第27話「ルーナとシノ」


 突然目の前に現れ、抱きついた少女にモフモフ狐は混乱したようで、威嚇する事も忘れてポカンと黒髪の美少女を見つめていた。


 純白の白い肌に幼げながらも綺麗に整った顔立ちと保護欲をそそる小柄な身体。


 幼い身体の動きに合わせて黒いロングドレスがふわりと揺れる。


 そんな、ちょっとでも触れたら粉々に壊れてしまうのではないかと思う程の美しくも儚げな少女がいた。


 そして、少女を起点として新たな魔力が追加され、二つの魔力が混ざり合う。


 しかし、彼女の魔力は狐の怖じ気づくような魔力にすら劣るどころか勝る勢いで増加し、自然と流しているだけの魔力量だけでもそこらの教師を軽々と超える。


「久しぶり、だね」


 そして、突然現れた少女に呆然としているのは何も浮くような声色で柔らかな笑みを向けられたモフモフ狐だけでは無い。


「か、彼女は……精霊、なのか?」

「なんて濃い魔力ッ、空気が淀む程の魔力量の精霊なんてそういるものじゃない筈なのに……」

「えっ、何? なんか、私の精霊がおかしいんだけど?」

「お前もか? 俺のも、何かに怯えてるような」

「馬鹿な……ひ、人型精霊だと……!?」


 どうやら、魔力の大小無しに彼女の魔力量に気付いた人がいるらしい。


 それも、人型という事で更に注目が集まる。


 精霊には、霊型、物質・生物型、人型の三つに分けられ、人型へ向かうほどに魔力量や力が増していくとされている。


 けれど、人型精霊の特徴はそれだけに留まらず、上位精霊の中でもトップクラスの力を持ちながら、片手で数える程しか存在しないとされている人型精霊はそれぞれが属性を操る。


 そして、その中でも彼女は私とお揃いの闇属性を操る人型精霊なのである!


 むふ〜♪


 外見からはそうとは思えない程、心配そうにモフモフ狐を撫で回す少女と違い、生徒達は彼女の魔力に当てられ気分を害す人が多くいる。


 そんな事が多々ある為に、彼女は周囲の人を怖がって表に出ることなど滅多に無く、普段は私の中で眠ってばかりいるのだが、


「どう、した、の? 具合、悪い?」


 この子は、そんな事よりも子狐の方に意識が向いているようだ。


 少女の声に反応して意識が立ち直ったのか、彼女の腕の中から抜け出そうとするも、彼女の悲しむような声を聞いて抵抗を止めた。


 それと同時にモフモフ狐の魔力が霧散。


 すっかり大人しくなると、ぷっくりした鼻先を少女の首筋へ向かわせ、暫くすると嬉しそうな、逆に悲しそうな高い声を上げた。


「えへへっ、くすぐったい、よ。あっ。ラウ、ありが、とう。彼女を呼び出して、くれて」


 黒い長髪に足下まである黒いロングスカートを身に纏った少女は此方を向くと嬉しそうな、あどけない満面の笑みを浮かべた。


「ううん。それより、出てきて大丈夫だったの?」

「?」


 少女は私の横からひょいと顔を後ろに向けると「ひぅ!」と可愛らしい声を上げて狐諸共、私に正面から抱きつく事で身を隠そうとする。


 それがとても愛らしく、私より身長が低い事で、ちょうど良い高さにあった頭を撫でていると、「ラウさん、終わったのですか?」と恐る恐るという感じでリンダ先生が聞いてきた。


 どうやら、先生達も想定外の事が続いているからか、近づいて良いのか決めかねている様で、そんな様子の先生の中から、リンダ先生が代表して聞いてきたようだ。


「うん、終わったよ。あっ、嘘! まだ! まだ、契約してない!」

「それと、その子は……一体?」


 そういえば、彼女が表に出る事自体珍しいからミリアやクアンも知らないかもしれない。


 メイとアミルは彼女の事は一度だけ見たことがあって知ってはいるが、間近で見るのは今回が最初だろう。


 前なんて、遠く離れた木の後ろからの挨拶だったからなぁ。


「彼女はルーナ。私の最初の契約精霊だよ。ね、ルーナ?」


 そして、再度ルーナが顔を上げて後ろを確認しようとしたが、先程以上の視線が集まっているのを確認するや否や、耐えきれなかったのか「む、無理ィ!」と声をあげて、すぐさま私の魔力の中に戻ってしまった。


「あはは、ごめんね。あの子、怖がりなところあるから。っと、忘れちゃいけないよね」


 ルーナが戻ってしまった事で、モフモフ狐が空中に放り投げ出されたが、見れば軽やかに着地していた。


 床に左右五本――――計十本の尾を着けて座り、ジッと私を見つめる瞳は私をまだ警戒しているのだろう。


 あの様子だと二人の中には何か大切なモノがあって、そんなルーナが私と契約しているのだから、警戒や興味は当たり前か。


 まぁ、これからじっくりと仲良くなれば良いのだ。


 それに、私にとって初めての召喚獣となる子だからね。


 是非とも、沢山仲良くなってモフモフするのだ!


「改めて。私はラウ・ベルクリーノ。私が君を呼び出したんだと思うんだけど、どうかな? 私と契約ってのはアレだから……ルーナと同じで、友達になってくれないかな?」


 使い魔召喚で友達になってくれなんて言うのは珍しいのだろう。


 ジッと見つめる瞳に逆らわずに、そっと手を差し出した。


 最初は無反応。


 だが、暫くすると、興味が惹かれたのか、立ち上がって私の手を数回嗅ぐと、再び座り込んだ。


 近くで見ると、モフモフ感が凄くそっちばかりに目が行きそうになるのを必死で堪えつつ考える。


 さっきから見るに、この狐はどうも人間という種族に対して恨みを持っているように思う。


 ビクトリアの召喚した召喚獣の時もそうだが、基本召喚獣や精霊は相手の魔力が気に入ったり、相性が良い時に現れる。


 精霊の場合は好意的、召喚獣の場合は捕食者側として現れる事が多いが、恨みや負の感情を持って召喚主の前に現れる事は滅多にない。


 なのに、現れたこの子は負の感情剥き出しの状態。


 ルーナが現れた事で少しは収まったが、それでも私に向ける感情は対して変わっていない。


 寧ろ、私の魔力がルーナの魔力と似ているから興味を惹かれたのだろう。


 だから、それ以外に興味を示す事が出来ず、契約してくれなかったらどうしようかなと考えていたのだが、どうやら杞憂だったようだ。


「? ……!? 〜〜ッ!!」


 直後に魔力が消費される代わりに彼女との繋がりを線のように細くとも感じられる様になったからだ。


 それは細くとも、目の前のモフモフ狐が応えてくれたという事に違いない。


 それがこの上なく嬉しいと同時にこの子にぴったりの名前を付けなくちゃいけない事を思い出し、抱き着きたい感情を抑え込んで考えを巡らせる。


「ん~、ん~!」


 名前、名前かぁ。


 この子にぴったりな名前……。


「ん! ん~?」


 浮かんでは没にし、浮かんでは違和感を覚える。


 とはいえ、私は名前付けのセンスなど微塵もないのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが。


 と、その時ふとある会話を思い出す。


「ん? ッ! ねぇ! じゃあ、シノ! シノはどう? 和国で、東雲しののめって言う朝焼け色の現象から取った名前でね、その紅葉色の毛色にピッタリだと思うの! 和国に行ったら、一緒に見ようね?」


 和国からの使者だった八城椿――――やしろんに聞いた所によると、雨上がりの朝焼けはとても綺麗で、橙色と真っ赤が混ざり合った空を地域では東雲しののめと言うらしい。


 それに、目の前の狐の身体も今は若干汚れているが、洗ったら綺麗になることは間違いない。


 その時の色はきっとまだ見ぬ東雲よりも綺麗だと思うのだ。


「どう、かな?」


 気に入ってくれるだろうか。


 そんな不安げな気持ちを隠す様に顔色をうかがう。


 すると、特に何も言わずに魔法陣の中へ消えてしまった。


「あっ」


 てっきり、何かいけなかったのかなとも思ったが、見れば、私の手の甲に鮮やかな数枚の赤い紅葉が描かれた紋様が薄らと浮かび、数秒後には濃く刻まれた。


 それは、シノとの契約が完了したという証であり、少なくとも嫌では無かったようだ。


「〜〜ッ!」


 嬉しさのあまり、もう一度呼び出してモフモフしたい衝動に駆られるが、答えてくれなかったので断念しつつも、ツンツンしてるクアンみたいだと思えば、納得と同時に湧き上がった嬉しさがどんな感情よりも勝っていた。


 その結果、喜びすぎる私にクアン達が呆れ顔や微笑ましい顔になったのにも気付かない程だったとか。


 何はともあれ、こうして色々ハプニングもありながらも短くも長い使い魔召喚は一旦の終わりを告げたのだった。

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