第17話 強力なスキル




 朝早く目覚めた俺は、眠っているカメリアを懐に入れて部屋を出た。

 今日は、カーターたちに捕まる可能性が高く、それを回避するために朝早くから森に行くことにした。帰るのはもちろん、夜遅くだ。

 ギルドに顔を出すつもりもない。


 朝食の準備は出来ていないだろうと思い、そのまま外へ向かおうとした俺の足が止まった。いい匂いがしてきたのだ。それに人の気配も複数ある。


 食堂を覗けば、数人の男が食事をとっており、おかみさんが給仕をしていた。

 俺に気づいたおかみさんが、笑った。


 何を言っているのかわからないが、とりあえず指を1本たてた。一人分よろしくという意味だ。おかみさんは奥に引っ込んで、すぐに朝食を持ってきてくれた。


 何か言っていたが、当然わからないので、笑ってごまかす。


 デザート以外をすべて平らげて、残ったデザートはアイテムボックスにしまった。それから食器を片づける。俺の前にいた男たちは、もう食事を終えて出て行ってしまった。

 おそらく、仕事に向かったのだろう。


 俺はおかみさんと一緒になって、片づけを手伝った。テキパキと終わらせて、宿を出ようとすると、おかみさんに声を掛けられ、紙に包まれた何かを渡された。

 紙の包みを取れば、中にはパンと干し肉が入っていた。お弁当だろうか?


 ありがたいと感じ、俺は小銭を渡そうとしたが拒否され、微笑まれた。

 頭を下げて、俺は出る。


 おそらく手伝いのお礼だろう。これではレスがもらえないかもしれない。

 レスは無報酬の場合にもらえる場合が多い。たまにもらえない時があったのだが、その時俺は何かを受け取っていた。

 何かを受け取っていても、もらえる場合があったが、その時のレスは普段より少なかった。


 レスが欲しくて手伝っているのに、レスをもらえないのでは意味がない。でも。


「悪くないな。」

 俺は呟いた後、首を振った。


 時間を使ってしまった。早く行こう。


「逃げ足」




 来たのは草原。懐を確認すると、カメリアはまだ眠っていた。

 カーターたちにも捕まらなかったし、幸先がいいな。


「よく寝ていられるな。ま、都合がいいけど。」

 そのまま懐を閉じて、俺は木の棒を構えた。


 生態系の破壊とか、俺には関係ない。そりゃ、ちょっとは気になるが、俺にはやるべきことがある。


 カメリアを育てること。


 俺が貯めたカレッジをカメリアに使えることがわかった今、カレッジは出来るだけ多く貯めておきたい。それに、確証はないが、カメリアの取得するスキルは、俺とは次元が違う気がした。


「アタックルーズ」

 カメリアはこれを攻撃魔法だと思ったようだが、おそらく違う。

 まず、ポイズンルーズだが、あれは解毒だった。そして、どちらも大罪スキルで、怠惰のスキルだ。


 俺が取得できる大罪スキルは2つ。憤怒と嫉妬。それを見た結果、憤怒はステータスアップ系で、嫉妬はステータスダウン系のスキルだった。

 それでわかることは、大罪スキルは系統があること。憤怒は何をとってもステータスアップの効果だし、嫉妬も同じく何をとってもステータスダウンの効果だ。

 なら、怠惰は?


 ポイズンルーズの解毒だけを見れば、状態異常解除のように思えるが、ならアッタクルーズは?

 カメリアは、アッタクルーズを敵に放っていた。だが、敵には何の効果もないように見え、カメリアはカススキルだと思ったことだろう。

 もし怠惰が、状態異常解除系のスキルだったら、敵に変化はないのは当たり前だ。


 だけど、怠惰のスキルは、そんな簡単なものではないと思う。

 なぜなら、カメリアが気付かなかっただけで、敵に変化はあった。



 最初、敵が俺の胸を射抜いた攻撃。あれは、俺の命を奪った。いや、奪うほどの威力があり、奪う予定の即死攻撃だったのだ。だが、それを無効にしたのが、俺のスキル「命綱」。


 命綱は、即死の攻撃に耐えて、ぎりぎり命をつなぎとめるスキルだ。ただ、これには厄介な部分があって、俺はそれを知らなかった。

 動けなかったのだ。


 どれくらいかわからないが、指の一本も動かせなかった。あの時は本当に焦った。とどめを刺されるかもしれなかったし、カメリアを守ることもできなかったから。

 カメリアが頑張って俺に近づき、スキルを取得してそれを発動して、絶望していた間、俺は何もできなかった。

「結局、報われないのね。」というつぶやきが聞こえたとき、俺は守れなかったと感じ、動かない体を動かそうと必死になった。カメリアの顔が見えないのに、その瞳が陰った気がしたのだ。


 1時間くらいに感じたその時間が終わった時、俺はすぐに動き出した。カメリアに矢が迫っていたから。

 動けるようになると、胸に刺さっていた矢も消えた。なぜか傷口も消えていたのは怖かったが、考える暇はない。


 諦めた様子で目をつぶるカメリアに胸が痛んだ。そんな顔をさせたくなかったのに。カメリアに覆いかぶさると同時に、俺の腕に矢が刺さった。


 死んだ。

 そう思った。なぜなら、回復をしていなかったから。そんな暇はなかったし。でも、俺は死ななかった。


 ぎりぎりで命をつなぎとめるという事だったが、そうでもなかったのかと思った。


 だが、立ち上がって矢を抜いた時、おかしいことに気づいた。


 血が流れていない。それに、刺さっているという感触もない。


 最初は、そういう体になったのかもしれないと思った。でも違った。その後、回復してカメリアを懐にしまい、遭遇したベア種を倒したのだが、その時に負った傷は普通に痛かったし、血が流れた。


 そして、気づいた。あれは、敵に異常があったのではないか。だから、その攻撃に攻撃力がなかったのではないかと。

 もちろん、敵がわざとそういうことをした可能性もある。敵に攻撃を与えないスキルがあって、それを使ったなど。

 だが、そんなことをする理由も思い当たらないし、違うと感じる。


「確かめないとな。」

 ザシュっ・・・考えながらもスライムを倒していたので、これで18体目だ。

 カメリアも流石に目を覚ますかもしれないと思い、俺は森に向かうことにした。スライムを倒しているところをカメリアに見られるのはまずいからな。


「逃げ足」


 今日森に来たのは、カメリアのスキルを少しでも知るためだ。カメリアのスキルは、詳細が文字化けしていて読めるところが少ない。基本、指輪で出した板は、見る者の知識にある言語で表示されているように見える。なのに、読めなかったのだ。

 カメリアのスキルの詳細がわからないのなら、実験するしかないと思った。



 目覚めたカメリアに、朝食のフルーツを渡し、なぜ森にいるかを話した。あの2人から逃げるためといえば、微妙な顔をしたが特に何も言わなかった。


「それでカメリア、毒のある木の実ってないか?」

 それを聞くと、カメリアはなぜか怒りだす。なぜだ?


「何を怒っているのか知らんが、毒とはいっても痺れとか、命の危険のないものがいいな。って、本当になんでそんなに怒っているんだ?」

 ダメに決まっているでしょっ!と叫んでいるようだ。俺、変なこと言ったか?あぁ、そういえば言ってなかった。


「悪い、説明不足だったな。カメリアのポイズンルーズが、食べ物に効くのかを知りたいだけなんだ。それを知るために、毒のあるものが欲しくてな。」

 説明すれば、安心したように息をつき、また怒鳴られた。

 俺が謝れば、カメリアはため息をつきながらも、一つの木の実を指さした。


「あの木の実か?わかった。」

 俺はすぐそばの木の実を採って、カメリアの前に出した。思ったのだが、毒のある木の実の傍で食事をしたのはどうかと思うぞ。


「やってくれ。」

 カメリアは頷くとスキルを発動した。


「終わったな。そういえば、この実は何の毒がある?麻痺?混乱?」

 混乱の方で、カメリアは声を上げた。


「そうか。なら、何かあった時は頼むぞ。」

 どちらにしてもカメリアに頼まなければならないが。

 俺は、実を手に取ると、飲みこんだ。まずかったらいやなので、薬のように飲みこむようにしたが、青臭さを感じて若干不快だ。

 もし、混乱の作用があれば、その時は俺自身にポイズンルーズを使ってもらう。


 カメリアは怒鳴った後、俺を心配そうに眺めている。

 俺の方は何の変化もなかった。


「大丈夫そうだ。」

 そう言えば、カメリアから頭を殴られた。全然痛くない。


「この解毒・・・ポイズンルーズは意外と使えるかもしれないな。どこまで使えるかは、実験を重ねないとわからないが・・・とりあえず、食うものには困らなそうだ。」

 真剣な様子で聞いていたカメリアだったが、最後の言葉を聞くと笑っていた。別に冗談で言っていたわけではないが。


「次は、アッタクルーズだな。」

 俺がそう言うと、笑っていたカメリアの顔が暗くなる。やはりカススキルと思っているのだろう。だが、俺の予想は間違っていないと思う。


「あれだけのカレッジを使ったんだ。カメリアの考えているような、何もないスキルだとは思えない。ま、確かめてみればいいさ、その目で。」

 俺はそっと頭を撫でた。



 遭遇したベア種に、まずは俺がスキルを発動した。


「挑発」

 敵の攻撃対象が俺だけになった。

 まっすぐ腕を振り上げて向かってくるベア種が、俺に爪を振り下ろす。俺はタイミングをずらして後ろにさがり、腕にわざと攻撃を受けた。だが、軽症で済ますように受ける。

 薄い爪痕が付いた腕を確認し、カメリアに合図を送った。


 腕の傷はひりひりと痛むが、戦闘中であれば気にする必要もない程度だ。基本、戦闘中は傷の痛みなどマヒする。


 俺は、カメリアがスキルを使用したことを確認し、もう一度同じようにベア種からの攻撃を受けた。今度は反対の腕に攻撃を受けた。


「やはりな。」

 傷の確認をするが、そこには何もなかった。確認すれば用はないと、俺はベア種を斬り捨てる。


「カメリア、見ろ。」

 いつもなら魔物を倒した後は、すぐに解体などをするが、今回の目的は実験だ。そして、カメリアに元気になってもらうため、スキルを役立つ物だと認識させたいのだ。


 カメリアの努力は無駄じゃないと、証明したかった。


「こっちが、最初に受けた腕の傷だ。少し痛むな。たいして、こっちは最後に受けた腕だが、何もないだろう?触ってみるか?」

 腕を差し出せば、カメリアは確認するように腕を触った。

 小さな手が、俺の腕を念入りに触る。


「ないだろ?これが、お前のスキル、アッタクルーズの能力だ。おそらくだがな。」

 俺はポーションを出して、傷ついた腕を回復した。


「ポイズンルーズが毒を対象からなくすものだとしたら、アッタクルーズは攻撃力を失くす能力だろう。言ってて思うが、ありえない能力だよな。だって、最強すぎだろ、そんなの。」

 敵の攻撃力が無くなる。どんな強者にだって勝てる能力だ。いや、言いすぎか。どんな強者にだって、負けない能力?


 敵の攻撃力が無くなったとしても、アイテムを使われたら?他の要因があったら?

 攻撃力を失くしても、こちらの攻撃が一切相手に通らないのなら、勝利することもできない。だから、絶対はない。


「ま、過信はするな。確かに強力なスキルだが、倒される可能性は十分にある。でも、そのスキルは素晴らしいものだ、卑下する必要はない。頑張ったな、カメリア。」

 最後に一番言いたいことを言った。


 カメリアはそれを黙って聞いていた。どうしたのだろうか?


「カメリア?」

 ふっと、力の抜けたように落下するカメリアを、俺は慌てて受け止めた。とっさだったため、バランスを崩して地面に倒れこむが、カメリアをつぶしたりはしなかった。


「カメリア!?」

 カメリアは目を閉じて動かない。そのことに心臓が鼓動を早くする。


「カメ・・・リア・・・カメリア!」

 大声で叫ぶが、カメリアは微動だにしなかった。


 俺は気づくべきだった。


 大きな力にはそれなりの代償がいるのだと。


 前回もカメリアは意識を失った。なのに、なぜ気づかなかったのか?

 俺の責任だ。



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