第12話「魔法学園の入学式」


『新入生諸君! よくぞ我が学び舎、国立魔法学園に入学を決意し、苦難を乗り越えてきたッ!!』


 入学式の最初の言葉は、上級生の威勢の良い声から始まった。


 次の瞬間には会場全体にいる入学生のワッと沸く声が発せられ、思わず気圧される。


 人の期待に満ちた熱気もそうだが、なにより、会場内にいる人の九割が新入生だということに驚きしかない。


「ひゃー、凄い人だね。何人いるんだろ……?」

「これでも随分と減ったみたいだけどね」

「そうなの?」

「魔法学園の生徒人数の上限は全体で四百人までではあるけど、それは入学試験の基準に達している者が上限人数以上いた場合の話。実際はもっと少なくて良ければ三百人前後、最低だと百人を切った年も過去に何度かあったみたいだよ?」

「私達は後発組って言って試験日が遅い時に行ったから全体合わせたら、相当少なくなったわ。もしかしたら、ラウの興味を引く子も何処かにいるかもしれないわよ?」


 目の前を覆い尽くすような人。

 その全員が私達と同じ魔法学園の制服を着用しており、誰もが魔法学園に入学する事が出来るという期待で浮ついているように感じられる。


 だが、それは何も私達も例外ではない。


 実際、昨日は魔法学園に入学する事をアミル達交えて夜遅くまで喋っていたのだから。


 しかし、それにしても人が多い。

 

 私達がいるのは魔法学園第一校舎にある巨大な空間。

 一階から三階まで椅子で埋め尽くされたその場所は、全校生徒すら入れる広さであり、先程の声はその前方。


 背後がカーテンで仕切られた壇上の上から発せられていた。


 スポットの照明が当たり、上級生の陰影が地面に細く伸びる。


 私達が小声で喋っている間にも式は滞りなく進んでおり、上級生から各教師陣の紹介が終わると、理事長の挨拶へと移った。


 そして、その理事長こそ――――


『これより、我が国立魔法学園の理事長にして、五星賢者ごせいけんじゃのお一人である堅氷けんぴょうの賢者――――グルーナティス・ジオロノワ・クリュスタッロス様より御使い様を預かっています』


 魔法中立国家『リグラ』に存在する最上位権力者の一人。


 私から見れば、まさしく彼ら――――『五星賢者ごせいけんじゃ』こそ、この国の王様に見える。


 上級生が先程は感じさせ無かった緊張を含んだ声で言い終わり、すぐさま裏へと下がると空気が一変した。


「ッ!」


 突如として壇上に現れた氷の結晶体は徐々に大きさを変え、人の背丈になろうかという所で、一匹の子竜へと変化した。


 身体全身が氷の鱗で覆われ、刃物の如く鋭くも澄んだ氷の瞳で周囲を睥睨する。


 それだけでどれだけの生徒が射すくめられたか分からない。


 誰もが言葉を一切発しない。

 いや、発せられないのだろう。


 空中で宙に浮かぶように停止するその子竜は圧倒的な魔力量を持って、その場を支配していた。


 そして、小さく口を開く。


『我はグルーナティス・ジオロノワ・クリュスタッロスである』


 子竜の口から到底似つかぬ老人特有のしゃがれた声が会場全体に反響する。


 そして、言葉に魔力が篭っているのか、畏怖の感情を強く受けた。

 

 だが、同時に私の感情に作用しようとした魔法があった為にこれを防御。


 子竜そっちのけで魔法の逆探知を行う。


『ここで長々と喋るつもりはない。それは時間の無駄だからだ。其方らはまだ弱い。そして、この学園では貴族などの階級差ではなく、強さと知識を重要視している。それをよく理解しておくと良い。ここは其方らが思う以上に険しいと知れ。まだ魔導の門に立ったばかりの雛鳥よ、強くあれ』


 その言葉を残すと、子竜は氷が割れるように空中へ溶けていってしまった。


 シンと静まった会場から爆発音かと思う程の新入生の歓声が上がり、吃驚びっくりした拍子に私の魔力による逆探知も切れてしまった。


「……ぁ……ま、まぁいいか」


 隣では熱に浮かされたクアンが珍しく興奮混じりに「す、凄かったわね……、あれがこの国の頂点……!」と口に出す。


「しかも、使い魔であれだけの魔力を放出するなんて、魔力量はどうなってるんだろう?」

「流石のラウも今回のには驚いたんじゃない? ラウ?」

「あの子竜可愛かったね!」

「いや、違うわよ……確かに可愛かったけど」

「何か、また気になる事があったの? 子竜が喋っている間、険しい表情してたけど」


 実は、さっき魔力を広げて周囲の逆探知を行っていた時に気付いたのだ。


「クアン、ミリア。これから面白い事が起きるよ」

「面白い事?」

「ラウがこう言う時は、嫌な予感しかしないわ」

「なぁ! 失敬な! そういうクアンにはこうだ!」

「ひゃあっ! ちょ、ラウ!」

「二人とも、入学式の最中だよ?」

「わ、私は悪くないわよ!」

「クアン、良い匂いするね!」

「いい加減、やめなさい!」


 私がクアンに抱き着いていると、『これより、総務会会長ユリア・フォードロヴァナの新入生挨拶へと移らせて頂きます』の声。


 そして、壇上に上がるのは、制服の上に魔法学園の紋章が描かれた高そうなマントを片肩に掛けた一人の女子生徒。


「え、あれって!?」

「…………」


 二人が驚いた表情で見つめる先。


 ユリア・フォードロヴァナは会場全体を見渡すと、私達を見つけたのか、此方に不敵な笑みを向けた。


『さて、新入生諸君。どうだ? 教師陣の紹介やらでずっと座りっぱなしは疲れただろう?』


 音声拡張の魔導具片手に声高々にユリア・フォードロヴァナは声を出す。


『そして、魔法学園に入学したとはいえ、不安もあるだろう。そんな心配を察したこのさとい私がお前達に特別にあるモノを見せてやる』


 にしても、あの人あんなキャラだっけ?

 大胆不敵というか何というか……。


『その中で更に実力の差に怯えるも良し、自分の可能性を信じて将来への期待に胸を膨らませるも良し。全てはお前達次第だ!』


 まるで入学式に言う言葉ではない言葉を放つと、指をパチリと鳴らした。


 直後に地面に描かれた巨大な魔法陣が形成され、紫色の魔力が床に走る度に光が強くなっていく。


 それは明かりの消えた会場を紫色に変えた。


「な、なんだこれ!?」

「え? これ、問題無いんだよな!?」

「私に聞かないでよ!」

「お、おい! 誰か教師に聞きに行けよ!!」


 動揺と悲鳴が交差する会場で、ユリアは不敵に笑みを浮かべるばかり。


「ラウ、これって大丈夫なの!?」

「うん、この魔法に害はないよ。どうやら、幻影魔法内に引き込むみたい。でも、これだけの魔法を使うなんて、あの人だけじゃ魔力が足りないだろうし、どうやって……」

「駄目だわ、ラウが思考に入った! ミリア!」

「ラウが慌ててないし、大丈夫じゃない? 本当に危なかったら思考には入んないから」

「……まぁ、それもそうね。何かあったら、ラウの責任にするわ」

「えっ!?」


 刹那、ユリア・フォードロヴァナが手を広げ、『さぁ! 魔法学園を精々、楽しんでくれたまえ!』と声を上げると同時に会場を限界点にまで達した紫色の光が視界を埋め尽くした。



 魔法が終了したのか、光は鳴りを潜め、ゆっくりと瞼を開ける。


 目の前には同じように目を開けた生徒が多くおり、ミリアとクアンも隣にいた。


「一体、何がどうなってるわけ……?」

「どうやら、魔法学園じゃないみたいだけど」


 確かに、周囲を見渡しても魔法学園などではなく、荒野が延々と続いているようだった。


 言ってしまえば、空の青と地面の土色しかないとも言える。


 砂を含んだ風が頬を撫でていく感触は実際にこの場所にいるみたいだ。


「もしかして、魔法学園ってあんな人ばかりなの?」

「それにしても、前とは口調が違くなかった?」

「外用の口調とかかな?」

「確かに、全学生の模範って大変そうだものね」

「どちらにしろ、後で捕まえるんだから! ん?」

「どうしたの?」

「ラウ?」


 周囲を探る為にも魔力を広げて探知しようとしたが、おかしな事に気付いた。


 思えば当たり前の事で、魔力で探知したのは元の会場。


 今の私達は精神だけ幻影魔法に囚われた形となっているのだ。


 だからこそ、試しに魔法を練り上げようとしても何かに邪魔されるように霧散むさんする。


 それは他の生徒も気付いたのか、魔法が使えないという事は波紋となって広がっていく。

 

 だが、それは早々と終息する。


 何か来る。


 私が呟いた直後だった。


 何かが空から猛スピードで落ちてきたのは。


 地面に当たると同時に爆風が私達の間を駆け抜け、地面を揺らす衝撃が走っていく。


「ッ、何なの!?」

「二人とも無事?」

「耳がキーンってするー!」

「大丈夫そうね」


 直後に更に五つ、地面に降り立つ影。


 すると、入学生の誰かが興奮混じりの驚いた声を上げてその姿を他の生徒に知らせる。


「おい、あれって五星賢者様じゃ……!」

「ほ、ホントだ!」

「どうしてここに……?」


 だが、そんな言葉を交わしているうちにも五星賢者はこちらが見えていないのか、魔力を込めると凄まじい速度で飛び出していく。


 地面を抉り、空を猛スピードで駆け抜けていく五つの姿。


 そして、魔法の頂点に立つ五人の賢者による魔法戦闘が開始された。

 

 賢者の一人が杖を振るえば、地面を焦がすような業火が目の前を灼熱の地獄へと変化させ、どす黒い色に染まった曇天どんてんから巨大な稲妻がいくつも降り注ぐ。


 まさに、頂上の戦いと言う言葉がこれほど合う戦いは見たことが無かった。

 

 時には永久凍土に変える氷が城にも及ぶ巨大な氷柱を形成し、ある賢者が召喚した私達の何十倍もあろうかという巨人が振り下ろした拳で大陸が割れ、緑色のローブを被った賢者が両手を地面に付けると異常な速度で唸るようにつたが生えては森林が形成されていく。


 全てが極魔法で構成される高次元の戦闘。


 そんな戦闘に歓声を上げる新入生達を横目に私はミリアとクアンに答えを出した。


「うぅ……まだ耳がキーンってする」

「ラウ、これって」

「うん。きっと、これは五星賢者の過去の記憶だよ」

「過去の?」

「そういえば、マーサさんが五星賢者は昔、世界を混沌に陥れようとした悪から世界を救ったって。この光景はその時の?」

「多分ね。だけど」


 目の前で五星賢者と相対する者の姿が全く分からないのだ。


 全てが黒で塗りつぶされ、顔どころか姿も分からない。


 まるで黒いもやと戦っているように見える。


 けれど、その黒は魔創師達にも及んでいた。


 先程聞いた老人の顔は黒で塗りつぶされ、五星賢者全員の顔を伺う事は出来なかった。


「だから、誰も分からないんだね」

「ただでさえ、人前に出てこないのに加えてこれじゃ、どうしようも無いわよね」


 一人の魔創師が放った魔法がもやに直撃し、地面に突き落とすと、一斉に五星賢者が形成した極魔法が放たれ、目の前を全てを白に塗り替えた。



 再び、瞼を開けた時には元の会場に戻ってきており、『どうだ? 楽しかったか?』と笑みを浮かべながら平然と言ってのけるユリア・フォードロヴァナ。


『先程の映像は五星賢者様から提供された過去の記憶だ。一部、劣化により黒い靄が掛かっていたのは我慢してくれ。だが、見て分かっただろう。魔法とは極めればあのような超常現象すら起こすことが出来る。かといって、何も悪事に働けと言っているわけではない。しかし、これから君達が学ぶ中で実力は上がっていくだろう。その中で君達が何になろうとするのか、楽しみにしている』


 嬉しそうな笑みと共に言うと、会長の挨拶も終わり、入学式は閉式となった。


 なお、入学式が終わった後、何故かは知らないけれど、学内アンケートで会長人気が凄まじい勢いで上昇した……らしい。

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