第11話「夢見る少女」
入学試験から数日後、私達の元にはそれぞれに一枚の手紙が届いており、そこには入学試験合格と入学式当日の知らせが封入されていた。
手紙には入学式までに揃えておく物が数枚に渡って羅列されており、その中には制服など学園指定の物も混在していた。
入学式は一週間後。
制服自体は二日で終わるようだから、入学式までの時間は色々買い揃える日にしようと言うことになったのだ。
ということで、今日は五人で魔法国の散策に出ているというわけである。
現在、私達がいるのは主に学問書や魔導書が集まる古めかしい魔導書店に喫茶店、杖を買う魔導杖専門店に衣服専門店など、様々な店舗が乱立した商業地区。
そこで私達は一際、目の引いた清潔感溢れる洋服店に入っては衣服を試着していた。
「ラウ様! これは!? ロングスカートだけど、薄手だから暑く無いし!」
「いえ、こっちのミニスカートも可愛らしいです。ラウ様の魅力を更に引き立たせてくれます」
「待って、ラウならこっちの淑やかな方が似合うはずよ」
「ん~、私的にはこっちの研究服を着た学者風のラウも見てみたいんだけど」
のだが、何故こうなってしまったのだろう。
いや、寧ろこうなるのが必然だったのかもしれない。
元々、制服を買うという目的だったのだが、それが隣に展示してあった涼やかな服一式に目を取られ、気付いたら私が試着マネキンが如く皆が次から次に持ってくる服を着替えさせられている。
最近ではメイとアミルは魔法国の衣服にも手を付けだしたみたいで、衣服の知識が増えたからか、範囲がどんどん広がってるんだよね……。
加えて、クアンとミリアも女の子。
そういう方面に興味が無いわけが無かったのだ。
「ね、ねぇ? これ、ちょっとスースーして落ち着かないんだけど!」
「似合ってますよ、ラウ様♪」
ひらひらとしたワンピースの裾が動きによって揺らめき、足下がぱっくりと開いた革製のサンダルは私に慣れない奇妙な涼やかさを感じさせる。
「次これ! ラウ様に似合うと思う!」
次にアミルが持ってきたのは続いても、赤いワンピース。
なのだが……、
「ひゃあっ! ア、アミル! これ脚見えてる! あと、パンツ! パンツが見える!」
着てみて分かった事だが、全身を隠すようなワンピースだと思っていたら踝から太ももに掛けて横に深いスリットが入る事で余計に落ち着かない。
少しでも派手な動きをすれば脚どころかパンツまで見えてしまいそうだ。
「じゃあ、これは?」
「ミリア?! まだ続けるの、これ!?」
「ラウ、我慢♪」
「なんだったら、髪も弄った方が良いわね。ラウの髪は長いから編み込みとか色々なの出来そうだわ」
「じゃあ、私は髪飾りを持ってきましょう」
「えっと、それじゃあ私は化粧担当で!」
「死んじゃう……わ、私このままだと死んじゃう……」
「死なないわよ、大袈裟ね。あっ、あとこれ着てみて。ラウに似合うと思うの」
「クアンーーーー!!」
そうして、私はドレスから制服、リボンをあしらえた黒ワンピースに研究衣の白衣と、様々な衣装に着替えされられ、その度に髪もセットし直したり、帽子を被ったりと軽く言って地獄を見た……。
だが、四人は充分に満足したようで、今度はどういう服を着せてみましょうかという聞きたくない会話を絶賛開催中である。
「もう……ダメ……」
私は近くにあったベンチに倒れ込むようにして垂れ掛かり、ほくほく顔のアミルとメイで亜空間内に買った大量の衣服等を次から次へと押し込んでいく。
「調子に乗って買いすぎたわね……」
本当である。
まさか、制服と五人の私服を買いに来たと思ったら、途中から若い女性の店員さん達も混ざっての私のファッションショーが開催されるとは思わなかった……。
その結果が、二百大銀貨である。
数字に直せば二百万クォーツ。
いくら冒険者稼業で稼いだとはいえ、使い過ぎなのだ。
だから、今度はこの事を盾に是非逃れたい……!
「ラウも力尽きたみたいだし、少し休憩した後、今度は別の所に行く?」
「そうね、まだ買わなきゃならないのは沢山あるから。とはいえ、そこまで急がなくてもいいかしら」
「そういえば、クアンやミリアは杖はどうするのです? 学園に入学したら必要なのですよね?」
「確かに、長杖と短杖の両方があるから、選ばないと。その二つから選ぶとしたら、どっちが良いのかしら?」
「一般的には長杖じゃない? 実際、短杖よりも使いやすいからね。ラウ様は沢山持ってる杖の中から使うの?」
「ん~? 私はね~」
っと、考えてみたけど、確かに杖どうしよう。
「あれだけ武器を持ってるんだから杖の一つぐらい持ってるんじゃないの?」
「いや、持ってはいるんだけど……」
あれって出して大丈夫なのかな……?
何せ、裏オークションで手に入れた奴だし……。
とはいえ、あれ以外のってロクなの無いんだよね。
でも、何かの拍子に元の持ち主が出てきていざこざが〜!とかは嫌なんだけど!
「どうしたの、ラウ?」
ん〜……まぁ、出してから考えようかな。
「私が持ってるやつで気に入ってるのってこれなんだけど」
私が亜空間から数ヶ月前に色々あって手に入れたものの、放置していた『聖清杖 ラファエ・クリーグ』を取り出した。
直後、周囲に溢れ出る杖に込められた莫大な量の内包魔力の存在感と神聖な守護の力。
出した瞬間に私達の周辺に漂っていた空気が浄化され、焼き串の匂いすら消し去って、どこか神聖な澄んだ空気に変える。
圧倒的外界干渉力だが、手に入れた時はこんな事にはなってなかった。
精々が、なんか気持ち良い風が吹いてる気がするな程度。
それをちょっとずつ魔力を与えてたらこうなった……なっちゃった♪
「えっ、ちょっと待って。ラウ、それ何?」
「え? 聖清杖ラファエ・クリーグ」
「逆にそんなあっさり言われても困るのだけれど、ひとまず仕舞いなさい」
「ぇ、うん」
額を軽く押さえるクアンと苦笑の笑みをしたミリア。
そして、頭の上にハテナを並べる私達。
「まず、なんで迷宮で発見されてから数日で行方不明になった伝説級武具を持ってるのかしら?」
「買った!」
「買った!? 何処で!?」
「オークションで!!」
「はぁっ!?」
「どういう事か一から全部、端折らずに教えなさい!」と怒るクアンに全て話す。
「どうりで全然見つからないわけよ。闇市に出たって事は盗んだのは盗賊だとしても買ったのは貴族なわけだし」
「もしかしたら、その貴族は買ったは良いけどその杖の特性を知らなかったのかもね。あまり知られてないから。結果として、偽物だと判断したんじゃないかな」
「それを何故か闇市にいたラウが買った、と。何処から突っ込めば良いのやら」
「取り敢えず」と声を出す。
「ラウは後でラキ様に怒られなさい」
「えっ!? い、嫌だぁぁ!!」
「まぁ、ラキ様の事だから何もかもお見通しかもしれないけどね」
「なら、言わなくて良いよね!? ママ怒ると本当に怖いんだから!」
「はいはい。それはそうと、元気になったなら、買い物を続けるわよ?」
*
その後、昼食を食べに喫茶店に行った後、杖の専門店に始まり、魔導具店、雑貨屋へと散策を続け、必要だと思う物を買っていると、あっという間に時間は過ぎ去っていくもので、今日で入学式当日を迎えていた。
「ラウ様、起きてください」
「ん、んぅ……」
「あんまりに起きないと食べちゃいますよ~!」
頬をツンツンと突く感触をまどろみの中で感じる。
「本当にラウ様は朝が弱いですね」
「そんなラウ様も可愛いけどね〜。でも、そろそろ起きてくださーい」
「メイ? アミル?」
「やっとお目覚めですか? ラウ様、おはようございます」
「おはよ~、ラウ様♪」
眠い目を開けて見ると、アミルが隣で添い寝しており、メイがベッドに腰掛けて私の髪を撫でていた。
「ふぁふ、ふぁふ……おはよ~、二人とも」
まだはっきりとしない頭でアミルに抱き着いて、ふくよかな胸の中に頭を埋める。
「まだ眠い?」
「眠い~」
「ですが、今日は魔法学園に入学する準備をしなくてはいけませんよ?」
「そうだった~」
「ふわふわなラウ様可愛い!」
「ほら、アミルも甘やかさないでそろそろ準備を始めますよ。入学式に間に合わなくなってしまいます」
「「はーい」」
メイに手を引かれ、寝ぼけ混じりに着替えさせられていると、「どう? ラウは起きた?」とクアンが部屋に入ってきた。
「おはよ〜、クアン」
「おはよう、ラウ。まだ本調子じゃ無さそうね。それと、ミリアは先に朝食の準備をしてくれているから、早くね」
「ん〜、分かった〜」
しばらくして、着替え終わると一階へ降りていく。
そこでは、ミリアとクアン、宿の女将さんであるマーサさん、娘のミマちゃんが朝食の準備をしてくれていた。
「あ、やっと来た」
「ラウってば、昔から極端に朝が弱いからね」
「ラウお姉ちゃん、おはよ〜!」
「おはようございます。どうやらまだ眠そうですね?」
「おはよ〜、皆んな」
入学試験から数日経った今では、魔法国を案内してくれたり、一緒に遊んだりする程度にはミマちゃんとも随分仲が良くなった。
途中でちょっとした魔法を見せたら、教えて!と言われたので後半はミマちゃん専用魔法講座を開催しては教えていた感じだけど。
無論、そのミマちゃんの猫であるミロとも仲良くなれた……はず。
ご飯を上げたりした時はちゃんと食べてくれたが、気分屋なのか未だに行動が謎でよく分からない。
ミリアはクゥと一緒に住んでるからか、慣れるのは早かったが。
「お姉ちゃん達、今日だよね?」
すると、元気よく喋っていたミマちゃんが急に寂しそうに下を向いていた。
原因は分かっている。
今日、私達が魔法学園に入学するので、寮に入る。その際で、この宿に来る事が無くなるからだ。
「こら、ミマ。我慢しなさい。ラウさん達を困らせないの」
「うん……」
言葉では分かっていても、心が拒絶する。
そんな風に今のミマちゃんは見える。
私にも、そんな経験は一度ならずとも何度もある。
だからこそ、その気持ちは良く理解できた。
「ねぇ、ミマちゃん。お姉ちゃんと一つ約束しようか?」
「約束?」
「ほら、私達がここに泊まる時、ミマちゃん言ってたでしょ? いつか魔法学園に入って魔創師様みたいに立派な人間になるんだーって」
「うん。言った」
「なら、いつかミマちゃんが大きくなったら魔法学園に入学する事」
「え?」
「そして、色んなことを学んで、ミマちゃんが思う立派な人間になる事」
ミマちゃんの反応としてはポカンと口を開けて、脳が処理に追いついていないみたいだ。
それに、立派な人間になるというのは主観的な問題でしかない。
自分ではそう思えなくとも、どんな小さな事でも立派だと思えるような事が出来て、いつか自分で納得出来ればそれは約束を叶えた事になるからだ。
それに、良き人間になろうとするのを止める事を誰がするだろう。
私はミマちゃんが良き立派な人間になってくれる方が嬉しい。
それに、ミマちゃんはマーサさんの血を受け継いでか、今でも美少女の片鱗を見せているので、将来が楽しみでもあるからね!
「それを約束するなら、私からこれをあげる」
亜空間から私が勉強したボロボロの本と数冊の魔術書を渡す。
「本はボロボロだけど、私でもどうにか理解出来たし、魔術書に関しては私の見解と考察が色々書いてあるから役に立つと思うよ」
「でもこれ……」
「ふふん♪ 私はミマちゃんの魔法の先生だからね、この程度は造作も無いよ」
すると、ミマちゃんは何度か私と本とで視線を行き来させると、ぎゅっと本を抱き込んだ。
「……分かった! ラウお姉ちゃん……うんん、ラウ先生! 私、頑張ってラウ先生が驚くような人になってみせるから!」
「なら、私が教えた事を忘れない事。そして、」
「うん、誰かを悲しませる力の使い方をしない事! 分かってるよ!」
「ならよし! それと、私達の魔法は大切な人を守る為の力だということを忘れないでね」
ミマちゃんは元気よく頷き、隣ではクアンがマーサさんに「ごめんなさい、ラウが—————」と謝っているのが聞こえた。
「大丈夫ですよ、ミマが何かをこんなに一生懸命にやりたいと言い出したのは初めてですから。失敗するも、成功するも、努力したという事実はこの子を必ず成長させてくれます」
「うん! 頑張る!」
そうして、私達は時間が経つまでずっと話をした。
幸いにも私達の他には客は疎らだった。
私達の過去の事から、魔法についての事、そして、ミマちゃんがどうして魔法学園に入ることを夢として語ったのかなど。
時間はあっという間に過ぎていき、もうそろそろ行かなくてはいけない時間に近付いてきた。
「それじゃあ、今までありがとうね。学園の外に出る時は偶に遊びに来るから」
目の端に大粒の涙を溜めるミマちゃんの頭をそっと撫で、涙を私の指先で拭う。
今のミマちゃんは十歳。
魔法学園は十三歳から入学試験を受ける事が出来るので、早ければ三年後にはミマちゃんと一緒に通えるようになるかもしれない。
それが分かっていたのか、渡してからずっと大事に抱き込んでいた本をマーサさんに渡し、私に抱き付くと「先に行って待っててね、先生!」と夢見る少女は満面の笑顔を浮かべたのだった。
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