第15話「クラス」


 翌日、私達は昨日と同じく真新しい制服に身を包み、三人で道を歩いていく。


 臨時教師に就任したアミル達は朝に朝礼があるとかで、既に屋敷を出ており、今いるのはミリアとクアンのみだ。


 しばらく喋りながら歩いていると、校舎が見え始め、そこには多くの学生が魔法学園に向かって各々歩いている。


 けれど、制服はバラバラで、赤と黒を基調とした魔法学園の制服にポツポツと存在する白の制服がやけに目立つ。

 

 数としたらそこまで多くはない。


 良く見るとどうやら同じ色の制服同士で固まっているようだ。


「改めて見るとかなり制服の幅が広いのね」

「そう言えば、私が試験の時に相対したのも白服だったけど、あれなんなの? 魔術……執行会? とか言ってたけど」

「ラウ……もしかして、昨日リンダ先生から渡された書類読んでない?」

「そ、そんな事ないよ? ぱらーって見たし……!」

「見ただけなのね」

「それじゃあ、クアンはどうなのさぁ!」

「ま、まぁ、私も詳しくは読んでないけど……」


 顔を近づけて問い詰める私にクアンが頬を赤らめて顔を晒しながら言った。


 そんな私達の様子を見かねたのか、「しょうがないなぁ。えっとね—————」とミリアが答えてくれた。


 なんでも、魔法学園に存在してる大まかな組織として全学生を纏め、学園の秩序を保つ『総務会』。


 そして、魔術よりは武術をメインとした戦闘を行い、上下関係と規律を重んじる『武術連盟会』。


 最後が魔法のみによる力によって学園内に留まらず、学園外の秩序にも干渉しつつある『総務会』と並ぶ力を得た『魔術執行会』。


「この三つを総じて『三会』と言うみたいだよ。そして、制服だけど、総務会は業務中は腕に腕章わんしょうを付ける必要があるけど一般生徒とあまり変わらない。でも、他の二つ『魔術執行会』と『武術連盟会』は制服自体が異なるみたいだよ。正確には普通の制服を着なくちゃいけないんだけど、学園側はそれを容認してるみたい」

「白服が『魔術執行会』だとして、『武術連盟会』は?」

「そう言えば昨日、リンダ先生に会いに行った時、和服の人も居たわよね? もしかしてあれが?」

「そう。『武術連盟会』略して『武連会』って呼ばれてる人達の制服……らしいよ?」

「最早、制服と呼ぶのかすら怪しいわね」


 そんな話をしながら歩いていると、見覚えのある後ろ姿が見えた。


「あっ、あれってリィナじゃない!?」


 前方の掲示板を見ているのか、私達には気付いていない。

 そっと近づき、「わっ!」と驚かせてみると、「ひやぁぁっつ!」と僅かに飛び上がり、思った以上の反応が返ってきた。


「あははっ、おはよう。リィナ」

「え……あっ、ラウちゃん?」

「そうだよ~、正真正銘ラウちゃんです!」


 すると、遅れて二人もやって来る。


「ちょっと、いきなりは可愛そうでしょ。ごめんなさいね、ラウが」

「いえいえ~、ちょっとびっくりしただけですからぁ」

「でも良かった。リィナも合格したんだね。あの後、すぐに帰っちゃったから心配はしてたんだよ?」

「ごめんなさい、ちょっと大事な用事がありましてぇ……」

「それはそうと、リィナ。何、見てたの?」

「あぁ、それはあそこに貼られてあるクラス表ですよぉ」


 リィナが見ていた方向に視線を向けるとそこにはズラッと名前が細かく記載された横長の紙があり、その名前の上にはAクラス、Bクラス、Cクラス……と合計五つのクラスが書かれていた。


「うわぁ、こんなにいるんだ?」

「一クラスで大体八十人ですからぁ、通常の約三倍の人数ですよ?」

「多っ!?」

「まぁ、魔法学園ならではって光景よね」

「リィナはどのクラスか分かったの?」

「それが、まだ見つかっていなくてですねぇ……。若干不安になっていた所なんですよぉ」

「なら、私達と探した方が早いよ! だって、四人なんだから! ね?」


 すると、リィナはそんな事を言われると思っていなかったのか、少し目を見開くとくしゃりと笑みを浮かべ、「よろしくお願いします」と口に出した。


 そこからもう目が痛くなる程に細かい紙をジッと見つめる事数分。


 ようやく四人の名前を見つけ出した。


「目がしょぼしょぼするよ~」

「大丈夫ですかぁ?」

「でも良かったじゃない。四人とも同じクラスだったんだから」

「それは良かった! 赤い糸で結ばれてるね、クアン♪」

「なんか癪に障る言い方ね……」

「なんでさぁーー!」

「ふふっ。でも、かなり珍しいよね。リンダ先生が何か細工したのかな?」

「その様子ですと、もしかして、リンダ先生とお知り合いですかぁ?」

「私が受けた筆記試験の時の担当試験官がリンダ先生だったんだよ。そこからなんか気に入られちゃったみたいで」

「凄いことじゃないですかぁ! リンダ先生と言えば魔法陣解析学の権威の方ですよぉ?」

「そう……なのかなぁ?」


 リィナはそう言っているが、私に取ってみれば魔法にしか興味ない変人という印象なのだが……。


 私達のクラス――――Aクラスがある第一校舎へと入り、指定された教室の前に着いた。


 そして、扉に手を掛けようとして止める。


「? どうしたの、ラウ?」

「何かあった?」

「ラウちゃん?」


 数秒経って、三人の方を向き、「ねぇ、これ開けたら変な目で見られないよね?」と呟く。


 私は注目されるのが嫌なのだ。

 というより、視線が嫌。


 それは昔から変わらずで、一向に慣れやしない。


 でも、そんな呆れたような溜息を吐かれるとは思ってなかったけどね!


「そんなぐちゃぐちゃ考えてないで、さっさと行きなさい!」


 ガラッと扉が開き、クアンに引っ張られるように教室へ脚を踏み入れた。


 すると、もう既に教室には疎らだったが数人、生徒が集まっており、一度此方を見てもすぐに視線が外された。


 後ろから私を教室内に放り込んだクアンがやって来ては、「入って見れば、どうってこと無いでしょ?」と言う。


「だからって、荒療治あらりょうじ過ぎると私は抗議したいけどね!」

「あら、そんな抗議は受け付けてないわ。ほら、さっさと席に座るわよ」

「あっ、なら後ろの方が良い! クアン、隣ね!」

「はいはい、分かったわよ」


 私達が独特なイチャつき方をしていると、後ろでリィナとミリアが話す姿が見えた。


「あの二人って、いつもあんな感じなんですかぁ?」

「ふふっ、二人とも変に恥ずかしがり屋だからね。面白いでしょ?」

「止めたりは……?」

「えっ、あんな面白いのを止めちゃ楽しみが無くなっちゃうよ?」

「あっ……」


 リィナの表情が少し悟ったような顔をしているのは不思議だが、そこまで深い事でも無いだろう。


 最後尾の一つ前の席にクアンが先に座ると次に私が、続くようにミリアと私達に促されてリィナが座った。


 四人で話すうちにも、次々とクラスの生徒が姿を見せては各々好きな席に座っていく。


 見ていると、どうやら貴族が前方の席、後ろは平民等の生徒が座っているようだ。


 私達はそういうのは気にしないタチなので、特に移動する事は無いが、同じ王国から来たであろう生徒は私達を見ると吃驚しつつも近くに寄ってきては挨拶をしていく。


 私としては別にしなくても構わないのだが、貴族としての何かがあるのか、クアンは慣れた様子で挨拶を交わしていた。


 そんな様子を見ていたリィナが声を出す。


「もしかして、三人は貴族様なのですか?」

「貴族といえば貴族だね……私はそんな自覚は無いけど」

「貴女は少しは貴族の自覚をそろそろ持ちなさい」

「私は違うよ。クアンとラウは共に王国の公爵令嬢だけど。ラウに至っては侯爵の身分だし。私はラウの従者兼友人かな」

「えっ……公爵と言ったら最上級身分の方々ではないですかぁ! 私、失礼な事を言ってませんでしたかぁ?」

「今は同じ学園の生徒なんだから、問題ないよ。それに、賢者様も身分は関係ないー!って言ってたからね♪」

「そうよ、それに私達と一緒に試験を乗り越えた仲じゃない。クラスも同じなんだし、気楽で良いのよ」

「ふふっ、私含めて三人共あまり細かな事は気にしないタイプだから安心して」


 すると、少し迷った素振りをしつつも自分の中で折り合いが付いたのか、「改めてよろしくお願いしますぅ!」と笑みを浮かべたのだった。


 そして、徐々に空いていた席は生徒で埋まり始めた頃、


「なんで、ここに平民がいるわけ? 崇高な魔法学園の敷地を汚い土を落として闊歩するんじゃないわよ!」


と、廊下で誰かが言い争う声が聞こえてきた。


 何事かと見に行く生徒もいれば、我看過せずと放置する生徒と様々だ。


 無論、私達は後者だ。


 後ろに座ったからか、前まで歩いて行くのが面倒くさいし。


 暫くすると、野次馬で見に行った生徒が慌てて教室内に戻って来ては他の生徒の一人と化す。


 直後、女子生徒を数人引き連れた問題の生徒が姿を現した。


「あ、あの子!」


 その女子生徒は巳鏡の神殿で水属性の適性が高かった子だ。


 しかも、制服は他の人とは違う白服。


 入学早々に『魔執会』に入ったようだ。

 

 まさか、入学して同じクラスになるとは思わなかったが。


 此方にはまだ気付いていないようで、廊下で争っていた男子生徒に向けて「さっさと退きなさい下民。ここは貴方のような者が来る場所ではないわ。まさか、不正でもしたのかしら?」と毒を吐く。


「ふざけるな! 俺は自分の実力でここに受かったんだ! 貴族か何か知らないが偉そうにしやがって!」

「あまりキャンキャンと吠えないことですよ? そんな真似をしていると躾のなっていない犬かと見間違えますので」

「ッ! お前ッ!」


 遂に堪忍袋が爆発したのか、男子生徒が手を上げようと拳を振り上げた。


 女子生徒は何もせず佇むだけ。


 誰もが男子生徒に殴られるのかと思った刹那、横から魔法が発動され、水の蔦が男子生徒の腹を横殴りに吹き飛ばした。


 男子生徒が呻きを上げて床に転がり、女子生徒の横から現れた一人の女子が「貴族に手を上げようとは。貴様、どういう事か分かっているのか?」と告げる。


 これで教室内は三分割されたと直感で分かった。


 平民出身の生徒達から構成されるグループと目の前の彼女を主軸とした貴族グループ。


 そして、私達のようなどちらにも属さない少数派のグループ。


「皆んな、血気盛んだね。私達はどうしようか?」

「下らない。貴族だなんだと私は興味無いわ」

「ラウ達に任せるよ。私はそれについて行くだけだし」

「わ、私は……」


 二人はいつも通りな返答だったが、リィナの様子が女子生徒を見た直後からおかしい。


 リィナが顔を下に向け、黙り込んだのに疑問を持ったが、その疑問を口に出す前に争っていた女子生徒が教室内を見渡し、私達を見つけた。


 そして、憎々しい表情をすると、リィナを見つけては嫌な笑みを浮かべたのだった。

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