第14話 死はいつも唐突に



 ベア一家の巣らしき洞窟を発見したが、洞窟に近づいてもベアは出てこない。


「あれ、いないのかしら?」

 以前、別の巣を見つけたときも、魔物一匹いなかった。私たちは留守を狙うプロなのかもしれない。そんなプロ、泥棒だったら嬉しいだろう。


「私たちにとっては、嬉しくないわね。」

 討伐対象がいなければ、依頼を達成することは出来ない。

 彼は頷いてから、洞窟に慎重に近づいていく。その後を私も音をたてないように気を付けて、ついって行った。

 近づくにつれ、何かの匂いがした。鉄臭い何かの匂い。


「血?」

 呟く私を見ずに、彼は頷いて答える。その視線は、洞窟の方に固定されている。


 そのまま、何事もなく洞窟の入り口にたどり着けば、彼はそっと中を覗き見た。ここまで近づくと、気分が悪くなるほどの血の匂いがした。

 この血は、何の血だろうか?ふとよぎった疑問が、血の気を引かせる。


「まさか・・・」

 人間の子供。その可能性は高く、一度思いつけばそれしかないようにも思えた。


「セキミヤ、待ってっ!」

 私は彼の肩を掴み、引っ張るがびくともしない。彼の顔を見れば、真剣に中の様子を見ていた。中の状況は、もう把握したのだろう。なのに、うろたえた様子がないということは。

 予想が外れたのだろうとひとまず安心し、私も彼にならって、洞窟の中を覗き見た。


「あれは・・・」

 血に汚れているのは獣。おそらくベアだ。

 洞窟の出入り口に1体。最も大きいベアが倒れており、奥には少し小柄のベアとさらに小柄のベアがいた。おそらく、私たちの討伐対象のベア一家だろう。

 彼はしばらく周囲をうかがっていたが、気が済んだのか洞窟の中に足を踏み入れた。


「誰がやったのかしら。」

 彼は、それには答えずナイフを取り出すと、一番大きなベアの討伐証明部位を切り取った。その後、解体する。手際よくやる姿を眺めていた私だったが、それはだめだと気づく。


「他人の手柄を横取りすることになるわ!そのままにしておきましょう。」

 彼は首を振って拒否すると、奥へと進み残りの2体も同じようにした。

 全く、いうことを聞かない男だ。


「もう、好きにしたら。」

 私はへそを曲げたのもそうだが、この洞窟のこもった血の匂いに嫌気がさして外に出た。外に出れば空気がうまい気がして、深呼吸する。実際はまだ血のにおいが混じっているだろうが、鼻が馬鹿になったようだ。


 流石に、彼から離れる気はないので、飛んだまま洞窟の前で森を眺めた。

 ここは少し開けた場所になっているので、日の光が届いて明るく、ぽかぽかとしていた。少し歩けば、日の光を遮る森があり、そちらはひんやりと涼し気だ。風が吹くと少し寒く感じるくらいに。


「それにしても、静かね。街は人が多くて、疲れてしまうから森はいいわ。」

 そう思ったのだが、違和感を覚えた。同時に、既視感も。


 耳を澄ます。聞こえるのは、自然の音だけ。風や草木の音だけ。魔物や動物の音がしない。気配がない。鳥の鳴き声もない。


「これって。」

 初めてセキミヤが逃げ足を使ったときのことを思い出す。


 今と同じ状態の森を見て、彼は真っ先に逃げたのだ。血の気が引き、寒くなった。先ほどまで暖かかったのに、今では腕をさするほどだ。別に、日が陰ったわけではない。


「セキミヤ・・・」

 私は、心細くなり、彼の名を呼んで振り返った。


 彼は、すぐ近くにいた。焦った様子で、私の方に駆けてきた様子の彼。私は驚いて、固まった。彼をただ見ている私は、彼が近づき私を払い飛ばすところまで見ても、動けない。


 彼の右手で払い飛ばされた私は、落下する。

 落下しながらも彼を見ていた私は、彼の胸に矢が突き刺さるのを見た。突き刺さったのは、左胸。おそらく、心臓のあたり。貫通している。

 あれは、死んだ。


「はっ・・・」

 気づけば、見ていたのは青空だった。ぽかぽかとした日差し。でも、体は冷え切っていた。

 暖かくなった石の上に倒れているのに、体は冷たい。まるで、血が通っていないみたいに。


 何があった?攻撃されたのよね?誰に?誰が?


 私が攻撃された。でも、セキミヤが私をかばった。どうなった?


 ドクドクドクと、脈打つ心臓。これは、私の音だ。私は生きている。セキミヤは?


 矢に貫かれていた。心臓を。


 嘘だ。嘘じゃない。本当のことだった。確かに見たのだ。

 私は、見た。ただ、見ていた。


 じゃりっ。

 誰かがこちらに来る。このタイミングで来るのが何者かだなんて、考える必要もない。


 体が熱くなる。冷たかった体が、今は熱い。


 殺す。

 誰だか知らないが、彼を殺したのだ。許せない。なら、私がするべきことは一つ。そいつを殺すだけ。


 熱くなる体だったが、熱いだけではだめだ。頭を冷やして、冷静になる。


 冷静になっても、殺すことには変わりはない。その決断は変わらない。でも、私の下級魔法で殺せるか?否。なら、どうする?簡単なことだ、殺せるスキルを取ればいい。


 セキミヤの指にはめてある青の指輪。カレッジを消費して、スキルを取得できる指輪だ。あれは、私でも使用可能だ。そして、カレッジだが、ある程度なら私も持っている。ただ、問題は取得できるスキルがどのような効果を持つかわからないこと。それが回復スキルなのか、攻撃、防御、補助スキルなのか。わからないのだ。


 でも、これに賭けるしかない。私には、腕力も特別な技術もないのだから。


 私は立ち上がると、一目散に指輪へと飛んでいく。

 敵に見られていると感じがする。もしかしたら、何もできないまま殺されるかもしれない。指輪までたった数メートル。その距離が遠かった。


 まだ大丈夫。彼が倒れている。


 まだ大丈夫。彼の手に青の指輪を確認した。


 まだ大丈夫。指輪に手を伸ばす。


 指輪に触れ、魔力を流した。

 現れたのは、私のカレッジが表示された板。0の桁を数える暇などなく、目に付いたスキルを取得した。次にレベルをマックスにして、私は発動させた。


 敵の方を初めて見る。10メートルほど離れたところに、鎧武者の恰好をした者がいた。それが背負うのは弓矢。手にはさびた剣。全体的にぼろい装備だ。しかし、侮れない。

 鳥肌が立つ。得体のしれない強さに。


「アタックルーズ!」

 それでも、スキルを発動した。すると、鎧武者もこちらに剣を投げつけ、弓矢を構えた。剣は私の方に飛んできたので何とか避けた。しかし、そのせいで指輪を離してしまい、もうスキルは取得できなくなってしまった。まずい。


 敵の様子を見るが、特に変わった様子はなく、慣れた動作でこちらに矢を放とうとしている。


 嘘。


 何の効果もなかった?

 勇気を振り絞って、敵を討とうとしたのに。どうせ努力は報われないとは言わずに、傷つく覚悟でやったのに。


 努力しても報われないのなら、努力しない。それは、努力して報われないことに対して傷つくのが嫌だったから。だから、努力なんてせず、何もしなかった。


 だけど、そんな考えを捨ててまで、傷つく覚悟を持って、挑んだのに。結果は傷ついただけ。


「結局、報われないのね。」

 矢がこちらに放たれた。ものすごいスピードでこちらに来る矢は、目で追えても体が追いつかない。避けることは出来ないだろう。


 目を閉じた。

 訪れる死を、ただ待つことにした。


 あーあ。転生した意味ってあったのかしら。

 人間の娘として生まれて、何をやってもうまくいかない人生。努力は報われず、何をやっても駄目な子という周囲の評価を変えることが出来ずに死んだ。

 それが悔しかったのだ。


 そして、妖精として転生した時に、この人生こそはと思ったのだ。

 結局、パートナーを一週間すら守れなかった、だめな妖精として終わることになったのだけど。


 せめて、仇くらいは討ちたかった。



 日が陰った。目をつぶっていても日の光を感じていたが、今はその光を感じない。

 トスッ。


 おそらく矢の刺さった音だろうか?なんとも軽い音が聞こえた。

 衝撃も痛みもない。そのことに首をかしげる。


 目を開けた。


「あれ?」

 目の前には見覚えのある腕。彼の腕だ。

 顔をあげれば、彼と目が合った。


「嘘。なんで・・・」

 何事か言った彼は、笑う。その顔を見て、視界が歪んだ。

 彼の顔が見えない。鼻がツンとなって、涙がこぼれ落ちた。


 生きていた。


 それが嬉しくて、泣いてしまう。


「よかった。」

 鼻声になってしまって少し恥ずかしいが、それよりもうれしさの方が上だ。


「心臓を射抜かれて生きているとは、貴様もアンデットか。」

 ガサガサの声が鎧武者から放たれた。貴様もということは、鎧武者はアンデットなのだろう。


 私は、涙をぬぐって、心を落ち着かせた。喜ぶのは後でいい。今は目の前の敵のことだ。


「ふむ。アンデッドにしては、腐っておらんし、骨でもないな貴様。ただの人間にしか見えん。」

「当たり前よ。彼は人間なのだから。」

「黙れ。弱者に用はない。」

「むっ・・・!」

 頭にくるが、弱いことは本当なので言い返せない。


 彼は立ち上がって、腕に刺さった矢を抜いた。胸に刺さっていた矢はすでになかった。


「腕の矢って・・・私のせい。いいえ、胸の矢も・・・」

 どちらの矢も私に向かって放たれたものだ。彼は、私をかばったせいで、攻撃を受けたのだ。

 彼は気にするなとでも言うように首を振って、腰の剣を抜いて鎧武者を睨みつけた。


「寡黙な男は嫌いではない。剣で語る男は好きだ。」

 鎧武者も新たな剣を構えた。先ほど同様ぼろぼろの剣だが、それは見た目だけだろうことは、自分の鳥肌を見ればわかる。


「ふむ。しかし、間が悪い。」

 鎧武者は剣を鞘に納め、残念そうな表情をした。実際表情は鬼のような形相の仮面でわからないが、雰囲気からそう感じたのだ。


「ここでの用は果たした。そして、時が来た。」

 そう言った彼の後ろに、突如として黒い渦が現れた。攻撃魔法ではないと感じる。


「この通りだ。迎えが来た。追うことは薦めない。さらばだ。」

 そう言って、鎧武者は無防備にもこちらに背中を向けて、渦の方へと歩き出した。渦に吸い込まれるようにして消えるのを見て、あれはゲートだと理解する。

 任意の場所へ行くことができる魔法だ。


 鎧武者が渦の中へと完全に消えると、かき消えるようにして渦が無くなった。


 静寂が辺りを包み、やがて鳥の声が聞こえ始めて、はっとする。


「セキミヤ、大丈夫?ごめんなさい、私のせいで!」

 彼は笑って、腕に力こぶを作り、大丈夫だと示した。それがおかしくて、声を出して笑った。


 本当に良かった。

 笑って目の端に涙が溜まった。


 それが流れても笑って、笑って、笑った。



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