第二章 同気相求

#10.1 届かぬ想い

 街がクリスマス一色に染まる頃、音信不通だった兄から電話があった。「学校で待ってるから」と言われ、ハルから貰った青色のピアスを耳に付けた後、大急ぎで学校へ向かった。

「深海」

 授業時間だったにも関わらず、校門の前に氷室先生が立っていた。

「幸人から連絡があったんだろ?」

 彼は「こっちだ」と言うと、旧校舎に向かって歩き始めた。旧校舎の階段を上っていると、前を歩いていた氷室先生が急に立ち止まった。

「深海。ひとつ聞いてもいいか?」

「なんですか?」

「お前、自分の兄が再び現れた時、どんな気持ちになった?」

「どんな気持ちって・・・・・・。先生は、兄さんのことを知っているんですか?」

「知っているも何も、俺は、幸人の同級生で友達だった」

 高橋から事前に話は聞いていたが、まさか自分の担任が生前の兄と同級生だったとは思わなかった。

「どうしてそのことを僕に黙っていたんですか?」

「それをお前が知ったら、益々学校に行きづらくなってしまうんじゃないかと思ったからだよ。でも、今となっては秘密にしていたことを後悔している」

 氷室先生は、今にも自殺してしまうんじゃないかと思うぐらい、悲愴感漂う顔をしていた。

「生徒会長選のこと、高橋から聞いただろ。幸人に生徒会長に立候補するように言ったのは俺なんだ。俺が、あいつを追い詰めた」

「それは違いますよ。兄が死んだのは、僕を助けるためで・・・・・・」

 氷室先生が僕の口を手で覆った。彼は俯きながら、首を左右に振った。

「幸人が生き返ればいいのに。そう思っていたはずなのに、あいつがもう一度俺の前に現れた時、俺は幸人に、気持ち悪いって言ってしまったんだ」

「先生・・・・・・」

 僕が声をかけようとした瞬間、下から足音が聞こえた。氷室先生は一呼吸置くと、上を指さした。

「ここの階段を上った突き当りの部屋にいる。チャイムが鳴ったら、部屋の中にいる彼を教室まで連れてくるように。頼んだぞ」

 氷室先生はそう言って、静かに階段を降りて行った。



 そこは、旧音楽室だった。冷え切った扉のノブを回し、中へ入る。薄暗く黴臭い部屋の窓辺に人影を見た。

「ハル?」

 呼びかけたが、窓辺に立つ男は、依然として窓の外の雪空を眺めていた。

「ハル!」

 彼の肩を掴むと、ようやく男が僕に視線を向けた。姿形はハルと瓜二つだが、彼から発せられるオーラはひどく冷たかった。

「おい、ハル。どうしたんだよ。いつもの笑顔はどこへいったんだ?」

「私はいつも笑っているのですか?」

「そう、だけど・・・・・・」

「残念ながら、私はハルではありません。私の名前は・・・・・・」

「ウーティスだよ」

 後ろから声がした。振り向くと、兄が扉のところに立っていた。

「渚、紹介が遅れてごめんね。彼は、Tellmoreの莫大なデータから生み出された、人の心を癒すことに特化した世界初のケアロボットだよ」

「兄さん、なに言ってるんだよ。ここにいるのはハルだろ?」

「違う。彼はハルじゃない」

「じゃあ、ハルは・・・・・・」

 その時、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。僕はウーティスの手を強引に掴み、音楽室の外へ出た。

「深海渚。痛いので離してください」

「うるさい。黙れ」

 ハルが残した言葉が頭を過ぎる。いま手を引っ張っているのがハルじゃないのなら、ハルは一体どこへ行ったのだ。

 心臓がバクバク鳴る。深く考えてしまったら、心が壊れてしまいそうだった。

「はーい、皆さん。席に座って」

 教室の扉がガラリと開き、氷室先生が僕らに向かって手招きをした。

「今日は皆に会わせたい人を連れてきました。さあ、中へ入って」

 ウーティスが教室に入ると、教室の中が一気に騒がしくなった。皆がハルの帰還を歓迎したのも束の間、ウーティスが自己紹介を始めたことによって、教室の中が葬式会場のように静まり返った。僕はその場にいることが怖くなって、学校から逃げ出した。

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