2-4 少女

「気がついた?」


 ベッドの上の少女が、どうやら目を覚ましたみたい。



 夕闇の中、砂埃にまみれてうつ伏せに倒れていた少女。

 私は死体だと思った。だけど彼女は生きていた。

 少女が息をしているのを確認した私は、すぐにお父さんを呼んだ。

 私とお父さんは二人して少女を自宅に運び、私のベッドに寝かせた。


「先住民族の女の子かな」眠る少女を見て、私はお父さんに言った。だって彼女がモカシンを履いていたから。



 そして朝が来た。

 少女が目覚めたのは、ほとんど昼に近い時刻だった。

 少女は顔を歪めながら、ゆっくりと身体を起こした。


「大丈夫?」

「こ……ここは?」弱々しい声で少女が質問する。

「ここは私の部屋」少女を不安にさせないために、私は努めて笑顔で返す。

「あなたの部屋?」

「そう、私の。保安官事務所の二階の、私の部屋」

「保安官事務所?」

「そうだよ、保安官事務所。ジェファーソンのね」


 先住民と思しき少女。でも彼女は先住民族というより、ちびっ子ガンマンのような装いをしてる。

 黒のシャツにグレーのベスト、黒いズボン。加えて、少女はこげ茶色のガンベルトを腰に巻いていた(今はリボルバーと共に、ベッドサイドテーブルに置いてある)。

 意志の強さを感じさせる彼女の目。きりりとした細い眉は、その目をさらに強調してる。鼻は小さいけど筋がしっかりと通ってる。褐色の肌。薄い唇。

 髪はぐちゃぐちゃだし、服も肌も汚れている。だけど私は思う――



 美しく、そしてかっこいい女の子だ。



「お腹空いてる?」私が訊くと、彼女は大きく頷いた。きっと長いこと何も口にしていなかったに違いない。


 私は少女を残してキッチンへ向かった。

 そういえばまだ彼女の名前を聞いてなかったな、なんて思いながら、私は彼女のために食事の準備をした。


 私が食事を出すと、少女はすぐにそれを平らげてしまった。

 よっぽど空腹だったみたい。彼女は無我夢中で食べた。


 「私、アイリーンっていうの」私は自分の名を名乗った。

 彼女の名前を聞き出したかったから。


「あたしは、ジェーン」と少女。「ジェーン・カスク。ハウル族なの――」


 

 その言葉を聞いた私は、衝撃を受けてしまった。

 昨日町で耳にしたこと――ハウル族が何者かに襲われ、皆殺しにされたという話――を思い出したからだ。


 その噂が本当なら、今私の目の前にいるこの少女は、たった一人の生存者なんだろうか。


 少女は話を続けた。「唯一の家族は、おばあちゃん。だけど」と言って彼女はそれきり口を閉じる。

 そしていきなり、涙を流しはじめた。


「どうしたの? 大丈夫?」私は声を掛けた。


 きっと噂は本当だったんだ。私は悟る。

 ハウル族の人々は何者かによって殺害されたんだ。

 なんて恐ろしいことだろう。


 少女の涙は止まらなかった。

 肩を震わせ、彼女は泣き続けた。


 そんな彼女の姿を見て、私も動揺してしまった。

 どうしていいか分からない。

 涙の粒はあまりに重く、私が出来ることなんて何もなかった。


 無力な私はそっと、彼女にハンカチを手渡した。


「おばあちゃんは、死んじゃったの。みんな……死んじゃったの……。生き残ったのは、たぶんあたしだけ」彼女は言った。


 訊きたいことはたくさんあったけど、この状況で少女――ジェーンに質問を浴びせるわけにもいかない。

 ハウル族の身に一体何が起きたというのか。

 恐ろしいが彼女らの身に起きたことは間違いなかった。


「話したくないことは、話さないでいいからね」私がそう言うと、彼女は静かに頷いた。


 それからしばらく時間が経つと、ジェーンは大分落ち着いたようだった。

 私達は二人でコーヒーを飲み、当たり障りのない会話をした。

 会話をする中で、私達が同い年だってことも分かった。私は彼女と友達になれそうな予感がして、嬉しかった。


 二人で一階の保安官事務所に降りたのは、その後さらに時間が経過してからのことだ。

 ジェーンの服を洗濯して乾かすまでの間、彼女には私の服を着てもらった。だからこの時のジェーンは、私の白いドレスを身に纏っていた。ぼさぼさだった彼女の髪は、今は三つ編みのポニーテールになってる。


 私の服は、おかしいくらいジェーンに似合ってた。

 かわいいよ、と私が言うと、彼女は照れた。


 事務所ではお父さんが一人、椅子に座っていた。


「お父さん、この子かなり良くなってきたみたい」私はお父さんの背中に声を掛けた。


 お父さんは立ち上がると振り向いて、ジェーンに目を向けた。


「この子、ジェーンっていうの。ジェーン・カスク」私は紹介する。

「ジェーンか」とお父さん。「元気になったようでなによりだ。君が倒れているのを見た時は、私もかなり心配したぞ」お父さんはジェーンに言った。

「どうも、お世話になってます」ジェーンは気恥ずかしそうな顔をした。

「体調はまだまだ万全じゃないし、色々事情があるみたいだから、このままうちで過ごしてもらってもいいよね?」私はお父さんに訊いた。

「もちろん」と私に答えたお父さんはジェーンに向き直り、「ギネス家は、君を歓迎するよ」

「ありがとうございます」ジェーンは安堵の表情を浮かべる。


 その時、事務所のドアが開かれた。

 現れたのはミスター・ジョーンズだった。今日もダスターコートにハットという出で立ちだ。


「こんにちは、ミスター・ジョーンズ」私は言った。

 彼は、ああ、とだけ答えた。


「彼がミスター・ジョーンズ。さっき言った、臨時のデュピティね」私はジェーンに目を向ける。


 しかしジェーンの目は私にではなく、ミスター・ジョーンズに向いていた。



 だった。



 そしてその目は、氷のようだった。

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