2-5 ジェーンの動揺

「どうしよう、たぶんあの人だ」


 落ち着きをなくすジェーン。


「きっとそう。どうしよう、どうしよう」ジェーンは明らかに動揺していた。

「ねえ、私には何がなんだか分からないよ。ジェーン、一旦落ち着いて」



 私とジェーンは二階に戻って来ていた。


 一階の事務所でミスター・ジョーンズと顔を合わせた後、ジェーンはずっと黙ってた。

 それが私の部屋に入りドアを閉めるなり、突然ジェーンは取り乱してしまった。


「あの人だった」一度深呼吸をしてから、ジェーンは言った。

「あの人? ミスター・ジョーンズと会ったことあるの?」

「たぶん。顔は分からないけど、以前、全く同じ格好をした人を見たの」

「いつのこと?」


 ジェーンは目を閉じると、消え入りそうな声で答えた。


「あたしの部族が殺された日」



 それからジェーンは話しはじめた。

 彼女の身に起きた、恐ろしい話を。


 私は聞いた。

 その間、私は身動き一つすることが出来なかった。


 聞き終えた時、吐き気が私を襲った。


 その内容は、にわかには信じられないものだった。

 だけどジェーンが嘘をついているとも思えなかった。話をしている彼女は身体を小刻みに震わせて、どこか一点を見つめているかと思ったら、いきなりきょろきょろと目を動かしたりした。彼女は顔に汗をかいてた。

 ジェーンは真剣そのものだった。


 虐殺。

 無残に殺される部族の人々。身体の半分を失った死体。串刺しになって死んだ、ジェーンのおばあちゃん。


 の犯人はアウトローでも、ギャング団でもなかった。

 ジェーンの言葉を借りるならそれは、“バケモノ”だった。


「つまり」私は一度唾をのんだ。「その日ジェーンの部族を訪問した男が、さっき会ったミスター・ジョーンズとそっくりの格好をしてたってわけね?」

「そういうこと」

「その訪問者からジェーンが目を離すと間もなく、虐殺が始まった……と」


 ジェーンは頷いた。


「ということはその男が虐殺に関与したのかどうか、本当のところは分からないよね」

「たしかに」ジェーンは答えた。「だけどあたしには、訪問者とあの出来事が全く無関係であるとはどうしても思えないの」

「なるほど」私は続けて質問する。「虐殺に関わっていたかどうかは別として、訪問者はミスター・ジョーンズその人だったと思う?」

「分からない。だけど、あたしの直感はそうだって言ってる」

 私はため息をついた。「直接ミスター・ジョーンズに訊くわけには――」

「だめだめ、絶対だめ」ジェーンは首を強く横に振った。「もしミスター・ジョーンズがあの日のことに直接関与していたとしたら、あたしは」と言って黙る。


 私は彼女の言葉を待った。


「あたしは、この手で奴を殺してやる。だから」ジェーンは私を見つめる。「だから、みすみす復讐の機会を奪われたくはないの。下手に警戒されるような真似をして、逃がすわけにはいかないから」

「分かった」彼女の気迫に気圧されそうになりながら、私はそれだけ言った。


 沈黙が流れた。

 私は沈黙に耐えられなくなって、口を開く。


「じゃあ、まずお父さんに訊いてみるよ。ミスター・ジョーンズについて。とはいえお父さんもミスター・ジョーンズと昨日出会ったばかりだから、大した情報は期待出来ないけど」

「ありがとう」とジェーン。

「私のお父さんには、ジェーンの部族に起きたことの話、してもいい?」

「うん。ジェーンのお父さんが、あんな話信じてくれるかどうか分からないけど」ジェーンは言葉を区切った。「そもそも、アイリーンは信じてくれるの? あたしでさえ、自分自身で目にした光景がまだ信じられないでいるのに」

「私は信じる」

「なぜ?」

「ジェーンの目を見れば分かる」



 その日の夜。

 お父さんと二人きりになったタイミングで私は、ミスター・ジョーンズの話を持ち出した。


「私だってあの少女を疑いたいわけじゃない」口についたベーコンの油汚れをナプキンで拭きながら、お父さんは言った。

「じゃあ、なんで信じてあげないの?」私は訊いた。


 私はすでに夕食を終えていたから、食事をしているのはお父さんだけだった。


「あまりにも現実離れしてるじゃないか。さすがにすんなり受け入れることは出来ないよ、バケモノだなんて。彼女の部族が殺されたというのは本当だろう。ジェーンが唯一の生存者だということも」お父さんは食事をする手を止めた。「きっとジェーンはあまりに残酷な光景を目の当たりにして、頭の中で幻想を作り出してしまったんだろう。むごい現実を直視するには、彼女は若過ぎるからな。それに、彼女は一人で何日も荒野を彷徨っていた。現実と非現実の境が分からなくなっても無理はない」

「幻想だなんて……。ジェーンの話は、とてもリアルだったけど」私は、頭に浮かんできた残酷なイメージを振り払う。「いずれにしても、ミスター・ジョーンズには注意しておいたほうがいいと思うの」

「たしかに、あまり信用に値する男ではなさそうだ。気をつけておくよ」お父さんはそう言うと、まだ料理の残ってるお皿にフォークを置いた。食欲が失せたみたい。


 その後、私は自分の部屋に戻った。


「お父さん、あんまり信じてくれなかった」私は正直に告げた。

「しょうがないよ。誰だって、あんな話信じてくれないと思う」


 ジェーンはそれだけ言うと、私に背を向けた。

 その力ない背中を見ているだけで、こちらまで滅入ってしまいそうになる。


「そうだ」私は思いついた。「ねえ、あの人に訊いてみない?」

「あの人?」ジェーンはこちらを向いた。

「一階の留置場に入ってる男。賞金首のコソ泥」

「コソ泥?」

「そう。昨日ここに連れてこられた男。彼を連れてきたのは、ミスター・ジョーンズなの」私はさらに付け加える。「彼なら、何か知ってることがあるかも」


 私の言葉を聞いたジェーンの目に、強さが戻った。



 それから数時間後。

 真夜中。

 町の人々は眠り、お父さんも床に就いてる。

 一階の保安官事務所には、普段なら誰もいないような時間帯。


 私とジェーンは鉄格子の前にいた。

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