれざる客は訪れた。


 周囲を警戒する様に首を左右に振り、鼻をヒクつかせながら入ってきたそれは鋭い爪で地面を掻き、爪痕を残す。


 一匹が先頭に立ち、左右からもう数匹が現れ、周囲の警戒。


 最後に出てきた一匹が地面に落ちた魔石に鼻をヒクつかせると口元で噛み砕いた。


 刹那、魔石を噛み砕いた魔物――――灰狼の威圧感が増したように感じられた。


 そして、それは灰狼に世界の奇跡を与える。


 膨張する魔力量に僅かに巨大化する身体。


 筋肉が身体を支え、太い脚が地面に着けられた。


「GRAAAAAAAAAAA!!」


 より強靱な肉体となった灰狼は新たに灰銀狼と呼ばれる魔物へと進化を遂げていた。

 

 元々あった灰色の毛並みは光に当たる事でキラキラと輝き、より獲物を捕らえやすくなった太い脚で大地を踏みしめる。


 魔物の進化は滅多に見られる事は無い。


 見れただけでそれは幸福とも呼べるが、スライムにとっては死へのカウントが速まっただけに思えた。


 他の灰狼が魔石を貪り喰らう中、スライムが本能から逃げだそうと動いた事で「ジャリ」と身体と地面が擦れた嫌な音が周囲に響いた。


 咀嚼音が一瞬にして静まり返る中、灰銀狼と目が合った気がした。


 振り向かれる鋭い眼光と増大した魔力を伴った威圧感。


 剥き出しにされた鋭い牙と生臭い口臭が徐々に迫り来る中、スライムは自身の生を—————諦めた。

 

 その直後だった。


 先程とは比べ物にならない程の眩い光が周囲を明るく照らし、青が混じった白銀の髪がさらさらと宙を舞う。


 白く細い脚が地面に着くと、その美貌が露わになった。


 続いて真っ黒な少女が現れるが、顔は見えず、真っ白な少女に抱きついている。


「魔物? もしかして、崖の中なのかな?」

「ラウ……もう、いい? 怖いの、いない?」

「あぁー、ルーナ。もうちょっと待ってね」

「うん、待ってる」


 スライムに感情は無い。


 逃げる、食べる、攻撃するのだって本能から来る防衛本能でしかない。


 しかし、その防衛本能が反応しない。


 男達や白服の時はガンガンと警鐘を鳴らしていた。


 本能が逃げろと歩みを止まらせるなと音を鳴らしていた。


 だが、彼女の前ではただの静寂のみが支配している。


「三、四、五っと。さてと、ルーナが怖がってるからさっさと終わらせようか」


 いつの間に持っていたのだろう。


 白銀の槍を手に持ち、片手で振る。


 直後に走る、全身の細胞という細胞が泡立つ様な感じたことの無い魔力が一気に放出された刹那、カツンと甲高い音が洞窟内に響き渡った。


「GRAAAAAAA—————」


 血飛沫が舞う。


 ゆったりと流れる時間の中で、一瞬にして灰銀狼達が居た場所が剣山の様に幾十もの槍が地面から生え、彼等を突き刺したのだ。


 強靭な肉体も鋭い牙も地面を駆ける太い脚も何も関係ない。


 彼女の前では魔物が進化しようと単なる障害物でしかなかった。

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