第26話「小さな狐」
長く
シンと静まった廊下は普段の生徒達の賑わいとは隔絶された何処か不思議な感覚を与えるものだ。
前方を歩くのは魔法学園に臨時教師として入ったアミル。
褐色の肌の上に学園の教師を表すローブを肩へとズラして着ており、外見からも規律に対する緩さというのが垣間見える。
学園の規律や生徒の模範になる教師がそのような体たらくと言ってくる教師もいるが、それこそ実力で黙らせたのが彼女である。
そんな彼女とその姉のメイ揃って生徒に魔法を教えるという考えは全く、これっぽっちも無い。
加えて、ラウやその友人であるクアンやミリアとは主人であるラウ程の好意を見せないにしても通常の会話は成立する。
しかし、何も知らない一般生徒が彼女達に話しかけようものなら冷たくあしらわれるか、軽蔑混じりの冷たい瞳で見られるだけである。
ラウに言わせれば、彼女達は普段からあんな感じで誰しもが通る道だと笑うのみだが、とはいえ、ラウの母親であるラキの指示により、問われたら渋々教える程度には改善された様子だが、それはラウの時と反応が違いすぎる事で一人の教師の悩みの種となってもいた。
そんな問題の多い姉妹を推薦したのは学園で十指の中に入る教授という立場のリンダ・カーメルである。
そして、アミル達がラウと主従関係にある事を知る数少ない人間の一人でもある。
リンダ本人にバレたのはアミルが口を滑らせたからという何ともな話だが、その実力は姉妹揃って新任教師よりも高く、戦闘面で言えば彼女達の前に立てるのはこの魔法学園の中で数えても片手で足りるだろう。
ただ、先程の欠点により臨時へと移されたのである。
その中には彼女達はラウが学園を去る時に同じように辞める事をリンダへと話し、リンダもそれを了承した事も関係していたりする。
そんな彼女の後方には下を向き、どこか覇気の無いリィナの姿があった。
「リィナ〜、そんなに精霊が欲しかったの?」
アミルが振り返り、後ろ向きに歩きながら会話を進める。
「私にはそんなに精霊が欲しい理由が分からないんだけどなぁ。姉々と私は精霊と契約なんてしてないし、ラウ様は心の底から精霊が欲しいわけじゃないみたいだし。そもそも生半可な精霊じゃ、居たところでラウ様の足枷にしかならないからアレだけどさぁ」
「ぇ?」
リィナが顔を上げ、アミルの顔を見るも本心から言っている様に見える。
「じゃ、じゃあなんで、ラウは今回の使い魔召喚に? あのクラスの中には元から使い魔と契約して辞退した人だって居たじゃないですかぁ」
「それはただ単にあの子の友達を増やそうとしただけじゃないかな~。それに、ラウ様が心の底から使い魔に頼る事なんてないだろうし」
「友達……?」
「ん? あれ、リィナってばこっちの人じゃない? それともまだ目覚めてないだけ?」
「こっち? 目覚める?」
アミルの言っていることが分からず首を傾げるリィナだが、そんな事お構いなしにアミルは何やら考え込む。
「ねぇ、リィナ。質問なんだけど、さっき使い魔召喚を行った時何が起きたか言葉で言ってみて?」
アミルは真っ直ぐにリィナへ視線を向け、リィナは先程あった事をゆっくりと言葉に出していった。
そして、全てを語り終え、アミルの方へ視線を向けると、そこには何やら難しい表情で考え込むアミルが「ん〜ん?」と変な唸り声を上げており、暫く経つと「まぁ、どうにかなるかな」と言葉を小さく呟く。
「あの〜、何が大丈夫なんでしょうかぁ……?」
さっきから訳の分からない事ばかりやっているせいか、アミルの考えが全く読めずに混乱するリィナ。
しかし、そんな事も「リィナって、もしかして昔何かと契約した?」の言葉で思考が止まった。
「臨時教師ってね〜、臨時だけど一応教師と同じ権限を持つんだよ。それで、その教師の権限の中に生徒の過去、つまりは経歴を知る事が出来るの。無論、私達はラウ様に何かあると非常に困るから渋々ながら全員の過去を見た訳」
そこで、アミルが何を言いたいのか薄々気付いていた。
「勿論、リィナの過去も知ってるよ〜。去年、この学園を受験して落ちてる事も。落ちた原因が魔法戦闘技能の試験での事だって事も。そして、生意気にもラウ様とビクトリアの戦いに水を差したあのミレイアとの関係の事もね〜」
「わ、私をラウちゃんから遠ざける為ですかぁ?」
「そんな事しても無駄だよー。ラウ様の邪魔なんてしたくも無いし。するメリットも無いじゃない? それこそ、ラウ様に嫌われたら死んじゃうし。ねぇ、リィナ? ラウ様の側に居るなら相応の力を付けてもらわないと私達が困るんだよ〜。分かるかなー?」
「つまりは、力の無い私がいる事でぇ、ラウちゃんに危険が及ぶのを危惧していると?」
「ん〜、自惚れに近いけど、まぁ、そんなとこかな? それでね、リィナ。あの四人に並びたい? 正確にはラウ様に並ぶ事なんて一生掛かっても無理だろうけど、それでも今いる場所よりは近付く事が出来るよ?」
リィナから数歩離れた場所にいるアミルの距離が近くも遠い自分とラウ達との距離を表している様に感じられた。
そして、確実にリィナがこのまま立ち止まればラウ達は先へと歩いて行ってしまう。
そうなれば、いつまで経っても自分は此処に留まり続けるのだろうと直感で理解出来た。
「無論、やりたくなければ無理強いはしないよ? ラウ様からはよろしくする様に頼まれてるけど、本人にその気が無いのにやらせても身に付かないだろうし〜。私もラウ様との時間が減る様な面倒なんて請け負いたく無いから、受けないで貰えると私的には嬉しいな〜」
これは挑発で言っているのか、それとも本心で言っているのかはアミル自身にしか分からない。
けれど、その言葉がリィナには効いたのだろう。
小さく。けれど、はっきりと「やります、やってみせますぅ!」と声を上げた。
「なら、焚き付ける役は止めにして、本題に入ろうか〜」
その時のアミルの顔はリィナが後に振り返ると、どこか不気味で、その時は言ったことを後悔するくらいには怖かった……とかなんとか。
*
黒い魔力がラウを中心に巳鏡の神殿内を全て埋め尽くし、教師に至っては、まさか新入生の魔力を結界で防ぐ事になるとは思ってみなかったのか、険しい表情で魔法を行使する。
ラウが魔力を解き放って、数瞬の間が過ぎ去った時、突如としてそれは現れた。
凛とした、けれどどこか危険な雰囲気を醸し出すそれは、両腕に抱き上げればスッポリと入ってしまうぐらいの小さな狐だった。
黒い靄の不透明さの中で紅い体毛を揺らす狐は雄叫びを上げると同時に放たれた荒々しい魔力がラウの魔力を押し返す。
そんな二つの濃い魔力に当てられ、生徒の数人が気を失う惨状へと移行するが、主要教師達は生徒達に構う事も出来ない。
それだけ、ラウと狐が撒き散らした魔力は膨大であり、それを防ぐ事に意識を向けざるを得なかった。
明らかにラウの呼び出した狐の召喚獣は臨戦態勢に入っており、放つ魔力には殺気すら込められている。
けれど、そんな殺気の中、
結界の維持に忙しい教師の代わりに警護へ当たったのはミリアやクアン、ビクトリア、メイの四人。
クアン、ビクトリアは万が一に備えて警戒態勢へと移り、メイは生徒の誘導。
生徒の中で唯一、ミリアだけが使える回復魔法で教師含め全体生徒の治癒へと当たる。
「ミリア! すまんが、そちらを頼めるか!?」
「はい、任せてください。先生方は結界の維持を継続してください。此方には攻撃は来ないと思いますが、念のためです」
「攻撃が来ない……? それはどういう、ッ!? ぬぅッツ!!」
直後、ラウと狐の魔力が互いに再度衝突したのだろう。
一瞬でも気を抜けば、吹き飛ばされそうな余波が結界を襲い、すぐさま意識を結界へ戻す。
ラウの張った結界はあくまでもこの巳鏡の神殿を壊さない様にと行ったものであり、生徒達を守る物では無い。
それは裏返せば、教師達の張る結界でも十分に持ち堪える事ができると確信してのものだが、それを言わない所がラウらしいのだろう。
けれど、それでも疑問は頭の中に残っている。
(何故じゃ? 何故、此奴らはここまで落ち着いて行動出来ておる。まるで、こうなると分かっていたかのように行動に無駄が無い……。それに、攻撃が来ないというのはどういうことじゃ?)
ルーファンスは自身の少ない魔力をフル活用してでも結界を維持しながら、考えを巡らせていく。
考えられるのは、それほどラウ・ベルクリーノの少女を信頼しての言葉か、それとも何か策を打ってあるのか。
もしくは、自身の魔力を用いて呼び出した使い魔を何もさせずに叩き伏せる程の差があるのか。
それが本当にそうなのだとしたら、
(今年の一位は末恐ろしいのが入ったのぅ。それに、どうも今年から色々と荒れそうじゃ)
内心恐々としながらも、口元には僅かばかりの笑みを浮かべる。
それは、これから四年間、彼女達が何をするのか、何を成すのか心の隅で楽しみにしているのだ。
「さて。お主ら! 儂らは結界に集中すれば良い! じゃから、決してこの結界を崩すでないぞ!!」
両隣にいる頼れる教師へ鼓舞混じりに叱責を行い、再度目の前の強者達へ視線を移した。
*
どうしたものかと考えていた。
目の前のモフモフの狐は私へと敵意を向けてはいるが、どちらかと言うとそれは人間に対してと言ってもいい。
大勢の人間に囲まれている事に危機感を感じたのか、チラチラと後方へ視線を移しては再度鋭く視線を此方に向ける。
中でも私が困っているのは、その視線の中に憎悪に似た黒い感情と怯えが混じっているのだ。
だからこそ、なまじ手を出すべきかどうか悩んでいるわけである。
「別に傷付けたくは無いんだけどなぁ〜」
それに、私達が戦ったら結界があるとはいえ、後ろの生徒達に被害が及ぶだろう。
「なら、こうするしかないかな」
私は膨大な魔力を放出するのを止めた。
私が出していた魔力の圧がスッと無くなり、代わりに狐の放つ魔力が巳鏡の神殿を覆い尽くす。
身体の毛並みそっくりの黒く紅い燃ゆる焔の如き魔力は容赦なく私を襲った。
後ろで私を呼ぶリンダ先生の声が聞こえるが、止めるつもりはない。
何に対してそこまで怒っているのかは正直分からない。
しかし、私の魔力に引かれてやってきたとなると、私自身に対してと言うことなのだろう。
かと言って、このモフモフ狐との接点は私には無く、あったとしても、うちのメイド達に何か関係があるのかな程度しか分からない。
でも、
「多分、うちの子達は関係無いだろうなぁ」
嵐の中で渦巻く暴風に晒されているみたいに風が強く吹き抜ける。
ジッと、何かを試すかの様に見つめる黄金の視線が私に何を期待しているのかは分からないが、私は不思議と穏やかな気持ちで荒れ狂う魔力の中を歩いて行く。
強い魔力だ。
それに、荒々しくも奥底は優しい炎。
「ラウ! 何をしているのですか!? 死にたいのですかッ!?」
「リンダ先生! 危ないから結界から身を乗り出さないでください!」
「離してください! 彼女は私の生徒です!」
なにやら、後ろで騒ぎが大きくなってきている気がする。
リンダ先生は魔法に夢中になる傾向がたまに傷だが、それでも生徒思いの良い先生なのだ。
さてと。
私は再度モフモフの狐へと視線を向けた。
本来ならもっと綺麗な筈の体毛は汚れ、モフモフ感は若干下がっているが、契約して毎日毛繕いしてあげたら本来のモフモフを取り戻すだろう。
これからの楽しみを一つ見つけると同時に行動方針も決まる。
私がやるのは別に彼女を傷付けるわけで、何か大事になることは無い。
それに。
先程から、ずっと眠っていたあの子がこのモフモフ狐に強く反応しているのだ。
だったら、私の答えも同じ。
牙を剥き出しにし、威嚇の体勢で構える目の前の小さな狐。
そんな、案の定警戒態勢に入った彼女の数歩前でしゃがみ込む。
「初めまして。私はラウっていうの。良かったら、私の――――私達の友達になってくれないかな?」
その直後だった。
私の目の前に一人の真っ黒なフリルを来た女の子が現れ、狐に抱きついたのは。
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