第6話 オバケ部の入部届。


「…えっと…これは…?」


目の前には先程の焦げた部分をちょうど隠すかのように、机の上に入部届の紙が置かれていた。


俺はその紙を置いた張本人である彼女の事を見上げながら思わずその紙ついての意図を尋ねた。


「私の名前は麻宮あさみや怜奈れいな。この『よどみ荘』の寮長であり、私立狩鴨学園のオバケ部部長を勤めているの。」


そう言って、彼女は優しい微笑みを浮かべながらもさりげなく、だがズズイっとどこか力強い様子でその入部届けの用紙を右手で俺の前へと近づけてきた。


「…えっと…入りませんけど。断固として。」


机の前で正座をしたまま毅然とした態度でそう答える俺に向かって、怜奈さんは意外にもニッコリと更に優しい笑みを浮かべながら答えた。


「あら、何を勘違いしてるの?ほらここをよく見て。これ、『入部届』じゃなくて『入部体験届』だから。」


そう言って、書類を指差す彼女。


見ると確かに『オバケ部入部届』と書かれた表題の下には括弧で『体験入部』と書かれている。


だがそれは明らかに彼女の手書きによるものである事には間違いなかったが、それでもきちんと用紙にはと付け加えられていた。


「とりあえずこの寮に入った人にはみんな、一度オバケ部への体験入部をしてもらうようにお願いしてるの…それがこの寮でのしきたりであり昔から根強く根付いた伝統だから…ごめんなさい。でもやっぱり迷惑…だよね?」


そう言いながら今度はしおらしい瞳で俺の事を見つめる彼女。


再び潤みはじめた彼女の瞳が、その周りを取り囲んでいる長い睫毛によってより一層その表情を悲しげに映し出した。


「…えっと…このオバケ部って一体なんなんですか?」


本日何度目かの『えっと』という言葉を口にしながら俺は怪訝そうな表情で彼女にそう尋ねた。


「ん~…なんか私もなりゆきで部長とかになっちゃったもんだから、あんまりよく分からないんだけど…まぁだいたい部員で集まって超常現象を調査したり、学校の七不思議を調べてたり、本物の心霊スポットを探したり…世の中には本当にオバケはいるんだゾっていう事を証明していくみたいな。まぁかいつまんで言えば、『オバケ・幽霊推進委員会』ってところなのかな。」


そう言って彼女は自分のほっぺたに自分の人差し指を当てながら、やや斜め上の方向を見上げて何とも曖昧な様子で答えた。


…オバケ・幽霊推進委員会…


なんて禍々しい集まりなんだ。


もはやカルト教団もビックリするほどの怪しさだぞ。


「…でも俺、オバケなんて全然視たことないし、オバケになんて興味すらないっスもん…そんな俺がオバケ部だなんて…」


なるだけ自然に見えるように、そしてさりげなく『自分は霊とは無関係な人間です!』ということを強く強くアピールしながら、やんわりとオバケ部への入部を断ろうとする俺。


まるで全力で入部を拒否している俺の心の中でも反映してしまったかのように、今度は俺の手が勝手に彼女の方へとその入部届を遠ざけた。


そんな俺の無意識の行動に怜奈さんは一瞬イラッとした表情を浮かべたが、すぐさままた笑顔となって、再びズズイっと俺の方へと入部届を押し戻してくる。


「分かるよ~…君の気持ちは良く分かる。はじめは皆もそうやって嫌がってたけど、今では全然だから。大丈夫、大丈夫。」


…一体何が大丈夫なのだろうか?


「…いえ、こんな大層なモノとてもいただけません。どうぞそちらでお納め下さい。」


そう言って負けじとズズイと入部届を押し戻す俺。


「でも、これはこの寮に入った人の義務みたいなもんだから…」


「だって俺、オバケなんてマジで興味ないですもん。」


まるで突然の来訪者からの手土産をもらう時かのような押し問答を「でもでも、だって」と言い合いながら、数分間ひたすらに繰り返し、ついに折れたのは…


…まさかの俺の方だった。


「…はぁ~…分かりましたよ。とりあえず体験だけですからね!絶対に入部なんてしませんから!」


「もちろんよ。じゃ、さっそくここに名前を書いて。」


そう言って、彼女は飛びきりの笑顔で俺にボールペンを差し出して来た。


俺は再びため息をつくと、彼女からそのボールペンを受け取り、そして目の前の用紙に自分の学年と名前を書きなぐった。


「へ~…新入生だったんだ。じゃあ私の方が君よりも1コお姉さんって事だね。」


そう言って机の上に両手で頬杖をつきながら、俺が入部届の上へと走らせるボールペンの痕跡を目で追う彼女。


「…はい!できましたよ!」


そう言って乱雑な字で書き上げた入部届けを彼女に向かってぶっきらぼうに突き出す俺。


それを彼女は「ありがとう」と言って丁寧に受けとると、その用紙をじっくりと眺めはじめた。


「…佐藤…勇也…くん…」


そう言って俺の名前を呟くと、何故か次第に顔を赤らめはじめる彼女。


「…えっと、何か問題でも…?」


そう言って頭をボリボリとかきむしりながら不機嫌そうに尋ねる俺に向かって、彼女は紅く染まった自分の頬を、入部届で隠すようにしながら可愛らしい声で呟いた。


「…ううん。なんか勝手に運命感じちゃって…」


そう言ってさらに頬を紅く染めあげた彼女の姿を見た俺は、思わずつられて自分の頬をも赤く染めあげてしまったのだった。


「…はぁ~…なんか今日はどっと疲れたな…」


彼女の部屋を後にしてすぐ。


そんな事をぼやきながら、なかば投げやりに玄関先で靴を脱ぎ、自分の部屋へと戻ってみると…


なんと俺の部屋のリビングが、あの大量の黒い物体達に占拠されてしまっていた。


どうやら隣の部屋から「悪霊退散!」などと叫びながら俺がひたすら祓いまくった黒い集合体の千切れた一部が、逃げ場をなくして俺の部屋へと逃げ込んで来たらしい。


「ぬわぁぁぁ~!!どいつもこいつも!みんな出てけーッッ!!」


そう言ってソイツらに向かってソファーの上にあったクッションを一心不乱に振り回しまくった俺は、出来ることなら『オバケ・幽霊推進委員会』よりも、いっそ『オバケ・幽霊撲滅委員会』を発足してくれ!と切に願ったのだった。


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