第25話「黒い魔力」


「アミル、リィナの事頼める?」

「ん? 了解〜! お姉ちゃんに任せて♪」


 うつむくリィナがアミルに連れられ、保険室へと向かう通路へ消えて行く。


 おおよそだが、メイの言おうとした事を含めても彼女が召喚魔法を使えなかった理由は分かった。


 だが、これはあくまで予測でしかなく、正確性に欠けると言うところもある。


 それに、今回の件で言えば、こればかりは彼女達の問題だ。


 だが、最終的にリィナが解決しなくてはならない問題だとしても、手伝う事は出来る。


「ラウ、リィナをアミルさんに任せて良かったの?」

「大丈夫だよ。アミルは私やメイ以外には基本無関心だけど、それでも優しくて頼りになる子だから」

「私も大丈夫だと思うよ」

「んー……まぁ、二人がそう言うなら大丈夫なのでしょうけど」


 リィナが使い魔召喚に失敗し、ざわめきを残す中、一人の男子生徒が「平民がこの由緒正しき魔法学園に入学などするからこういう事が起こるんだ! この学園の伝統を我らのような気高き貴族では無い平民が穢す事などあってはならない!」と何か言い出した。


 見れば、彼の後ろには新任教師の男女の中で先頭に立っていた男性新任教師—————ベルズィン・ペトロフがおり、彼の周囲には白服の生徒達が集まっていた。


 無論、そこにはミレイアの姿もある。


 そして、周囲にいた白服の生徒達も同様に賛同する様に声を上げ始めた。


「貴方達、何を言っているの! この学園は平民や貴族の身分差は存在しないと入学時に説明した筈です! ベルズィン先生、貴方からも彼等を止めるように忠告してください!」

「ですがリンダ先生、現状をご覧下さい。殆どの貴族である上級国民の生徒達は下級精霊や上級精霊と契約したというのに。ましてや平民の生徒はどうです? 力も何も無い産まれたての下級精霊ばかりでは無いですか。これでは戦闘になっても、戦力どころか囮にすらなりませんよ」

「一体、彼等をなんだと思っているの! それにまだ産まれたての下級精霊だとしても、これから四年間学ぶ中で互いに成長して—————」

「成長! 成長と申しますか。では、このまま成長して、一体誰が平民の身分で国の重要職に着いてますか? ん? どうです?」


 クツクツと笑みを浮かべ、演説者の様に手を広げて喋る。


「とはいえ、私は何も就任当日に担任教師とは仲を悪くしたくないのです。あくまでも、そうなり得るという危機感を示しただけ。ご不快にさせたのなら謝りましょう」


 長い沈黙だった。


 鋭い視線でベルズィン先生を見るリンダ先生は静かに息を吐くと、


「…………次に生徒達の前で同じような事をした時は覚悟することです」

「お心遣い有難う御座います」


 彼を許したが、彼の視線が周囲を見渡し、私を見つけると優しげな笑みを浮かべた。


 けれど、それもミリアが間に入る事で遮られる。


「ラウ、これから使い魔召喚だけど体調はどう?」

「特に問題はないかな」

「本当に? ラウってば、毎回無茶するんだから」

「そ、そんな事ないよ!?」


 魔力もまだ余りある程にあるし、気分も悪くない。


 まだリィナの事で心配する気持ちはあるけれど、それでも通常となんら変わらない万全の体調と言えた。


 多分、ミリアはベルズィン先生から私を遠ざけようとしたのだろう。


 まぁ、差別的な発言をする生徒に混じって同じ様な事をしている教師に近付こうとは思わないが。


 それに直感だが、何かあの人からは嫌な感じがする。


 それはミリアも同じ様で、決してベルズィン先生の方を向こうともしなければ、私の視線を向かせる事もない。


 そうして、暫くミリアと会話を続けていると最後に私の名前が呼ばれた。


「ありがとうね、ミリア♪」

「ふふっ、何のことか分からないかな? それじゃあ頑張って、ラウ」


 二人で話していたクアンやビクトリアも私が呼ばれた事で会話を中断。


「気を付けて、なんてラウには縁遠いものかもしれないけど、お願いだから学園を更地にはしない様にして」

「ラウ! 貴方のことだから私をきっと驚かせてくれると信じてますわ!」

「ラウ様、御武運を」


 なんだか皆んな心配しすぎなのだ。


 特にクアンは私をなんだと思っているかと問い詰めたい!


 確かに、強い相手となれば戦いを楽しむ為に力を抑える事はあったり、色々見て回ってたら迷子になってた事はちょくちょくあるが、それでも今は立派なレディーだ。


 少しは信用して欲しい……無理かな?


 少し歩いてリンダ先生の元へ移動する。


「ラウ、貴女を最後にした理由は貴女が最も危ういからです。それは分かりますか?」


 そりゃあそうだろう。


 ミリアはクゥが使い魔召喚に現れたからともかく、クアンやビクトリアに至っては戦闘一歩手前までは行っていたのだ。


 クゥに至ってはモフモフに夢中で見てなかったが、少なくとも二人の召喚獣は上位精霊と同等かそれ以上の力を確実に持っている。


 ましてや私の魔力は闇属性に非常に効率が良いみたいだし、量も他の生徒に比べても愕然たる差がある。


 ビクトリアの召喚獣——————ウラヌスに魔力を使ったとしてもそれでも全体の一割にも遠く及ばない。


 そんな私が魔力を込めて魔法陣を使えばどうなるか分からないというのが正直な所なのだろう。


「じゃあ、取り敢えず私の方からも皆んなと魔法陣の間に結界を張っておくよ。と言っても、それに関してはミリアの方が得意分野なんだけどね。無いよりはマシでしょ」

「くれぐれも施設を壊さないようにお願いしますね? 第五教練場の様に封鎖する事になりかねませんから」

「あ、あははは……ごめんなさい!」

「それは良いのです。貴女の実力もあの時深く知れましたし、まだ余力がある事も分かりました。そして! 貴女の使う魔法がどれも貴女にとって最適化された魔法だというのが分かっただけでも私にとっては収穫のある戦闘でした」


 あー、なんか地雷踏んだかな……。


 延々と熱が入ったように喋るリンダ先生を苦笑いで眺めていると、「ちょいと失礼」とルーファンス先生が会話に入ってきた。


「ほれ、リンダ先生よ。お主の教え子を困らすで無いわ」

「はっ! す、すいません。熱が入り過ぎました」

「全く、お主は昔から変わらんな。さて、ラウよ。お主の事は資料でも友の話からも知っておる。何かあっても儂らが守ってやる。だから、ドーンと行けぃ」


 何故かルーファンス先生からは生徒と教師というよりは、お爺ちゃんと孫のような温かみを感じるのは何故なんだろう。


 それに、そこまで言われちゃ、こっちも久々に力を抑える必要はない。


「ふふん♪ なら、この場所を壊さない程度に少し私の本気を見せてあげる! それに、最初で最後かもしれないからね!」


 そう言って私が笑みを浮かべるとキョトンとしたルーファンス先生がニカッと最初とは印象がまるで違う好戦的な笑みを浮かべ、「カカカッ! お主の本気か! それは、実に楽しみじゃ! なら、生徒達を守る為にいざとなったら儂も胡座を掻いてる訳にはいかんなぁ!」と声を張り上げた。


 もしかしてと思うが、こっちが本来の彼なのではないのだろうか?


「ちょっと、本当に施設は壊さないで下さいね!?」と慌てるリンダ先生を他所に私は魔法陣の中心に立つ。


 やっとだ。


 私の中でずっと眠ってる精霊と仲良く出来る子が来てくれれば良いけど。


「それと、出来ればモフモフの子が良いなぁ」


 そんな事を思い、笑みを浮かべて私は体内の魔力を解き放った。



 深い竹林を抜け、険しい山道を抜けた場所にそれはあった。


 錆びれ、今にも崩壊しそうな古びた小さな神社。


 周囲の木々は薙ぎ倒され、地面は陥没だらけの場所にそれは佇んでいる。


 だが、精霊界にはそんな自然界の摂理はない。


 力ある者が周囲へ魔力を込めれば、それは摂理など無視して頑丈に清潔に保たれる。


 だが、その神社の鳥居は片方が歪んで斜めに傾き、神社を支える柱は腐っている。


 それはこの神社の主人が撒き散らす負の感情が篭った魔力によって、そうさせていた。


 そんな時、一陣の風が吹くと翠色の髪をした一人の女性が現れた。


「ちょっと、いつまでそこにいるつもり?」


 苛立っているのか、荒々しい口調で神社に言葉を投げ掛けるが、帰ってくるのは無音。


 だが、それはいつもの事なのか大して気にする素振りを見せずに神社へと足を進める。


 そして、引き戸の破れた障子を左右に勢い良く開けると、「やっぱりいた」と声を上げた。


 そこには、一つ。


 毛玉らしきモノが一段上がった祭壇の上に丸まっていた。


 中にはそれ以外のものはなく、その毛玉らしきモノの為に神社があるとも言える光景。


 見れば、それは自分の尻尾に顔を埋めるようにして眠っており、紅葉色の毛並みが見て取れる。


 だが、その毛並みは長年手入れしてないのかくすんだ色をしており、本来の色であればどれだけ美しいか分からない。


 尾の先には真っ白な毛並みが生え揃っており、毛玉の周りを浮遊する白い光がへにゃりと曲がった耳に当たるとパタパタと動く。


「はぁ、ちょっと聞いてる?」


 すると、毛玉——————小狐は身動きをせずに瞼を開けると女を見る。


 だが、その瞳は敵意に満ちており、下手な事をすればすぐさま襲い掛かって来るだろう予感が走る。


「ちょっと、私は何もしないってば。ただ、少しこれを見て欲しくてね」


 そう言って女は空間内に精霊界の投影をする。


 そこは、精霊樹と呼ばれる巨大な樹木が立つ場所であり、精霊界の中心。


 次には画面が切り替わり、真っ白な部屋には黒い魔力が溢れんばかりに放出されていた。


 それを押さえ込もうとしている精霊界の主人————— ミク・ニールセン・グロファミアの姿も見えるが、小狐の視線はどうも其方には向いていない。


 その光景を見せた直後、小狐のへにゃっていた耳がピンと伸び、僅かにまぶたを開く。


「この魔力、貴女の探していた女の子のとそっくりじゃない?」


 そう言ってから、一瞬だった。


 小狐はジッと情景を記憶するかのように見つめると、すぐさま立ち上がっては尾を逆立て、高い雄叫びを上げた。


 直後にはその場には何もなく、古い神社に女だけが残された。


 そして、女は疲れたように床へと座る。


「あぁ、怖かった。やっぱり、こういうのは慣れないなぁ」


 女の視線からは神社の入り口や崩れそうな鳥居が見えているのだろう。


 それにどんな感情を持っているのかは分からない。


「そろそろ、私もあの子の元に行けると良いなぁ。でも、あの子、抜けてるところあるからなぁ」


 吹き出すように小さく笑うと神社内に一陣の風が吹く。


 それは木の葉が舞うような小さな風だったが、その後には静寂だけが残る神社だけが残っていた。



 それはただひたすらに走っていた。


「止めろッ!! 必ずこの先には行かせるなッ!!」


 目の前を覆い尽くす数多の魔法陣が自分に向かっている。


 けれど、止まらない。


 あの人が、自分を呼んでいるッ!


 地面を強く蹴り上げ、あの人に貰った黒色の毛並みを風に揺らし、漆黒の稲妻を身体に纏う。


「クソッ! 撃てッ、撃てッッッッッ!!」


 視界が放たれた魔法で埋まり、地面へ着弾すると爆発と衝撃波を見境なく荒立たせる。


 荒い呼吸を繰り返し、灰色の視界を抜けて目の前の集団の中心を突っ切って行く。


「む、無傷ッ!? 馬鹿なッ!!」

「隊長! 右翼後方より『ワイバーン』の群れを確認しましたッ! 渓谷より来たと思われますッ!!」

「続いて、左前方の森林からも『刻火の黒豹』の姿を確認ッ!!」

「ッ、クソッ! ここは化け物しか居ない魔境かッ!!」

「ご決断を!!」


 人が宙を舞い、視界の端へ消えて行く。


 残るのは数多の人の混乱と叫び声、悲鳴、怒号。


 だが、そんな事はどうでも良い。


「—————だ。撤退だッ!! 今すぐに後方に撤退するッ!!」


 空に赤い光の弾が数発弾けると、悲鳴を上げ、人間達がワラワラと一斉に逃げ出した。


 刹那、竜の中でも一番数の多いワイバーンの群れが人間達の中へと突っ込み、空へと連れ去っては食らい、みるみる人間の数が減っていく。


 しかし、自分の進行方向にいるモノは全てが自分の敵。


「た、隊長ッ!! 大変ですッ!! 『黒雷の悪魔』が進行方向を此方に変えました!」

「んな事は分かって——————な、なんだ? 空が……」

「そんな……、さっきまで晴天だった筈じゃ……ッ!! た、隊長……隊長ッ!!」

「なんだ!? 騒々しい!」

「アレを、アレを見てくださいッ!!」


 走る脚を止め、体内で暴れ回る魔力を口に凝縮し、溜める。


 空には曇天、更には幾つもの落雷が発生し始め、殴りつける様な雨も降り始めた。


 そうなると、光源は落雷の光と—————


「ば、馬鹿な……」

「隊長! ど、どうすればッ!!」

「いやダァッ!! 死にたくないッ!!」

「早く逃げろッ! 早くッ!!」

「あぁ、神よ。我等を救い給え! 神よ!」


 口元に集まった黒雷を一瞬の静寂の直後に、一気に放出する。


 それは地面を破壊し、人、ワイバーン関係無く死へと導く黒い巨砲。


 天高くそびえる山すら抉り取り、爆発によって暴風によって宙へと放り投げ出されては地面へ叩き付けられる。


 万が一、逃げ出せたとしても威力の増した落雷に撃たれる者、戦意を喪失しガタガタとうずくまる者、深く暗い森の闇に消えていく者。


 その中でゆっくりと地面を闊歩かっぽする。


 その場所は荒々しい雨の音が降り続き、天には雷雲、轟音立ち込める。


 その中で数百にも及ぶ死が黒狼の周囲を満たしており、銀色の美しい瞳が辺りを闇の中、妖しく睥睨へいげいしていたのだった。

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