第2話「引きこもりだけど、この先どうするか考える」
引きこもりだけど、外にゾンビがうろついている。
そんな現実を目の当たりにしてから早くも二時間が経っていた。その間何もせずに呆然と窓の外を眺めたり、息を殺して布団の上で何度も目を覚ますフリをしてみた。これが夢だという疑いは結局晴れなかったのだが。
やつらは紛れもなくゾンビだ。今まで見てきた映画やプレイしたゲームのゾンビと動きがそっくりだ。根拠は確かにそれだけだけれど、ゾンビでないとするなら二時間も同じ場所でふらついている人間が何人もいるのが普通だっていうのか?倒れている人の足にむしゃぶりついている奴が普通の人間だとでも?
「冗談じゃねぇぞ……」
頭を抱えて座り込む。嫌な汗がじっとりと自分の体をまとった不快感が襲っている。
どうするべきなのだろうか。非常事態であることは確かなんだ。だが地震や火事とは訳が違う。当たり前だが学校で防災訓練はしていてもゾンビパニックの対策訓練なんてしていない。誰がこんなことを想定した?
しばらく唸りながら考えて、ふとしたことに気づく。
……いや、想定はされていたんだ。あらゆる人が、あらゆる状況で、あらゆるタイプの連中に対してどう対処し生き延びていくのかを。
ある人は映画を通して、ある人は小説を通して、ある人は漫画を通してその術を伝えていた。
人によっては防災よりもその術を身につけている。俺もきっとその中の一人だ。
なら、生き延びることができる。
非現実的な現実に直面して噴き出す脂汗。震えている体。握りしめた汗をズボンになすりつけてから顔を拭う。真っ暗なデスクトップに映りこんだ俺の顔は確かに笑っていた。
これは恐怖にひきつった笑いじゃない。恐怖に打ち震えた体じゃあない。
沸き上がる自信に満ちた笑いと武者震いだ。
さぁ、来いよ亡者ども。俺が相手になってやる。
……十五分くらいニヤニヤしていた。いつの間にか俺は黒のシャツをボタン全開にして素肌に纏い、去年背伸びして母親と一緒に買ったクロスのシルバーアクセサリーを身に着けていた。はい、黒歴史。
相手になってやるとは言ったが出来れば、というか絶対に相手にしたくない存在だ。何かの対策を講じる度に、連中には細心の注意を払わなければいけない。
……とりあえず今は何をすべきだろう。何を目標にしていけばいいのだろう。
布団の上でゴロゴロと横たわりながら目標を考えるも何も思い浮かばない。思えば夏休みが始まるたびに親からも先生からも「何か目標を考えなさい」と言われたがまともに考えたことはなかった。そんな俺が絶望的な状況だから急に目標を立てようったってそうはいかない。先生、目標を立てるって大事なことだったんですね。こんなことになって先生が生きてるかどうかは知らないけど。
……これ以上考えたって無駄だ。ここは先人たちの知恵を借りるしかない。先人と言っても全員フィクションの中の人物だけど。
映画やゲームの主人公は何をしていた?生憎一般人で引きこもりの身であるからしてゾンビパニックの原因究明を行うつもりも、ワクチンを開発するつもりもない。
大抵は安息の地を求めて旅をするんだろうが安息の地ってどこだよ。
過去に触れたゾンビ作品を思い返してはみるものの、全く目標は立たず。
銃社会なら表に出てパンパンぶっ放しながら旅もできるが、ここは日本だ。実物の銃なんて見たこともねぇ。
スコップくらいならかろうじて対抗できそうだが、確実に脳を破壊しなければならない上に複数で襲ってこられたらまず仲間入りは免れない。
第一、引きこもりにそんな重いもん振り回せるか。こちとら遊びで引きこもりやってるんじゃねぇんだよ。
豊富なゾンビ作品だが、どんなに振り絞っても引きこもりが主人公なんて見たこともない。これは俺が新たな先駆者として行動を示す絶好の機会だ。
俺にしかできないことをすればいい。……そうだ。
押し入れの中に雑にしまってある中学の時の書初め道具を取り出す。
目標は紙に書いて見えるところに貼っておけと先生に言われた。今度は先生の言葉、無駄にはしません。あの世で僕のことを見守っていてください。死んでるかどうか分からないけど。
ちなみに字は下手くそだ。潰れまくってるが了承してほしい。銀賞でもいいから欲しかったなぁ。
勢いよく半紙に目標をでかでかと書き上げる。残りのスペースが足りなくなったので裏からセロハンテープでもう一枚繋いだ。当然下に敷いていた新聞紙からはみ出して、滲んだ墨汁でカーペットが汚れたがそんなことはどうでもいい。
壁のポスターを雑にはがして画鋲で半紙を止める。字は下手くそだがこうして飾ってみるとなかなか味があっていいじゃないか。そんな自画自賛とともに大きく深呼吸をして文字を読み上げる。
「引きこもり継続!」
目標は立てた。あとは実行するだけだ。安息の地を探しに行く必要はない。ここが安息の地だからだ。
ゾンビVS引きこもり。ただいまより上映開始!!
……ごめんなさい、今のも黒歴史で。
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