第12話 スライム狩り
「ぐおおおぉぉぉおおおお!」
私に向かって、雄叫びを上げるベア種。普段なら身をすくませただろうが、私はただ「うるさい。」と呟いた。自分で自分が信じられない。
勝算は、全くないというのに。
私は、構えたまま待つ。確実に当たる距離にあいつが来るまで、アイスボールを撃つつもりはないが、準備だけはしていた。
そんな私にしびれを切らしたのか、ベア種が動き出す。わき腹から流れ出る血を見る限り、その傷は重症のようだ。
しかし、そんなことは関係ないというように、こちらへと近づいてくる。
「・・・あと3歩。」
射程範囲内にベア種がもうすぐで到達する。そこからが勝負だ。
2歩、1歩。
あと1歩というところで、ベア種が足を止めた。そのことに動揺したが、構わないで撃とうと思い、魔力を練る。だが、ベア種は口から血を吐き出して、倒れた。
「は?」
驚き固まる私の前に、ベア種の後ろに隠れていたのだろう、セキミヤの姿が見えた。こちらに手を振り、声を掛けてくる。元気そうだ。
「え?どういうこと?」
固まる私に、彼は駆け寄って、私の体を隅々まで見まわした。
って。
「何見ているのよ!この変態!」
彼が太ももを見始めたとき、我に返り手で太ももを隠した。すると、彼は安心したように、体を見るのをやめて、頭を撫でてきた。
「ちょ、この、変態!変態って、言っているのよ!」
いつもなら許す頭をなでる行為も、変態行為の後にはお断りだった。だが、怒っている私を見て、彼は笑う。
「もう、知らない!」
私はそっぽを向いて、森の出口へと向かった。
「あー・・・心配して損したわ。あの変態。人の体をじろじろ見て、これだから男は嫌なのよ。もう、サイテー。」
後ろから何か声を掛けられている気がするけど、無視しよう。少しは反省しなさいよね。
「カメリア!」
名前を呼ばれた。名前だけは、なぜか言葉が通じなくてもわかるのだ。私が、セキミヤの名前を理解できたように。
無視をして飛び続ける私の前に、大きな手の平が現れて邪魔をする。
「何よ、変態。」
振り返れば、彼は赤い実を持っていた。先ほど私が教えた実だ。それを笑顔で差し出してくる。食べろという事だろうか?謝罪のつもりなのかもしれない。
「いらないわ。あんたが食べなさいよ、おなかがすいていたのでしょう?」
彼が薬草を食べたそうにしていたので、おなかがすいているのだと思い、私は実を取りに行ったのだ。別に食べたかったわけではない。
すると彼は実をアイテムボックスにしまって、私を捕まえた。抗議するが、懐に入れられてしまえば、大人しくするしかない。おそらく逃げ足を使うのだろう。
「ふんだ。」
私の機嫌は直らぬまま、彼は町へと戻るため逃げ足を使った。
町に戻ると、彼を薬草の依頼をしてきた少女の元まで案内し、私は先に宿へと戻った。
「はぁ~」
大きなベッドに落ちるようにして寝そべる。
疲れた。
頑張ったのはセキミヤだが、あんな危険な森へ行くことになったせいで、余計に疲れたのだ。それに、彼がベア種に突き飛ばされたときは、本当に不安だった。
「最悪、死んだかと思ったの・・・少なくても重症だって。」
もしそうだったら、私に回復手段はなかった。
「よかった。生きていて、良かった。」
安心して、息をついた。
「・・・」
意識がもうろうとしてきた。安心して、どっと疲れが出てしまったようだ。このままだと寝てしまう。でも、いいかと思って、目を閉じた。
カチャカチャ
金属同士がぶつかり合うような音が聞こえた。
目を開ける。暗い室内に、暖かなろうそくの明かり。
寝返りを打てば、机の前で何やら作業をするセキミヤがいた。私が起きたことに気づいたのだろう、こちらに目を向けて微笑んだ。
「・・・あんた、良く笑うわね。」
なんとなく、いつも思っていたことを口にして、私は思い出した。そうだ、私は彼に対して怒っていたのだ。
反対に寝返りを打って、彼に背中を向けた。
掛布団をかぶり直して、気づく。これ掛布団じゃない。彼のハンカチだ。
「・・・はぁ。」
なんだか馬鹿らしくなってきた。私一人で怒っているだけだ。
どうしようかと考えていると、ろうそくの光が遮られたように、暗くなった。そして、上からそっと、手が伸びてきて、私の前に何かを置く。
「・・・なにこれ?」
目の前に置かれたのは、清潔なハンカチ。その上には、白くて固そうな、破片のようなものがのっている。
私は彼の方を向く。すると彼は、飴玉を取り出した。そして、それを机の上に置いて、小さなハンマーで砕いた。それを、清潔なハンカチの上に置く。
「飴?なんで砕くの?そのまま食べればいいじゃない?」
そう言った私の前に、飴を取り出し差し出してきた。私はそれを受け取る。
「・・・大きいわね。」
私の言葉に彼は頷いた。
つまり、私のために飴を砕いてくれたらしい。
「・・・ありがとう。嬉しいわ。」
お礼を言って、背中を向け、砕かれた飴を口にいれた。少し尖っていて危険だが、小さいので問題はない。気を付ければいいことだ。
「おいしい。」
疲れた体に、優しい飴の甘さは、本当においしかった。
彼は、ハンカチを巾着のようにして縛り、アイテムボックスに入れた。食べたいときにはいつでも食べさしてくれるのだろう。
私は、彼の方を見て座る。ハンカチはひざ掛けのように使わせてもらった。
彼はしばらく私を見つめていたが、こちらが何も言わないとわかると、机に向き直って何やら作業を始めた。どうやら、装備のメンテナンスをしているようだ。
その様子をなんとなく見ていた。
彼の表情は真剣そのもので、少しかっこいいと思う。若造のくせに生意気ね。
私は、彼よりも長く生きている。ま、どれくらい生きているかは乙女の秘密だけど、彼よりは長く生きている。
彼がどのような生活を送ってきたかわからないが、怠惰な私よりはまじめに生きていたのだろう。悔しいが、私よりも頼りになる。
「あんたに、私って・・・必要?」
それは、いつも思っていることで、私が長年悩んでいることでもある。役に立たない、何もできない。それは、とても辛いことだった。
彼はこちらを向いて、微笑んで頷いた。それが、お世辞かどうかなんて私にはわからない。でも、少しだけ心が軽くなった。
「・・・私も、あんたが必要よ。だから、もう無茶しないでね。」
恥ずかしくなって、彼に背を向ける。なんだこれは。ただ事実を言っただけなのに。
それから私は、ハンカチにくるまって眠りについた。
6日目の朝。
目が覚めると、彼はなぜか床で眠っていた。なぜ?
彼は昨日と同じように街を歩いて、人助けをして行った。今日も休日なのかと思ったが、もしかしたらレスを集める気なのかもしれない。
レスを優先して集めるのは理解ができる。なぜなら、自動翻訳はレスでしか取得できないからだ。
昼頃には、彼は疲れ切っていた。もしかして、彼は人と関わるのが苦手なのだろうか?体力的には、魔物を倒していた方が疲れるはずなのに、人助けする方が彼は疲れているような気がするので、そう思った。
「ねぇ、今日は・・・スライムを倒しに行かない?」
「!?」
彼が驚くのも無理はない。私は危険な森に行くのと同様、スライムを倒すことも反対だった。でも、彼からすればスライムは脅威ではないようだし、危険な森よりは安全だと思って提案したのだ。
彼の気分転換になればいいと思う。
彼は少し考えてから、頷いた。
私から提案したのだ。今日は口をはさむのをやめて見届けよう、スライムを狩り続ける彼を。
お馴染みになった逃げ足で、草原まで来た。いつも思うが、私たちは何から逃げているのだろうか。このスキルがただの移動手段になってはいないか?
考えることはやめる。
彼は装備を木の棒に替えると、颯爽とスライムを狩りに行った。よほどストレスがたまっていたのだろうか?私は、近くにあった大きな石の上に座り、彼の戦いを見守った。
10分後。
いや、戦いではない。これは、ただの作業ではないか?
そんな疑問が浮かぶのも無理はない。彼はスライムを見つけると、一撃で倒して次の獲物を探していた。
探す、見つける、倒す。この繰り返しだ。そこには、何の感情もないように思えたが、町で人助けしていた時よりは、生き生きとしている気がする。ならいいか。
それからさらに20分が経過し、彼はこちらに戻ってきた。
「お疲れ様。」
彼は声を掛けた私の隣に、飴の入ったハンカチを置いて、手を振って行ってしまう。
「あぁ、まだ終わらないのね。いってらっしゃい。」
若干引くが、提案した身としては送り出すしかなかった。
飴を口に含みながら、彼の作業を見ていた。
やはり、彼は動きが戦いなれている。何か武術でも習っていたのだろうか?でも、それだけですぐに戦えるものなのか?なぞは尽きない。
「・・・ところで、何体狩ったのかしら。」
今更ながらに思ったが、これは生態系の破壊になるのではないか?そのことによっておこることの責任を私たちはとれるのか?とれないだろう。
何事もないことを祈るしかない。
「確か、スライム一体につき、1万カレッジだったわね。それだけあれば、私も何か覚えられるけど、私が覚えられるのは、よくわからない魔法ばかりなのよね。神様にとことん嫌われている気がするわ。」
だが、使える魔法だとしても、私にスライムが倒せるだろうか?無理だ。この小さな体では、彼の振るう木の棒を扱うことは出来ない。
「すごいな、本当に。」
素直な感想だ。
私は、新しく飴を口に入れた。甘くておいしい。
ちょくちょく戻ってくる彼を見送っていた私だが、流石に6回目で止めた。
「あんた、いつまでスライムを狩っているつもりよ!何も言わないからって、いい加減にしなさい!生態系が破壊されるわっ!」
宿に戻ると、彼はカレッジを見始めたので、私も横から覗いた。そして、見てしまったのだ。桁が違う所持カレッジを。恐ろしくなって、スッと目を背けた。
それを見た彼も、同じように目を背けて、カレッジを見るのをやめた。なので、少し話をしようと思った。
「明日で、最後ね。」
そう、彼が使っているアイテムの効果が明日で切れるのだ。
効果が切れれば、彼は私が何を言っているか理解できなくなる。それは、今までのように私の意思を伝えられなくなるということだ。
「明日はどうするつもりなの?」
彼の方を向いて、お金、カレッジ、レス、と順番に聞いた。彼はお金とレスで頷いた。それはそうだろう、カレッジは十分すぎるほどある。
「そう、お金ももうないのね。なら、冒険者ギルドに行きましょうか?そういえば、アント種の件はどうなったのかしらね?」
今まで忘れていたが、巣のアント種を全滅させたときの報酬がもらえれば、お金には当分困らない。そうすれば、レスを集めることに集中できるだろう。
「とりあえず、ギルドに行かないとね。・・・だめだったときは、また何か依頼を受けて、宿代を稼ぎましょう。」
彼は頷いた。私は、次に話すことを考えた。だって、明日には話せなくなってしまうのだから。
「あんた、早く自動翻訳取りなさいよね。もう無駄遣いしてはだめよ。」
彼は頷きもせずに、こちらを見ていた。
「どうしたの?」
聞いてみたが、彼は首を横に振って何も答えない。まぁ、何か言われても理解できないのだが。
「・・・そういえば、あんたに言葉を教えてもらうの、忘れていたわ。」
今になって思い出した。彼の言葉を勉強しようとしていたことを。でも、流石に時間がなさすぎる。
「カメリア。」
私の名を呼び、何事か言う。
「遅すぎるって話よね・・・」
「カメリア。」
同じように何事か言った彼に、まさかと思った。
「・・・やろうって、言ってくれているの?」
そう聞けば、彼は頷いてくれた。それに嬉しくなって、私は彼の前に飛んでいく。
「ありがとう!」
彼は微笑んで、何事か言った。
「どういたしまして?」
彼は首を振る。
「えぇ?なら、うーん・・・頑張れよ?」
彼は首を振る。
「それ以外に何があるのよ。」
すると彼は困ったように笑った。
仕方なく、その言葉は諦めて、別の言葉を教えてもらうことにする。
人より物覚えの悪い私がどこまで覚えられるかはわからない。でも、久しぶりに努力しようと思った。
私のために。
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