第1章 後悔と絶望と覚悟と

第1話「穏やかな日常」


 十一年後。


 鮮やかな銀髪を揺らす少女は、暖かな日差しと優しく爽やかな風が吹く屋敷の庭でラキに膝枕されていた。


「ほら、ラウ。お母さんといないで外で友達と遊んできたら?」

「いや! ママと一緒がいい!!」

「ふふっ。まぁ、お母さん的には嬉しい言葉だけれど、このまま友達もいないってのは……ねぇ……?」


 意地悪そうな表情を浮かべたラキに抗議する様にみょんみょんと一本のアホ毛を逆立てた私ことラウは慌てた様に声を張り上げる。


「と、友達ぐらいたくさんいるもん……!」

「あら、ほんと? じゃあ名前を言ってみて?」

「え……えっと、ナ……ナナとミニとミリアちゃんと……」

「ラウ、最初の二つは誕生日にあげたヌイグルミにつけた名前じゃない……」

「ヴッ……」


 私の瞳がスッーと真横へ平行移動。


 ラキはそんな愛らしい娘の小さな頭に優しく手を置き、


「お母さん決めました!」


 と女神の笑みで微笑んだ。


「え?」

「今度のお誕生日までに友達を二人連れてくること! それが出来なければ、今年のお誕生日のプレゼントは無しです!」

「……? …………!?」


 私は口をあんぐりあけて黙ってしまった。


 そんな頭の中では「唖然とするという言葉はこう言うことか!」と考えていたが、半開きの口にラキから自家製の甘い果実を使ったクッキーを入れられ、無意識にぽりぽりと食べる。


 甘くて美味しいが、それどころでは無いのだ!


 クッキーを小さな口でごくんと飲み込み、硬直から立ち直った私はなんとかならないかとママに直談判。


「ママ! じゃ、じゃあミリアちゃんはその中に入る!? 入るよね!?」


 膝枕からバッと起き上がり、問い詰める。

 娘のあまりの必死さに私に駄々甘なママはあっさりと承諾。


「ええ、良いわよ。その代わりちゃんともう一人は友達を作ること。いい?」


 ラキは内心、ラウの事を思って言ってはいるのだが、それでも親離れしていく我が子を見るといつか自分から離れていく事に対する寂しさと成長に嬉しくなる気持ちとで複雑な気持ちになるのはしょうがない事なのだろう。


「わ、分かった……。頑張る」


 一人ぐらいならどうにか……。

 私は口をとんがらせ下をちょっと向きながらその小さな手で握り拳を作って呟く様に言う。


 母は、そんな娘の様子を愛おしそうに眺めるのだ。


 ラウ・ベルクリーノは母譲りの銀髪と父に似た澄み切った空の様な蒼い瞳が特徴的な少女である。


 そんな、ラウは子供にしてはラキから受け継いだ陽光の光に反射し煌めく銀髪や、透き通ったライトブルーの空色を水晶に嵌め込んだごとき綺麗な瞳から、遠慮が生じ、子供達の間では若干の距離ができていた。とは言っても、仲が悪いとかではなく単に接し方が分からないと言った方が近い。


 だが、そんな私にも幼馴染がおり名前をミリアといった。私の少し後ろをついてくる様な子で、金髪に菊の花の様な綺麗な薄い金色の目が特徴な少女。


 小さい頃からずっと一緒に遊んでおり、ラウにとって唯一の親友でもある。


 しかし、ミリアは午前中は用事があるようで遊べないため、ラウの母であるラキと一緒にいたのだ。


 暫く暖かな日差しの下で談笑していると、屋敷の方が騒がしくなる。


 しかし、いつもの事なのでその原因へと、恐る恐る視線を向けてみれば案の定、屋敷からドシドシとわざと音を立てその元凶が走ってきた。


「ラウ~!! パパが帰ってきたぞおおぉぉぉ!!」

「いや!!」

「ファッ!!??」


 早々と拒絶されたグラン。


 子供に嫌われるのは父親の運命か。

 最近になって出てきた加齢臭が問題か。


 実に悩ましい所である。


 話は戻り、十一年前にもその片鱗がチラチラと顔を覗かしていたが、十一年経って三十六歳になったグランはすっかり娘を溺愛する駄目親父になっていた。


 十一年前は格好良い顔立ちだったのだが今は髭が伸びダンディーな顔立ちになった。そのおかげか、更にモテる様になったが、この親ばかな性格のせいで娘のラウに若干嫌われている。


「こら! ラウ、パパのさっきの顔がダラけきった気持ち悪い顔だったとしても、挨拶はするものなのよ? あぁ、それとお帰りなさい。あなた」

「ん、分かった。パパお帰りなさい」


 中々に率直的に急所を抉る二人。

 グランは娘も将来ラキの様になるのだろうかと考え、


「ラ、ラキ? これ以上パパを虐めると泣くぞ? ああ、ラキ、ラウ、ただいま。それで二人で何の話をしてたんだ?」


 若干、涙目になりながら二人に聞く。


「ラウがお誕生日に友達を二人連れてくるって話をしたのよ」

「あれ? 確かほとんどミリアって子と遊んでたんじゃなかったか?」


 グランにとって、ミリアはほとんど面識は無かったが一度会ったこともあり、知ってはいた。

 金髪金眼とこの辺りだとあまり見かけない、珍しい子だと思った印象があるからだ。


「ええ、だからあともう一人友達を連れてくるのよね? ラウ?」

「わ、分かってるもん……」

「ラウ。男は駄目だぞ、絶対に駄目だからな?」

「はぁ……。あなた?」


 ラキが呆れた溜息を出し、黒い笑みで夫を見る。

 そんな笑みに「うっ……」と声を出し、「い、いや、それでも」と負けじと声を絞り出すが、


「ん、んむ……。し、しかしだなラキ……」

「あなた?」

「はい……」


 あえなく撃沈。

 そんな家族の穏やかな時間が過ぎていき、お昼頃になる。春の陽気の暖かさと安心する母の優しい香りの中で微睡んでいた私は、


「ラウ、そろそろお昼時だけど時間大丈夫?」


 という声に飛び起きた。


「あ……ヤバイ! 支度してくる!!」


 そろそろミリアとの遊ぶ時間が迫ってきていたことを、ママに教えられ知った私は、慌てて支度をしだす。


「お弁当はちゃんと入れた?」


 執事長と他の従者達もラウの慌て様に巻き込まれ、アワアワと内心自分の子供の様に思っているラウとせっせと準備を手伝う。


「ん~、うん! 入れた!!」


 今日のお弁当はラキ特製のサンドイッチだ。

 網目の籠の中に色取り取りのサンドイッチが入ったそれをバッグに押し込んで小さな肩に背負う。


「じゃあ気をつけて行ってらっしゃい」

「うん! じゃあ、ママ、パパ行ってくるね!」

「ええ、ミリアちゃんによろしく言っといてね」

「ああ、気をつけて行ってくるんだぞ?」

「うん! いってきます!」

「「行ってらっしゃい」」



 私は屋敷を飛び出すように走り出す。


 その姿は客観的に見てもとても楽しそうであり、いつも待ち合わせの約束に用いてる広場の噴水前へとひた走った。


 そうして走ったはいいものの途中でバテ、一休みしながらいつもの道とは違う近道を走っていた時、冒険者ギルドの前から言い争うような声が聞こえてきたその声に思わず足を止めてしまう。


 冒険者ギルドで争いが起きるのはいつものことなのだが、それでもその声はやけに若く、姿を見てみると自分と同年代ぐらいの赤髪の少女とジャラジャラと金属音を立てるチャラい冒険者、インテリ風の冒険者、筋肉ムキムキの冒険者の4人が争い合っていた。


 その声に釣られて人が集まって来ており、周囲の視線を一身に浴びている事に少女は気が付いて無いようだ。


「払いなさいよ!! あなた達が悪いのになんで私の配分が少なくなるのよ!!」

「いやいや、俺たちがおまえのようなガキを一時的とはいえパーティーにいれてあげただけでもありがたいと思え? なぁ?」

「意味分かんないわよ!! ちゃんと仕事したのに報酬の1割もくれないってどういうことよって聞いてるのよ!!」


 どうやら依頼の達成金額配分で揉めてるみたい。


「だからぁ~、あれだよ、そうそう大人の厳しさ? を親切に教えてあげてるんだよ? ここは地面に頭こすりつけて感謝しろ? はははっ!」

「昨夜、金使いすぎましたし、その分払ってもらいましょうよ?」

「そりゃあ、いいな! おいチビ、金出せ!」

「なんで私があなた達の使った金を払わなくちゃいけないのよ!! そんなの自業自得じゃない!!」


 大の大人が十一歳ぐらいの少女に金を要求する。


 この場面を見ると誰がどう見ても悪いのは三人組の冒険者の方なのだが、仮にも冒険者なので力の無い一般人が戦う訳にもいかず、住人達は遠巻きに見るしかできない。


 そんな時にラウが通りかかったのである。


 ラウ自身こんな場面に出会うのは初めてのことだったが、自分と同じぐらいの少女を助けたいと思うのはラウにとって自然なことであった。


(ど、どうしよう!! 戦う? いや、でも今まで一度も戦ったこと無いのに勝てるはずないし……。あぁ……! どうしよう! どうしよう!!)


 真っ先に戦うが浮かぶのには、さすが親子と言ったところではある。

 ラウの頭に案が浮かんでは消え、浮かんでは消えていたとき、目にある物が映った。


(あっ、あれは? もしかして、これならいけるんじゃ……)


 そう感じたラウはすぐに行動を起こした、が……。



「ったく、ほんとうるさいガキだな!!」

「「「きゃあああ!!」」」


 チャラい冒険者がいい加減飽きたのか手っ取り早く拳を振りかぶった瞬間――――周りから二重の意味で悲鳴が上がり、殴られるとは思って無かったのか恐怖で固まってしまう少女。


 男が振り上げた拳があと少しで当たるというところで、冒険者の真横から「いやあああああ!!!」という声と共になにやら黒い物に引っ付いた銀髮の少女が、その冒険者を吹き飛ばしたのだった。

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