第33話「夜散歩1」
日が暮れ、辺りが暗く静かな静寂に包まれた頃、私は眠い気持ちをグッと堪えながら瞼を開けた。
「はぁふ、はぁふはぁ~~……はぁふ」
やっぱり眠い。
目がしょぼしょぼして、布団の温もりと柔らかな毛布が恋しくなる。
特に朝になると、ベッドは私を眠りに誘う凶悪な魔物になるのはどうにかならないのかな?
右隣では「んんぅ……ラウ、さまぁ……」と私の代わりなのか、毛布を抱きしめて寝言を口走りながら眠るアミルがいて。
顔を左横に向けると、規則正しい呼吸を繰り返しながら私の腕を膨らみかけの胸元に当て、片方の手を恋人繋ぎにして眠るメイがいる。
そんな状態だからか、真横を向けばすぐに二人の美人な顔があった。
いつ見ても可愛らしくも凛々しい彼女達の無防備な寝顔に思わず笑みが漏れる。
それはそうと、なんで二人共下着姿なのかなっ!?
私としては大変、非常に良いけれども!!
チラチラと横目で見つつ、「そう言えば」と思い出す。
「そうだったぁ……、昨日はお風呂入った後、眠くなって寝ちゃったんだっけ」
最後の記憶がお風呂から出た辺りだし、大方メイかアミルに連れられて布団に入ったのだろう。
そう考えると、メイとアミルには苦労を掛けてばかりだ。
いつも私の事ばかり気に掛けさせてる事もそうだけど、元いた島から出てエルフというだけで奇異な目で見られる人間の世界に連れ出してしまったのだから。
でも、彼女達は文句も言わずにずっと私に付いて来てくれている。
「ありがとうね、二人共。大好きだよ♪」
それがこの上なく嬉しくて頑張ろうと思う気持ちになるのだ。
面と向かっては恥ずかしいから、ここで、ね。
きゃー! 顔が熱いよ!
パタパタと顔を手で扇ぎながら、他の事に集中しようと魔力を広げて周囲を確認してみれば、クアンとミリア、ビクトリア、リィナも自室で寝てるみたい。
ふと、壁に掛かった時計を見ると私達が遊び疲れて寝室に籠ってからそこまで時間は経っていないようで、まだまだ夜は明けそうになかった。
若干……いや、もの凄い名残惜しいが、「ここは迷宮の為!」とちょっとでも触れば崩れそうな決心を固めつつ、私はそっとメイの胸元から腕を引き抜き身体をゆっくり起こす。
その際、腕が僅かに触れたのかメイの艶めかしい声が漏れた。
僅かに溢れた「ひぅ!」という私の泣き声と固まった身体。
自慢では無いが、私は隠し事が大の苦手なので、寝起きだろうと挙動不審な私を見れば間違いなくバレるだろう。
そうすれば私のまだ見ぬ
痛いくらいにバクバクとなる鼓動を聞きながらジッとすること暫く。
再度、安定のある呼吸を確認してようやく安堵の溜息を吐いた。
「び、びっくりしたぁ……ば、バレてないよね? はぁ~~」
どうやら、二人とも深く眠りについているようで、起きそうには無いみたい。
けれど、それが分かっていてもいつ起きるのか気が気ではないのだ。
「今度はゆっくりと……起こさないように……」
今度は失敗しないようにと、出来るだけ気配を消し、時間を掛けつつ、全力で自室を抜け出す。
寝巻きから制服に素早く着替えて、扉を閉めた所で思わず深い溜息をつく。
まさか、自室の部屋を抜け出すだけでここまで疲れるとは思っても無かったよ……でも、後は屋敷を出るだけ!
皆は部屋で寝てるし、物音を立てなければ大丈夫でしょ。
そんな何処から来るのか分からない自信を頼りにゆっくりと廊下を抜け、階段を降りていく。
そして、やっと玄関へ到着したのだった。
「つ、ついたぁ……なんか、もう疲れた」
外へ出ると涼やかな風が頬を撫でていき、夜空が煌びやかに暗闇を彩る。
通常、林の奥に建物がある場合、月明かりが茂った木々に隠されあまり入ってこない。
けれど、私達が使う屋敷の周辺は木々との間が僅かに間があるためか、月明かりが地面まで届き、それは幻想的な光景となるのだ。
不思議と気分が高揚し、いざと言うところで「ラウ? どこか、行くの?」と小さな声が聞こえてきた。
思わずビクッと背筋が伸びたのは仕方の無い事で、けれど声からして一番悪い結果では無い事に内心安堵した。
そして、ゆっくりと声が聞こえてきた後ろを振り返ると、黒いロングスカートを着て首をちょこんと斜めに傾げるルーナがいた。
でも、なんで腕の中にクゥを抱えてるのかは謎だけど。
「ちょっと、散歩に行こうかなー? なんて? ルーナはどうしたの? クゥを抱えて」
「この子が、ラウの後をね、付けてた……から、捕まえたの。めっ! って」
すると、ルーナはまるで捕らえた獲物を見せる様にしてクゥを前へ突き出した。
その表情はどこか誇らしげで、非常に可愛い。
そして、そんなルーナによって宙ぶらりんになったクゥの諦めた様な何とも言えない表情につい笑ってしまった。
「? ルーナ達、可笑しい?」
「ううん。可愛いなぁ~って思ってね。あっ、そうだ。ルーナとクゥも来る? 夜のお散歩だよ?」
「でも……メイ達は、良いの?」
「うーん、よくは無いんだけど。今日だけ! だから、私達だけの内緒って事で、一緒にお散歩しない?」
ルーナは私がメイ達と出会った島で契約した精霊の女の子なんだけど、人見知りが激しい性格だからか、あまり人前に出たがらない。
普通は精霊だと一般人には見えないんだけど、彼女の場合、魔力が高すぎる所為で普通の人でも微かに見えてしまうのだ。
使い魔召喚の時なんて、シノと名付けた狐を召喚したら感情が昂りすぎて、他の生徒達にはっきりと姿を見られてるし。
ともかく、そんな事だから堂々と外を歩けるとなると夜か家の中と言うことになる。
すると、二人きりと言う言葉に惹かれたのか、はたまた夜の散歩に惹かれたのかクゥを抱き締めて「行く!」と満面の可愛い笑みを浮かべたのだった。
屋敷から学園へ続く木々が生い茂った暗い道を抜け、目的の迷宮へと向かって歩いていく。
勿論、迷宮までの道はレシャさん達に教えてもらったから大丈夫!
「だと思ってたんだけど、……あれ?」
「ねぇ、ラウ? ここ、どこ?」
「ん〜、ん? 何処だろ?」
おかしい。
確かに私は教えられた道をなぞって歩いていた筈……。
でも、着いたのは少し遠くに見える切り立った崖の下にポツンとある、なんだか古びた小屋。
周囲は木々で覆われているとはいえ、何でこんなところに?という疑問が頭をよぎった。
けれど、それよりも先に迷子を解決する方が先かもしれない。
「でも、確かにここをこう行ってー、あっち行って……あれ?」
「ラウ、偶にそういう時、ある」
「ま、迷子? いやいや、そんな馬鹿な」
ルーナとクゥのジト目が痛い!
「でも、ほら! 来た道を戻れば、元に帰れる訳だし!」
そう言って後ろを振り返るが、正直同じ道ばっかりでよく分からなくなってきた。
辺りは夜の暗闇で真っ暗だし、何なら明るい時よりも人も雑多な物音もしない。
どこか日常と離れた場所が別世界のような印象を与えていた。
その時だった。何処からか私達の他に何かとても小さな声が聞こえてきたのは。
ルーナと私で顔を見合わせ、声が聞こえてくる方向へ足を向ける。
「――――だ――――は、ど――――」
段々と大きくなってくる声に対して、私達が発する物音は自然と静かになっていく。
そうして、草木の隙間から隠れるようにして見てみると、何やら十数人の白フードを被った人達が小屋の前で集まっていた。
そして、見覚えのある模様が。
「あれって……」
「知ってる?」
「ううん。詳しくは知らない。でも、彼等が何者なのかは知ってる」
でも、見た限り目の前に小屋しかないし、彼等が何のために集まっているのかは分からない。
けれど、どうも目立つ白服を基調としている魔術執行会に属している人達の言動を見ているからか、怪しいと感じてしまう。
すると、彼等の中で少し背の高い一人が先頭に立つと何か言葉を発してから彼等を引き連れて小屋の中へ入っていく。
「どう、するの?」
「ん~、当初だとこんな予定じゃ無かったんだけどなぁ……でも、面白そうじゃない?」
「言うと思った」
「にしては、ルーナも嬉しそうだよ?」
「知らない」
ぷいっと頬を僅かに膨らませて顔を背けたルーナに笑みを向けらながらも、「それじゃあ、行こうか。でも、危険だったら、私の中に逃げるんだよ?」と忠告もしておく。
彼女達、精霊は普段は契約した術者の魔力内に存在している為、入ってしまえば他者から攻撃を受ける事も無い。
ルーナも精霊の中で特に高位な人型精霊だから、実力も高いんだけど、それでも心配しないわけではないからね。
「大丈夫、私達がいれば、最強。むっ!」
細い腕を曲げて力こぶを見せようとしているようだが、見えるのはすべすべの白い肌のみだった。
ともかく、彼等が入ってから少し待ち、小屋に入ってみると、私の直感は正しかったようだ。
「人、居ない?」
外からでは分からなかったが、中はそこまで広くなく、十数人居た全員がこの中に入っただけで疑問を感じてしまう程に狭い。
外見は至って普通の木造建築の小屋だったが、中に入ってみるとめぼしい物は一切無く、同様に人の姿も無かった。
「見た限り、外に出る扉は私達が入ってきた場所しか無い、か」
「消えた?」
「そう表現するのが一番的確なんだろうけど……」
小屋のあちこちを歩き回って物色していると、ある位置の足下で不自然な違和感を感じた。
私が首を傾げ、床を触っているとルーナとクゥが近寄ってくる。
「どう、したの?」
「ニャー」
「ん~、なんか違和感があるんだよね。ここだけ、なんか魔力が吸われるようなそんな感覚。でも、集中しなきゃ気付かない程に微量だし、気のせいなのかな?」
ペタペタと触る中で、最も強く吸われる感覚を覚えた所をグッと押してみた。
「へ? きゃあ!」
「ひゃぅっ!?」
すると、いきなり床が抜けた。
だが、底は思ったよりも深くなかったようで、手のひらを地面に付けた感触を得ながらもゆっくりと腕で起き上がる。
どうやら、床は単なる飾りでその下に階段があるようだった。
それにしても、困り顔でせっせと私の髪を撫でたり汚れた頬をハンカチで拭ったりしているルーナが可愛らしくて堪らなくなる。
「大丈夫? 怪我、無い? 回復する? それとも――――」
「ううん、大丈夫だから。でも、ありがと〜。ルーナ」
「ひぃぁ! ラ、ラウ!?」
ガバッと抱きついて、頭を何度か撫でまくる。
けれど、本当に大丈夫なのだ。
「それと、クゥもありがとうね」
「にゃうん♪」
何せ、私が落ちる一瞬、クゥが闇魔法でクッションを作ってくれたお陰で痛みも無かった。
それにしても。
目の前の深い暗闇に誘うかのように下に向かって伸びる階段の先に何があるのか。
「それは、行けば分かるかな」
そうして、私達は何も見えない暗き階段を一段一段と降りていったのだった。
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