1-3 故郷
乾いた大地の上にティーピーが点在していた。
集落の中心では、大きな焚火が夕方の空に煌々と輝いている。
焚火の周りには子供達が集まり、明るい声が響いていた。
子供達に昔話を聞かせる老人の姿もある。
「ここよ」
馬を止め、あたしは後ろを振り返った。
馬上の旅人は目を輝かせて、あたしの集落を見た。
「素晴らしい……」
帰ってきた。
我が集落に。
あたしとおばあちゃん、そして仲間達が暮らす場所。
あたしが生まれ、育った場所。
「おかえりー!」
少年がこちらへ向かって走ってくる。
あたしより二つ年下の、幼馴染の少年だ。
「何か手に入った?」あたしにとって弟のような存在である彼は、満面の笑みを浮かべてそう質問した。
あたしは正直に答える。
「なーんにも」
「そっかあ」少年の顔が曇った。それから彼は、あたしの背後にいる男性に目を向ける。「……誰?」
「旅人さんよ。交易所の帰り道にたまたま出会って。それでここまで連れてきちゃったの」
ふーん、と少年はじろじろと旅人を見つめた。
そして小さく、こんにちはと言って、その場を去った。
旅人は馬を降りた。
「ようこそ」と言ってあたしも馬から降りる。
「素敵な場所だね」
「ありがと。……あなた、ちょっと緊張してる?」
「いや……別に?」
「緊張しなくていいのよ。みんないい人ばっかりだし」
「ああ、うん」と彼。「……まずは、一番偉い人に挨拶するべきなのかな」
「“偉い人”なんていないわ。あたし達の部族ではみんな平等なの」あたしは言った。
「チーフはいないのかい?」
「チーフと呼ばれる人はいるけど、彼だけが特別に偉大なわけではないし、権力を持っているわけでもない」
「じゃあ、君達は誰の命令で動くの?」彼は質問した。
「命令なんて必要ないわ。もし部族として決めなければならないことがあれば、みんなで話し合って決めるの」
「なるほど。進歩的なんだね」
「進歩的、なのかなあ……。あたし達にとっては当たり前のことだけど」
ちょうどそんな話をしている時、チーフが両手に子供達を携えこちらへやって来た。
「あ、チーフ!」
「やあジェーン。今日は一人で交易所へ行ったそうだね」
チーフは、あたしのおばあちゃんよりもさらに年上だった。彼はこの集落で、一番の年寄りだ。
だが彼は偉そうに振舞ったり、若者に対して威圧的な態度をとることなどは一切なかった。
今も彼は、優しい笑顔であたしを見つめている。
慈悲を湛えた彼の目は穏やかに輝き、まるで樹皮のように深い皺が刻まれた顔からは彼の叡智が滲み出ている。
「何も手に入らなかったけど」
「それは残念だな」と言ってからチーフは旅人に目をやった。「これはこれは……客人かな?」
「あっ、えっと、はじめまして。その辺をぶらついていたら、彼女……ジェーンに出会いまして。それでこちらへお邪魔させていただくことに……。いきなり来てしまって、大変申し訳ないんですが」
「いやいや」チーフは温かく笑った。「そんなに硬くならないでくれ。客人はいつでも大歓迎だ。こうして出会えたのも何かの縁。ゆっくりしていってくれ」
「あ、ありがとうございます」旅人はぎこちなく笑った。
チーフが去ってから、あたしは旅人に耳打ちした。
「気が小さいのね」
「ほっといてくれ。繊細なだけだ」
あたしは小さく笑った。
こんなんでも旅人になれるんだと思うと、ちょっぴり希望が持てた。
「さ、こっちへ来て」
あたしは旅人を自分の
ティーピーの入り口はすべて東に向いている。
東、つまり太陽の昇る方向だ。
入り口の覆いをくぐり、あたしはティーピーに入った。
ティーピーの中におばあちゃんの姿はなかった。
おばあちゃんに旅人を紹介しようと思っていたんだけど。
「どうぞ」
旅人は遠慮しつつティーピーに足を踏み入れた。
「いらっしゃい」とあたしは言った。「おばあちゃんと一緒に住んでるんだけど、今はいないみたい」
「僕、勝手に入って怒られたりしないよね?」
「大丈夫。おばあちゃんはとっても優しいから安心して」
「……ならいいけどさ」
旅人はティーピーの中を見回した。
「なんで僕をここに誘ってくれたんだい?」
「あなたの話をもっと聞きたかったの。あなたが大陸中を旅して体験した話をね」
「大した話なんてないよ」
「あたしにとっては、なんだって“大した”話よ」あたしは言った。「だってこの世界のこと、なーんにも知らないんだから」
「そんなことないと思うよ。だって君は、さっきのチーフやおばあちゃんから色々な話を聞かされるだろう?」
「うん、まあね。でも大体、部族の先祖のことや伝説、それにこの宇宙についての抽象的な話ばっかり」
「素晴らしいじゃないか。それこそ“世界”だよ」
「どういう意味?」
「いくら旅を続けたって、どんなものを見たってね、結局は本人の“目”がどれだけ見開かれているかによって得られるものが違ってくるんだ。表層的で些末なことばかりに囚われているような人間は、どんな場所を旅しても小さなことしか見えない。例え同じ場所に留まっていたとしても、心の目が大きく開かれた人間であれば、転がる石ころを見つめるだけで広い世界を知ることが出来る。きっと君の周りには、そんな大人ばかりなんだと僕は思うよ」
「難しいことを言うのね」あたしは呟く。
「……そうかな」
少ししてから彼は言った。
「じゃあ逆に君は、具体的にどんな話を聞きたいんだい?」
うーん、とあたしは考える。
「もっと現実的な話ね。例えば……、スタンピードに巻き込まれた話とか、腕利きのガンマンにサルーンで対決を申し込まれた話、とか、自分が乗り合わせた汽車がたまたまアウトロー集団に強盗されたー、って話とか」
「申し訳ないけど、僕はそんな派手な経験はしてないな」
「そっかぁ、残念。……あなたホントに旅人?」
旅人は笑った。
「失礼だなあ。僕だって一応旅人さ。それに自慢じゃないけど、西部ではわりと有名なんだぞ?」
「そうなの?」
あたしは真面目な顔で彼の目を覗き込んだ。
彼も真剣な眼差しであたしを見つめ返す。
見つめ合うあたし達。
だがその時間は長くは続かなかった。
旅人が吹き出してしまったのだ。
「やっぱり嘘でしょ!」
「嘘じゃないって! ホントホント」と彼は笑う。
あたしもつい笑顔になってしまう。
彼といると、なんだか彼の陽気なエネルギーに包まれてしまうようだ。
旅人が訊いた。「さっきから持ってるその袋、君の売り物が入ってるんだろ? ちょっと見せてもらってもいいかい?」
「別にいいけど」
あたしは手作りのアクセサリーをいくつか、袋から取り出して見せた。ネックレスにリング、ブレスレットもある。
「素敵じゃないか」
「本当?」
「本当だよ。これはターコイズ?」リングにあしらわれた青緑色の石を指し、彼は言った。
あたしは頷いた。「詳しいの?」
「うん、僕は石が好きなんだ。素朴で純粋、それに美しいからね」
旅人はあたしの手からリングを一つ取った。
ターコイズをあしらったシルバーのリング。
シンプルなリングだ。装飾も最小限。
敢えてシンプルにしたのではない。シンプルなものしか、あたしには作れなかったのだ。
彼はそれをまじまじと見た。
なんだか恥ずかしい。
ヘタクソな手作りのリングを彼は、まるで高価なアクセサリーでも手にしているかのように丁重に扱った。
そして彼は言った。
「このリングが欲しい」
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