#2.2 死者からのメッセージ


「おはよう、深海ふかみ

 下駄箱で上靴を取り出したその時、担任の氷室先生が僕の名前を呼んだ。

「あの人って、例の・・・・・・」

「しっ、聞こえるわよ」

 周囲にいた人が、僕を蔑んだ目で見ながら通り過ぎていく。

「話があるから、荷物を置いたら職員室に来なさい。これ、担任命令な」

 氷室先生はそう言うと、爽やかな笑顔を浮かべながら去っていった。

 僕の担任である氷室麻也は、誰に対しても分け隔てなく接し、明るくて優しい教師として生徒や保護者から人気がある。だが、僕は彼が苦手だった。彼の嘘くさい笑顔を見る度に、胸がざわついた。

「失礼します」

 職員室に入ると、氷室先生が僕に向かって大きく手を振りながら、僕の名前を呼んだ。職員室にいる教師や学生がピタリと動きを止め、数人の生徒が逃げるように職員室を出ていった。心の中で舌打ちしながら、氷室先生の席へ向かった。

「顔色が悪いな。ちゃんと寝ているか?」

「まあ」

「それならいいけど、もし体調が悪くなったら、すぐに保健室へ行きなさい」

「はい。・・・・・・それで、僕に一体何の用ですか?」

「ああ、そうだ。これをお前に渡そうと思って」

 氷室先生はカバンから風呂敷に包まれた何かを取り出し、僕に渡した。手渡されたそれは、ずっしりと重かった。

「お母さんのことは聞いている。困ったことがあったら、なんでも俺に相談してくれ。一人で全部抱え込もうとするなよ」

「氷室先生」

 教師のひとりが彼の名前を呼んだ。氷室先生は「じゃあ、また教室で」と言うと、僕の前から去っていった。氷室先生が職員室から姿を消した後、どこからか「人殺し」と言う声が聞こえた。僕は振り向くことなく、急ぎ足で職員室の外へ出た。

「あ・・・・・・」

 手の中の重みに気づき、廊下の隅で足を止めた。

 氷室先生から受け取った物を、彼の机の上に置いて帰るつもりが、持ってきてしまった。丁寧に結ばれた風呂敷を取り、箱の蓋を開けると、玉子焼きや蛸の形をしたウインナー、牛肉のしぐれ煮などが器用に敷き詰められていた。

「こんなことされても迷惑なだけなのに」

 偽善的な言葉も、中途半端な優しさも全部、鬱陶しいだけだ。変に優しくするぐらいなら、徹底的に突き放すか、ナイフで僕の身体をズタズタに切り刻んで欲しい。

近くにあったゴミ箱に弁当箱を投げ入れると、胸の中に燻っていた嫌悪感が、ほんの少しだけ和らいだような気がした。

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