第16話「問題だらけ」


 案の定、知り合いだったのか「あら、リィナじゃない? 貴女も入学したのね?」と取り巻きを連れて向かって来た。


 しかし、リィナは答えず、下を向くのみ。


「もしかして、去年の事を気にしているの?」


 その言葉にリィナの肩が揺れた。


 案の定、リィナと彼女は昔からの知り合いのようだ。

 

 ただ、それが良好なと言う言葉が付くものでは無い事も分かる。


「まぁ、そうよねぇ? 去年、あれだけの惨状を生み出した貴女がそうそう忘れるわけないわよね?」

「あ、あれはぁ……!」

「偶然とかほざくんじゃ無いわよ? アンタはそれだけの事をしたんだからッ!」


 いきなり怒りを見せた女子生徒に思わずぎょっとする。

 

 どうやら彼女の取り巻き達も話が分かっているようで、リィナに向けて鋭い視線を向けてはいるが、話が一向に見えない。


 とはいえ、目の前で居心地の悪い空間にこれ以上されても困る。


「何があったか知らないけど、それ全部リィナの責任というわけでは無いんじゃない?」

「ら、ラウちゃん……?」

「何も知らない部外者がしゃしゃり出て来ないで。それとも何? まさか、コイツに味方するわけ?」

「したら都合が悪いの?」

「……貴女、名前は?」

「ラウ。ラウ・ベルクリーノ」

「ベルクリーノ……? まぁいいわ、アンタも同罪よ。これからそいつを庇った事を精々後悔すると良いわ」


 「ふんッ」と偉そうに鼻を鳴らした女子生徒にどうしたものかと思っていると、女子生徒達の後ろがにわかに騒がしくなる。


「邪魔。どいて」


 すると、小さくも有無を言わせない声が聞こえた。


 女子生徒達がけた場所から現れたのは濡羽ぬれば色の艶やかな髪が目に付く美少女。


 元々目付きが悪いのか、睨みつけるような瞳に思わずリィナに対して怒っていた女子生徒も思わず後ろへ下がる。


 そして、女子生徒の前を通り過ぎる時、一瞬だったが女子生徒に対して目を向けたのが分かった。


 だが、それは相手も同じ。

 

「何よ、その目は! まさか、あんたもアイツが悪くないとでも妄言を吐くわけじゃないでしょうね!?」


 だが、その問いには答えず私達の後ろの席に座ると、すぐに寝てしまった。


 実際には寝ていないのだろうが、これ以上構うつもりは無いという拒絶が見える。


「〜〜ッ!!」


 行き場のない怒りをどうする事も出来ないのか、歯を噛み締める。


 けれど、後方から教室に慌てて入ってくるや否や女子生徒に報告した男子生徒に対し、「はぁ!? どう言う事!? 全く、なんなのよこのクラスはッ!!」と遂に吐き出した。


 その言葉は女子生徒が教室の入り口に視線を向けた直後に現れた。


 バンッ!と勢い良く扉が開け放たれ、腰まで伸びた縦ロールの金髪が見えたと思ったら—————


「さぁ、皆さん! わたくしに下りなさいッ!」


 と、声を上げた。


 ふふん♪と胸を張り、ドヤ顔で言った女子生徒だが、いつまで経っても静寂しか返ってこない事に不安を覚えたのか、


「あ、あら? おかしいですわね? 話ではこれで良いとの話だったのですが……?」


 と熟考し出した。


 誰もが突然の事にポカンとする中、一人が呟いた「レオノール公女だ……」の言葉に「あら、私を知っている人もいらっしゃるのかしら?」と答える。


「聞いて驚きなさい! 私こそがリグラ魔法国のレオノール公女ですわ!」


 びしっと生徒達に向け、ドヤる公女様。


 とはいえ、私は知らないので、隣の二人に聞くとどうやら彼女は魔法国で有名なたった一人の公女らしい。


「それと、彼女強いわよ?」

「だね。魔力が他の生徒と比べ物にならないぐらいに感じる」

「そ、そうなんですか? じゃあ、あの人がオリジンって事も……?」

「でも、彼女だったら――――」


 私が言い切る前に、誰かが聞いたのか分からないが、「私は勿論、オリジンの番号を貰っておりますわ!」と高らかに宣言していた。


 リンダ先生が言っていた自分がオリジンだと周囲に言う人物が一定数いるって言うのはこういう事なのだろう。


「どうやら、面白いクラスになりそうだね」

「まぁ、少なからず同感はするわ」

「ふふっ、ラウのお眼鏡にかなうと良いね」

「皆さん余裕ですねぇ……」



 魔法学園の授業としては主に三つ、座学、実技、そして演習である。


 座学は学年通して魔法の基礎知識から応用等を学んでいき、実技は覚えた魔法の発動。

 

 唯一の戦闘と呼べる演習は魔法学園内に存在する二つの迷宮での実戦である。


 迷宮は出現する魔物のレベルによって高等部が使う迷宮と初等部から中等部にかけて使われる迷宮の二つが存在している。


「貴方達が最初に使うのは一ヶ月後に行われる『新入生対抗試合』の前の週からです。各自、参加するもしないも自由ですが、参加すればそれだけの見返りがある事も事実。しかし、参加する場合は魔法学園生徒だという事をちゃんと理解しとくように」


 あの後、時間になったのか教師が来ると、すぐに生徒達は各々席に着席し、Aクラス担当教師リンダ先生が教壇に上がって喋り始めていた。


「それと、今日から本格的に魔法について学ぶ訳ですが、最初という事も考慮して、誰か基礎五属性を言ってみて下さい」


 真っ先に手を上げたのは先の金髪縦ロールのお嬢様。


「ビクトリア・レオノールですか。では、答えてみなさい」

「炎、水、風、土、雷の五属性ですが、炎に関しては他国では所々に火魔法と呼ばれる事もあるそうです。しかし、魔法国が定めているのは炎魔法ですわ!」

「正解です。なら、何故この五属性が基礎だと言われるか分かりますか?」

「魔創師様がそれぞれの属性の祖だからですわ」


 数百年前、魔法というのは色々な魔法があった。


 今で言う消失ロスト魔法や禁呪魔法と呼ばれるもの。


 けれど、それは魔力量や制御の困難さ、危険性から排除されつつあり、その中で、多くの人々が使うのに最も適した魔法が五大属性と言われる炎、水、風、土、雷だったそうだ。


 それを五星賢者が人々に魔法という概念と知識を与えていったのだとか。


「なお、五星賢者様は私達の想像を超える方々です。その元で魔法を学べる事をきちんと自分の中で理解しておくように」


 そして、リンダ先生による授業は属性から魔力について、最後に魔法へと変わっていく。


 それ以降も授業が滞りなく過ぎていっていると、突然鐘の音が鳴った。


 王都にいた私は思わず僅かに身構えるが、どうやら心配はいらないようで、「もう昼ですか。いけない。時間の進みが早すぎます」とリンダ先生が言った言葉でようやく理解する。


「午前の授業はこれで終わりとしましょう。午後からは一人一人の魔法を見る為、全員、時間になる前に第五教練場に集まるように」


 そう言い残すと、リンダ先生は教室を出て行く。


 同時に生徒達も各々授業内容やこれからどうするかなど喋り始めた事で、一気に教室内の空気が弛緩しかんしたように感じられた。


 ビクトリアさんもあの少ない時間内で既に友人グループを作っているのか、その行動力の速さには感心するほどだ。


 とはいえ、それはそれなわけで。

 今は、


「お昼だって! ご飯だよ! 三人はどうする?」

「食堂か、前みたいな喫茶店かよね」

「私はどちらでも構いませんよぉ?」

「学園を探索次いでに食堂に行ってみる?」

「確かに、ここって本当に広くて迷いそうだからね~」

「というより、ラウは入学試験の時に迷ってレシャさんに助けられてたじゃない」

「それは言わない約束だよ!」

「残念ながら、そんな約束をした覚えは無いわね? ほら、決まったのならさっさと行くわよ」



 第一校舎を出て食堂があるという共同校舎へと足を進める。


 すると、食堂に近付くにつれ、人が多くなり、食堂に着く頃には人でごった返していた。

 

「もしかして、全校生徒集まってるの?」


 魔法学園の食堂は校舎の一階と二階を連結させた風通しの良い建物となっており、その二階まで全てが食堂という桁違いの広さを誇っている。


 その中で二階の端が空いていたので私とミリア、クアンとリィナに別れて注文と席の確保を行う。


 ミリアと雑談しながら席に戻るとそこには何故かレオノールさんがクアンとリィナの二人と親しげに話していた。


「あら、そちらはラウさんとミリアさんですわね。ビクトリア・レオノールですわ。同じクラスになった者同士、仲良くしてくださいませ」


 レオノールさんは私達に気付くと優雅にカーテシーを行う。


「う、うん。此方こそよろしく。レオノールさん」

「ビクトリアで構いませんわ」

「じゃあ、ビクトリア。私の事もラウで構わないよ」

「私もラウと同じでミリアって呼び捨てで構わないから。それはそうと二人に何か用事?」

「そうと言えばそうですが、今はクラス全員に挨拶して回ってるところですの」

「クラス全員に!?」

「えぇ。友好的な関係を形成するには最初が肝心だと父様から教わりましたから!」


 中々面白い子が同じ同級生になったようだ。


 それにしてもクラス全員って大体八十人ぐらいいるのに一人一人回ってるとは……。


「じゃあ、この後も挨拶回り?」

「いえ、昼休憩で皆さんバラバラに何処か行ってしまわれましたし、私もそろそろお昼を頂戴しようかと思っていたところですわ」

「じゃあ、一緒に食べる? これも何かの縁って事で」

「良いんですの? なら、御相伴に与らせて頂きますわ!」


 ビクトリアが嬉しそうに席を離れ、注文を済ませて戻ってきた彼女の手には野菜だけが沢山盛り付けられた皿。


「ビ、ビクトリア……まさかそれがお昼ご飯?」

「あら? 何か、不思議でしょうか? 私の家は農業が盛んな所でしたので野菜中心の食生活だったのですが」

「だからって野菜だけはダメよ。バランス良く食べないと」

「そうだよ、ビクトリア!」

「でもラウちゃんは甘いデザートばっかりではぁ……?」

「こ、これは違うんだよ! 夜はちゃんと食べてるから!」

「これ以上、説得力の無い説得も無いわね」


 そうして色々と喋る中で、思わず屋敷の事をポロッと言ってしまった。


「もしかして、四人の中の誰かがオリジンですの?」


 まぁ、その結論に行くのは何も難しい事ではなく。

 ビクトリアが言った言葉にリィナが反応した。


「えっ、オリジンって確かビクトリアさんと同じ」

「えぇ、私もオリジンですわ。六番目の」


 という事は、彼女の前にあと二人オリジンがいるという事になるが、多分ウチのクラスには居ないだろう。


 ビクトリア以上の魔力の持ち主は見当たらなかったし。


「ここはラウの責任という事で」

「仕方ないかな?」

「む〜。分かったよ、うん。私が成績上位者一位の『オリジン・エーナ』を貰ったよ」

「なっ!? 一位ですって!?」

「ッ!?」


 そこまで驚くような事でも無いと思うけど……?


 ビクトリアは驚きをそこそこに引っ込め、考え始めると、急に顔を上げた。


「なる程、いきなりの事で声を上げてしまいましたが、ここに来たのも何かの縁なのでしょう」

「ビクトリア?」


 すると、ビクトリアは私を真っ直ぐに見つめ、


「ラウ。午後の実技で貴女に決闘を申し込みますわ!」


 と声高々に宣言した。

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