第32話「会合」


 多くの息遣いと重苦しい沈黙が支配する大部屋で、私は溜息にも近い苦し紛れの言葉を遂に吐き出した。


「これは、本当の事なのですか? ……いえ、本当の事なのだから、私に連絡して来たのですよね」


 口に出して、改めて今置かれた状況がどれだけ差し迫った問題なのかハッキリと自覚する。だが、問題はそれだけに留まらない。


 ラウさん達と別れ、総務会の下部組織に在籍するメンバー達から寄せられた大量の報告書を捌きながら状況を把握していく。


 けれど、知れば知るほど状況は深刻であり、辺りに漂う空気も気が滅入る程に暗い。


 そして、全ての報告を聞き終えると同時に総務会の扉が開き、「やーやー、皆んな揃ってるかな?」と総務会会長ユリア・フォードロヴァナが姿を現す。


 そして、その後ろからターム・ルーファンスを筆頭に他学年の教師をしている教授達も姿を見せた。


 全員事態の深刻さについては知らされているようで、険しい顔のまま。


 各々が総務会が使う会議室の中心に配置された円形の机へ向かう中で、ユリアは私の隣へ座った。


「あれ? 我等が癒やし担当は何処に?」

「レシャは今、ラウさん達を屋敷に送り届けている所です」

「あー、そういえば今日迷宮に連れて行ったんだっけ? どうだった?」

「会長があの三人の元に私を送り込んだ理由が分かりました」

「というと?」

「まず、クアンさんですが炎属性の中では既に高等部レベルに達しています。流石はあの人の妹さんです。ミリアさんも学園――――いえ、魔法界の中でも極めて珍しい光属性と闇属性の適性がありますし、ビクトリアさんは錬金術と魔法を両立させた唯一無二の魔法師。リィナさんは現時点ではまだ彼女達に並びませんが、臨時教師のメイさん、アミルさんによって着々と力を付けています。実に良いことです」

「なるほどー。で? あの可愛い問題児ちゃんは?」

「……ハッキリ言って異常ですね」

「わぉ、アーキスが人を手放しで褒めるなんて珍しい」


 ユリアがケラケラと笑う中、私は周囲を気付かれないように見渡す。


 どうやらまだ集まっていない教授やあの二人もいるためか、生徒に資料を貰っては他の教授達と討論を繰り広げ出す。


 そんな中だからか、私達の会話を誰も聞いていない事を確認すると、「ラウさんですが、現時点のままでも教授と同格レベル。しかし、それはラウさんが本気を出していない時の評価です。そこから本気を出したとすれば、」と伝えると同時に、そこで私は言葉を再度切った。


 その先の言葉はあくまでも可能性の話であり、確定はしていない。けれど、私の本能に近い勘が間違いなくあの子は過去類を見ない生徒になる。


 不意に想像してしまった。


 総務会の会長という生徒達の頂点に座り、周囲をクアンさんやミリアさんを筆頭とした次世代の天才オリジン達を。


「っ!」


 想像の中だというのに真正面を向いていたラウさんが私に視線を向け、僅かに笑った気がして、思わず背筋をゾクリと嫌ではない感触が走った。


 そう、これはきっと高揚だ。


「ふふっ、面白そうでしょ? きっと彼女達なら、過去見た事ない総務会……いや、魔法学園全体を変える事が出来ると思ってるんだよ」


 これから卒業するまでに更に三年。彼女達がこれからどんな人生を歩み、誰と会うのかはまるで検討がつかない。


 けれど、側で見てみたいという好奇心とそれが叶わない事実が心の中に暗雲を作った。


 そんな複雑な感情を見せた気はしていないのだが、無駄に鋭い勘で感じ取ったユリアが私を見て笑い出したので、少しイラッとして「まぁ、確実に言えるのは、会長よりは強いですね」と子供みたいな嫌味を言ってしまったのは仕方のない事だ。


「んな事、分かってるわ! はぁーー、しっかし。まさか、あの冷血無比と恐れられてる茨姫にそんな事を言わせる生徒が現れるとはね。まぁ? 恐れられてるのなんて、自業自得だけどね! どんまい!」


 『茨姫』というのは、オリジンになってから自然と周囲が言い始め、いつしか私の異名となってしまった言葉だ。


 しかし、私個人で言えばその言葉はあまり好きではない。


 何かと横で煩いユリアに文句を言おうかとした時、先頭に立つ二人の女子生徒と付き従う様に後ろに控える生徒。そして、残っていた数人の教師が入ってくる。


 だが、二人の服装はまるで総務会の生徒と違う。


 一人は黒髪を後ろで束ね、巫女装飾にも似た和服を見事に着こなした美女に、もう一人は白服を肩に羽織り、さらしを胸に巻いた明らかにガラの悪そうな女子生徒。


「おいおい、なんだぁ? 急に呼び出されてなんだと思えば、どいつもこいつも、しけた面じゃねぇか」


 棘だらけの言葉を早々に放つと、荒々しく席に座ると同時に机の上に両足を置く。


 それだけで会議室で教師達に資料を配っていた他の生徒達に緊張が走っていく。


 けれど、そんな事をまるで気にしないのがユリアだ。


「あれ? おかしいな、私は君を呼び出したわけじゃないんだけどな? 何しに来たの、ティー」

「はっ! ユリア。テメェがアイツを呼び出しても応じる気はアイツにはねぇだろうよ。今回俺様が来たのだって、アイツからの指示だ」

「私は一向に構わないよ。私に従ってくれるならね?」

「そうやって笑いながら何考えてるか分からねぇやつなんか、信頼出来るかよ!」


 振り上げた脚を思いっきり机に叩き下ろした重い音で、またしても場の緊張感が跳ね上がる。


 笑みを浮かべるユリアと睨み付けるティーと呼ばれた女子生徒、ニーティ・ラフシア。


 二人が会うたびに衝突しているのは今に始まったことでは無いので、慣れている者はそれでいいが、此処に居るのは彼女達だけでは無い。


「ふふっ、今日も駄犬はうるさいこと。まるで躾がなってませんわね」

「それは、自分のことか? それとも、俺様の事を言ってんじゃねぇだろうな? ノース?」

「あらあら、そんな事も分からない愚物に成り下がったとは。頭が悪いならさっさとお辞めになれば良いのに」

「あぁ? てめぇ、殺されてぇようだな?」


 ニーティが彼女の性格を体現したような荒々しい魔力を解放すると同時に、ノースと呼ばれた女子生徒も薄い瞼を僅かに開けて氷柱の如き凍てつく魔力を放出する。


 まさに、一発触発の状況へと変わっていくが、課程はどうあれ戦闘になることはない。


「ラ、ラフシア様」

「……ノース様、気をお静め下さい」


 彼女達が座った席の後方。


 まるで従者に位置取った二人の生徒が彼女達に言葉を掛けた。


 視線の先にはユリアがいる。


『さっさと黙ってくれないかな?』


 会議室全体にまるでその言葉が聞こえる笑みを浮かべ、静寂という無言の圧を下す。


「ちっ」

「ふん」


 無論、これで静かにならない生徒はいない。


 何故なら、これを破ってユリアに牙を向いた生徒の結果を誰もが知っているからである。


「よーし、やっと静かになったね。うんうん、さてと」


 ユリアは生徒全体で見れば比較的背の小さい方である。


 その事から、中等部になって初めてオリジン一位となった時は馬鹿にされた事もある。


 だが、そこから幾度となく決闘を挑まれ無敗記録を更新し続けてきた彼女だからこそ、実際に彼女と関わって改めて思う。


「それじゃあ、我が魔法国に接近してきている百を超える大量の魔物の集団とその対処についての会議を始めようか」


 彼女ユリアは、歴代の総務会会長にも負けず劣らずの優秀な自慢の会長であると。


 彼女に言えば、調子に乗るので言いませんが。


「では、最初に私の方から報告致します。まずは此方を――――」



 リグラ魔法国北西領、ガルス砦。


 この場所は、『龍のねぐら』と呼ばれる渓谷から幾分か離れた場所とはいえ、ワイバーン迷い込む事もあるが、魔法国にとって重要な役割を持つ。


 竜種の中でも比較的弱い分類に入るとされるワイバーンだが、等級の高い冒険者でも苦戦する魔物の一つ。


 だからか、砦には鉄を射抜くバリスタや砲弾の雨を降らす巨砲等、堅牢けんろうな城壁を構えた。


 昔には帝国との衝突で戦火にも塗れた砦だが、今ではどんな魔物も寄せ付けない鉄壁の砦へと変わったのである。


 しかし、現在その場所はいつになく騒がしかった。


 普段は数名の兵士が見張りを勤め、魔法国に通じる一つの検問所として機能しているが、人々が通行する門は堅く閉ざされ、虫一匹通る事すら許さないと言わんばかりの緊張感が見て取れる。


 砦を管理する立場であるフィーリン大佐は兵士に指示を出しつつ、いち早く情報を得ようと奔放していた。


 何せ、突然始まったこの再来も何か原因があったに違いない。


 周辺地域の噂から事故まで全てをかき集め、同時にどう被害を最小限に抑えるか吟味する。


 そして、一つ分かったのは渓谷から少し離れた場所で魔物の大暴動が起き、帝国兵と魔物が交戦した事で瓦礫が崩れ、封鎖されている事。


 最終的に帝国兵によって鎮圧されたようだが、どうもきな臭い。


 それは部下も感じていたようで、不信感を露わにしつつも言葉に出さずにいる。


「大佐、迎撃準備は全て終わりました」

「住民の避難はどうなっている?」

「現在、六割ほど完了させています。それと、避難の際、馬車の車輪が破損し、避難に時間を要しています。第五班を現場に向かわせて解決に当たらせていますが、時間が掛かると思われます」

「そうか、ご苦労。その一件が終わったら別の現場に向かってもらうと伝えてくれ」

「はっ!」


 部下が敬礼を行い、部屋から退出する。


 それが、刻々と時間が過ぎ去っていく事に若干の焦りに似た緊張感を感じる。


 何もそれはこの砦にいる兵だけで対処出来ないという事に対する不安では無い。


 寧ろ、長らくこの国に勤めてから多くの兵を見てきた。


 その中で言えばここにいる兵達は実力、性格、精神力共に優れている。


 だからと言って、それを理由に捨て石にされて良い訳がない。


『応援の軍は出せないとはどういう事なのですか!』

『これは上層部の決定の元、下された決議である。反論は認めない』

『なっ!?』

『それに、其方達の兵は余程優秀なのだろう? だったら、他の軍など居らずともどうにでもなろう』

『それとこれとは話が別で—————』

『大佐。これは、決定された事なのだ。今更、駄々を捏ねた所で変わらない。我々も旅人を相手にしている程、暇ではないのでな。だが、そうだな。魔法学園の生徒ならば、時間が余り有る者が居るかも知れぬぞ?』


 その言葉を最後に通信が切れてから、難色を感じつつもすぐさま魔法学園へと連絡を取った。


 幸いにも魔法学園から援軍を寄越してもらえると決まったとはいえ、魔法学園の生徒の実力に疑いを持った訳ではない。


 実際、軍に所属する騎士や魔導師等の大半が魔法学園出身者である事も関係しているが、今呼ぼうとしているこの現場はこれから戦場となる場所。


 そんな場所に一学生を放り込むなんて正気の沙汰では無い。


「しかし、そうとは言ってられまいか。これで失敗などしたら未熟な生徒を起用した愚者だと言われるのだろうな」


 ガルス砦に魔物の大群が到着するのが、早くても三日後。遅くても四日は余裕がある。


 それまでに誰が魔法学園から訪れるのは分からない。


「しかし、出来れば強き者。かの有名なオリジンが来てくれる事を願うばかりか」


 希望的な観測をしつつも、そう願わなければいけない状況にうんざりする。


 机の上に散らばった数多の報告書を纏め、今も外で準備に励む兵達の元へ向かわんと席を立ち、扉を開けた。


 その先でもっとも信頼出来る部下の一人が立っていた事に僅かに笑みを浮かべ言う。


「では、行こうか。サボっている者が居たら、叱らねばならんからな」


 そんな私らしからぬ冗談めかした言葉に彼女は優しげな笑みを浮かべたのだった。

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