2-2 賞金首と賞金稼ぎ

「賞金首を捕まえた」


 黒いハットの男がそう言った。


 整えられた口髭、鋭い眼光、目尻に刻まれた皺。

 腰にはリボルバー。ガンベルトから黒いグリップが覗いてる。


 まるで、ダイムノベルから抜け出てきたみたい。

 この男がガンマンでないとしたら、それ以外に何だっていうんだ? 葬儀屋でも金鉱掘りでも、ましてや銀行家であるはずもない。

 賞金首を引き連れた彼は紛れもなく、銃を商売道具にする男、賞金稼ぎだ。


 黒いハットの賞金稼ぎは、両手を後ろに縛られた汚らしい男を小突いた。

 小突かれた賞金首はバランスを崩し、「何すんだよ」と唾を飛ばしながら文句を言う。



 ドアを開けた先に現れた賞金首と賞金稼ぎ。

 朝にしてはいささか特殊な光景だ。



 ガンマンはコートのポケットから折りたたまれた紙を取り出した。手配書だ。彼はそれを広げ、お父さんに手渡す。

 でかでかと“WANTED”と印字された下に、これまた大きな似顔絵が載っている。

 お父さんはそれを受け取って、手配書に描かれた顔と小汚い男の顔を見比べた。


「うん、間違いないな。ご苦労様。賞金はすぐに払う」お父さんは言った。「だがこいつはチンケな悪党だ。それほど賞金は高くないが」

「別にいい」と賞金稼ぎのガンマンは表情も変えずに答える。落ち着いた、低い声だった。


 私は椅子から立ち上がり、留置場の扉を開けた。


 お父さんとガンマンは二人して小汚い男の両腕を力任せに掴むと、留置場へと引きずっていった。

 その間もずっと(これからしばらく私達と同居する運命にある)賞金首の男は下品な言葉を連発していた。ダイムノベルの紙上でなく、“生”で下品な言葉遣いを耳にするのはほとんど初めてだったので、私にとって新鮮な体験だった。


 がちゃん、と重苦しい音を立てて“豚箱”の扉が閉まると、観念したのか賞金首はそれきり口を閉じた。

 お父さんは鉄格子に鍵をかける。


「こいつには、この町の住人も被害に遭わされてる。逃げ足だけは早い、小物のコソ泥さ」留置場に閉じ込められた男を一瞥しつつ、お父さんはガンマンにそう言った。それから、短く自己紹介をした。「私はこの町の保安官、チャールズ・ギネスだ」

「俺はジョーンズ」

「ミスター・ジョーンズ」お父さんは片手を差し出した。「感謝するよ」

 ガンマンは握手に応じ、「楽な仕事だったよ」と唇を曲げて見せた。それは彼なりの笑みだったのかもしれないけど、私の目には不気味に映った。取って付けた、ニセモノの笑みのように見えた。


 ガンマンは背が高かった。

 私より高いのは言うまでもないけど、お父さんよりも大分高い。

 そのせいでお父さんは、彼を見上げて話さなくちゃならなかった。


 賞金稼ぎの皮膚は浅黒く日焼けしていて、分厚い肌はナイフで傷つけたって血は出てこないような感じがする。

 頬骨が高く、そのせいか頬がこけて見える。

 力強い、周囲を圧するような目つきはなんとも異様で、彼のリボルバーに触れようと手を伸ばそうものならすぐにでも撃ち殺されてしまいそう。

 鼻筋はきりっと通っていて、荒野の砂埃の覆いの下に隠れた精悍な顔つきはどこか都会的ですらあった。


「デッド・フラワーズがこの辺りにいるらしいと聞いたが」ガンマンが訊いた。

「噂だよ。これまでにも不穏な噂はいくつだってあったが、それが真実だったことのほうが少ない。大体が根も葉もないつくり話さ。今回もおそらくその例に漏れないだろうね」

「いや、そうでもないらしいぞ」

 お父さんは急激に表情を変えた。「どういうことだ?」

「奴らは近くにいる。だろ?」ガンマンは振り返り、鉄格子の中に語りかける。


 留置場の男は下を向いたまま、口を閉じていた。


 ガンマンはお父さんの方に向き直る。「奴は見たと言った。あの薄汚い目でな」

「何をだね?」

「デッド・フラワーズを」

「本当か?」お父さんは留置場に顔を向け、鋭く質問した。

「ああ」賞金首はうなだれた姿勢のまま、そんなことどうでもいいといった調子で返答した。「たしかに見たさ」

「プランカスタ族が襲われているところを目撃したんだろ?」とガンマン。

「そうだ。俺は岩陰に隠れ、その様子をずっと見てたよ。デッド・フラワーズが去った後、俺もおこぼれを頂戴しようと先住民のところへ行ってみたが何も残っちゃいなかった。さすがデッド・フラワーズだな」

「なぜ奴らがデッド・フラワーズだと分かった?」お父さんは訊く。

「俺だって西部の人間だ。そのくらいすぐに分かるさ。特に首領は特徴的な男だしな」

「なるほど。彼らについて何か他に知ってることはあるか?」

「いや、特に。だが用心した方がいいぞ。もしデッド・フラワーズがこの町に来たんなら、真っ先に殺されるのはこの素敵な豚箱を開けるための鍵を持ってる人間だろうからな」賞金首は、にやついた顔を浮かべて鉄格子をぺちぺち叩いた。


 お父さんはそれを無視した。


「保安官は他にもいるのか?」賞金稼ぎがお父さんに訊いた。

「いや」

「デュピティも?」

「いない」

「そうか」ガンマンは目を細めた。「なら俺がなろう」

「なんだって?」

「俺がデュピティになる」賞金稼ぎは真剣そのものだった。「なに、デッド・フラワーズの危機が去るまでのことだ。俺だってまだ腰を落ち着けたくはないからな」


 保安官は選挙によって選ばれる。

 そして保安官は、その独断によって保安官助手デュピティを任命することが出来る。

 つまり保安官であるお父さんの任命さえあれば誰だってデュピティになることが可能、ってこと。例え素性の知れない賞金稼ぎであっても、だ。


「腕は確かなのかね?」お父さんは質問した。

「そうじゃなかったらとっくに俺は死んでるさ。何しろ、俺のは犯罪者なもんでね」


 お父さんは眉をひそめた。

 この男が信用に値する人物なのかどうか考えてるんだろう。


 会ったばかりの男をデュピティに任命するなんて、普通だったらあり得ないことだ。


 だけどもし本当にデッド・フラワーズがこの辺りをうろついているんだとしたら、今は“普通”の状況なんかじゃない。緊急事態だ。

 お父さんと私だけでこの事態に対処出来るはずがない。

 何者かの助けが必要だ。


 銃の扱いに長けた何者かの助けが。


 黒いハットの賞金稼ぎは、実際にお尋ね者を連れてきてくれた。

 その点で信用出来る。

 それに腕だって確かなようだし。

 まさに渡りに船ってとこだ。


 お父さんは悩んでる。

 彼がどれほど苦悩しているか、娘の私には手に取るように分かる。



 だけど、いくら悩んでみたところで答えはもうすでに出ているのだ。



「お父さん」私は見た。


 お父さんは私の目を見つめ返し、静かに頷く。

 そして無言で自身の仕事机に向かった。

 引き出しを開け、そこからくすんだ金色のバッジを取り出した。星形のバッジだ。


「給料は少ない。それに、ごく短期間の仕事だ。デッド・フラワーズの脅威がないと分かればすぐに辞めてもらう。それでもいいのか?」

「賭け事でスッちまったんでね。少しでも懐が暖まれば十分だ」男は答えた。

「そうか」お父さんはバッジを投げた。



 ミスター・ジョーンズは片手でバッジを受け取ると、にやりと口を歪めた。

 今度こそ、本物の笑みだった。

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