第一章 同族嫌悪

#1.1 死にたがりの少年

 兄が亡くなって以来、僕は親の期待に応えるために生きてきた。それは贖罪か、愛されるためか。理由はどうだって良かった。母は僕の成績に異常な関心を寄せ、僕も彼女の期待に応えようとした。だが、僕が良い子でいることを放棄した途端、母は僕を害虫のように扱うようになった。

 高校二年の夏休みに入り、進路に関する面談が行われた。

「医学部合格は厳しいでしょうね」

 先日行われた全国模試の成績表を見ながら、進路指導の教師がそう言った。

「成績を見るに、お子さんは理系より文系の大学を目指した方がいいと思います」

 面談が終わってから家に帰るまでの間、母は無言で歩き続けた。自宅に入った直後、彼女は僕の名前を叫んだ。

「これは一体どういうことなの!?」

 母は顔を真っ赤にしながら、僕の頬を強く叩いた。

「私もお父さんも、皆あなたに期待している。それなのに、どうしてあなたは私たちの期待に応えてくれないの!?」

 母は筒状に丸めた成績表を僕の身体に何度も突き刺した。

「幸人は国立の医学部に余裕で合格できるぐらい優秀だった。あなたも、やればできるはずよ。あなたの努力が足りないから駄目なのよ」

「・・・・・・ごめんなさい。僕の努力が足りませんでした」

 消え入りそうな声で謝ったが、彼女の怒りは収まらなかった。

「どうして、あなたは頑張れないの?どうして、あなたは幸人のようになれないの?どうして、どうして、どうして・・・・・・!!」

 彼女に叩かれた場所が痛い。身体も、心も、刃物で刺されたように痛んだ。

 やがて、彼女は攻撃を止め、その場に立ち尽くした。

「あなたさえいなければ、幸人は死ななかった。あなたなんか、産まなければよかった」

 彼女の言葉に、頭が真っ白になった。気付けば、母が片方の頬を押さえながら床に倒れていた。

 このままじゃ殺されると思った僕は無我夢中で家を飛び出し、行く当てもなく走った。吐血するんじゃないかと思うぐらい走って、走って、走り続けた。

 母の言う通りだ。僕がいなければ、兄は死ななかった。僕のせいで、兄が死んだ。

 近くでトラックのブレーキ音が鳴った。ああ、よかった。これで死ぬことが出来る。安堵した次の瞬間、誰かが僕の身体を突き飛ばした。ドンッという鈍い音がした後、数人の悲鳴が聞こえた。

 目を開けると、そこには虚ろな目をした母が血を流して横たわっていた。

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