2-3 落としもの

 のどかな朝は二人の客人によっていきなりぶち壊された。

 私は平穏な日々の終焉を予感した。



 落ち着かない。

 居心地が悪い。

 胸騒ぎがする。



 デッド・フラワーズについての噂は信憑性を帯びてきたし、心強いはずの新しいデュピティも、なんとなく奇妙な感じがする。

 この先何が待ち受けているのか、ただただ不安。

 もう食欲も失せちゃった。


 私は食べ残した朝食を下げてから二階の自室に戻った。

 三人の男達を残して。



 ダイムノベルを読む気にもなれないし、寝直す気にもならない。

 ベッドの上でだらだら過ごす。

 窓から外を見ると相変わらず平和そのものなんだけど、この町のすぐ近くにあるかもしれないのことを考えると気が重い。


 決闘だとか冒険だとか、私はずっとそんなものに憧れてきた。

 ダイムノベルの影響だ。

 なんにも起きないこの町の日常にちょっぴり飽きていた私は、小説の中に飛び込んだ。ダイムノベルは私をいつでも受け入れてくれた。

 法に支配されないアウトローの自由な生き方に憧れ、法の番人である保安官の正義の闘いに息を呑む。私は部屋に座ったまま西部を旅して、世界を知った。自由と、それに伴う責任を知った。

 私もいつか大人になったらこの町を飛び出すんだ。そう思った。


 それなのに、こうして実際に厄介事が身に降りかかると途端に弱気になっちゃう私。

 不安に押しつぶされそうになって、ベッドの上でぐだぐだしてる。

 そんな自分にがっかりする。


 私は寝転びながら、机の上に置いてある本を何気なく眺めた。

 表紙にはカウボーイハットを被り、ニヒルな表情を浮かべて夕陽を見つめる男が描かれてる。



 彼の名は、ボストン・キッドだ。



 荒野の旅人。

 暴力を好まない、自由気ままなアウトサイダー。

 私のヒーロー。


 子供の頃から私は、ボストン・キッドに関するダイムノベルをたくさん読んできた。

 彼はいわゆるガンマンではない。保安官でもないし、賞金稼ぎでもなければアウトローでもない。

 ただの旅人。

 でも彼こそ、私の憧れだった。


 ボストン・キッドの旅を描いた本は、今だってこの部屋に数えきれないほどある。

 彼の冒険はいつだって私の心を躍らせてくれる。


 人は、年を重ねるにつれ臆病になってく。

 私は自分で思ってたよりも、ずっと臆病になってしまっていたみたいだ。

 まだ十七歳だっていうのに。


 ボストン・キッドだったら、こんな時どうするだろう。

 自分の愛する町にギャング団がやって来たら、彼ならどんな行動に出るだろう。


 彼だったらきっと、どんな苦境に立たされようと勇敢さだけは失わないはずだ。

 自由のためなら、彼は闘う。決して逃げない。

 トラブルの予感に怯え部屋に閉じこもってぶるぶる震えてる私みたいなマネだけは、絶対にしないだろう。



 私だって保安官の娘。

 しっかりしなきゃ。



 自由とは、自分の中にある恐怖と向き合って初めて獲得出来るもの。

 現実から逃避して人生の檻に囚われたまま死ぬのなんてまっぴら。

 恐怖なんて、所詮は己の作り出した幻影の豚箱なのだ。


 今こそ、立ち上がるべき時だ。


 失いかけていた勇気と情熱を取り戻そう。



 このダイムノベルの主人公は、私なんだから。



 そう考えると、居ても立っても居られない気分になってきた。

 身体の奥底からエネルギーが満ちてくるみたいだった。

 恐怖と不安のせいで冷たくなっていた両手が、じわじわと熱くなる。


 ベッドから跳ね起きると、私は飛び出るように部屋を出た。



 勢いに任せて町の大通りまで出て来たものの……

 具体的に何をしたらいいのか分からなかった。

 

 そこで私はとりあえず、町の人々に話を聞いて回ることにした。聞き込み、ってやつだ。


 雑貨屋のスーザンや葬儀屋のマスターソンさん、それに歯医者のドクター・ローレンスといった面々が私に協力してくれた。

 来るべきデッド・フラワーズへの対策の参考になりそうなことはどんな情報でも聞き逃すまいと、私は必死に耳を傾けた。

 スーザンなんてお茶菓子まで出して、長時間にわたって色々な話を聞かせてくれた。とはいえ、彼女の話のほとんどが旦那さんやお子さんに関する自慢話だったけど。きっと暇を持て余していたんだろうな。


 結論から言うと、収穫らしきものは何もなかった。

 核心に迫った新情報など誰の口からも聞くことが出来なかった。

 デッド・フラワーズの噂についてはみんな半信半疑で、彼らの脅威を身近なものと考えている人の方が少なかった。

 私はそんな彼らに、何が起こるか分からないから警戒だけは怠らないでね、って伝えておいた。


 そんなこんなで、最後に話を聞いたドクター・ローレンスの歯科医院を出た時にはもう夕方になっていた。

 町の外、荒野の果てに燃えるような夕陽が沈みゆくのを私は一本の歯の形を模した看板の下で見守った。


 そういえば、今日耳にした中で一つだけ気になる話があった。

 ハウル族のことだ。

 この町からさほど遠くない(馬に乗れば半日もあれば到達出来る)場所で暮らしてる、インディカ大陸先住民のハウル族。

 プランカスタ族のように彼らもまた、何者かによって襲われたという。


 皆殺しだったらしい。


 デッド・フラワーズの仕業かどうかは分からないが、恐ろしい話だ。

 プランカスタ族でさえ犠牲者は数人だったというんだから、皆殺しだなんて途方もない。


 そのことについてもっと詳しく教えてくださいって頼んだんだけど、「俺だってそれ以上は知らねえよ。サルーンで誰かさんが喋ってるのを耳にしただけだからな」という残念な答えが返ってきただけだった。

 この話を聞かせてくれたのは町の住人ではなく、サルーンの前で酒瓶片手に座り込んでいる流れ者の男だったから、どこまで信用出来るかは分からないけど。


 ともあれ、私は家路につくことにした。

 あたりはもうすっかり暗くなりかけていた。

 室内にランプを点けてる家もある。


 私は早足に歩いた。


 自宅まであと少しというところで、保安官事務所の裏口に大きな黒い物体があるのを私は見つけた。

 なんだろう。あんなところに物を置いておいた覚えはない。

 落としものかな。それにしては大きすぎる気がするけど。


 歩を進める速度を落とし、目を凝らす。

 徐々に、ぼんやりと物体の正体が浮かび上がる。


 私の意志とは無関係に、足が止まった。



 ――その物体には手があり、脚があった。



 は、少女だった。

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