第8話 いざ、旧校舎のオバケ部へ!
「…あれ~?確かこの辺だって言ってたような…」
静馬と教室で別れてからしばらくして。
俺は旧校舎の一室にあるというオバケ部の部室を探していた。
『本当は新校舎にも余っている部室があったんだけど、旧校舎の方がオバケがいっぱい出そうかなって。』
昨日の別れ際に彼女が笑顔で俺にそう告げたその言葉が頭をよぎる。
旧校舎は木造建てで、ワックスの取れてしまった床は一歩踏み出すその度にギシギシと軋んだ音を立てた。
「…は~…」
俺は階段の中盤あたりで足を止めると、大きく深呼吸をしながらひと休みをして、ふと近くの窓を見上げた。
旧校舎の中はやや暗いが、それとは対称的にその窓の外から見えた景色の中には雲ひとつない青空が広がっていた。
「…外、めっちゃ天気いいじゃん…」
何故自分はこんな天気のいい日にわざわざ、こんな薄暗い建物の中を闊歩しなければならないのか…
せっかく始まった新生活。
出来る事なら俺もあの青空の下で、爽やかな汗をいっぱいかきながら、女の子達にキャアキャア言われるような愛と青春溢れるスポーツの部活にいそしんでみたかった…
とりあえず今日はボロを出さないように気をつけながら、絶対に体験入部だけで済まさなくては…!!
俺がそんなヨコシマな思惑から熱い想いを生み出したその瞬間…
サササササっと素早い動きで例の黒い物体が窓の横を横切った。
「まさか!」
その姿を見た瞬間、あることに気がついた俺はすぐさま目の前を走り去っていく黒い物体の後を急いで追いかけた。
「…やっぱりな。」
黒い物体が壁をすり抜けながら入っていったその部屋の扉を俺が勢いよく開いた瞬間、その室内には自分が予想していた通りの光景が広がっていた。
その部屋の中の状態を目の当たりにした俺は、思わずそう声を漏らした。
多分ここが『オバケ部の部室』である事に間違いはないだろう。
元は理科室だったのか、ホルマリン浸けの奇妙な標本やビーカーなどに混じって陰陽道の図や、おどろおどろしい日本画などが所狭しと掲げられている。
初めてみる人間でも、一発で『ここがオバケ部の部室なんだろうな~』と容易に理解ができてしまうくらいに、この部屋の中には一面に、見るもおぞましいような悪しき物品の数々が陳列されまくっていた。
こういうの集めてると本当に本物の方も引き寄せちゃうんだよな…
俺は思わず教室の角で嬉しそうにピョンピョンと跳び跳ねている黒い物体に目をやった。
つまりこんな環境だからコイツらも好き勝手に出入りしちゃっているワケで。
とりあえず道案内ありがとう。
そしてとりあえずお前は滅びろ!
パンッ!!
そう思った俺がソイツに向かって
よく『部屋の中の空気が悪いと感じた時は、手を叩くといい』と言われているのは、コイツらみたいな不純物が溜まっているからなのである。
だから何だか部屋の中の空気が悪いな~と感じた時は、決して気のせいなんかじゃなく、そう感じた人の予測通り、確かにコイツらが室内に溜まっているのが原因で、そういう時にはすぐに換気をしながら、自分の打つ手の音が澄んだ音に変わるまで手を打ち続けるのが実は一番簡易的かつ、最高のお祓いになったりする。
あまり力を持たない低俗霊であるコイツらは特に、人間の柏手一つで吹き飛んでしまうくらいにエネルギーが低い。
この黒い物体達は、一見その弱さから放っておいても構わないと思われがちだが、実はそうではない。
エネルギーが低いからこそ、人間のバイタリティー溢れる生気を欲して吸いとろうともするし、コイツらが常に発している障気もまた人間の生気を奪ってしまう程に、生きている人間にとっては常に悪い影響を与え続けてしまう代物なのである。
しかもさらにやっかいな事に、コイツらはその決して満たされる事のない寂しさから常に仲間を求め続けており、低俗な霊ほどその満たされない孤独感から沢山の人間達をその身に取り込んで、自分が大きな霊体となれることを望んでいるのだ。
事故物件で同じような事件や自殺が続いてしまうのも、実はこういった負の連鎖が原因となっていることも数多い。
…おっと、かなり話は逸れてしまったが…
「つまり貴様らを逃してやっても良い事など一つもない。…というワケで、滅びよ!クロスケ――――…!!」
そう言って俺がもう一度柏手を打ち、ソイツの事を完全に滅してしまおうと思ったその瞬間…
「あら、もう来てたの?」
背後からそう声を掛けられた。
振り向くと、隣の理科準備室のドアが開かれ、中から嬉しそうな笑顔を浮かべた麻宮先輩がこちらへと向かって来ている。
先輩は何やらその細い両腕に、抱えきれないほどの荷物を抱えていた。
理科準備室が開かれてしまった事で、その黒い物体はまるでふよふよと気流に乗ったかのように、こちらの部屋に入ってきた麻宮先輩とちょうど入れ替わるような形で隣の部屋へと移動してしまった。
…ちぃ!逃がしたかッッ!!
俺は麻宮先輩が荷物を持ってくるのを手伝いながら、ソイツが移動していく姿を静かに見届ける俺。
今ここで変なアクションを起こして、霊が視えるという事を彼女に悟られてはならない。
…まぁいい。次に出会ったら絶対滅してやるからな!
もはやここまで来たらどちらが悪役なのか分からないような台詞を頭の中で吐き捨てながら、俺は先輩から受け取った荷物を机の上へと広げた。
「今日、来てくれて本当にありがとう。」
「まぁ昨日約束したんで…にしてもすごい量の荷物ですね。」
「うん!今日はね、この事について話し合おうと思って!」
そう言った先輩が俺の目の前に広げたのは、何故か妙に劇画タッチで描かれたトカゲのような生き物の姿だった。
「…チュパカブラか。確か南米に棲息すると言われている吸血生物ですよね。俺、コイツの事はまだ見たことがないなぁ~…」
「え?見たこと…ないって?」
そう言って机の上の荷物を整理しながら、キョトンとした表情を浮かべる先輩。
おおっと、いきなりの大失言――――ッッ!!
「いや!そう!チュパカブラの映画をね!チュパカブラの映画はまだ見たことないなぁ~って…」
「…ふ~ん…」
無意識に発してしまった世紀の大失言を何とか取り繕ろおうと、慌てて適当な事を言ってごまかそうとする俺。
先輩も「…ふ~ん…」とか言ってるだけだし、何とかごまかせたか!?
「チュパカブラの映画があるなんて知らなかった!!私ソレ絶対見てみたいんだけど!!」
そう言ってこちらに身を乗り出しながら、目をキラキラと輝かせている先輩。
…全ッ然ごまかせてなかった。
「あ~…いやどうかな~…なんかインドの方の映画だったし…かなりB級作品だから手に入るかどうか…」
もちろんそんな映画があるのかどうかさえ、俺は知らない。
「えぇ!?じゃあチュパカブラもインド映画らしくエンディングをみんなで踊ったりするのかしら!?」
…やばい。さらに先輩の瞳が輝いてしまっている!…でもそれはちょっと見てみたいかも。
「…ところで勇也君は、この絵のこと…怖くないの?」
そう言ってどこか不安そうな表情になった先輩の言葉に、俺は再び劇画タッチのチュパカブラの絵に目を落とす。
「これ、
…あとこの絵なんかよりも、もっともっと怖い霊を実際に見てきた俺にとっては、たかだか絵なんて全然怖くないというのが現状である。
「鬼島京介のこと、知ってるの!?」
そう言って再び瞳を輝かせながら驚いた表情で身を乗り出し始める先輩。
「はい。小さい頃、この人の『世界未確認生物図鑑』とかめっちゃ見てましたからね。」
「あ!それ私もよく図書館で借りて見てた~!今探してみてももう書店にはないんだよね!うわ~懐かしいなぁ~…昔はこんなのいたらどうしよう!とか思って、ものすごく怖かったりしたけど、大きくなるにつれてだんだんとこの人の絵の良さに気がついてきて…あ~!やっぱり小さい頃あの図鑑買ってもらっとけば良かったァ~!!」
確かにこの鬼島京介の図鑑シリーズは、マニアの間では相当人気で、当時重版もしなかったせいもあって、今ではかなりの高値で取引されてるという情報は俺も以前に聞いた事があった。
…最も俺は彼女と違って、『こんなのいたらどうしよう!』と想像をふくらませながら図鑑を眺めていたのではなく、自分の霊感の高さゆえに、不思議な生物を見る度に『さっき見たあの生物、一体なに!?』という気持ちから図鑑をめくりまくっていたのだが…
そういや、俺もあの図鑑どこにやったんだっけな。今売り飛ばせばかなりの値段になったろうに…当時その価値を見いだせなかった俺の力量が今更ながらに悔やまれる。
「…でも嬉しいな。この絵を怖がらずに一緒に見てくれて、しかも鬼島京介の作品を知ってる人が私の他にもこの学校にいただなんて…」
そう言って窓にもたれ掛かかりながら少し俯き加減となった先輩だったが、それでも確かにその表情は嬉しそうで、沈みかけた夕陽に照らされた彼女の頬が、今ではもう何色なのかは判断ができなくなっていたが、それでもその様子からして、もしかしたらこの真っ赤な夕陽のように、すでに紅く染まっていたのかもしれない。
昼の明るさを沈ませ、暗い夜を呼び寄せる前となる夕暮れ時。
「…そろそろ俺、帰らないと。」
そんな時間帯を好んで現れるクロスケ共に俺はデコピンを食らわせながら、少し恥ずかしそうに微笑む彼女に向かってそう声をかけた。
「あ…うんっ!そうだね!じゃあまた明日!」
明るい笑顔でそう答える彼女の言葉に、すぐさま違和感を覚えた俺は、思わずオウム返しにその彼女の言葉を繰り返した。
「ん?また明日…??」
「そう。また明日。明日もここで部活あるから。」
「…え…でも今日は体験入部だって…」
当たり前かのように話す彼女の様子に違和感を覚えながら、慌てて訂正する俺。
「何言ってるの、ほらちゃんとここに君が書いた入部届もあるじゃない。」
そう言って彼女が笑顔でこれ見よがしに俺の前へとぴらりと差し出した『入部届』にはバッチリと俺の名前が刻まれていた。
誠に不思議な事にその『入部届』の下には何故かあの時確かに書いてあったはずの『体験入部』の文字が、ない。
それはもう、ものの見事に綺麗さっぱりと消し去られている。
「…え!?あの時確かに体験入部って…!」
彼女の差し出した入部届を強く握りしめながら、わなわなとその手を震わせる俺の背後で伶奈先輩は少し意地悪そうな笑顔を浮かべながらこう答えた。
「あら知らなかったの?最近のボールペンって、この後ろのゴムの所で摩擦熱を加えると簡単に消えちゃうのよ~!」
そう言って俺の目の前でボールペンをチラチラとちらつかせる彼女。
俺は彼女からそのボールペンをひったくると、その尻についているゴムで自分が入部届に書いた自分の名前を必死にこすって消そうとした。
…だが、全く消える気配を見せない俺の名前。
「あぁ!ちなみにあの時君に渡したボールペンは普通のボールペンだから。いくらこすっても消えないわよ?」
「…だぁっっ!!」
彼女の言葉に怒りに任せてぶち投げたボールペンが宙を舞い、集まっていた黒い物体達が一斉にそれを避けた。
「…入部おめでとう。勇也くん。」
「…こんなの、クーリングオフだ―――!!」
まるで詐欺の手口か何かのような彼女のやり口に、まんまとハメられてしまった俺は、こうして晴れてこの日から、オバケ部の部員として入部をさせられてしまったのだった。
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