第9話「引きこもりだけど、まだまだ助けを呼ぶことにする」
「ここゾンビシティは今日もいい天気。みんな元気に彷徨っているよ。あたしの名前はゾンビィ。ボストン在住のメチャモテゆるふわ愛されガール!今日も寝坊しちゃって大変!急いで学校に行かなくちゃ!」
……なんか始まった。
世界が終わりはじめてから二週間が経つ。感染の拡大は一向に止まらないようで待っていた救助も来る気配すら見せない。
先日電気とガスが止まった。水道はまだ通っているらしいが、情報収集や娯楽をすべて電力頼りにしてきた引きこもりの身としてはこの世の地獄だ。
部屋でゆっくりしているのもなんだし最近は隣の家で生活してみたり、日中はこうして屋根の上で時間を浪費している。俺があのまま一人で籠城していたらと考えると日向の存在はありがたいのだろう。
そんな中、日向は暇すぎたのか道行く屍をアテレコし始めた。罰当たりか。
ちなみにオープニングでアテレコしていたのはここから十五メートルくらい先でうろついている襟足を緑色に染めたバンギャ風の女性だ。顔はボストン在住というより日本の地方都市在住っぽい。っていうかボストン在住はどこから出てきた。
「キャー遅刻遅刻!」
しかし、その足取りは亀並みに遅い。
「ばたーん」
ちょうど目の前を歩いていた五十過ぎくらいの頭皮が寒そうなおじさんゾンビにぶちあたった……えっ、まさかこの展開は。
「いたーい!」
速度の割には結構力強く当たったらしくバンギャゾンビのゾンビィは仰向けに倒れてしまった。
「大丈夫でした…?」
おじさんゾンビは彼女のことは気にも留めずに周囲をキョロキョロと確認している。ゾンビィは依然として仰向けのままだ。お前が大丈夫か。
「たいへーん!急いでたら人にぶつかっちゃった!でもとってもたくましそうで頭が男性的なナイスガイじゃない!…これってまさか恋?」
日向は仰向けのまま、動くそぶりを見せないゾンビィの心の声を代弁しているようだ。突っ込みどころが多すぎる。
倒れたゾンビィに見向きもせずおじさんゾンビはそのままゆっくりと歩き始めた。恋とは儚いものである。
「……起き上がらないな」
頭から大胆に倒れてからゾンビィは動かない。もしかしたらわずかに動いているのかもしれないが、この距離からではそれも掴めない。まさか頭を破壊せずとも死ぬとか?……そんなことはないよな。
「起き上がるって!ゾンビ舐めたらだめだよ!」
そりゃダメだろ。主に衛生面でヤバすぎる。
日向の言う通り、ゾンビィは地面に手を付いてからゆっくりと立ち上がる。寒い朝にようやく布団から出た時の俺とそっくりだ。
「ほらね!不死のゾンビィ!」
星の〇ービィみたいに言うな。ゾンビィはまたゆっくりとあてもなく歩き始めた。その証拠にさっきとは進行方向が真逆で足取りもなんだかおぼつかない。目の前に障害物はないし、これから先どんなアテレコをするのだろうか。
「……どうしよう。奥村はゾンビが何考えてるか分かったりしないの?」
「なんで分かると思うんだよ。……でもまぁ食うことしか考えてないんじゃないのか?」
「……食うねぇ」
「よし」と息巻いた日向さんにより、足をひきずりながら歩くゾンビィのアテレコが再開される。
「……スシー、ソバー、テンプーラ」
「和食好きかよ」
「だってボストン在住で日本に来てるんだよ?たぶんこのあたりのやつが食べたいんじゃないかって思うの」
「ゾンビがノーマルに和食なんて食うかよ。普通に人しか食べないだろ」
「そっか」
テイク2。
「……サムラーイ、ニンジャー、ゲイシャー」
「観光客気分かよ!」
「だってボストン在住」
「人物の好みが範囲狭すぎなんだよ!極度の偏食かよ!餓死するわ!」
「うーん」
とりあえずこんな感じで今日は平和だった。
「ヘリコプター来ないね」
……まぁ最初は期待していたがよく考えるとこればかりに期待してはいられない。日向の言葉に喉の奥が鳴る。ただ待っているだけじゃダメだ。なにかもっと具体的な行動が必要なんだ。
しかし安息の地を求めて下手に外に出ようものならこれまでの籠城が水の泡だ。ため込んだ物資が無駄になるのというなら可愛い理由で、現実は死ぬという結末が待っている。
手短な通信手段は電気が止まった以上、もう使えそうにない。実際日向が来る前にいろいろなところへ電話をかけてはみたがどこも通話しまくっていて使えないままだった。
やがて電話が繋がるようになってからはそもそも出る相手がいなかった。……自分の親も含めて。
今まで考えないようにはしてきたが親とはゾンビが発生する前に会話をして、それから連絡すら取れていないという状況。それは日向も同じか。
日向もたまにそんな現実と直面したのか涙を見せることもあった。当たり前だ。本当は俺だって泣きたい。十七歳とはいえまだ子供だぞ。
でもそのたびに俺はお互いの両親の生存をなんとか裏付けて説得していた。
「確かにゾンビパニックが起こって避難所にみんなが逃げていったかもしれない。そして避難所でもまたゾンビパニックだ。……でもよく考えろよ。俺たちはここだぜ。まだ家にいるんだ。子供が家に取り残されてるってのに避難所でのうのうとしている親がいるか?きっと避難指示で電波の届かないシェルターの中にいるんだよ。子供が取り残されてるって大泣きしながらな。だから俺たちが親にしてやれるのは……生き延びることだけだ」
嗚咽を漏らす日向にかけた言葉を自分の中で反芻する。そうだ、大切な人のために生き延びなくちゃいけないんだ。
「外の人と連絡が取れないとだよね」
「ああ……現実的なのは俺らみたいに籠城している人と連絡を取り合うことだな。確実とは言えないが助かる確率はかなりあがってくる……全く知らない人ととる通信手段なんて……無線があるな」
なんで今まで気づかなかったんだろう。便利な通信手段に頼ってばかりでまるで見向きもしていなかった。
「無線なんてあるの?なんか本格的だね」
「ああ、親父が使ってたのがあるはずだ」
どこで見かけたのだろうと記憶を辿る。……ああクソ。
「さっそく取りに行こうよ」
「……外にな」
無線は親父の車の中だ。それも親父は普段電車通勤なのでうちの狭い駐車場は母親の、というか家族共用の車が止まっている。親父は車が好きで、そこそこいい車を別に持っている。親父が休みの時はたまにその車でドライブに連れて行ってもらった。確かに普段の車とは乗り心地が違うのだ。まぁそんなことは今はどうでもいい。
とにかくうちには停められないので別に駐車場を借りてそこに停めている。
……広い通りを挟んで向こうの月極駐車場に。
「取りに行かなくちゃだよなぁ」
「……まさか外に出るの?」
「しかも向こうの駐車場まで」
「……取りに行けるの?」
「……」
リスクを背負う必要はあるか?
いつだってそうやって考えてから行動に移していた。
下手に動かない方がいい。それはよく分かっていた。
しかし今はきっと、表面上に現れてはいなくても俺たちは追い詰められている。
ただただ過ぎる時間。だんだんと減る食料。誰も救助に来ないという現実。
やがてそれが浮き彫りになったとき、俺たちは絶望に打ちひしがれて生きる希望を見失うに違いない。
それを防ぐために、これは負う必要のあるリスクだ。
「……やるしかねぇ」
雑に立てかけた血濡れのバットを睨んで覚悟を決めることにした。
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