第24話「大丈夫」
人には誰だって秘密があるのだと思います。
反応が怖くて、咄嗟に隠してしまったもの。
伝えようとして、言い出せなかったもの。
人の目に耐えられずに、自分の内に仕舞い込んでしまったもの。
全てが自分や他者を片付けたくなくて吐いた嘘であったとしても、それは何気ない日常で負った怪我の数倍も痛いのです。
いつまでもジクジクと胸を刺すこの痛みは罪悪感や後悔が主。
それは解決策を自身で見つけ、実行しない限り癒える事はありません。
無視しようとしても、それは意識して目を背けた瞬間に自分の胸の中で巣くってしまう。
手っ取り早いのは忘れてしまう事ですが、事実はいつまでも自分を追いかけるもの。
その度に、思い出し、治らない傷に苛まれるのです。
ですが、この痛みの原因は誰だって知っています。
そう。
誰だって。
私だって。
*
『――――るさないわッ!! 絶対に許さないんだから、リィナァアアアアアッツ!!』
*
「――――ナ? リィナ? 大丈夫?」
「ぇ? あっ、大丈夫ですよぉ」
何やら、先程からリィナの様子がおかしい。
今もリィナの視線はビクトリアというよりもその下———————召喚術式が織り込まれた魔法陣へと向いている。
最初の違和感は『使い魔召喚』という言葉を聞いた直後。
リィナはどこか顔に影を差す様に俯いていた。
今はビクトリアが残された魔力をほぼ全部使って金色の竜を契約に持ち込みんだ結果、「貴女の名前は昔から決めていますの。ウラヌス! 共に頂点を取りますわよ!」と契約を果たしたところだ。
案の定、魔力を大量に使った事で顔色悪くしてはいるが、それよりも喜びの方が勝っているようで、満面の笑みを浮かべている。
その後、他の生徒達へと移る中、どうもリィナは『使い魔召喚』に異常に意識が向いているように見えた。
てっきり、その時は初めての使い魔召喚だろうし緊張しているのかな?とも思ったのだが、これは緊張ではなくどこか何かに恐れているような。
「ん〜。どうしたものかなぁ……」
「どうしたの? ラウ様? あの緑の子が気になるの?」
「緑……? リィナは桃色の髪の子だよ?」
「桃色? んん?」
「? リィナの事、二人には何か別に見えてるの?」
メイとアミルは同じエルフ。
まぁ、アミルはダークエルフというまた別の種族ではあるけれど、基本は同じエルフに違いない。
そんなエルフは森の精と呼ばれる程に自然を愛すると共に精霊の加護を得る。
そうする事で、彼女達は通常は目に見える事は無い精霊というものを自然と感知、干渉する能力を得るのだが、そんな二人にリィナを見て貰えば何か分かるかも?といった私の予測は当たりでもあり、外れでもあった。
「とは言っても、私達も分からないんだよねぇ」
「ラウ様、私達には彼女を見ても緑色の光が彼女の全身を覆い尽くす様にぼんやりと見えるだけなのです」
「えっ? じゃあ、リィナの顔とかも分からない感じなの?」
「はい。写真ではその光は無いので顔自体は知っていますが。そうですね……、ラウ様。少し失礼しますね」
メイはそう言うと私の目の辺りに両手を置き、所謂目隠しの状態に持っていく。
そして、メイから供給された魔力を感じる事、数秒。
「効果は十数秒程ですが、私達が見ている光景をラウ様自身も見れるようにしましたので、ご確認ください」
そうして、目を開けた視界にはあまりに幻想的な風景が広がっていた。
私達は目に魔力を通わす事で魔素や空中に溶け切る前の個人の魔力を見る事が出来る。
間違えば死一直線とはいえ、あくまでも、これは誰でもやろうと思えば出来る事なのだが、その時に見えているのは魔力の残滓とも呼べる物に近い。
でも、今見ているのは魔法陣を中心として色とりどりの光が周囲を好き勝手に弧を描く様に魔法陣の周辺を浮遊しているのだ。
それは、赤や青に始まり、黄に茶、緑と基礎五属性の特徴と酷似している。
「おぉ!」
「今ご覧になられているのは、各属性を持つ幼い精霊達です。大方、召喚魔法陣を使用した事で引き寄せられたのでしょう。通常は、見える事はありませんが、エルフは生まれた時から精霊の加護が存在しますので、こうして他者にも加護の延長をする事が出来るのです。そして、問題のリィナという女子生徒ですが、ご覧になられましたか?」
確かに、リィナを見ると緑色の霧の様なモノが彼女を覆っており、アミルが言った『緑の子』という言葉は何の偽りも無かったのだろう。
「でも、あれってどういうこと? 緑色……風属性の精霊達がリィナに集まっているって事? あ、切れちゃった」
「ん~、どうなんだろ~? それだけ精霊に愛される体質なのかな~? でもさー、エルフじゃない人間がそんな事あるの? 凄い珍しくない? 精霊と契約している雰囲気もしないし、どうなってるの?」
「本当にある一定の属性の精霊に好かれる体質という線もありますが、もしくは――――」
メイが肝心な所を言い終わる前に、「次、リィナ!」とお呼びが掛かった。
見れば、まだ残っている生徒はいるものの、順調にクラスの生徒達は召喚魔法を成功させ、使い魔と契約していった。
形態は様々で、ゴーレムもいれば雷を身体に纏う
そのどれもが精霊。
中でも、一際目を引いたのは、ミレイアが契約した水精霊のウィンディーネという水を司る上位精霊の一体。
しかも、上位精霊は数自体が少なく、希少である為、かなり強力な相棒を手に入れたと言う訳だ。
現に今も、彼女の周りは彼女を褒め称える声で溢れている。
「リィナ、大丈夫? 行けそう?」
「だ、大丈夫ですよぉ。それじゃあ、行ってきますね」
どうも心配だ。
何か、嫌な予感がビシビシとする。
「ちょっと、リィナってば大丈夫なの?」
「なんだか、凄い顔色悪かったよ?」
「もう大丈夫ですわ、ミリア。彼女、何か悪いモノでも食べましたの?」
魔力を使ってふらふらになったビクトリアを連れてミリアとクアンが戻ってくると、すれ違い様に見たリィナの様子を教えてくれるが、やっぱり彼女達から見てもかなりマズそうである。
「とはいえ、私が言って止まる子じゃないからなぁ」
「先程から聞いていれば、大丈夫の一点張りでしたわね」
「彼女の性格からして断れないのかもしれないけど」
「何事もなく、終わってくれれば良いね……」
そして、私達の心配をよそに、遂にリィナの使い魔召喚が始まった。
*
大丈夫。大丈夫。私は出来る子なんです。
何度……何度、この呪い染みた言葉を繰り返さなくてはいけないのだろう。
一歩一歩と進む度に私が一人になっていくようで、酷く怖くなる。
ラウちゃんには沢山心配を掛けてまで、私はこの言葉を止める事が出来ずにいる。
その時、何か喋る声が聞こえた後、クスクスと笑う声が嫌に耳に響いた。
僅かに視線を向け、見てみればそこにはミレイアさんが中心にいて私の事を
でも、私は彼女に何かを言うことは出来ない。
そんな事をしてしまえば、私は私の責任を放棄してしまう事になるから。
すぐさま顔を下に向ける。
怖い。
もう一度、顔を向ければ今度こそ自分の何かが壊れてしまうような気がして。
怖い。
思えば、私は良き友人に囲まれすぎている。
ラウちゃんにクアンさん、ミリアさん、ビクトリアさん。
最初は彼女達を自分の盾にしようと近付いた。
去年知り合ったリンダ先生に呼ばれて、試験内容の変更をラウちゃん達に伝えに行ったのは何も完全に善意からではない。
でも、そんな感情で近づいた私を彼女達は明るく迎え入れて友人とまで言ってくれた。
だからこそ、私は彼女達に引け目を感じてしまう。
本来の予定では、私は彼女達に取り入り、ミレイアさん達から守ってもらおうと思っていた。
けれど、それはすぐに止めた。
あの子達は私にとって眩しい程に良い子達だったから。
きっと今も泣き虫なのに強がって、情けない姿を見せてしまった私を何処までも優しい友人達は心配してくれている。
大丈夫ですぅ。
きっと!
きっと……、私は出来る子ですからぁ。
薄っすらと涙目の歪んだ視界の先に紫色の魔法陣が見える。
そして、その周囲を飛び交うあの子の小さな友人達も。
最初、この光景を見たとき、私は
けれど、今では違う。
私が本気で求めれば、あの子は答えてくれる。
大丈夫、大丈……夫……怖い。
「リィナ、顔色が悪いですが……行いますか?」
「大丈夫、ですぅ」
何故、皆の視線を感じながら前に立つのはこんなに恐ろしいのかな?
失敗するかもしれないから?
私のちっぽけなプライドから?
ゆっくりと魔法陣の中心へ向かい、目を閉じる。
いや、違う。
暗闇の中で思うは友人達の事、涙目で私を送り出してくれたお母さんとお父さん。
私が本当に怖いのは――――。
『ねぇ、リィナはなんで私と友達になろうと思ったの?』
『そんなの決まってるよ。それはねぇ、————しい———ら、だよぉ』
『そんな事で? あはははは、可笑しい』
『そんなに笑う事ないじゃんかぁ。なら、――――は、なんで私と一緒に居てくれるの?』
『それはね……。ううん、これはいつかまた時間が経った時に教えてあげる。リィナ、約束』
『約束?』
『きっと、将来リィナは困難に当たる。そんな時は私を呼んで? 私が助けてあげる』
『じゃあ、その時は――――を呼ぶね?』
『うん! それと、今度出会った時は私の本当の名前を呼んで。約束よ。リィナだけに教えるんだから。呼んで。私の真名は——————』
あれ……、あの時あの子は何て……。
「リィナさん!! しっかりしなさい!!」
気付いた時には、私は魔法陣の上で倒れていた。
リンダ先生が横で心配そうに私を見下ろしている。
「どう、して……」
「貴女は魔力を込めた直後、何かに弾かれるように倒れ込んだのです」
そんな筈は無い!
だったら、
「私の使い魔は……?」
すると、リンダ先生は顔を悲しそうに歪ませながら左右に振った。
「残念ながら、今回は見送りましょう。何が原因で弾かれたのかが分からない以上、続ける事は出来ません」
ゆっくりと魔法陣の方に視線を向けると今までいたあの子達も既に居ない。
そして、私は理解した。
あぁ、私、失敗しちゃったんだ。
「……分かりました」
リンダ先生の心配の声は何よりも私を惨めにさせて、何事かと私を見る周囲の視線から今すぐに逃げ出したかった。
そんな中、私は自然とラウちゃん達の方を向いていた。
それは自分でも分からない。
今すぐに逃げ出したいのに、彼女達の反応が無性に気になったのだ。
失望しただろうか?
皆んなが私では全く及ばない使い魔と契約する中、ただ一人使い魔と契約するどころか召喚する事も出来ないなんて。
失望して当然かな。
だって、これで私は友人達と明確な差が出来てしまったのだから。
そして、私の視線は大勢の生徒達の中からラウちゃんの表情を映した。
けれど、そこに馬鹿にする表情や失望の感情なんて何処にも無くて。
心配する表情だけが私に向かっていた。
それが、とても悲しくて。嬉しくて。悔しくて。
自然と涙が溢れたのだった。
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