第11話 レスを求めて
5日目の朝。宿のご夫婦の体調は万全となったが、セキミヤは昨日と同じように2人を手伝い、感謝されていた。
昨日までは少々いやそうに動いていたが、今日は積極的に手伝いに名乗りを上げているようだった。2人が何か言う前に手伝いをはじめ、2人が遠慮してからも、まだ病み上がりだろ?と態度で示して手伝っている。
「言葉の壁なんて、お互いが歩み寄れば関係ないのね。」
1日目とは違い、宿屋のご夫婦からセキミヤへの不審者を見るような目は消えていた。5日目ともなれば、多少なりとも人柄がうかがえたのだろう。
朝食はおまけしてもらい、大盛りでデザートまで付いていた。おいしそう。
そこでセキミヤは私の方を見て、頷いてきた。それに対して私は首をかしげる。
「どうかしたの?」
そう聞いても、意味の分からない言葉を返されるだけだ。何かをしたらどうかと提案しているように感じるが、何をするように言っているのだろう?デザート食べていいとかかな?
しかし、私はここで食事をとることは出来ない。姿の見えない私が食事をとれば・・・
「あっ!?」
そうだ、私はもう姿を見せられるのだ。おそらく、そのスキルを使わないのかということだろう。
「そうね、存在感上昇、使ってみるわ。ちょっと緊張するわね。」
すると、セキミヤは私の頭を優しく撫でて笑った。全く、私をペットか何かと勘違いしているのかしら?でも、嬉しいので文句は言わない。
周りから見れば、セキミヤの行動はおかしい。
「坊主、どうした?」
宿屋の親父さんが、セイミヤに声をかける。おそらく20歳半ばといった年齢のセキミヤだが、この世界では若く見られるらしく、10代の扱いをされていた。
「全く、まだ私の姿は周りに見えていないのだからね!わかっているの?」
ちょっと文句を言えば、彼はさらに笑って、親父さんが心配し始めたので、私は姿を現すことにした。
「存在感上昇」
言っていて思ったが、もっとかっこいい名前はなかったのかと思う。ちょっと言いづらいし。
視線を感じた。おそらく、注目を浴びているのだろう。
それはそうだ、この世界の妖精は珍しく、人前に現れることは少ない。まぁ、妖精の領域に足を踏み入れれば別だけど。
「坊主・・・それはいったい。」
「初めまして、とは言っても私は姿を現さなかっただけで、セキミヤの近くにずっといたけどね。私はカメリア。妖精よ。」
「妖精・・・?」
信じられないとでも呟く親父さんに、若干失敗したかと思った。ただでさえ、異国の風貌と言葉を使うセキミヤは目立った。それに妖精を連れて歩いていたら、どうだろうか?さらに目立つだろう。
「まぁ、妖精とは言っても通訳のようなものよ。彼は知っての通りこの国の言語を理解できないので、私が彼に伝えているの。」
「妖精が通訳・・・それはまた、珍妙だな。」
「珍妙って何よ。ま、いいわ。セキミヤ、私も食べていいかしら?」
そんな私に頷いて、セキミヤはデザートを渡してくれた。デザートは、オレンジのハーフサイズだ。
それを受け取って、かじりついた。
「妖精が、食ってる。」
「あんた、仕事したら?ほら、客が入ってきたわよ。」
「あぁ、そうだな。またな、坊主・・・と・・・」
「私のことは気にしないでいいわ。呼びたいのなら妖精でいいし。」
「わかりました、妖精様。」
「ぶふっ!?」
突然の口調の変わりようと様付けに、フルーツの汁を飛ばしてしまった。それを見て、セキミヤが私の口元を拭ってくれた。
荷物を抱えた人々の荷物を運び、落とし物を拾って渡し、スリやひったくりを追いかけ捕まえる。次々と現れる救いを求める人々の手を、セキミヤはとり続けた。
「って、いくらなんでも異常よ!」
流石にツッコむ。昨日はそれほどでもなかったが、考えてみれば一昨日もことあるごとに人助けをした。明らかにおかしい。
「多すぎ。いくらなんでも多すぎるわ。こんな日もあるかなと思ったけど、2日目ともなれば違うわ!異常よ!」
私の言葉を聞き、セキミヤは苦笑した。それを見て、私は思い出したのだ。自分が神様にお願いをしたことを。
「まさか、私がまた・・・」
やらかしてしまったのだろうか?レスが貯まるようにと、祈ってしまったのがいけなかったのだろうか?
そんな私に、セキミヤは声をかけて、首を振った。そして、カレッジのスキル画面を出すと、とあるページを指さした。
「・・・おつかいハンター?」
聞いたこともないスキルだった。セキミヤが詳細を見せてくれて、やっと理解した。
「このスキルのせいだったのね。なんだ・・・」
私のせいではなかったことがわかり、安堵したが、もう一度よく詳細を見て固まった。
「え・・・常時発動?嘘でしょ。これからずっと、この状態ってこと!?あんた、死ぬわよ!働きすぎて死ぬわよ!」
セキミヤは遠い目をしていた。おそらく、後悔したのだろう。でも、遅すぎたのだ。このスキルを取ってしまった以上、仕方がない。解除できればいいのだが、解除もできないようだった。
「・・・」
私は、結構前向きだ。ポジティブな言葉なんてサラッと言える方だし、慰めの言葉もすぐに出てくる。でも、今回はとっさに出なかった。何を言っても虚しいだけだと感じたのだ。
「あー・・・最後まで付き合うわ。だからあんたは、一人じゃないから!」
捻りだして出てきた言葉は、すでに確定していたことで、何の慰めにもならないだろう。けれど、何か伝えたいと思ったのだ。
彼はそれになぜか驚いて、困ったように笑った。迷惑だったのだろうか?
今日は、ギルドには行かず街中をただ歩いていた。休日ということなのかもしれない。でも、休めているかといえば、全く休めていなかった。
「あの、このくらいの背丈の、茶色い髪を2つに縛った子を見かけませんでしたか?」
迷子を捜す母親に声をかけられ、共に迷子を捜す。
「おう、兄ちゃん!今日も頼まれてくれねーか?」
お馴染みの大荷物男が声をかけてきて、その荷物を運ぶのを手伝う。
「きゃっ!」
道端に突如として転がり始める野菜。落とし主と共に拾い集める。
「大丈夫?」
彼に声を掛ければ、疲れた表情をした彼が親指を立てた。
「全く、大丈夫そうにないね。仕方ないと思うけど・・・もう、宿に戻りましょうよ。部屋にいればスキルの効果も無くなるでしょ?」
今まで部屋まで来て手伝いを頼んだ者はいなかったので、おそらく周りに人がいなければ効果がないスキルなのだろう。
だが、彼は私の提案に首を振った。
「どうして、疲れたでしょう?」
彼は頷いた。でも、それでも宿の方へと足を向けない。そんな姿が、誰かと重なった。
疲れたって、周りより覚えが悪くたって、努力する。少しでもできるようになるため、人の役に立てるようになるため。そう、昔の私のようだった。
彼は、レスを貯めるために頑張っている。
「壊れてしまったら、どうするのよ。」
私の言葉に彼は立ち止まって、こちらを見た。その目は真剣そのもので、少し胸が高鳴った。そんな私に、彼はいつものように微笑む。
彼は何かを言ったが、私にはわからない。
でも、大丈夫だとか、そんなことを言ったのだろうと察して、顔を伏せた。
私には止めることができない。
いつも、彼を止められない。
でも、それでも止める。止めようとする人が私以外にはいないから。セキミヤは、無理に危険を冒す必要はないし、無理してまで人々に救いの手を伸ばさなくてもいいのだから。
「戻りましょう、セキミヤ。」
首を振る彼。
「あんた、ここに来てまだ5日目よ?そんなに頑張る必要はないわ。1年くらいは、生活環境を整えて、余裕ができたら人助けして・・・それでいいじゃない?なぜ、そんなにも急ぐの?」
そんな私に彼は、ピースサインを向けて、悲しそうな顔をした。意味が分からず首をかしげる。
「なんで、そんなに悲しそうなの?」
彼は、それに答える様子はなく、おそらく「行こう」とでも言ったのだろう。再び歩き始めた。仕方がないことだ。彼の言葉を理解できない私に答えても通じないのだから。
「理解したいわ。」
呟いた私は、彼の横に並んだ。そして、考える。
どうすれば、彼の言葉を理解できるか。それは、とっても簡単なことだった。前の私なら、おそらく1日目から実践しただろう。
そう、彼に言葉を教えてもらえばいいのだ。幸いこちらの言葉は彼には理解ができる。なら、教えてもらうことは可能だ。でも、今の私には、そこまで努力する気がない。
あと、2日だ。今日を入れずにまる2日。それで、どれだけ覚えられる?
でも、それでも。
「セキミヤ。」
彼と目を合わせた。
「私に」
「あの、すみません!」
私の言葉は、向こう側から歩いてきた少女にさえぎられた。
「あの、お願いします!薬が必要なんです!でも、薬に必要な薬草がなくって!お願いです、薬草を採ってきてもらえませんか!」
「・・・薬草採って来てだって。」
私の言葉に彼は頷いた。薬草を採りに行くようだ。
「それで、薬草の特徴は?」
「行ってもらえるんですね!ありがとうございます!特徴は・・・」
薬草の特徴を聞き出し、私は彼に伝えた。ついでに少女の家も聞いて、私たちは別れた。
町を出ると、彼が何事か言ってきた。おそらくどこに行けば薬草があるか?といったところだろう。
「うーん・・・あ、これは森ね。初日にあんたがベア種を倒した森よ。参ったわね。」
薬草の知識をひっくり返してみれば、目的の薬草が生えている場所が危険な森であることを思い出す。さて、どうしようかと考えた私だが、彼はその森へと向かう。
「あー、ちょっと。本当にあの森は危険なのよ?出る魔物はほぼクルーエルだし、まれにカワドリーも出るわ。」
魔物は、種の中の強さによって前に着く名前が変わってくる。例えばベア種だと、弱い順にフーリッシュベア、ベア、クルーエルベア、カワドリーベア・・・といった具合だ。
ちなみに、スライムはスライムとキングスライムの2種だ。その違いは体の大きさで、キングは通常の3倍大きく、希少だ。スライム事態強い魔物なので、キングに戦いを挑んだ者はいない。なので、強さは不明だ。
「カワドリーベアなんかは、一般的にベア種で最強と呼ばれているわ。ま、上には上がいて、変異種の方が強いけど、そんなのに遭遇するなんて、かなり不運な奴だけね。」
変異種とは、その種では考えられない強さを持つ個体のことだ。外見的な特徴でわかるものが多く、体が通常より大きかったり、色が違ったりなどしている。
そういう個体を目にしたときは、逃げるのが一番だ。
彼は私の話を聞きながらも、迷いなく進んでいき、遂に目的の森に到着してしまった。
「確かに、あなたはクルーエルベアを簡単に倒したけど・・・過信は禁物よ。ま、こうなったら、なるべく気配を消して薬草を探しましょう。」
私は存在感上昇をオフにして、彼の後についていく。
薬草を見つけるたびに彼は指をさして声を掛けてくるが、いつも指さすのは雑草だった。まれに毒草。私は、彼に薬草を探す才能はないと判断し、自分の知識と照らし合わせて目的の薬草を探した。
探し回って10分ほどした頃だろうか。クルーエルベアに遭遇した。私は魔法を打つために構えるが、彼はそれを手で制して剣を握った。
「なんで・・・」
戦力外。そう言われた気がして、声が小さくなる。
彼は、薬草を指して、次に私を指さした。そして、自分を指さした後、剣を指さす。
「私は薬草探しに集中しろってこと?」
頷く彼に寂しさを覚えたが、従うことにした。だって、気づいているから。
本当は、彼がとても強いことを。私が心配するほど、彼は弱くない。
「わかったわ。危なくなったら呼んで。」
私は薬草探しに集中した。戦闘の音が耳に入る。
でも、それは数分で終わった。
「本当に強いわね。私なんて、必要ないよね、本当は。」
強いことは悪いことではない。弱くては生き残れないのだから。でも、少しだけ寂しい。
その後も、ベア種やマウス種などが現れ、彼は次々とそれを倒し、私は薬草を探した。
薬草を必要数集め終わり、私は声を掛けた。
「これで終わり。十分に集められたわ。」
その言葉に彼は頷いたが、薬草を指さし、自分を指さした、
「?」
どういうことだろうか?この薬草を食べたいとか?
「これ、おいしくないわよ。それに、健康な人が食べれば毒よ。」
その言葉に驚いた様子の彼に、説明していなかったことを思い出した。
「これは、血の関係の薬に使われるわ。詳しくは私も知らないけど、薬と同じだから食べない方がいいと思うわ。」
彼は少し残念そうな顔をした。そんなにお腹がすいているのだろうか?
「・・・ちょっと待っていて。」
私は少し離れたところにある木の方へと飛ぶ。その木は、小さいながらも食べられる木の実がなっているのだ。
待っていてと言ったが、心配だったのだろう、彼も後ろから追いかけてくる。
「ほら見て、あの赤い実食べられるのよ。味はイチゴに近いかしら。」
私は説明をすると赤い実を取りに行こうとした。でも、それを彼に止められる。
「何よ?大丈夫よ、あれは食べられる実だから。」
「・・・」
彼は何も答えない。それどころかこちらに顔も向けていなかった。視線は一点に釘付けだ。
「どうしたのよ?」
彼の視線をたどり、私は息をのんだ。
そこに立っていたのは、今まで見てきたベア種よりも大きく、毒々しい紫色の毛皮をしたベア種だった。おそらく、カワドリーベアだ。
「嘘・・・」
いまだに相手にしたことがない魔物だ。ぞわりと悪寒がはしった。
彼は私の様子を横目で見て、手を離す。そして、そのまま剣を抜いた。
彼は、勝てるだろうか?
でも、彼は勝つ気なのだろう。なぜなら、逃げなかったから。勝てないと思えば、彼は逃げ足で逃げる。そういう賢さはちゃんと備わっている。
でも、わかっていても、不安だ。
私は、彼の肩に手を置いた。
彼は、視線はベア種に向けたまま、空いている方の手を私の手に重ね、何事か言った。意味は分からなかったが、その声色に緊張した様子はなく、安心した。
邪魔にならないようにと、私は手を離し彼から距離を取る。
すると、彼はベア種にものすごいスピードで突っ込んだ。ベア種は彼に向けて鋭い爪を振り下ろしたが、それを彼は避けて剣を振るう。
彼の剣がベア種の脇腹を斬った。
「すごい。」
そう思ったのも束の間、ベア種は傷をものともせずに、彼を太い腕で突き飛ばした。
「セキミヤ!」
悲鳴じみた声が、森に響き渡る。
彼は、大木にはりつけにされたようになっていた。
血の気が引いた。
「嘘でしょ。」
現実だと思いたくなかった。
あんな力で突き飛ばされたのだ、無事では済まないだろう。
冷たくなった思考が熱くなる。
この熊野郎、何をした?
手を前に出す。自分の努力で習得した魔法を放つために。
熱くなる体に反して、周囲の温度はぐっと下がった。
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