第14話「屋敷」
私達は少ししてからリンダ先生とまだ用事があるというメイ達と別れ、浮足立つ足で屋敷へ向かっていた。
『いいのですか? ここは学園から離れていてもう数十年も使われていませんが』
『うん、私は出来れば静かな所の方が良いから』
『そうですか。では、これを。ここに屋敷までの地図が描かれていますので、ご参考に』
『うん! ありがとう、リンダ先生!』
『喜んで貰えたのなら何よりです。万が一、御礼をしたいと言うのであれば、今度魔法について学術的見解を用意してありますので、それについてじっくりと—————』
『じゃあ、またね! リンダ先生! さようなら!』
『あぁ……』
話に聞くと、どうも各屋敷は立地
しかし、私に渡したのは十人住んでもまだ空きがあるとの事なので、かなり余裕のある方なのだろう。
ただ、その屋敷が建っているのが森の中に加えて魔法学園から遠く、手入れをしないと草木で荒れ放題になるという事で、長年住む学生が居なかったのだとか。
今は時々、学園が雇った庭師等が屋敷を丁寧に掃除しているようだが、それも生徒が住むと行われなくなるので、自らやらなくてはならない。
クアンとミリアも屋敷の鍵を貰っているが、結局は三人同じ屋敷を使う事に決定しているので、屋敷に住むのはメイ達を合わせて五人という事になる。
二人と話しながら歩き続ける事、数十分。
学園から離れるにつれ、徐々に
入ってすぐに広がる庭は小さな庭園かと思う程に広く、色とりどりの花が咲いており、二階建ての屋敷は堂々とその姿を光源に晒す。
純白に染まった屋敷に屋根まで伸びた木々が彩りを与え、小さなリスが木の枝から屋根を渡り、他の木々に移っていく姿が見えた。
どこかキミウを思い出させるその屋敷は、時間がゆっくりと流れる穏やかさと暖かみを感じ、私にとってはかなり好印象に感じられた。
「うおおぉぉぉぉ!! 私達の家だぁぁぁぁ!!」
「学園所有の屋敷って言うからどんなものかと思ってたけど、かなり広いわね」
「庭も広いし、花壇を拡張するのも良いかも。でも、これから四年もお世話になるんだから最初は掃除かな?」
「……というより、下手したら伯爵家の屋敷よりあるんじゃないの? 流石に一介の生徒に与えるような屋敷じゃないわよ?」
「ねぇ、二人とも! 早く、早く中に入ってみようよ!」
私は早く中を見て回りたいので、クアン達を急かしながら一足先に扉を開けて屋敷内へと入る。
庭を抜けて、入った玄関は屋敷内の全体が見渡せるようになっていた。
二階までは吹き抜けになっており、奥にはキッチンや巨大な浴室。
リビングにはピアノも置いてあった。
更に、階段を上がると左右にいくつもの部屋が存在していた。
そして、一番奥の部屋へと歩みを進める。
部屋に入ると、涼やかな風がふわりと頬を撫で、風が通り過ぎ去っていく。
薄い白色のカーテンが開いた窓から入った風によって波打つように揺れ、木々の隙間から入った木漏れ日が部屋を暖かく照らしていた。
「うん、決めた。ここにする!」
まだベッドや家具はあるにはあるが、メイ達も住むので出来るだけ揃えておいた方が良いだろう。
遅れてやってきたクアンとミリアもそれぞれ屋敷内を見て回り、満足したようで、私の意見に反対は無かった。
だが、もう長く人が住んでいない事もあり、劣化によって傷んでいたり、ピアノに至っては音が鳴らない始末である。
「ラウ、ミリア、住むからには人が住めるようにするわよ!」
とはクアンの言葉だが、どうもクアンは幼い頃から一人で家を出て冒険者をしていた所為か異様に
人前での行動は貴族なんだけど、根っこは庶民派な行動が良く目立つんだよね。
「何よ……?」
「別に~?」
「なんなのよ、さっさと吐きなさい! 今、思った事を私に吐きなさい!」
「きゃーー!」
「こら、待ちなさい!」
「何やってるの? 二人とも……」
*
その一時間後にメイとアミルが学園から帰って来ては、森の中にある屋敷を
それからというもの、部屋決めに亜空間から出した家具を置いたりとしているうちにあっという間に夜となっていた。
「あっつぅい!」
「ラウ~! つまみ食いをしようとしないの! アミルと一緒に待ってて!」
「はーい」
「ミリアー、生地はこっちで作ったけど、これどうするのかしら?」
「そのまま寝かせるからこっちに貸して」
「ラウ様、一口如何ですか?」
「ホント!? 食べる食べるー!」
「えっ!? ラウ様だけズルい!
私とアミルはゲテモノと炭しか作らないとの事で、早々に味見役へと就任し、ミリア先導の元、三人の料理姿を眺めていた。
メイから貰った揚げ物を食べ、アミルと一緒に皿を並べたりとしていると「よし、出来た」とミリアから上がった。
今日のご飯は魚のトマト煮込みと
丸々と太った魚にトマトの酸味が入り、けれどあっさりとした味付けだから苦になる事は一切ない。
「うまぁ~!」
「ふふっ、なら良かった♪」
「ミリア、これ普通に店出せるレベルよ?」
「クアンとメイが手伝ってくれたからね」
「味見は手伝った!」
「私も!」
「はいはい」
「とはいえ、長年アミルやラウ様の料理を作ってきましたが、ここまで美味しいとは。もしかして料理長に?」
メイの言う料理長とは、ベルクリーノ邸で全ての料理を任されているメイドの一人だ。
彼女は先代のメイド長の娘なのだが、早々にその才能を開花させ、今では料理に関しては彼女の右に出る者はいなくなってしまった逸材である。
屋敷にいた時は何度も味見と称して食べ物を頻繁に貰いに行ったのも懐かしい思い出だ。
「ラウ様の為と言ったらすんなり教えて貰ったよ」
「まぁ、彼女に関してはそれは最大の切り札よね」
「クアンも会った事があるのですか?」
「えぇ、ベルクリーノ邸でお世話になってる時に何度かね」
「彼女、極度の人見知りなのによく会えたね?」
「会えた……というより、偶然遭遇したと言った方が正しいような気もするけど」
「私も姉々と一緒に会いに行った時は全力で逃げられたなぁ~。ラウ様の名前を出したらすぐに出てきたけど」
私もなんであそこまで人見知りになってしまったのか分からないけど、私の時は普通に話してくれるからなぁ~。
あの子達は今何してるのかなぁ〜。
*
ベルクリーノ邸—————
「くしゅん!」
「料理長、風邪ですか?」
「う、ううん。何でもない」
「気を付けてくださいね、最近は季節の変わり目なので体調を崩す人が多いんですから」
「気をつける」
「それにしても、ラウ様が魔法国に旅立って早数日。ラウ様ショックは相当なものですね」
料理長と喋るメイドが『ラウ様ショック』と呼んだそれはベルクリーノ邸のメイド達に酷い惨状を与えていた。
キミウに残ったメイド達はてっきり王都から帰ってくるものだと思っていたのか、その反動は計り知れず、一時期は仕事が手に付かない程に落ち込むメイド達が続出した程だ。
けれど、悪くも二度目と言う事もあり、前回よりは立ち直りが早い者が多く、ラキが帰って来てからは通常通りに戻ったと言っても良い。
けれど、
「どうします? これ?」
そうして指差した先にいたのは黄金色の耳と尻尾をへにゃりと垂らし、「ラウさまぁ……」と呟いては料理長が作った料理をちまちまと食べているメイド————イーリスである。
てっきり彼女は王都での事が終わったらキミウに帰ってきて、念願の再会を果たすものだとばかり思っていたのに、そのまま魔法学園にラウが行ってしまった事でかなりの精神的ダメージを喰らっていた。
そして、厨房に来てはラウが好んで食べていたお菓子を
「ど、どうするって言われても……ほ、放っておく?」
「うわ〜、料理長ってば中々に厳しいですよね」
「えっ、違っ! 私はその内立ち直るかなって」
「はいはい、そんな事言わなくても分かってますよ。何年の付き合いだと思ってるんですか」
「い、意地悪……」
「決心のつかない同僚を困らせて楽しむのが私の楽しみですから」
「ラウ様に言いつける……よ?」
「そ、それだけはやめて下さい! ラウ様に嫌われたら本当に精神を病んでしまいますよ!」
彼女達がわーわーと騒いでいると、厨房に入る扉が開き、「すみません、ここに————」とイーリスの妹であるリーリスが姿を見せた。
そして、厨房の椅子で項垂れる姉を見つける。
「やっぱりここにいた。姉さま、早く仕事に戻りますよ?」
腰に両手を付け、怒る姿はどちらが姉か分からないものだ。
「うぅ、お姉ちゃんはもう駄目です。ラウ様と二度と会えないのでしょうか?」
「二年前とは違い、ちゃんと生きているのですからまた会えます」
「でも、でもぉ……」
「はぁ〜。言い忘れておりましたが、姉さま、ラウ様の事でラキ様から話があるとの事なので、早く向かいませんと」
「ほ、本当!? なら、今から行きましょう!」
ラウの名前を口に出した瞬間、耳と尻尾がピンと張り、急に元気を取り戻すイーリス。
そして嵐の如く過ぎ去っていった二人を見て、料理長は溜息混じりにまた屋敷内が荒れるんだろうなと頭の隅でそんな良い知らぬ予感が残った。
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