#12.2 偽りの愛

 翌朝。目を醒ますと、隣で眠っていたはずのウーティスが消えていた。

 もしや自分が寝ている間に焼却場に行ってしまったのではないかと思い、慌てて部屋を飛び出すと、ウーティスが扉の前に立っていた。

「おはようございます。深海渚」

「ウーティス!?」

 ブラウンの髪が銀色に、エメラルドグリーンの瞳が赤色に変わっていた。

「どうしたんだよ、それ?」

「市販の薬剤で髪を染め、瞳はカラーコンタクトを使用しました。変ですか?」

 ウーティスが自身の髪を弄りながら、ちらりと僕を見た。

「似合ってるけど、どうしてまた急に?」

「特に意味はありません。貴方も早く出かける準備をしてください。リビングで待っています」

 ウーティスはそう言って、下の階へ降りて行った。支度を終えてリビングに行くと、ウーティスが一枚の紙を僕に渡した。

「契約書です。同意の上、サインをお願いします」

 契約書には『勝手な行動をしないこと。ケアロボットの命令には絶対に従うこと。いついかなる時も、ケアロボットの傍から離れないこと。』と書かれていた。名前を記入した後、ウーティスに紙を渡そうとすると、彼は「裏面の選択肢にも丸を付けてください」と言った。用紙を裏返すと、そこには二択の質問が書かれていた。

『秋草ハルの脳を取り返す・幸人を家に連れて帰る』

 究極の選択を前に、手にしていたシャーペンの芯がぽきりと折れた。

「必ずどちらかに丸を付けてください」

 動揺している僕に無慈悲な声が降り注ぐ。

「どちらかを選ぶなんて僕には出来ない」

「簡単です。貴方が大切にしたいと思う方を選べばいいのです」

「二人とも、僕の大事な人だ。簡単に選べる訳がない」

 紙の前で頭を抱える僕を見て、ウーティスがため息を零した。

「それなら、両方に丸を付ければいいんじゃないですか?」

「・・・・・・それは、反則だろ」

「貴方が臨機応変に対応できるか試したまでです」

 ケアロボットと名乗る割には、彼は性格がひねくれている。二つの選択肢を囲むように丸を付けた後、彼に用紙を渡した。ウーティスは「確かに受け取りました」と言って、自分の服のポケットにそれをしまい込んだ。



 ウーティスに連れられて、僕たちは新大阪駅へ向かった。

「現地に着くまでは、ゆっくり休んでいてください」

 新幹線の指定座席に腰を下ろすと、ウーティスは先ほど売店で購入した駅弁の袋をテーブルの上に置いた。遂にロボットも弁当を食べる時代がやってきたのかと思いながら彼の動作を眺めていると、ウーティスが僕に向かって割りばしを差しだした。

「どうぞ」

「え?」

「腹が減っては戦は出来ぬと言うでしょう。貴方のために購入したんですよ」

 昨日のポカリスエットといい、弁当といい、ウーティスは何かと僕に世話を焼いてくる。まるで氷室先生みたいだと思った。ウーティスは僕に箸を渡すと、その手を僕の首筋に当てた。

「昨日、私が首を絞めた痕が残っていますね」

「え?ああ。どうせすぐに消えるだろ」

 彼は僕から手を引くと、窓の外へと視線を移した。

「幸人は、Tellmoreロボットになってから、一度も雅仁に会っていません」

「え?」

「幸人は、四六時中、焼却場の施設内でレンに監視されていました。秋草ハルを焼却場に連れてくるようにレンから命じられてはじめて、幸人は外に出る自由を手に入れたのです」

「前から思っていたけど、どうしてお前は、兄さんやレンのことについて詳しく知っているんだ?」

「私は貴方を守ることの他に、幸人の奪還を雅人から命じられました。幸人のこともレンのことも、すべて雅人から聞きました」

「ということは、父さんはずっと兄さんが焼却場にいることを知っていたのか?焼却場で兄さんが監禁されていると分かっていたのに、どうして自分から助けに行かないんだよ」

「自分が研究所を離れた隙に、レンが秋草ハルを連れ去ると考えたからです」

「そうだとしても、もっと早く助けに行けただろ!」

 車内にいることを忘れて叫んでしまった。乗務員に注意され、静かに元の席に座った。

「本当は、幸人に会うのが怖かったんだと思います。実際、レンの手を離れた後、幸人は雅人に会いに行きましたが、雅人は幸人と会うことを拒みました」

「なんだよ、それ。なんで会ってやらないんだよ」

「自分の息子を助けられなかった。その後悔が、今も彼を蝕んでいるのです。だから、どうか雅人のことを嫌いにならないであげてください」

 ウーティスの顔がほんの少しだけ寂しそうに見えた。その後、僕たちは、新幹線を降りるまで会話を交わすことはなかった。



 長時間移動の末、僕たちは海に辿り着いた。ウーティスが乗船窓口にいた人に一枚のカードを見せると、大柄の男が横の扉から登場し、船の中で乗って待っているように僕らに言った。

 船のデッキから海を眺めていると、ウーティスが僕の隣にやって来た。

「冷えますよ」

 彼はポケットからカイロを取り出し、僕に渡した。

「お前は本当に世話好きだな」

「私はケアロボットですから。なにか考え事ですか?」

「うん。まあ、そう」

 乗り物に乗っている間、何度も『秋草ハルの脳を取り返す・幸人を家に連れて帰る』と書かれた紙を思い出した。もし本当にどちらかしか選べない状況になった時、僕はどちらを選べばいいのだろう。

「貴方のことです。幸人か秋草ハルのどちらかを選ばなければならなくなった時、どちらを選べばいいのかを考えていたのでしょう?」

 図星を突かれ、僕はウーティスから目を逸らした。

「心配しなくても大丈夫ですよ。貴方が幸人や秋草ハルを大事に想う気持ちを忘れなければ、きっと上手くいきます」

 ちょうどその時、汽笛の音が鳴り響いた。

「これから先、何があっても私の傍から離れないように。いいですね?」

 雪のように白い手が差し出され、僕はその手を強く握った。どんな困難も、彼と一緒なら乗り越えられるような気がした。

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