3-7 陽気なメロディ

「殺された人がいるってことは、殺した人がいる……」


 アイリーンは自らの推理を述べた。まるで探偵のように。


「死体を見る限り時間はあまり経ってないようだし、この町のどこかにまだ犯人はいるかもしれない」あたしも名探偵ごっこの仲間入りをする。

「うん」アイリーンは周囲を見回して、「でもさ、それにしては相変わらず何の物音も聞こえてこないし、明かりだってどこにもついてないよ?」


 たしかに、人の気配を全く感じない。


 あたし達は耳を澄ました。


 馬も歩みを止めているので、辺りには完全な静寂が広がっている。

 あまりに静かすぎて、逆に幻聴でも聞こえてきそうなくらいだ。


 風が吹いた。

 死体が揺れ、縄が軋む音がした。

 寒気がする。


 この死体がドクター・Sだったらどうしよう、なんて考えが唐突に湧く。

 もしそうだとしたら、あたし達は完全におしまいだ。

 まさに行き止まりデッドエンド

 ブラックユーモアもいいところだ。あたしは黒い笑いを力づくで腹の中に押さえつける。


 縄の軋む音だけではない。

 聴覚に神経を集中させると、縄の音とは異質な、金切り声に似た鋭い高音が混じったような気がした。


「何か聞こえた?」あたしが訊くと、アイリーンは無言で唇に人差し指をあてた。


 二人して耳を傾ける。

 すると普段なら気にも留めないくらいの微かな音が、やはり耳に入った。


 雑音というより、綺麗な音だった。


「……聞こえるね」アイリーンが小声で答える。


 あたし達はまた黙り込んだ。

 静かに馬を発進させた。


 首つり死体を背にしてあたし達は大通りを進んだ。

 進むほど、その美しい音は大きく聞こえるようになった。


 やがて音は明瞭になり、それが何の音なのか判明した。

 重苦しい空気を優しく切り裂くその音は、あたしの耳元で囁いていた。

 楽器の音だった。


「フィドルね」あたしは言った。

「フィドル?」

「弦楽器のことよ。“ヴァイオリン”、って呼ぶ人もいるけど」

「あー」アイリーンは理解した。


 フィドルは陽気なメロディを滑らかに奏でていた。


 フィドルの音がはっきりと確認出来るようになると、フィドル以外の楽器の音も聞こえてきた。

 ギターだ。


 フィドルとギター。二つの楽器のサウンドは重なり合っていた。

 その音楽は、あたしに木の温もりを喚起させた。


「近くに酒場サルーンでもあるんだ、きっと」アイリーンは言った。「やっぱりこの町に、人はいるんだ」

「そうみたい。……死体以外にもね」


 音楽に導かれるように、あたし達は前進を続けた。

 音楽があたし達を手招きしている。


 十字路に出た。

 どうやら、十字路を左折した先でフィドルとギターの演奏が行われているようだった。


 ついにこの町の人間と遭遇出来る。

 あたしは唾を飲んだ。


 ドクター・Sその人にはすぐに出会えないとしても、町の人から彼について何らかの情報を引き出せるかもしれない。


 まずは聞き込みだ。


 どんな強面のアウトロー達が待ち構えていようと、恐怖心に飲まれてはいけない。


 あたしにはリボルバーがある。

 弾だって、この町に入る前に六発すべて込めた。

 いざとなったらこの銃が、あたし達を守ってくれるはずだ。


 あたし達は十字路を左折した。


「明かりだ……」あたしが呟く。


 通りに面したいくつかの建物の中に、明かりが灯っているのが見えた。

 窓の向こうには、動く人影も確認出来た。


 あたし達はようやく、本当の意味でジェンタに辿り着いたわけだ。


「あそこから演奏が聞こえてくる」アイリーンは通りに面した建物の中で、一際大きな建物を指した。

「やっぱり、サルーンね」


 スイングドアが印象的なその建物の上部には、分かりやすくでかでかと“サルーン”の文字が記されていた。

 スイングドアの隙間から、熱を帯びた演奏や人々の話し声が漏れ聞こえていた。


 あたし達はサルーンへ向かった。


「訊いていい?」浮かない顔をしたアイリーンが口を開けた。

「何?」

「ジェーンは、この町のヴィジョンを前に見たんでしょ?」

「そうよ」

「サルーンも、ヴィジョンに出てきたりした?」

 あたしは首を横に振った。「見てないわ。あたしがヴィジョンで見たのは、町の入り口までよ」

「ってことはこの先私達がどうなるか、見当もつかない……ってこと?」

「まあ、残念ながら」

「そりゃあよかった」皮肉っぽく口を曲げて見せるアイリーン。

「これから喧嘩を吹っ掛けにいくわけでもないんだし、危険な目には遭わないわよ、きっと」

「だといいんだけど」


 サルーンの前で馬を止めた。


 サルーンの窓から、室内の様子を垣間見ることが出来た。

 中は広く、たくさんの客で賑わっている。

 ミュージシャンの姿もある。フィドルとギターの二人組だ。


 あたし達は馬から降りた。

 ブーツがぬかるみで汚れてしまい、「もうっ!」とアイリーンが悔しがった。


 サルーンの入り口にはすでに三頭の馬が並んで繋がれていた。あたし達もその列に馬を加えた。



 渇ききった喉を潤す酒、空っぽの胃袋を満たす食べ物、加えてギャンブルの場すら客に提供するサルーン。

 日々土埃に塗れて働く西部の人間にとってサルーンはまさにオアシスであり、町の中心だ。

 イカサマ師がカモから金を巻き上げ、アウトロー達は次の強盗の計画を立て、酔ったカウボーイが喧嘩の果てに撃ち合いをする。

 サルーンでは常に、ドラマが生まれる。



 この先に待ち受ける出来事などつゆ知らず、あたし達はスイングドアを開けたのだった。

 それは、“ドラマ”なんて甘っちょろいものじゃなかった。

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