#2.1 死者からのメッセージ
死にたい。頭の中は死ぬことばかりで、考えることに疲れた僕は、母が服用していた睡眠薬をリビングの机の上に置き、食べ物を食べるように薬を服用した。
日が昇り、月が昇り、また日が昇る。時間は刻一刻と過ぎていくのに、真夜中の二時で時間が止まっているように感じた。
日を追うごとに人間としての機能を失っていく。まるで孤独という名の形のない化け物が、僕の身体を丸ごと飲みこみ、僕を構成している感情や感覚、細胞ひとつひとつをどろどろに溶かしていくようだった。
「最期ぐらい、死ぬほど愛されてみたかったな」
スマホを掴み、Tellmoreと呼ばれるアプリを起動させた。
Tellmoreは、遺族の心のケアを目的に作られたアプリで、事前に自分の肉声や思考パターンなどを登録しておくと、死者になった後も、アバターを通してまるで生きているかのように話しかけてくることから、死者と会話できるアプリとして人気を博した。医者であり研究者でもある父がこのアプリを開発し、兄は父が開発したアプリで自身のアバターを完成させた後、僕に臓器を提供するために自殺した。
スマホ画面に兄の顔がぱっと映し出された。
『渚、久しぶり。会いたかったよ。元気にしてた?』
元気だよと言おうとしたが、アバターに話す時に嘘をつく必要もないかと思い直し、「元気じゃない」と答えた。理由を尋ねられ、母が亡くなったと伝えると、兄は辛そうな表情をしてみせた。
『渚、辛かったね。ひとりにしてごめんね』
彼の言葉や表情に、自分の胸のなかが冷えていくのを感じた。兄の姿をしていたとしても所詮は無機物。アバターに慰められても虚しさは消えない。
「ごめん、もう切る」
『待って、渚。一週間後の始業式に必ず来て』
「え?」
『約束だよ』
プツッという音とともにスマホ画面が真っ暗になった。再びTellmoreのアプリを開こうとしたが、【システム障害により、只今アプリを使用できません】という文字が画面に表示された。公式サイトでTellmoreに関する知らせがないか確認してみたが、それらしき報告は一切なかった。
兄が残した謎のメッセージの真偽を確かめようと、僕は始業式の朝、最低限の荷物を持って家を出ようとした。
玄関の扉を開ける前に後ろを振り向いた。薄暗い廊下を見て、ああ、と思った。どれだけ朝が早くても、母は兄に弁当を持たせ、笑顔で彼を見送っていた。母の優しい声。兄の嬉しそうな顔。その光景を見るのが、僕は好きだった。好きだったのに、僕が全部壊してしまった。
「・・・・・・行ってきます」
今日が人生最期の日になりますように。そう願いながら、僕は玄関の扉を開けた。
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