第13話 ベア一家
7日目の朝が来た。遂にアイテムの効果が切れてしまう日だ。
私たちが出会ったのは、昼を過ぎたあたりだった。だから、今日の昼過ぎに効果が無くなるだろう。
もう少し寝ていたいという欲求をおさえて、私は起き上がる。
彼を探せば、すぐに見つかった。机に寄りかかって眠る彼。あの体勢でよく眠れると感心した。
私は、伸びをした後、彼の背中に乗ってジャンプした。
「起きて、セキミヤ!朝よー!」
「ん・・・ん、あぁ。」
返事をした彼だったが、目は固く閉じられたままだ。
「起きてって!早く冒険者ギルドに行きましょう。報酬がもらえるかもしれないなら、早く行ってすぐにもらいましょうよ!」
口ではこう言ったが、別に報酬のことはどうでもよかった。もらえるかはわからないし、調査も終わっていないかもしれない。いや、流石にもうそれは終わっているか?
彼に早く起きて欲しいのは、時間がないからだ。彼が私の言葉を理解できるのは、おそらく昼過ぎまで。それまでに、何か話していたかった。少しでも多く、話したかったのだ。
「最終日・・・だよ、セキミヤ。」
その言葉に、大きな反応をした彼は、遂に目を開けた。
「おはよう・・・」
彼が言った言葉を私は理解できた。昨日覚えたからだ。彼の言葉を話すことは出来ないけど、聞くことは出来た。まぁ、ほんの少しだけだが。
「おはよう。なんで、机で寝ていたの?体痛くない?」
彼は何事か言ったが、一つも理解できなかった。私は素直に何を言ったのかわからないと言って、彼の背中から机の上に移動した。
「昨日は、ちょっと夜更かししすぎたわね。そういえば、この世界に来て初めて夜更かししたかも。私、すぐに寝ちゃうことが多いし・・・ふあ。」
あくびが出た。眠くて仕方がない。でも、寝るわけにはいかないと、気合を入れる。
「朝食、食べに行きましょうよ。そうすれば、しっかり目が覚めるわ。」
私の提案に彼は乗り、ゆっくりと立ち上がった。
今日は、用事があるからと、手伝いはせずに手っ取り早く朝食を取り、私たちは冒険者ギルドへと向かった。
手伝いをしなくても、なぜかおまけにデザートを付けてくれたので、私の機嫌はだいぶ良かった。デザートとはいっても、フルーツなのだが、プリンなどを食べるより健康にいいだろうし、美容にもいい。大満足だ。
ばっちり目の覚めた私は、彼の隣でとりとめもない話をして、ずっと声を出していたのだが、そのせいかのどが少し痛くなってきた。
だけど私の話が通じるのは、今日の昼過ぎまでなのだ。少しくらい我慢しよう。
冒険者ギルドでは、私が姿を見せているせいか、注目の的だった。
視線をまるっと無視して、私は受付に行くとさっそく用件を言った。
「アント種の巣の件だけど、どうなったのかしら?」
「それでしたら、もう調査を終え、ギルドの判断も決定しました。結論から言えば、報酬は出ません。しかし、冒険者セキミヤの能力は認めるものとし、ランクを1つ上げることになりました。」
報酬が出ないのは残念だが、あまり期待はしていなかったので落胆は少ない。ただ、彼の努力が認められないのはかわいそうだと思っていたので、ランクが上がるということは、嬉しい出来事だった。
セキミヤにそれを伝えれば、心なしか嬉しそうだったので、私も喜んだ。
「それでいいそうよ。」
「では、身分証を出してください。新しいものを発行するので。」
「セキミヤ、身分証を新しくするって。」
彼は頷いて、首にかかっていた身分証を受付に渡した。
鉄から銅へとランクを上げた。身分証も銅を使った物になり、彼の胸元が映える。たった7日で、彼は実力を示したのだ。たとえ、下から数えた方が早いランクだったとしても、私はそれを誇った。
「おめでとう、セキミヤ!」
「ありがとう。」
お礼の後にも言葉が続いたが、私には理解ができない。おそらく、今後のことについていったのではないかと思う。
「一ついいですか?」
「何かしら?」
「あなたは、冒険者登録をなさるのですか?」
「え、私?そんなこと考えてもいなかったけど・・・そもそも、妖精が冒険者になる事ってあるの?」
「妖精でしたか。私は、聞いたことがありませんね。でも、妖精を冒険者にしてはいけないという規約はありませんので、問題はありませんよ。」
「うーん。ちなみに、冒険者になった時のメリットは?」
「それは人それぞれですが、例えば、他の冒険者にあなたが攻撃されたとき、その冒険者には、ギルドから罰を与えることができます。あなたに正義があれば、ギルドはあなたを守ります。なので、冒険者から攻撃されることは、ほぼないでしょう。」
「嫌なたとえ話ね。」
「実際、ありえる話ですから。」
その言葉にぞっとする。まさか、妖精ってこの世界だと魔物と変わらなかったりするのだろうか?
「うーん・・・でも、別に冒険者とかなりたくないし。」
冒険者になったとして、私など万年鉄ランクだろう。あだ名が鉄の妖精とかになったら嫌だし。
「私は、セキミヤについていくだけだし。」
「でしたら、従魔登録なさいますか?」
「じゅうま登録?」
聞いたことがある。じゅうま・・・従魔。たしか、自分に従う魔物を自分が所有するものだと、ギルドに登録するってやつだ。
それをやっていないと、魔物を町には入れられないし、倒されても文句が言えない。
ん?町に入れられない?
私、入っているけど!?これって、セキミヤ捕まっちゃうやつ?まずい。門の出入りの時は、存在感上昇をオフにしていたので、今まで止められなかったのだ。
「・・・」
登録しておいた方が、いいかもしれない。セキミヤを犯罪者にしないためにも。冒険者登録か、従魔登録か。答えはすぐに出た。なぜなら、面倒はごめんだから。
「なら、私を従魔として登録してくれる?」
「わかりました。名前は?」
「カメリア」
「カメリア。種族は妖精でよろしいですか?」
「えぇ。」
「では、もう一度身分証をこちらへ。」
「セキミヤ、身分証。」
面倒そうにしながらも、彼は何も言わずに身分証を渡した。
私が彼の従魔になるという話をすれば、なぜか怒った顔をしていたが、今更取り消せないと言って、なだめた。取り消せるかもしれないが、だからといって冒険者になれと言われても困る。なので、取り消せないことにした。
通訳の特権だ。
数分後。
「登録が完了しました。」
そう言って、受付から身分証と小さなリングを渡された。
「それは、従魔だと示すリングです。見える場所に着けておくことをお勧めします。他にも種類がありますが、サービスで渡すものは小さいものだとそれしかありません。」
小さなリングは、人の手で持てば小さいが、私が着けるには大きかった。
「・・・頭にのせても、落としてしまいそうで怖いし・・・」
とりあえず、リングを手に持って、後で付ける場所を決めることにした。
報酬をもらえなかったので、依頼を受けようという話になり、依頼が貼ってあるボードの前まで来た。彼は鉄の依頼ばかりを見ていたので、私は笑ってしまった。
「セキミヤ、あんた銅になったのよ?これからは、銅の依頼も受けられるわ。鉄とは違って、少し歯ごたえのある依頼よ。」
私の言葉に彼は目を輝かせて、それを見た私は彼の好きそうな依頼を見繕うことにした。本当なら、弱い魔物の討伐を選ぶところだが、銅の中では強めの魔物の討伐依頼を指さし、説明した。
彼は説明を聞くと、ボードから用紙を取ろうとして、こちらを見た。
「その依頼は、はがしてもいいわ。」
彼が言いたいことを察して答えれば、彼は頷き、依頼をはがして受付へと行った。
「成長したものね。」
私に何も聞かず依頼をはがしていたころを思い出し、私は微笑んだ。
彼の後姿を見ていると、なぜか彼は受付嬢に怒られていた。なぜかと思い、ボードを見れば、私が見繕った依頼の用紙が貼ったままだ。
「え・・・まさか、別の依頼を!?」
私は焦って彼の元まで飛んで行き、彼がはがした用紙を見て、叫び声をあげた。
「金!?何やっているのよ、あんた!どう見たって違うでしょ!」
2つ上のランクの依頼を持って行った彼は悪びれた様子もなく、行けるかと思って、というような顔をした。
「行けるわけないでしょ!馬鹿にしているの、あんた!すみません。」
最後は受付嬢に頭を下げて、私はボードの前に戻り、先ほどの依頼をはがして受付嬢に渡した。
「こっちです。すみません、この人文字が読めなくて、間違えたようで。」
「・・・確かにそのようね。でも、金額はわかるみたいだから言っておいてくれる?銅の報酬でこの額はありえないと。」
「後で言い聞かせておきます。」
「それなら構いません。えーと、近くの森に出た、ベア一家の討伐ですね。」
町に近い、比較的安全な弱い魔物がいる森に出た、ベアの成体2体と幼体1体の討伐だ。おそらく家族なのだろう。だからこそ危険なのだ。子を守る親は必死なのだから。
「難易度は少々高めなので、ランクアップ後の初めての依頼としては不適切化と思いますが?ギルド的にはおすすめは、出来ませんね。」
「おそらく大丈夫だと思うわ。彼は、クルーエルベアを倒した実績もあるから。」
変異種だということは伏せておいた。変異種を倒したとなると、駆け出しにしては強すぎて、変に注目を浴びると思ったからだ。
「・・・納得していただけているのなら、こちらとしては何も言いません。最終確認ですが、本当にベア一家の討伐依頼を受けますか?」
「えぇ。受けるから持ってきたのよ。」
「受けられない依頼も持ってきたので、確認にしました。」
「それは本当にすみません。」
痛いところを突かれ、もう一度軽く頭をさげとく。
「それでは、討伐頑張ってください。期待していますよ。」
平坦な声色で言われたが、期待しているという言葉に少し嬉しくなる。ま、期待されているのはセキミヤなのだが。
森に着くと、さっそくベア一家の巣と思われる場所まで行くことにした。道中弱い魔物とも遭遇したが、彼は苦戦することもなく倒していく。私の出番はない。強いて言えば、話すことが私の仕事だ。
「ベア種はクマと同じね。といっても、クマのことはあまりよく知らないから、間違っているかもしれないけど・・・人間の味を覚えたベア種は、人間を襲うようになるの。おそらく、今から狩るベア種もそうね。」
ベア種の気性は荒い。だがそれは、人間が縄張りを犯すからではあるが・・・基本人を襲うのがベア種で、魔物だ。ただし、別に積極的に人間を襲うわけではない。先ほども言った通り、縄張りに入ったものだから襲う程度である。
「一度人間の味を覚えるとね、縄張りを離れてでも人間を襲いに来るわ。だって、他の獲物より簡単に食べられて、味も悪くないらしいの。それだったら、少し足を延ばしてでも、人間を襲いたくなるわよね。」
基本的に縄張りから出ないのが、野生に生きるものだ。しかし、例外というのはどこにでもいる。
「それでね、人間を襲ったベア種は、討伐対象になるのよ。森の中はね、時に子供も出入りする場所なの。でも、子供たちは縄張りに入らないように注意して、森で行動するわ。それが安全だからね。でも、例外なベア種がいると、その安全もなくなって困るのよ。」
森に入らなければいいが、そういう選択肢はない。
なぜなら、子供も遊びで入っているわけではなく、家計を助けるためにやむを得ず森に入るのだ。そこで、食料や薬草を採取する。
「つまり、公共事業的な面もあるわ。頑張りましょうね。」
彼は頷いた後、周囲を警戒した。
森に入ってから、彼がいつも以上に警戒しているような気がする。気のせいだろうか?
魔物の領域である森に入るのだから警戒するのは悪いことではないが、それでも彼がそうすることは別の意味があるようで不安だ。
この森の魔物は、弱かったはず。
自分の勉強したことを思い出して、不安をぬぐおうとするが、ぬぐえない。
だって、自分よりも彼の方が信じられるから。
何も起こらないといいな。
そんな虚しい願いは、当然のごとく裏切られた。
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