#13.1 救われない人々

 目の前にある建物は、まるで要塞のようだった。ウーティスは重厚な鉄の扉に両手を添えると、徐々に負荷をかけながら扉を押し開けた。闇の中に足を踏み入れた瞬間、屋敷の奥から順番に蝋燭が点灯し始め、数分も経たないうちに部屋全体が明るくなった。

「行きますよ」

 僕らが螺旋階段を上ろうとすると、入り口の扉が地鳴りのような音を立てて閉まった。複雑な構造をした建物の中を、ウーティスは迷うことなく歩いていった。動く回廊を上り、扉を十回ほど通り抜けたところで、ウーティスはピタリと足を止めた。目の前の扉は、押せば開く扉と違い、金庫のような造りになっていた。

「渚。私の後ろに下がっていなさい」

「わ、分かった」

 僕が後ろに下がったことを確認すると、ウーティスは扉の前に手をかざした。彼の手から熱球が生みだされ、それが扉に向かって発射された途端、扉が真夏の暑さで溶けるアイスみたいに溶けていった。

「お前、本当にケアロボットなのか?」

「力がなければ、大事な人を守ることは出来ません」

 ウーティスは手から出た煙をさっと振り払うと、前へ進んでいった。



 蒼白い光に包まれた細くて長いトンネルを抜けると、ある小部屋に辿り着いた。部屋をぐるりと囲むガラス張りの向こうには、人間の脳が入った瓶がずらりと並んでいた。この中にハルの脳はないのかと前方を歩くウーティスに尋ねたが、彼は無言で小部屋の奥にある扉に向かって歩いた。

「なんだよ、これ」

 扉をくぐった先には、洞穴のような巨大空間が広がっていた。LEDライトで明るく照らされたその部屋には、数え切れないほど沢山の人間が仮面を被って立っていた。棒立ちで立ち尽くす彼らは、どこか不気味だった。

「生きてるのか?」

「生きながらに死んでいると言うのが、正しいでしょうね」

 ウーティスはそう言うと、突然、僕の身体を覆うように包み込んだ。三発の銃声音とともに、僕たちは床の上をゴロゴロと転がった。

「お怪我はありませんか?」

「僕は大丈夫。それより・・・・・・」

 眼鏡をかけた男が銃を構えながら、ゆっくりと僕たちに近づいてきた。ウーティスは僕を庇うように、自身の腕の後ろへ僕を追いやった。

「ウーティス、ようやく君に会えた」

 男の声を聞いた瞬間にレンだと分かった。

「やはり私が目的でしたか」

「なに、悪いようにはしないさ。僕のものになると言え。そうすれば、隣にいる彼に危害を加えないと約束しよう」

「先に秋草ハルの脳をこちらへ渡してください。話はそれからです」

「それなら例の部屋に置いてあるよ」

「そうですか」

 ウーティスは服の下から鞭を取り出すと、目にも止まらない速さでレンの手を叩いた。拳銃が吹き飛び、カラカラと音をたてて床に転がった。

「私の主は、深海渚ただひとり。貴方のものにはなりません」

「交渉決裂だな」

 レンが指をパチンと鳴らした。部屋中に警報音が鳴り響き、室内のライトが赤色に切り替わる。仮面を被った人間が突如動き出し、武器を構えながらじりじりと僕たちに近づいてきた。

「これは、僕が生みだした殺人兵器さ。君たちは元人間に殺されるんだ」

「元人間?」

 ウーティスを見ると、殺気立った顔でレンを睨んでいた。

「いくら有能な君でも、この数をひとりで相手するのは骨が折れるだろ?さあ、僕のものになると言え」

「渚」

 ウーティスが僕の耳元で囁いた。

「いま道を作りますので、貴方は私を置いて逃げなさい。これは命令です」

「道を作るって言っても、どうやって」

 視線を下に移すと、ウーティスの手が光っているのが見えた。彼らに向かって先ほどの熱球を発射しようとしているのだと気づき、僕は彼の腕にしがみついた。

「やめろ、ウーティス。それは駄目だ」

「邪魔しないでください。死にたいんですか?」

「この人たちは元人間なんだろ。だったら、殺しちゃ駄目だ」

 僕たちのやり取りを見て、レンが声をあげて笑い始めた。

「この状況でよくそんなことが言えるな。頭がおかしいんじゃないか?」

「黙れ!」

 僕が叫ぶと、レンの笑い声がピタリと止んだ。

「生きたいと願っていた人たちの気持ちを利用して兵器に改造するなんて、あんた、最低だよ!人の命をなんだと思ってるんだ!!」

「名無しども、そいつらを殺せ」

 指を鳴らす音を合図に、仮面の男たちが一斉に各々の武器を振り上げた。彼らが武器を振り下ろすのを見て、僕は固く目を瞑った。

「ぎゃあああああああああああ!!!!」

 耳を劈くような叫び声が聞こえた。目を開けると、内蔵の一部と思われるものが地面に落ちているのが見えた。隣にいたウーティスが、僕の肩をぐっと掴んだ。

「渚。じっとしていなさい」

 グチャグチャという不快音に目をやると、僕らを囲んでいた仮面の男たちが、持っている武器で何かを切り刻んでいた。それは、肉塊と化したレンだった。そのことに気づいた瞬間、僕は吐かないように自分の口を手で覆った。



 レンが跡形もなく消えた後、仮面の男たちは、血に染まった武器を手に、今度はお互いの身体を傷つけ始めた。

「なんで互いに潰し合っているんだ?」

 ウーティスは目の前で繰り広げられる惨劇を黙って見ていた。

深く考えてしまったら、前に進めない。そう思った僕は、両目を固く閉じ、両手で耳を塞いで、出来るだけ目の前の出来事に干渉しないようにした。

「どうやら終わったみたいですよ」

 ウーティスが僕の肩を叩いた。恐る恐る目を開けると、生き残った最後の一体が、ゆっくりと僕たちに近づいてくるのが見えた。彼が歩く度に、彼を構成する部品が床に転がり落ち、ナットが僕の足に当たった。それを拾おうとした時、近くに造り物の頭がゴロンと転がっているのを見て、僕は反射的に手を引っ込めた。

「大変見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした」

 仮面を被っているせいで男の顔は見えなかったが、自分と年齢が近いように感じた。男は壊れかけの手を開き、僕の手にそっと何かを握らせた。

「これをあなたに。ある人から渡すように頼まれたものです」

 渡されたそれは、とても軽かった。僕は手の中にある物を見るのが怖くて、ぎゅっとそれを握りしめた。

「レンが死んで、せっかく自由になれたのに、どうしてこんなことをするんですか?」

「見ての通り、私たちは、レンによって殺人兵器に作り変えられてしまいました。レンという支配者がいなくなったとしても、私たちはもはや自由を手にすることは出来ません。だから、互いに破壊し合ったのです。どうか、お願いです。私にも、死という救いを与えてください」

「そんなこと、出来る訳がないじゃないですか。生きてさえいれば、他に何か良い方法が見つかるはずです。そうだろ、ウーティス?」

 隣に立っていたウーティスは、一歩前に踏み出したかと思うと、ワイヤーのようなもので男の身体を切り刻んでしまった。男の仮面が外れ、宙に浮かぶ顔が一瞬笑ったように見えたが、それはすぐに部品となって消えてしまった。

 仮面の男が自分の前から姿を消した後、僕は糸が切れたように地面に座り込んだ。床に落ちた彼の欠片を拾い集めようと、手を開いたその時、手の中に握っていたものが床の上に転がり落ちた。

「あ・・・・・・」

 それを見た瞬間、張り詰めていた糸がプツンと切れた。地面に落ちたのは、ハルが付けていたピアスだった。僕は叫び声をあげながら、拳を地面に叩きつけた。

「渚。早く行きますよ」

 僕はウーティスから差し伸べられた手を叩き、彼を睨みつけた。

「なんで殺した?」

「私が殺さなくても、他の人が彼を処分する。そう判断したので、彼を破壊しました」

 僕は怒りに任せてウーティスの身体を押し倒し、彼の身体を何度も叩いた。やがて、ウーティスが僕の両腕を掴み、僕の動きを止めた。

「渚。私には、なぜ貴方が取り乱しているのか理解出来ません。貴方はなぜ怒っているのですか?なぜ泣いているのですか?」

「だって、さっきまで生きてたんだぞ。それなのに・・・・・・」

「じゃあ、どうすれば良かったんですか?」

 ウーティスの言う通りだ。彼は死にたがっていた。だから、ウーティスの行動は正しいのかもしれない。頭でそう理解していても、心が追いつかなかった。

「私に対して怒っているなら謝罪します。申し訳ありませんでした」

「違う。僕はお前を責めているんじゃない」

 そうだ。この怒りは、仮面の男を殺されたことに対する怒りではない。

 僕が泣いて怒って取り乱したのは、ケアロボットを穢してしまったからだ。誰かを平気で殺すような、そんなロボットであって欲しくないと思っていたのに、僕が弱いせいでウーティスを兵器にしてしまった。汚い仕事を彼に押しつけて、すべてが終わった後で彼の行動を非難している僕は、ただの卑怯者だ。

「ウーティス、ごめん。お前は何も悪くない」

 僕はウーティスの肩に頭を埋めながら、仮面の男が最後に見せた笑顔を思い出した。

「・・・・・・せめて名前だけでも聞いておけばよかった」

 ウーティスは僕を引き剥がすと、機械の部品が散らばっている道を歩き始めた。

「貴方はそこで待っていなさい。秋草ハルの脳は、私が取りに行きます」

 遠ざかっていくウーティスの後ろ姿が、保健室を去っていくハルの姿と重なった。僕は床に落ちたハルのピアスを握りしめると、ウーティスの元へ走った。ウーティスは僕の頭の上に手を置くと、再び奥の扉に向かって歩き始めた。

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