#3.1 再会

 全校集会の時間になり、大勢の生徒が体育館に集まってきた。冷ややかな目で見られるのを避けるために、僕は体育館の二階から全校集会の様子を見守ることにした。

『渚。学校で待ってるよ。』

 兄の言葉を思い出す。体育館を見渡したが、兄らしき姿はなかった。

 やはり、あれは嘘だったのか。帰ろうとしたその時、体育館が急にざわつき始めた。壇上を見ると、校長先生の隣にひとりの男性が立っていた。白衣を着た長身の男性を見て、女子生徒たちがぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねていた。

「皆さん、はじめまして。産休に入った先生の代理として、今日からしばらくの間、この学校で養護教諭を務めることになりました、深海幸人ふかみゆきとと申します。短い間ですが、どうぞよろしくお願いします」

 彼がお辞儀をすると、会場内に大きな拍手が響き渡った。

「・・・・・・嘘だろ」

 男が壇上から降りるのを見て、僕は慌てて体育館の入口へと向かった。彼の姿を探したが、白衣を着た男はどこにもいなかった。

 心臓がバクバクと音をたてる。今朝見たTellmoreのメッセージ画面をもう一度確認しようと思ったが、スマホを教室に置き忘れていることに気がついた。

 教室に戻ると、荷物を置いていたはずの自分の席がなくなっていた。周囲を見渡すと、教室にいる生徒全員が不審者を見るような目で僕を見ていた。入る教室を間違ったのかもしれないと思ったが、数秒後、何人かの生徒が声をあげて笑い始めた。

 ああ、そうだ。これが僕の日常だったと、唇を噛みしめた。ズボンのポケットに家の鍵とパスケースが入っていることを確認すると、教室の外へ飛び出した。反対側の入り口に、氷室先生と、やけに顔が整った男子生徒が立っているのが見えたが、彼らに構うことなく校舎の外へ向かって走り続けた。

 家に帰ったら、首を吊ろう。今日ですべてを終わりにしよう。そんなことを考えながら、坂道を駆け下りた。



 家まであと数メートルというところで、突然雨が降り始めた。雨に打たれながら自宅に向かって歩いていると、自宅の門の前にひとりの男が立っているのが見えた。僕と同じ制服を着ていることから、同じ学校の生徒であることは確かだったが、不審者であることに違いはなかった。僕に気が付くと、男はどことなく嘘くさい笑みを浮かべながら近づいてきた。

「おかえり、渚」

「誰だ、お前。それ以上、近づいたら警察呼ぶぞ」

 男はピタリと立ち止まると、造り物のように整った顔を歪ませて笑い始めた。

「何がおかしい?」

「これ、誰の?」

 彼の手には、僕のカバンがぶら下がっていた。

「なんで僕のカバンを・・・・・・、ああ!」

 目の前の男が氷室先生の隣に立っていた生徒だと気づき、最悪だと思った。転校初日の転入生に荷物を預けるなんて、担任を含め、あのクラスはどうかしている。

「雨の中、待たせて悪かった。届けてくれてありがとう」

「どういたしまして」

 彼は僕の腕にカバンを引っかけると、その流れで僕の手をぎゅっと握った。

「え?」

「今日からお世話になります、秋草あきくさです。どうぞよろしく」

 秋草と名乗る男は、僕に背を向けたかと思うと、家の門をガチャリと押し開けた。続けてズボンのポケットから家の鍵を取り出すのを見て、慌てて彼の肩を掴んだ。

「いやいやいや、ちょっと待てよ!お前、今日ウチに転校してきたばかりで、僕とは今日が初対面のはずだよな?なに勝手に人の家に入ろうとしているんだ」

「初対面じゃないよ。これが、その証拠」

 男がカバンから何かを取り出そうとしたその時だった。遠くから物凄いスピードで何者かが突進してきた。血相を変えて走って来たのは、十年前に死んだはずの兄だった。兄は転入生を勢いよく突き飛ばすと、僕の身体を覆うようにして抱きしめてきた。

「渚から離れろ。この死に損ないが」

「遅かったですね、お兄さん」

 転入生と兄は互いに睨み合っていたが、僕がくしゃみをしたのを機に、睨み合うのを止めた。



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