第22話「使い魔召喚1」


「あら?」


 優しい光が空間へと幾多の細い線となり、差し込んでいる。


 貪欲どんよくに、天高く伸びた樹木の隙間から零れ落ちた光の雫が舞い込む、ゆったりとした時間が流れるその場所で、声は不思議と清涼せいりょうに響き渡った。


「どうかされたのですか?」

「誰かがこの子達との契約を望んでいます」


 声の主人である女の周囲に漂っていた数十にも及ぶ色とりどりの光がふわふわと揺れる。


 それは言うなれば、肯定であり、まだ見ぬ契約者との会合を楽しみにするような期待が見られた。


「人間、ですか」

「えぇ。彼女との契約とはいえ、未だ未熟な器で、この子達を扱えるかと不安にはなりますが。こちらから一方的に反故は出来ません。そこは彼等、契約者と共に成長するしかないのでしょうね」


 すると、目の前にいた青い光の周囲に淡く小さな、粉雪の如く細かな結晶が降り注ぎだした。


「どうやら、今回はこの子が選ばれたようですね」


 後悔は無い。


 これは、親が子を見送るようなものであり、それで立派に成長した子達を見てきたからだ。


 だが、同時に迫害はくがいされ、無下に扱われた子達も知っているからこそ、誰もが聞き惚れる声には若干の不安も入り混じっていた。


 長い、本当に長い、永久とも呼べる年月の中で幾度の出会いと別れを繰り返して目の前のこの子達は強くなっていく。


 だが、同時に力を、自我を伴っていくと独自の行動を取る者も現れる。


 それは奇しくも女達の想像以上へと変わる。


「あの子は……、どうしていますか?」

「ここ数百年は非常に大人しくしていますな。アレが何か興味を惹かれる様な事態になるとは思えませんが……そうは思われてないのですかな?」


 そうなれば、自分の取るべき行動は理解していると言う。


 しかし、


「正直に言って、分かりません」

「ふぅむ……」

「ですが、出来る限り予測不能な事態に陥るのは避けたいのです。ディースも、あの子が起こした事を忘れたわけではないのでしょう?」


 グッと何かを言葉に出そうとするも、言葉と不安げな女の表情に折れたのか、長く重い息を吐き出しては「私とて、そのぐらいは理解を示しております」と続けた。


 話の中心にいる彼女は、ある一つの忌々しい事件から、透き通った心はすっかりと変わってしまった。


 優しかった力は凶暴に苛烈に変わり、暖かく照らす性格は近づく者全てを嵐の暴威の如く嫌うモノへと。


 だが、違う。


 彼女達は言う。


 「無理矢理、変えられてしまったのだ」と。


「……ですが、あの時はあの思い出すだけでも忌々しい強欲で愚鈍なる王が我が力を増やそうと最も罪深き業を自ら犯した為。言いたくはありませんが、あの時以上の事が起こり得るのでしょうか? それも、今回はどれも未熟な雛鳥ではありませんか」

「何事も起きなければそれで良いのです。ですが、なんでしょうね。どうにも胸騒ぎがするのです。これが蛇と出るか、もしくは……」

「分かりました。では、監視を厳重におきましょう。貴女様の心身をこれ以上傷つけさせない為にも」

「そう……ね。でも、あの子は単に臆病で怖がりなだけなのよ。だから、今度こそ自分という存在を守ろうと必死になってしまう。でも、根は優しくて暖かい子。だからお願い。そこだけは理解してあげて」


 しかし、その言葉に苦々しい声を出したのは紛れもない女と話していたソレであり、一言「分かりました」と呟いたものの、心から賛同は出来なさそうに無かった。



 召喚魔法陣と呼ばれる術式は基本的には魔力量の少ない者には発動する事はない。


 しかし、それを外部からの魔力によって補助してあげる事で必要供給量の魔力を補填。


 そして、実行する事で魔法を行使する事が可能である。


 それが魔法陣の側に置かれる魔導具だったりするのだが、魔法学園での場合は明らかに規模が違う様だ。


「入学試験の時も各々、『何故ここに魔石が』と不思議に思ったでしょうが、これは魔石となった今でも僅かだが魔素を垂れ流しています。ですが、それはこの魔法陣で溢れ出る魔素を抑え込んでも、という前置きが入っての事です」


 巳鏡の神殿に配置してある魔石の表面に描かれた魔法陣はどうやら溢れ出てくる膨大な魔素を抑え込む役割があるらしい。


 どうりで、なんだか変な歪さを感じたわけだ。


 ん? でも、それってつまり……?


「薄々勘づいた生徒もいるようですね。要するに、貴方達の魔力ではこの召喚魔法陣を使用出来るのは……そうですね、全部で五人って言った所でしょうか。それでは、今から呼ばれる生徒は前に出てくるように」


 リンダ先生が次々に「ミリア、クアン・リンライト、ビクトリア・レオノール、十梁とばり黒羽くろは」と閉じた所で、


「貴女達は模範生として最初に行って貰います」


 そのまま説明を続けるが、「先生、もう一人は誰なんですか?」と生徒の一人が尋ねた。


 私の方をチラチラと見ながら……。


 うぅ……、別に私の方を遠慮がちに見なくても良いのに。


「無論、皆さんも薄々気付いているでしょうが、ラウ・ベルクリーノに行っていただきます」


 だが、そんな決定に「待ってください!」と意を唱える男子生徒が一人。


 教室で私に敵意こもった鋭い視線を向けていた生徒だ。


「確かに、彼女はオリジンの一位に加え、あのような! っ、魔力を持ち合わせていることから見ても、このクラスの中で異質だというのは分かります。ですが、何故彼女だけを特別扱いするような言動をするのです!?」


 前半、完璧に何か付け足そうとして飲み込んだよね?


 一体、君は私の横に私の事になるとやけに攻撃的な猛獣と化す三人の前で何を言おうと思ったのか……。


 言わなくて良かった……ね?


「まず、最初に。貴方は何か大きな勘違いをしているようなので訂正しておきましょう。貴方達、一般生徒とオリジンでは明確に差があります。それは待遇からしてもそうですが、それは我々にとってもそうです」


 うわ!? いきなりぶっちゃけたな、この人。


「なっ!? それでは—————」

「だから、なんだと言うのです? まさか、オリジンではないから、区別されるのが気に入らないから、自分の上に立つのが彼女だと相応しくないから等と下らない答えを出すのであれば今すぐにでも退学してもらっても此方は一向に構いませんよ?」


 えぇ……、流石にそれは、と思ったがリンダ先生、目がガチである。


「ッ!! ………………いえ」

「加えて、彼女だけが特別なのではありません。この学園に入学する事を許された選ばれた数百人の全校生徒の中でも十人しか許されないオリジン。その頂点だからこそ、特別視するのです。それは歴代のオリジン・一位エーナにも当てはまる事。それだけ、貴方達、一般生徒とオリジンでは歴然とした差が存在しているのです。見れば、貴方達の数人は彼女に挑み、身をもって実感したのでは?」


 見れば、確かに倒した生徒の中に見覚えのある顔がチラホラと。


 私の視線に反応するように顔を背けたという事はそういう事なのだろう。


「悔しいのなら、私にどうこう言うよりも前に努力して、彼女を倒してから言いなさい。質問は以上ですね? では、本題に戻りましょう。ラウに関しては大丈夫であれば、魔石の補助無しで行って頂きます」

「それは良いけど、他の四人は?」

「彼女達の場合、特にビクトリア。貴女はまだ完全に魔力が回復したわけではありませんね?」

「残念ながら、そうですわ。現状、体調などはすこぶる良いのですが、魔力だけは八割と言ったところでしょうか」

「なら、貴女は補助ありの方が良いでしょう。他の三人も今回は補助を使用します。それで良いですね?」


 差別だー! 虐めだー! と叫びたい所だが、それを言うとじゃあ出来ないのかと問われれば出来る事は出来るので特に問題はないわけで。


 別に良いともさ!


 因みに、「今回は」と付けたのには、万が一魔法を発動しても使い魔や召喚獣が契約に応じなかった場合と、召喚獣を引き当て、戦闘に陥り強制的に遮断した事による使い魔無しの状態に陥った時に翌月、再度行うからだ。


 だから、普通に使い魔なり召喚獣なりと契約した場合、今回きりという事になる。


 召喚魔法を多く使用する事で術者の使い魔が増えるのではないかという事ならば、一概にもそうは言えない。


 なぜなら、人間の魔力量の一部を使い魔に使用するため、その分、使い魔の持つ力が合わさった事で術者本人が強くなったように思えるが、術者本人の力ではないためだ。


 加えて、余程魔力が無い限り、全ての魔力を使い魔に使用してしまうと術者本人が魔法を使えない。正確には、使うだけの魔力が無い。


 または、魔力が微かにあっても、魔法の制御が上手くいかずに暴発。


 最悪の場合、使い魔と魔力を共に失う事になる。


 そして、そんな事をすれば間違いなく精霊の呪いを受けるとされている。


 だからこそ、多くて二体。


 通常は一体が普通であり、限界なのである。


「最後に注意事項です。召喚魔法とは、空間を捻じ曲げ、自身の魔力に答えてくれた相手を呼び出す魔法。魔石内の魔素を魔力として変換して使うとはいえ、それはあくまでも補助であり、主軸は貴方達の魔力です。そして、現れたのが精霊であれば多くが相手も了承して訪れる為、問題は滅多にありません」


 何故、そんな事を言い出したのかと思えば、「しかし、」と表情を珍しく強ばらせ、


「召喚獣だった場合、相手は魔力に惹かれて答えた場合が殆どです。そこには好感情など一切無く、餌を求めてやって来た場合が殆ど。ですので、その場で殺し合いの戦闘になる場合があります。その時は真っ先に魔力供給を中断し、教師の指示に従ってください。良いですね?」


 と続けた。


 その言葉の後、誰もが緊張を走らせたのが分かった。


 召喚魔法が下手すれば命に関わるなど考えた事も無かったのだろう。


 無論、私もそうだが、分かっていれば対策のしようはある。


 クアンも以前、姉のサミアさんが召喚魔法を使った際に後の召喚獣となる水鱗龍と戦闘になったって言っていたのを覚えている。


 そして、その被害も。


 私も万が一に備えて魔力をゆっくりと誰にも知られずに巳鏡の神殿全体に広げた。


 まぁ、これで大体は対処出来るかなというタイミングで、「では、始めましょう」と開始の合図が告げられる。


 見れば、どうやら全員の覚悟は決まったようだ


 最初に呼ばれたのは無口な後ろの席の女子生徒—————— 十梁とばり黒羽くろは


 五人呼ばれた内の四人がオリジンという中に呼ばれた一人。


 彼女もオリジンなのだろうか?


 それに、長く艶やかな黒髪を揺らす彼女は名前からして、やしろんこと八城椿と同じ和国出身だろう。


 それも、十家の一家紋—————『十梁とばり』を持つ家の出身である。


 最初ということもあり、僅かに彼女を応援する声にも無反応を示しつつ、魔法陣の中心へと歩くと静かに配置に付いた。


「準備は良いですね?」

「はい」

「では、始めてください」


 片膝を付き、祈るようにゆっくりと体内から魔力を放出すると、どこからともなくふわりと冷たい風が吹く。


 真っ先に目に飛び込んできたのは真っ白な霧。


 それも酷く冷たい。


 魔法陣自体が光を放っているのか、床から放たれる輝きの中、彼女は目を閉じ、集中を深く沈みこませていく。


 そして、生徒達の驚き混じりの歓声と共に現れたのは真っ白な浮遊する淡い球体。


 それは彼女の周囲をクルクルと回るとパッと輝きを増した。


 光が弾けるようにして現れたのは薄い青が入った身体を揺らす大きな鳥。


 しかし、頭から足先まで力強い魔力で満ちており、精霊の中でも上位だというのはすぐに分かる。


 毅然とした態度はどこか彼女そっくりで、思わずこうも性格が似るものなのだろうか?と思ってしまった。


「どうやら、彼が貴女の使い魔のようですね。名前はどうしますか?」

「……では、新冷あらさめと」


 首を傾げ、私の身長にも届きそうな大きな翼を広げ、鳴いたそれは歓喜しているようだった。


 沸き上がった声の大半が「可愛いー!」や「格好良い!」だが、彼女が指を向け、その細い指を新冷あらさめが顔を使って撫でると嬉しそうな優しい笑みを浮かべた。


 どうやら、他者がどう言おうと彼女にとっては満足らしい。


「次、クアン・リンライト」


 なんだか、入学試験の時の魔力測定を思い出すなぁ〜と考えていたらクアンとミリアも同じ考えだったようで、顔を見合わせては互いに噴き出して小さく笑い合う。


「ミリア、ラウ。今度は私の番よ。大人しく見てなさい!」

「私達の事、驚かせてね?」

「勿論よ。私は、あの子のライバルまで誰かに譲ったつもりはないもの」

「クアン。クアンはクアンだって事、忘れないでね?」

「! ……生意気。でも、ありがと♪」


 しっかりとした足取りで進むクアンの背中にはなんの気負いも無かった。


 学園に来てからというもの、リンライトの姓は彼女を追いかけ回していた。


 それはオリジンを貰ったあの時、リンダ先生からの言葉が最初の自覚だったのだろう。


 そして、今も強がってはいるが屋敷で夜遅くまで魔法の勉強に取り組んでいるのを私含め屋敷に住む全員が知っている。


 けれど、今だけは彼女の相棒としてどうか頼れる子が来て欲しい。


 そんな事を思っての言葉だったが、彼女から溢れるのは彼女自身の根幹でもある自分に対しての揺るぎない絶対なる自信。


 一度はあの日に折れたそれだが、今では頑丈に猛々しく彼女を形成している。


 そんなクアンを見て最初にポツリと零したのはメイの「彼女は、強いですね」という言葉だった。


「当ったり前だよ、姉々! なんせ、彼女はラウ様がまだ手に入れられてない人物なんだからさ!」

「その言い方では……いえ、そうですね。ですが、私達も彼女に負けるとは微塵も思いませんが」

「それこそ、有り得ないね! ナッシング、だよ!」


 そうこうしている内に、リンダ先生が開始の合図をする。


 刹那、肌が焼ける程の熱波が教会内を一瞬にして覆い尽くした。


「な、なんだ!?」

「熱っ!!」


 無論、元凶はクアンだ。


 十梁とばりさんの時はじわりとする底冷えた冷たさだったが、クアンは真逆。


 猛れ! もっと、熱く、深く猛れ!!


 そんな内なる声が聞こえてきそうな程までに跳ね上がっていく炎の魔力はやがて一つの影を魔法陣から生み出した。


 燃えるような真紅の毛並みで全身を覆い、強靭な四肢を床に着いた深紅の獅子はすぐに自分を呼び出したクアンに縦長の細長い瞳孔を向けるとゆっくりと前足を一歩踏み出す。


 だが、その獅子は精霊などではない。召喚獣。それもかなり高位の。


「クアン!」


 もしクアンに手を出そうものなら、クアンには悪いが一瞬で方を付けさせてもらう!


 離れているのにも関わらず、周囲を焦がし尽くすのではないかという圧が全員の後退を許さない。


 そして、誰もが注目する中で赤き獅子がクアンに更に近付く。


「クアンさん! 召喚獣は召喚主を主と認めなければ容赦なく攻撃してきます! ここで彼を屈服させてください!」


 リンダ先生の激励という命令が下されるとクアンの体内魔力が更に増加。


 それこそ、迸る炎柱に幻視出来る程までに舞い上がったクアンの圧倒的な魔力。


 獅子とクアンの発する炎が互いにぶつかり合うという最悪の結果になったわけだが、それでも前への歩みを止めようとしない獅子に私と教師達が臨戦態勢へと移る。


 しかし、そんな私達の様子にも目もくれずに獅子はクアンの前で大声で吼えると、自然と首を垂れた。


 認められた、という事だろう。


 その時にはもう炎の熱さも急速に感じなくなっており、てっきり交戦に入るのかと長剣に手を触れていたクアンが呆然とすることしばし。


 リンダ先生に促され、獅子の額に手を添えると彼女の手から腕に掛けて赤い焔の刺青が入っていた。


 そして、それも数秒後には透明に消える。


「な、なんだったの?」

「あれが、召喚獣……?」

「召喚獣って、あんなのばっかなのか……!?」

「一気に自信喪失かも」


 どうやら、契約は終わったらしい。


 そして、帰ってきたクアンは嬉しそうに「なんだか、大変そうな子が来たけど。まぁ、鍛え甲斐があるのは嬉しい誤算ね。さて、今度は貴女達の番よ? 私を驚かせて見せなさい?」と意地悪く八重歯を覗かせて笑ってみせた。

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