第23話「使い魔召喚2」


 次はミリアの番だ。


 私は最後なので、やる事と言えば万が一の防衛という事だけだが、言ってしまえば今はクアンやミリア、ビクトリアという優秀な友人達なので、私が介入しなくても解決出来るだろう。


 とはいえ、それでやらないという話にはならないのだが。


「ミリア、前へ」


 ミリアもクアン同様、入学試験で張り合うように魔力を放出した為か、ミリアの事を知っている生徒も多く、加えて私と仲が良いという事で何かと生徒の視線が集中する。


 だが、流石はミリアと言えばいいのか。


 視線などまるで無いと言わんばかりに魔法陣の前へと着くと、ゆっくりと目を閉じた。


 そして、それは偶然にも十梁とばりさんと同じように天に祈るような姿勢へと移る。


 天窓からの柔らかな光がミリアに当たる事で本当に神から祝福を受けた聖女に見えたのだろう。


 息を自然と漏らす様な、感嘆混じりの声が生徒含め教師からも上がる。


「ラウ、彼女は何なんですの? クアンのような燃えるような熱があるわけでも、ラウのように底知れない深い力を持っているわけでもないのでしょう? でも、何故か彼女から目を逸らせない……私も初めての経験ですわ」

「まぁ? ミリアは私の最初のともだちだからね! ふふん♪」

「はいはい。久しぶりにミリアを褒めてくれる人が現れたからって興奮して質問を無視しないの。大方、あの決闘前ぐらいにビクトリアはラウの実家の事は当然調べたんでしょ?」

「うっ……失礼とは思いましたが調べさせてもらいましたわ。けれど、結果は徹底的に情報規制されている上に分かったのは誰もが知り得るような情報だけ。内容としては粗末なモノですわ。ミリアは貴女達にとって何なのです?」

「友達! 親友? んん〜……、やっぱり、私、というより私達の大切な人がしっくり来るかな!」

「ラウはこう言ってるけど、私にとってはなくてはならない要素って感じかしら? 直接的な例だと、人にとっての影みたいな?」

「影……? 光では無いのですか?」

「確かに、今のミリアを見ればそうなるわよね。でも、昔からミリアは私達の側に自然といて見守ってくれる。そんな子だったから」

「思い入れがあるのですね。ラウと親しげな様子ですが、貴女達もそうなんですの?」

「私達にとって、ミリアは同格であり、ライバルです。それ以上でも以下でも無いですね」

「だね〜。それこそ、ミリアが掛け合ってくれないと私達は〜、ってこれ言っちゃ駄目なんだっけ!?」

「ますます分かりませんわ……」


 ビクトリアが整った顔を困ったように歪ませた。


「でも、さっきからラウと仲が良いとは思ってましたが、貴女達が知り合いという事が知れただけでも収穫としましょう」


 その間にも、ミリアの魔力は上昇の一途を辿る。


 天窓から差し込んだ均一な光によって仄かに照らされていた教会内はミリアが込めた魔力によって照らされ、まばゆく照らすもう一つの光源がある状態まで増大していく。


 けれど、途中でそんな光を飲み込む程の真っ黒な闇が突如として現れ、光を次々と侵食していき、神々しい光と漆黒の深い闇が混ざり合う。


 どうやら、召喚魔法というのは人によってその工程も違うようで、前二人の時もそうだったが、ミリアの場合は闇と光が丁度混じり合うようにして形成されていた。


 私の記憶ではミリアは光魔法を得意とする筈なんだけど、あの闇の魔力は身に覚えがない。私の魔力って感じもしないしなぁ……。

 

 そんな時、ぬらりと揺らめく一つの小さな影。


「えっ!?」


 真っ先に声を出したのは不覚にも私達だったと思う。


 それだけ驚いたのは、何もクアンが契約した獅子型の召喚獣とは違かったからでは無い。


「クゥ!? なんでいるの!?」


 それは、魔法陣の光と闇の中から出て来たのが私達にとって、とても見覚えのある白猫—————クゥだったからだ。


 光の中から現れたクゥは、尾骶骨びていこつから尻尾の先にかけて二股に分かれた尻尾をゆらゆらと揺らし、ミリアの真横にお尻を着けると「にゃうん♪」と私の驚きを他所に可愛い声を鳴らした。


 まぁ、そんな行動をされれば、可愛いもの好きな私達は「何でここにいるの、クゥ! 寂しかったのかな? というより、やっぱりクゥは可愛いなぁ!」とこれまでの事など忘れたように可愛がる訳で。


 クアンと私に揉みくちゃにされ、ミリアの元に戻ってしまった所で私達のクゥ、モフモフタイムは終了した。


「ラウ・ベルクリーノ、何か問題が起こったのですか?」

「はっ! な、なんでもないです! 可愛い子が出てきたので撫で回してただけです!」

「ほっほっほっ! 確かに、見たところ危険性もなさそうですし、大丈夫でしょうな。儂も目の前に甘い物が出れば、ああなりますわい。心配は無かろうて。実に見事じゃったぞ、ミリアとやら」

「ありがとうございます」

「ルーファンス先生……。まぁ、いいでしょう」


 因みにだが、使い魔や召喚獣は名前を付ける事で契約を完了する事が出来る。


  十梁とばりさんとミリアの場合は名前での契約を済ませたが、クアンは召喚獣が契約と同時に形成されるクアンの魔力内に戻ってしまった為、名前での契約はまだだが、腕に出来た炎の紋が召喚獣と仮契約出来た事を表している。


 同時に、クアンと同様にミリアにも手のひらに月と猫の模様が出来た。


 まぁ、ミリアの召喚獣である猫――――クゥには昔から立派な名前があるからね。


「ミリア、お疲れ様~! 可愛かったよ!」

「まさか、クゥが貴女のパートナーになるとは思わなかったけど、でも収まる所に収まった感じかしら?」

「ありがと、二人とも。でも、話し声は私にも聞こえていたから、そこは気を付けるようにね?」

「ほとんど話してたの、クアンだけどね!」

「そ、そんな事無いわよ! ……多分」

「ふふっ。次はビクトリアだね、頑張って」

「気負わずにね?」

「ファイトだよ、ビクトリア! ん? リィナ?」

「えっ、あ! が、頑張ってください! ビクトリアさん!」

「えぇ! 貴女達の度肝を抜かせて見せますわ!」


 どこか緊張の色を僅かに見していたビクトリアだが、私達の応援に応える様にビシッと宣言しては「次、ビクトリア・レオノール」のリンダ先生の声で魔法陣へと歩いていく。


 そして、リンダ先生から体調が悪くなったらすぐに止めるようにとの忠告があった後、ビクトリアが魔法陣の上に立つと、両手を下に向け、集中。


 通常は徐々に魔力を流し込んで魔法陣が作動するか等を見るのだが、ビクトリアは何を思ったか、膨大な魔力を一気に流し込んだ。


「えっ! ちょっと、ビクトリア!? そんな事をすれば——————」


 クアンが慌てて声を出したが、それもその筈で。


 召喚魔法陣は私達のいる世界から多空間に存在するとされる精霊界へと魔力を送り、精霊界の主人であるミク・ニールセン・グロファミアによって波長の合う精霊へと渡される。


 召喚獣は精霊界にいくまでに魔力を察知し、介入してくると言われているが、それが出来るのは強い者だけなので、現れた時には此方にも対処が必要になる。


 それに、魔力を一気に流し込んでも波長の合う精霊に届くまでには時間がかかり、それが召喚獣狙いでもその魔力を欲しているのかどうかは術者本人にも分からないので、結果、すぐに魔力切れによる気絶を引き起こす。


 だから、ゆっくりと流し込むのだが……、


「私の魔力は少ないですわ! だから、さっさと出て来なさい!」


 どうも止める気は無さそうである。


 ある意味で度肝を抜かれた私達だが、ビクトリアの作戦?は見事にハマったのか、突如として召喚魔法陣に姿が現れた。


 他者を圧倒する魔力が一気に吹き出し、人の倍はあろうかという強靭な肉体には煌びやかな光鱗が陽光に反射する。


 幾つもの鱗が重なった厚い外装の下に見える鋭い金色の瞳が見えると、地面を揺らすような巨躯きょくを現し、鼓膜を突き破らん限りの咆吼ほうこうが教会内を揺らした。


「きゃぁッ!!」

「な、なんだ……あれッ!」

「あんなのが召喚獣……!?」


 それは明らかにこれまでの使い魔や召喚獣とは違う、この世の絶対的な力の象徴とされる竜種。


 幸いにも、竜の上位種である龍ではないとはいえ、竜種の力は一体で国を滅ぼす力を持つ者もいる。


 そんな存在がビクトリアの魔力に応えた瞬間だった。


「ビクトリアさんッ!! 早く魔法陣から離れなさい! 各教員は生徒を守護と同時にアレを押し戻しますッ!!」


 リンダ先生のげきが飛ぶと同時にすぐさま二手に分かれる。


 先頭に立つのはリンダ先生とルーファンス先生。


 そこに他の二人の教師が加わり、新任教師の三人は悲鳴を上げ、腰を抜かしたり、戦意を喪失する生徒の守護へと回った。


 それはそうと、メイとアミルは私達の側から全く動こうとしないが良いのだろうか?


 でも、私達も生徒であるのには変わらないし、良いのかな。


 私としたら、少しでも長くメイ達が教師として役職をこなしてるのを見るのは新鮮だから良いんだけど♪


「どうかされたのですか? ラウ様?」

「すっごい笑顔だね〜? 何かいい事あった〜?」

「ん〜? なんでも無いよー。えへへッ」

「? そうですか?」

「私はラウ様が嬉しいなら何でもいいー! ぎゅー!」


 こんな非常時だというのにアミルにぐるんぐるん回りながら抱き着かれていると、「ラウ! この竜を止めてくださらないかしら!」とビクトリアの声が届いた。


 今もリンダ先生含め、数人の教師によって結界魔法を作り、その中に閉じ込めてはいるが、それがいつまで持つかも分からない。


 それに、どうやらビクトリアはあの竜をどうやら逃す気はさらさら無い。


 『狙った魚は確実仕留める方が好み』という彼女の言葉は実に真っすぐだ。


「そういうの好きだよ、ビクトリア!」

「一体、何の話をしてますの!? 私を外して分からない会話を繰り広げないでくださいな!」

「それじゃぁー、いくよー!」

「えぇ! タイミングは任せますわ!」

「ちょっと、貴女達! 勝手な真似は止めなさい!」

「ビクトリア、そしてラウとやら! 何をするかは知らぬが、やるなら繊細に、そしてデカくじゃ! 結界は儂ら教師に任せい!」

「あぁ、もう! 一回きりですよ!?」


 と、先生方から許可も取った事だし、早速始めようか。


 巳鏡の神殿内に薄く充満させた私の魔力。


 敵意は無かったのだが、流石は竜種と言った所か。


 膨大な魔力が出現した事で、その魔力の元凶である私へと真っ先に発見、視線を向けると、急速に魔力を口へと溜め込みだした。


 一気に溜め込んでの大出力ブレスによる掃討。


 確かに良い案だ。


 結界内で自由に動けない今、それだけの魔力があれば結界も綻びを見せるだろう。


 でも、


「私には届かない♪」


 上へ伸ばした腕を真っすぐに竜目掛けて振り下ろす。


 刹那、雷光入り混じった黒い鎖が竜の首と翼、強靭な四肢を絡めとり、地面へ叩きつけた。


 風圧が雪崩の如く吹き込む中、倒れ込んだのを確認した直後にブレスを吐こうとする口を鎖で雁字搦めにして封印。


 何も出来なくした。


 敵意の篭った瞳で私を見るが、この竜の今の実力だと動く事すらかなりキツイはず。


 無論、そんな事をしてまで動こうとすれば、まだ頭上に待機させてある魔力で更に強固に縛り上げるだけなんだけどね。


「よくやりましたわ、ラウ!」


 それに、この竜の本番はこれからだ。


 何せ、ここにはこの学園で私と一番長く相対した女子生徒がいるんだから。


「さぁ、観念しなさい! 貴方を私の騎士に仕上げて見せますわ!」


 その敵意が何処まで彼女に持つかな。

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