2-7 火曜日
水曜日が来るまでの間、私達は準備に追われていた。
私達といっても、実際に動いていたのはお父さんとミスター・ジョーンズだった。私とジェーンがしていたことといえば、お父さん達の会話を盗み聞きして今後の動向を推し量ることくらい。
保安官事務所は、普段よりはるかに人の出入りが多くなった。
銃を扱える町の住人が事務所に呼ばれ、その中から水曜の計画に加わる人員が選ばれた。なんたって平和な町だ。銃を実際に撃ったことがある、というだけでも白羽の矢が立てられた。
結局、集められたのは精鋭とは程遠い
駅馬車は、隣町から
「計画はこうだ」お父さんがチームに説明した。
火曜の昼過ぎだった。私とジェーンは保安官事務所の階段に座って、お父さん達の様子を見ていた。
階下にはお父さんとミスター・ジョーンズが、加えて、集められた男女四人がいた。
「これから私達全員は隣町へ向かう。そして明日、駅馬車に乗り込む。駅馬車は、表向きには平常通りの運行だ。ただ、金は一切積まない。そして乗務員は武装した我々、ということだ」
「保安官とミスター・ジョーンズが御者になりすまし、俺達は客車に乗り込む」チームとして選ばれた男が確認した。
「そうだ。君達三人は、乗客だ」とお父さんはチームの男女を指さした。
「別行動の私はライフル片手に、駅馬車を追いかける」と歯医者のドクター・ローレンス。
お父さんは頷く。「山の上から、キャニオンを走る我々を馬で追ってくれ」
「キャニオンを走る駅馬車に逃げ道はない。デッド・フラワーズにとっては好都合だ。だが我々は、その裏をかく」ミスター・ジョーンズは独り言のように呟いた。
「それには、スナイパーの存在がカギだ」お父さんが付け加える。
「言っておくが、俺はスナイパーなんかじゃないぞ。山の上から眼下の人間を狙い撃ちするなんて芸当、到底出来やしない」ドクターが心配そうに言った。
「分かってる、それでいい。
「だけど、こっちは寄せ集めのチームよ。ギャング相手に勝ち目なんてきっとない」チームの女が言った。
「実際に争いごとが起きれば我々に勝ち目はないかもしれないが、我々の狙いは争いを起こさないことなんだ。デッド・フラワーズの面々を諦めさせれば、それでいい。奴らだって、何のメリットもないのに血を流す危険は冒さないだろう。誰も傷つかない。それだけで我々にとっては勝利だ。ギャングを打ちのめそうなんて思ってもないさ」
「それもそうね。それに、そもそも――」女がまた口を開いた。「明日、デッド・フラワーズは私達のところへ来ないかもしれないものね」
「その可能性だって十分にある。デッド・フラワーズは、すでにもうこの辺りにはいないかもしれない」とお父さん。
「今頃、ここからはるかに遠い場所で略奪を働いてるかもな」チームの男が言った。
「だったら、明日の夜には笑って酒を飲める」歯医者のローレンスは力が抜けたような話しぶりだ。
「そうなればいいね」私はジェーンの耳元で囁く。
ジェーンは深刻な顔を浮かべ、静かに頷いた。
それから私達は、部屋に戻って二人きりで話した。
お父さん達はこのあと隣町に行き、私は保安官事務所に残ることになっていた。私には何も出来ないのが残念だけど、きっとデッド・フラワーズは明日になっても現れないような気もするし、正直、私はそこまでお父さんのことを心配していなかった。
気になることがあるとすれば、ミスター・ジョーンズのことくらい。ジェーンの話が気がかりだし、ミスター・ジョーンズの素性もはっきりしないままなわけだし。まあでも、明日はお父さんに味方してくれる人が他にもいる。銃を持った大人達が。そこまで懸念を抱かなくてもいいだろう。
「あたし、やっぱりついていきたい」と言い出したのはジェーンだった。
「お父さん達と一緒に行きたいの?」
「ミスター・ジョーンズが何を考えているか、何をしでかすか分からないし。それに、ミスター・ジョーンズがデッド・フラワーズと内通してることだって考えられるし」
「ミスター・ジョーンズはスパイってこと?」
「分からない」ジェーンは重々しく首を横に振る。「でも、どんな可能性も否定出来ないから。もしあの日、あたし達の集落を訪れたのが本当にミスター・ジョーンズなんだとしたら……」
私は言葉を待った。
「明日、誰かが死ぬことになるかもしれない」
「怖いこと言わないで。それに、ミスター・ジョーンズは今のところ怪しい素振りは見せてないよ」私は言った。
「うん。だけど、なんでミスター・ジョーンズがこの町の人々にここまで協力するのか、いまいち動機も分からないし」
「お金じゃないの?」
「そうかもしれない」少し黙ってからジェーンは、「でもやっぱり、あたしはなんにもしないわけにはいかない」
「分かった。じゃあ、お父さんに同行出来るか訊いてみるよ」
私は重い腰を上げてお父さんのところへ行った。
お父さんは忙しそうだったけど、私の頼みを聞いた途端、驚きのあまり全ての動作をストップさせ、固まってしまった。
「一緒に行きたいだって?」
「ジェーンが、どうしてもって」
「無理に決まってるだろ。明日は何が起こる分からないんだぞ。ピクニックに行くんじゃない。ギャング団と遭遇するかもしれないんだ」
「お父さんが心配で」
「アイリーン、私は君が心配だよ。十代の君達を危険に巻き込むわけにはいかない」
何度頼んでみても、結果は同じだった。
考えてみれば、お父さんの判断は当然だ。娘をギャング団と引き合わせたい親がどこにいるだろう?
話し合いの結果、私とアイリーンは隣町までついていくことのみ許された。当然、駅馬車に乗るなど言語道断。馬でお父さんについていくのも禁止。
明日の朝、私とジェーンは隣町でお父さん達を見送ることになる。
ジェーンにそれを伝えると不服そうだったけど、なんとか分かってもらえた。
そして私達は出発した。
出発したのは、夕方だった。
私とジェーン、お父さん、ミスター・ジョーンズ、それと四人の男女。
これから待ち受けていることは、まだ誰も知らない。
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