#1.2 死にたがりの少年

 母が亡くなってから数日後、父が家に帰ってきた。父は廊下に立ち尽くす僕を見て、「元気そうだな」と言った。僕のどこを見て、元気と判断したのだろうか。父の僕に対する無関心さは相変わらずだった。

 彼は手に持っていた紙袋を廊下の隅に置いた。袋には、大量の参考書が入っていた。

「金は出すから絶対に医学部に合格しろ。いいな?」

 父はそう言うと、家を出て行こうとした。

「ちょっと待ってよ」

 僕が呼び止めると、父はあからさまに嫌そうな顔をした。

 昔から父の威圧的な態度が嫌だった。生まれてから今に至るまで、僕は父とまともに会話を交わした覚えがない。幼少期の頃から父は不在がちで、兄が父に代わって遊んでくれた。僕も母も、明るい兄に支えられていた。

「どうして医者にならないと駄目なの?」

「資格があれば食っていける。だから」

「嘘だ。本当は僕のことなんて、どうだっていいくせに」

 父に胸倉を掴まれ、僕は抵抗する術を失った。

「お前、自分が何を言ってるのか分かっているのか?」

「・・・・・・母さんも兄さんも、僕のせいで死んだ。どうして十年前に僕を殺してくれなかったの」

 胸倉を掴んでいた手が離れ、僕は廊下に座り込んだ。父は何も言わないまま、僕を置いて家を出て行った。

 父が出て行った後、僕は家の中を片付け始めた。自分が死んだ後、特殊清掃業の人の手を煩わせないようにするためだった。

 自分の部屋、母の部屋、リビングの順に片づけ、最後に兄の部屋の片づけに取り掛かった。机の引き出しを開けると、中から一枚の手紙が出てきた。

『にいちゃん、だいすき。これからも、ずっといっしょ。やくそくだよ。』

 それは、僕が兄に宛てて書いた手紙だった。十年前のことだから記憶にないが、僕が書いたものであることは確かだった。

 僕が死ねば、兄の死が無駄になる。僕は兄の部屋の片づけを止め、リビングのソファに横になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る