プロローグ3


 都市キミウから出て南方に一時間程歩いた草原にグラン達はいた。


 ゴツゴツとした岩が転がって、見渡す限りの平行な草原にある者は攻撃魔法を駆使して魔物を蹴散らし、またある者は長剣で魔物の強固な皮膚を両断しながら戦っている。


 そこはまさしく戦場と言えるほどの熱気と殺意で満たされていた。


 グラン達が戦い始めてから四時間は経っているだろう。


 しかし当初六十体ぐらいと推定されていた魔物の数は時間が経つにつれ、増えに増え二百体になろうかという程であった。


 背後にはこれまで倒してきた魔物が山の様に積み重ねっており、それが、ゴブリンやスライムのような下級魔物であれば全部倒すのに一時間もかからなかっただろう。


 しかし、ここキミウは他の大陸よりも二、三段強く強靱な身体と異常なまでに発達した身体能力を持った魔物で跋扈ばっこする土地なのである。


 なにが言いたいのかと言うと、倒しても倒してもきりが無いのである。


 それでも重傷者を出しても死者は出してないことを誇りに思えばいいのか。


 それが、魔物による作戦の一つなのか不透明になってきた頃、ようやく目に見えて魔物の押し寄せる数が減少し始めた。


 グランとギルド長であるイリーナは最前線で戦っていた為、その疲労は凄まじいものであった。


「ったく、やっと終わりが見えてきたか……」


 グランの背後には彼によって切り捨てられた魔物の姿が。


「本当、一応死者はゼロと。本当、奇跡でも起きたのかと思うぐらいよ」

「にしても、こいつらなんでキミウに襲ってきたんだ?」


 グランは肩に自分の身長ぐらいの剣を担ぎながら隣で疲労もあるはずなのに上級の爆裂魔法を涼しい顔で撃ちまくっているイリーナに戦々恐々としながらも聞いてみる。


「どちらかと言われると魔物達が襲撃してきたんじゃ無くて、逃げてきたら目の前にキミウがあったととらえる方が私的にはしっくりくるわね」

「じゃあなにか? この魔物達が終わったら今度はこれの更にヤバい奴がくるってのか? ———マジかよ、勘弁してくれ……」

「私だって嫌よ」


 二人共の妙なとこで意気投合する事はあれど、『こんな状況で意気投合しても……』と内心思う。


「このまま来ないでじっとしてくれればなぁ」

「あら、それは貴方の妻や子供がその魔物という危険に会う危険分子をわざわざ傍に置いておくってことになるのよ? それでもいいの?」


 イリーナが挑戦的な表情を作り、聞いた。


 答えは想像していたものと同じだったようで、


「………。いいわけあるかあああぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 グランが雄叫びが草原に響く。


 彼の闘争本能を呼び出せた事に内心したり顔を作るイリーナ。


 同時に冒険者時代との変わり様に呆れてもいた。


「本当、子供が生まれる前だってのにもう親ばか発症させてるわ」

「おい! イリーナ! さっさとその魔物をぶっ潰しにいくぞ!!」

「はいはい、分かってるわよ。ほら、あなた達もさっさとその魔物の集団を叩きのめしてさっさと狩りに行くわよ」


 「散開し始めた魔物を逃すかァッ!」と追っていた他の冒険者に無情な宣告。


「ちょ! 待ってくださいよ!」

「お二人の殲滅力が凄すぎるんですけど……」

「俺、この戦いが終わったら喫茶店の女の子に告白するんだ」

「待て! なんで今フラグ立てた!」

「あれ? そういや、あの子って彼氏いなかった?」

「あ~、あのかわいい子な。店に男と楽しそうに歩いてるの俺も見たことあるわ」

「行く前にフラグ折られたな……」

「ちくしょおおぉぉ!!」

「フッ——――哀れ」

「どうやら随分と楽しそうじゃないの? ん?」


 グランが歩いてきた事に危機感を覚えた冒険者達が一歩後ずさる。


 その光景を後方から眺め、再度呆れるイリーナ。


「あ、そうだ。おまえら呑気に喋ってるけど全力でやんなかったらおまえらだけ一年税収の額上げるから。これ領主権限な?」


『ええええええぇぇぇぇぇッッッッ!!!!!! そんな横暴なぁぁあ!!!!!!』


 心の底からの絶叫が響き渡り、各々にこの原因を作った魔物に対する殺意が湧き上がってくる。


 言ってしまえばこのキミウに来なければ死ぬ事は無かっただろうに。


 そして、戦闘を開始してから五時間が経過した頃ついにその元凶となった黒く鈍く光る鱗を宿した黒竜に遭遇。


 この場所は自分のテリトリーだと言わんばかりの態度に加え、強靱な鱗が生えた脚下にはそのテリトリーを治めていたであろう大蛇が横たわっている。


 黒竜の全長は八十メートルにもおよび、身体を覆う黒い鱗はまるで何者も傷つける事は出来ないと言わんばかりの輝きを放っている。


 更にその鋭く細められた金色の眼光は圧倒的強者から下等生物に対する侮蔑の色が濃厚に含まれていた。


 そんな黒竜を目にした瞬間、グランが目に膨大な殺意を宿しながら黒竜の元に飛び込んでいく。


 その間にイリーナは上級魔法の一段階上の極魔法の詠唱を始め、そして他の近接系の冒険者達はグランに続けとばかりに黒竜の元へ飛び込んだ。


「うおおおおおお!!」


 グランが大剣を黒竜の足に思いっきり振りかぶり、強化魔法を付与。そして、属性魔法をも駆使して大剣に炎を宿らせた大剣を丸太の如く太い脚にぶち当てた。


 それまで下等生物ごときにやられるはずがないと高を括っていた黒竜の前脚を根元から両断。


 竜特有の赤黒いドロドロとした血液が辺りに散らばり、片方の脚を失った事で体勢を崩した。


「ゴアァァァァァアアア!!!」


 あまりの激痛に黒竜の周囲から抑えていた魔力が草原に荒れ狂い、グランを攻撃しようと殺意を向けるが他の冒険者が迫る。


 大木の様に太く硬い尻尾を鞭の様にしならせ慌てて攻撃。


 その攻撃も大楯を担いでいる冒険者数名によって防がれ、長剣や拳装、槍で攻撃される。


 だが、防御の反動は著しく重いものだった。


「ぐぬぅ……、重過ぎじゃろこの攻撃……」

「ヤバイな……腕がへし折れそうだ……!」

「硬ッ! なによこれ!!」

「チッ……、流石は黒竜と言うべきかッ!」


 数多の攻撃を繰り出すが、他の冒険者はグランのような力は無いのか浅く傷をつけるだけになってしまう。


 それでも、普通なら傷さえも付けられないどころか、下手をすれば武器を一回で破壊されるのでそれすら無い冒険者達の実力の高さが伺えるというものだ。


 冒険者達が苦悶を出した事に好機を見いだしたのか、黒竜は世界の闇を凝縮した――――常闇の如きブレスで周囲を火の海に変えようとする。


 そして、一瞬の溜めの直後、黒い本流が吐き出された。


 とっさに数人の冒険者の結界師、魔法師が慌てて冒険者達の周りを覆うように結界と防御壁を張りブレスを食い止めようと体勢を整える。


 しかし、詠唱時間が短かった為、そこまで耐えられず結界に罅が入り始め、結界が軋むような甲高い、嫌な音が冒険者の耳に嫌でも入ってくる。


 さすがにこれはマズイと感じたグランがイリーナへと声を荒げた。


「イリーナ! まだかッ!!」

「ええ、ようやく完成したわ! 『全てを凍て尽くせ! 蒼月華』ッ!!」


 そこでようやくイリーナの氷魔法が完成し、黒竜のブレスと激突。


 イリーナを支援しようと周囲の魔法師達も詠唱し炎・氷・雷・土・風など様々な上級魔法で黒竜を攻撃する。


 詠唱破棄を行なったとは言え、それでも極魔法と同様の攻撃を溜め無しで打てる竜という存在に内心戦慄する。


 これまで冒険者時代に竜とは散々戦ってきたが、それでもこの竜は他の竜に比べ、体格が小さく、まだ幼いようにも感じる。


 だが、流石は竜というべきか。


 幼体であろうと竜は竜。

 黒竜など初めて見たが、その力は侮れないものであった。


 黒竜の意識がイリーナに向いているうちに攻撃するべきだとグランは地面を抉る速度で駆け出すと、大剣に魔力を込めていく。


 それに答える様に剣も赤黒く強い光を放出。


 これは魔法を付与したものでは無い。


 元々大剣に備えられた決定打とも言える一手。

 赤黒く強い光を放出し始めた大剣が徐々に眩い程の光へと変化、同時に収束し、大剣に灼熱の焔火を纏わせた。


 黒竜の懐へと踏み込み。

 かの竜の瞳が間近に迫った自身を殺す殺意を目にする。


 しかし、全てが遅い。


 そして、


「さっさと死ね! この黒トカゲがぁぁあッッツ!!」


 それを黒竜の胴体に思いっきり上段から剣を振りかざした。


 黒竜はイリ-ナに意識を向けている為、目では目視していても身体がグランに対処することが出来ない。


 グランの剣が鱗を次々と切り裂き、黒竜の胸に深々と突き刺さったことで、黒竜の勢いを削ぐことになりイリーナの蒼月華が黒竜の身体を飲み込んだ。


「GRAAAAAAAAAA!!!!」


 黒竜が悲鳴を上げるが、食らったダメージが大き過ぎた為か段々と声が小さくなっていき、遂には蒼月華によって凍らせられた身体を地面に落とした。


 ガッシャーーンッ! と黒竜を凍て付かせた氷が砕け、辺りに霜が降り積もる。


 胸に突き刺さった愛剣を無理矢理引き抜き、


「やっと、くたばったか? ふん!!」


 トドメとばかりに長い首を一刀のもとで切り落としたのだった。


 これによって黒竜との戦いは終わったが、残ったのはこの大量にある魔物の残骸と所々魔法によって抉られた地面。


 レッツ後始末♪である。


 このまま放置したら血の匂いに釣られ、更に魔物が誘き寄せられるので早々と片付けた方が良いだろう。


 まだ生きている魔物もいる事だし、とグランと冒険者達は視線を魔物達に向けた。


 一歩踏み込むグラン達冒険者。

 一歩後ずさる逃げてきた魔物達。


 いつまで経っても狩られる側の魔物達の悲しき運命であった。



 それから一時間ぐらい経ち、もう魔物が片手で数えられるぐらいに少なってきた頃。


 やっとこの戦いが終わったと現実味を帯びてきたため、周囲の冒険者達の緊張が緩くなっていく。


「しかし、この量だと周囲の魔物いなくなったんじゃね?」


 やれやれ、やっと終わったと冒険者達がくつろぎ始めた中でふと、一人の冒険者がこぼした言葉を地獄耳かと思うほどの耳で聞いたグランはある事を思いついた。


「イリーナ!! ちょっと手伝ってくれ!」

「な、何? なんか、凄く嫌な予感がするんですけど……」


 魔物の後始末はグラン達冒険者に任せ、一人黒竜を観察していたイリーナは心底嫌そうな表情でグランに振り返った。


「イリーナ、頼む!!」


(こうなったらテコでも動かないのだ、この男)


 奥底から「はぁ〜」と鈍重な苦労人の溜息が漏れた。


「……分かったわよ。でも、後処理は手伝ってもらうわよ? で、何するの?」

「実はラキに子供が生まれたらその誕生祭を街全体で行いたい! 息子が娘かは分からないが、どちらにしろ今回の戦いで当分魔物は発生しないだろう!?」


 それは確かにそうだ。


 全ては力でねじ伏せる傾向のあるグランの発言にしては、珍しく冴えており、それはイリーナにとっても名案だった。


 仲間であるラキを祝うのも、親友の生まれてくる子供の顔を見てみたいという興味もあったからだ。


「ん〜。まぁ、それならいいか。ほら、貴方達もどうせ聞いてたんだから手伝いなさい!」


 興味津々の表情で盗み聞きしていた冒険者に声を上げる。


「まぁ、今回は良いんじゃない?」

「そうだな、久しぶりに酒を夜通しで飲んでも怒られないし!」

「そういうもんか?」

「しっかし、グランの子供か。成長したらどうなんだろうな?」

「ラキが母親だしお転婆娘になったりして」

「いや、グランの様に長身の強面になるかもよ?」

「元がコレだもんな……」


 色々なことを散々言い、グランに怒られながらも、誰もが楽しそうに今後の祭りと生まれてくる子供に期待で胸を膨らませていた。


__________________


 その草原から少し離れた崖にフードで全身を覆っている三人の黒い影。


「ほぉ、あの男の子供か……。くふふっ、なにやら楽しくなりそうだのう」


 幼い声質が静かに発せられた。

 その声からどうやら目当ての物は手に入った様で嬉しそうに辺りを睥睨している。


「—―——様、そろそろ」

「……」


 その声は背後から聞こえた。

 黒いフードに身を隠し、闇に紛れる様に気配を極限まで薄くしている。


「言われんでも分かっとるわい。それじゃ行くとするかの〜。くふふっ、これからその子供がどう成長するか実に楽しみじゃ」


 そう言って、名残惜しそうにグランとイリーナ達をチラリと目を走らせ、その影達は瞬く間に空中に溶けていった。


_______________


 西暦1542年 4月25日


 王国の東北に位置する都市である一人の少女が誕生した。


 その事に住民達や冒険者は大いに祝いその祭りを楽しんだ。


 この戦いと三日三晩続いた祭りの話は他国にも響き渡り、各国の思惑と期待が渦巻く世界に少女はこの世界ミグルスに生を受ける。


 その少女の名前は――――ラウ・ベルクリーノと名付けられた。


__________________


???


 真っ白な世界にそれは存在する。


 それは言う。


 三日月の様に歪んだ笑みを浮かべて。


「あぁ、どうかこの————に大いなる祝福と絶望を……」


 その声は誰にも届かない。

 その姿は誰にも分からない。

 その存在は誰にも――――。


_________________________________________



補足資料


・魔法師の階級


魔創師

  魔法を創り魔法を自由自在に扱える者の総称

魔導師

  魔法を扱い、魔法の未来を導く者

魔法師

  魔法を扱うだけの者




・魔法の階位


神代魔法

  神の如き超常現象を可能とする魔法

極致魔法

  勇者の様な世の理から外れた者が使う魔法

極魔法

  国の最高位魔導師などが扱う魔法

上級魔法

  国の魔導師などが一般的に使う魔法

中級魔法

  学園(卒業)などで習う一般的な魔法

下級魔法

 学園(初等部)などで習う初歩な魔法


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