第5話「引きこもりだけど、情報収集(ネットサーフィン)する」

「丸一日寝てたらなんかゾンビで溢れてんだけど誰か産業」


『ゾンビが発生

もう駄目だから

さっさと首吊れ』


「丸一日寝てただけで世界崩壊とか脆杉ワロタ。マジレスくれよ」


『掲示板の勢い見たか?通常の半分以下だぞ?こんな非常事態にな。たくさんいたねらーはもれなく人喰って生活してる。お前もさっさと仲間入りをお勧めする』


「お前が喰われろ」


『ひょっとしてお前ヒキニート?マジレスするけど外には出ない方がいい。俺の近くにある避難所は噛まれてた奴が急に周りを襲い始めて使い物にならなくなっちまった。とりあえず車の中でスマホから書き込んでるけど正直ダメかなとは思ってる』


『噛まれたのに厚かましく避難所にお世話になる奴wwwwwww』


『噛まれたらすぐ自殺しろよ!お前らのカーチャンが噛まれても同じだ!すぐ殺せ!!』


『またしても引きこもりの大勝利wwwwwwwww笑いがwwww止まらねぇwwwww』


「自衛隊とか政府はなにやってるのさ」


『ラジオくらい聞け、あとまだネット繋がってんだからggrks』


『自衛隊は都市部で溢れかえってるゾンビどもを制圧&地方に隔離ってとこだな。まぁ確実に制圧のスピードより感染スピードの方が上回ってる。制圧も一応は感染者って扱いだからゾンビ相手に催涙ガスや放水が限度ってとこらしい。政府は国民に避難指示に従うよう呼び掛けてるけど、避難する人たちの中に噛まれた奴が何人いるか……』


『あっ……(察し)』


『最後の最後まで無能wwwwwwwwwwwwww』


『まだ原因不明の狂犬病のような扱いだぜ?感染者を隔離された病棟に送り込んでるだけで奴らは殺そうなんて考えちゃいない。誰が見たってヘッドショットで殺さなきゃいけないゾンビだろ?これからまだゾンビの数は増えてくだろうな』


『俺のAK‐47がうなりを上げる時が来たようだなwwwwww』


『うるせぇぞすぐ暴発する小っちぇ水鉄砲のくせに』


「とにかく引きこもりが最善ってことでFA?」


『だな、お前らみたいなクズが生き延びてて神様が嘆いているぞ』




 デスクトップに羅列された文字を見てニヤニヤしていた。……だよなぁ、やっぱ引きこもりが最強だよなぁ。


 ゾンビが世界を支配し始めて四日目。時刻は午前十時。今日も曇りで先ほどから雨がぱらつきはじめている。バリケードを敷いて、食料と水を確保。あとは情報収集だ。起きてからずっとパソコンで2chを閲覧している。情報収集だけど普段の生活となんら変わりない。これだよこれ。これが俺の求めている終末世界での過ごし方だ。


 一応情報収集らしくいろいろなサイトをめぐって情報を集める。



「ふぅ……だんだん何が起こっているのか分かってきたぞ」


 ニュースサイトを周って確認した情報をまとめるとこんな感じか。


 数日前、アメリカから帰ってきた一人が滞在中に暴漢に噛まれていた。まぁ、この場合は暴漢ではなくゾンビだろう。山手線に乗って帰宅途中に突如意識混濁を起こして電車は新宿駅にて停車。運び出される直前に車内に居た男性に噛みついたという。


 不運なことに男性は数分もしないうちに感染。阿鼻叫喚の車内にいた数人に噛みついて逃走。まぁその後はお察しだ。


 ウイルスの感染力には個人差があるらしい。噛まれてすぐの人もいれば二、三日後に急に発症する場合もある。今回はたまたま日本にとって最悪のシナリオを生み出すための一番手っ取り早いタイミングで感染していったらしい。ひょっとしたら他国の生物兵器だったりして。


 世界各国でも同じような事態が起きているがまだ日本に比べたらマシのようだ。銃社会ではない日本は内側から脆すぎるのだ。合掌……。


 この時点で大きなニュースにはなった。新宿駅が突如発生した暴動によって一時封鎖。だいたいそんなものだ。噛まれた人は病院に搬送されたり、帰宅が可能なら一時的な処置をして帰宅。


 これが地方へ感染を拡大させた大きな一因だろう。ウイルスは瞬く間に広がり政府はようやく、……いやようやくではないな。


 政府が出したのは『狂犬病の一種と推定される感染症』に対しての非常事態宣言だ。これは現在も敷かれている。まだこの時になっても「噛まれたら臨時に複数開設された隔離病棟へ」だ。すでに何人噛まれている?噛まれたと通報を受けて駆け付ける救助隊は何人生き延びている?隔離病棟はまだ隔離病棟として機能しているのか?


 これが俺がパソコンの前でネトゲをしている間と長い睡眠中に起こった出来事だ。時間を照らし合わせると東京での一件がネトゲ中。地方へ感染が拡大している間に睡眠中だったわけだ。


 ……寝ててよかった。


 手遅れになる前だったならきっと避難所へ行ってみんなと一緒に生肉をむさぼっていただろう。よかった手遅れで。



 そう、すでに手遅れ。想像通り安息の地なんてない。もうどうすることもできない。……これから先どうしようか。まぁどうすることもできないからどうもしないんですけどねぇ。


 我が城は完璧に出来上がった。ここから高みの見物をしながら世界の行く末を見守るのだ。





 目覚まし時計はもう使わないので空き瓶をいくつか駐車場へ投げる。万が一外しても初回同様ビンの割れた音で集まってきたゾンビが勝手に車のアラームを鳴らしてくれればそれでいい。


 四個目が無事車に当たってけたたましいアラームを鳴らした。急いでベランダへと降りる。


 今日は隣の家のさらに隣にお邪魔しに行く。何か使えそうなものや食料があればそれを持って帰る算段だ。


 梯子は固定しないが一度渡れば要領は掴めている。難なく隣の家へと移り、さらにその隣まで移った。アラームが鳴り終わる前に窓を割らなければならないので急いで実行に移す。


 家の中を物色。冷蔵庫には冷えた缶チューハイが何本かある。……未成年だけどこんなひどい状況だし、別にいいよね。

 幸運なことに即席の袋麺やカップラーメンもあった。帰ったらガスが使える今のうちに食べてしまおう。


 隣の家でも思ったことだが防災袋は持って出ているようだ。寝室や玄関などを探してはみたが隣もここも無い。やはり世間は震災かなにかと勘違いしているらしい。状況の判断が命を延ばすことにも縮めることにもなるというのに。




 無事自室に戻り、そのままキッチンへと向かい早速お湯を沸かす。カップラーメンはまず避難の際持って行くものと思っていたけど案外残していく人もいるものだなぁ。


 お湯を注いで三分待つこの至福の時。染みわたる静寂。隙間から立ち上る湯気。ほのかに香るスープ。




 そうした至福の時を一瞬で切り裂く音が家の中にこだました。





 ピンポーン


 ピンポーン





 ラーメンに対する期待が一気に戦慄の恐怖へと変わる。



 ……まずい。奴らにバレていたのか。しっかりと駐車場へ集まっていくのは見えた。死角に見落としていた奴がいたのか……?



 ピンポーン


 ピンポーン



 ああくそ、なぜ気づかなかったんだ。


 自室へ戻ろうとなるべく音を立てずに階段を上り始めたとき、玄関の固いドア越しだがそれは確かに聞こえた。



「いるんでしょ!?早く開けてよ!!」



 ゾンビは喋らない。それは分かっている。だけど胸の内を冷たい手で撫でられるような不快な感覚は未だそこで鎮座したままだ。重い足取りのままゆっくりと階段を降りる。



「早く!!まだあいつらいないから!!」


 おそるおそる玄関を開けてチェーン越しに声の主と対面する。


「はやくこれ外して中に入れてよ!」


 返答もせずチェーンを外す。これ以上インターホンを鳴らされることも家の前で叫ばれるのも良しとしたくない。かといって受け入れる気もないが仕方がなかった。声の主は強引にドアを押し開けて俺を振り切って家の中へと入っていく。


「まだ中に入っていいなんて一言も言ってないんだが」


 すでに靴を脱いで家に上がり、三和土にいる俺を見下ろす傲慢な態度の主に向けて言い放った。


「こんなときになってまだそんな冗談が言えるのね」


 彼女が俺を睨みつける。冗談じゃなく本気で言ってるんだけどなぁ。



 完全な籠城環境を作り上げた。しかし、ゾンビじゃないが招かれざる客を家に上げてしまった。


 どうなる俺の引きこもり生活。 

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