2-6 小汚い男
鉄格子に囲まれ、男は寝ていた。
保安官事務所の留置場。
ここは滅多に使われることがないけど、現在は珍しく使用中。
汚い身なりをした賞金首の男が、久しぶりのお客さんだ。
「ちょっと。ねえ、起きて」ミスター・ジョーンズが連れてきた小悪党に向けて、私は声を掛ける。
汗と油でごわごわとした髪をかきむしりながら、鉄格子の中の男は薄目を開ける。「なんだよ」
「訊きたいことがあるんだけど」ジェーンが言った。「ミスター・ジョーンズについて」
「ミスター・ジョーンズ?」小汚い男は一瞬考えてから、「ああ、賞金稼ぎか」
「ミスター・ジョーンズとはどこで出会ったの?」と私。
「プランカスタ族のところだよ。ていうかなんで俺がお前らガキに答えなきゃいけないんだ」と言うと男は私達に背を向け、再び寝転んでしまう。
「お願い。どうしてもミスター・ジョーンズについて知りたいの。もし教えてくれたら――」私は言葉に詰まる。
「教えたら? ここから出してくれるのか?」
「……コーンブレッドをあげる」
は、と男は乾いた笑い声をあげた。
「たしかに腹は空いてるな」彼は言った。「気が利くじゃないか」
「ちょっと待ってて」
私はキッチンへ急ぐとコーンブレッドを引っ掴み、それを鉄格子の隙間から彼に手渡した。
男はコーンブレッドを乱暴に受け取ると、むしゃむしゃと齧った。
男の食事を無言で見守る私とジェーン。
「プランカスタ族が襲われるのを見てたんでしょ?」食事が終わるのを待てず、私は口を開いた。
「そうだ。岩陰から見ていた。襲ったのはデッド・フラワーズだった。間違いない。ジミー・ザ・ラビットの姿をこの目で確認したからな」
「ジミー・ザ・ラビット?」とジェーン。
「ギャング団デッド・フラワーズの首領だよ。真っ白いハットを被った男だ。やたらと足が速い。西部の
「デッド・フラワーズが去った後、あなたはプランカスタ族のところに行ったって言ってたけど」と私。
「その通りだ。強奪を見届けた俺は、集落に足を踏み入れた。集落には死体がいくつか転がってたよ。女子供は泣いてたな。残念ながら価値のありそうなものはほとんどなかった」男は一瞬黙った。「その後だよ、俺がミスター・ジョーンズと出会っちまったのは」
「ミスター・ジョーンズもプランカスタ族のところにいたの?」ジェーンは鉄格子を掴んだ。
「いや、集落で会ったわけじゃない。奴と出くわしたのは、俺がプランカスタ族の集落を後にしてすぐのことだ。なんの収穫もないまま集落を出た俺は、馬に乗っていた。すると向こうから、いかにも賞金稼ぎって感じの男がやって来た。賞金がかかけられている身として、俺はそそくさと賞金稼ぎらしき男の前から立ち去ろうとした。だがその男は、『プランカスタ族のところに行ったのか』と俺に訊いてきた。だから俺は手ぶらであることを身振りで示して、『残念ながら金になりそうなものは何も残ってなかったよ。デッド・フラワーズに全部持ってかれちまったみたいだ』って答えたんだ。すると奴はさらに訊いてきた。“薔薇の雫”、だかなんだか――俺は先住民の文化について詳しくないから何のことだか分からんが――を見なかったか、ってな」
「薔薇の雫?」ジェーンが大きな声を出した。
「知ってるの?」私はジェーンに視線を移す。
「いや、……知らない」ジェーンは目を落とした。
「それで俺は、そんなもん知らないと答えた」男は続ける。「だがいずれにせよ、それが価値あるもんなら、今頃はデッド・フラワーズの手の中にあるだろうな、とも言った。それを聞いて奴は納得したような顔をしたよ。それで、俺はその場から去ろうとした。すると奴はいきなり、馬ごと俺に体当たりしてきたんだ。あの野郎。俺は落馬したさ。いきなりのことでどうしようもなかった。奴は素早く俺の両手を縄で縛ると、ポケットから手配書を取り出し、俺に見せつけた。そこにはでかでかと俺の似顔絵が描いてあったよ。それで俺がこの町に連れてこられたってわけだ」
「そもそも、なんでミスター・ジョーンズはプランカスタ族のところに向かってたんだろう。ミスター・ジョーンズの狙いは分かる?」私は訊いた。
「おそらくデッド・フラワーズを追ってたんだろうな。ジミー・ザ・ラビットには莫大な賞金がかけられてるから」彼は付け加える。「ここでデュピティになったのも、おそらくデッド・フラワーズが目的だろう。デュピティとしての報酬だけで満足するような男には見えない」
男の推測は間違ってた。
ミスター・ジョーンズの目的は、デッド・フラワーズを捕まえて賞金を稼ぐことなんかじゃなかった。
だけどこの時の私達には、ミスター・ジョーンズの真の目的など分かるわけもなかった。
そして数日が過ぎた。
不穏なほど平穏な日々が続いた。
事態は硬直状態を保ってた。
ミスター・ジョーンズはデュピティとしての役割を全うする機会もないまま、平和な田舎町の時間を満喫していた。
それはまたお父さんも同じだったし、私達も小汚いコソ泥から得た情報以上のものは掴めないでいた。
コソ泥は相変わらず留置場で寝起きし、我が家のコーンブレッドは減っていくばかりだった。
事態が動くとすれば、それは水曜日。
全員がそう思っていた。
水曜日――
町に定期便の駅馬車がやって来る日。
その日は、もうすぐそこに迫っていた。
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