第8話 せんりゃくてきてったい
「薙ぎ払い!」
敵が斬り倒される。もう何度も見た光景を見て、俺は笑った。
「これでいいだろ!」
カレッジの板を見れば、目標数のカレッジが貯まっていた。そのことに歓喜する。今日一番うれしいと感じたことだ。
さっそくそのカレッジを消費し、範囲魔法を習得した俺は、取ったばかりのスキルを発動する。
「アイスウィンド!」
冷たい風が辺りに吹き付けた。
熱くなった体には、心地よい風だ。
「ぐふっ!?」
「馬鹿!アイスボール!」
油断した俺の腹に、敵が体当たりをしてきて、その敵にカメリアがアイスボールを放った。敵はあっさりと倒れる。
あれ、さっきも同じようなことがあったような?
「え、なんで?失敗したのか?」
俺は辺りを見回す。俺の周りには、アイスウィンドを受けて倒れたアント種が、4体ほど転がっている。しかし、それだけだ。
「え、なにこれ。薙ぎ払いより効率悪いじゃん。」
軽くショックを受けた俺だが、考えてみればレベルを上げていないスキルは、使い勝手が悪かったことを思い出す。
なんで自分がレベルマックスにこだわるのか。それは、レベルが低いスキルは、効果が期待できないものが多いからだ。
「薙ぎ払い」
とりあえず敵を斬り倒し、俺は何をすべきか考え、結論を出した。
「ちょっ?」
カメリアを優しく両手に包み込んで、懐に入れる。
「あんた、まさか・・・」
「逃げ足」
俺は逃げた。自分よりはるかに弱い、アント種から逃げたのだ。
「別に怖いとかじゃないけど・・・疲れる。面倒。」
俺は風を切って走り、森を抜けた。もうアント種は追ってきていない。
「とりあえず、範囲魔法アイスウィンドのレベルをマックスにして、それから再挑戦するか。」
そのために、俺は金の卵を倒しに行くことにした。
町を通り過ぎ、草原まで来て、飛び跳ねるスライムを確認してから、止まった。
「あんたね。だから言うことを聞きなさいって言ったの。たいしてカレッジも得られない、素材はそのまま放って」
「あ、忘れてた。」
倒したアント種の素材を回収するのを忘れていた。どちらにせよ、あの状態では回収は難しかっただろうが、後悔が残る。
「あきらめて、ベア種を狩りましょう?」
「ま、もう遅いか。あの素材は諦めよう。今は、カレッジだ。」
俺は木の棒を取り出して、目に付いたスライムを倒した。
「・・・もしかして、私の声って届いてないの?」
「カメリアは慎重すぎてな。そんなことだと、いつまでたっても先に進めないぞ。」
俺はスライムの核に棒を突き刺しながら、カメリアに微笑み返した。
「え、何?次はお前だ・・・みたいな笑顔、こわっ!」
「え、違う違う!こんなひどい事、カメリアにするわけないだろっ!」
倒したスライムを放って、カメリアに近づき無害アピールをしたが、全く逆効果でカメリアは離れて行った。
「来ないでよ!」
「なんでだよ!」
そんな俺たちの間にスライムが横切って、俺は木の棒をスライムに突き刺した。
「ひぃっ!」
「だから、なんでカメリアが怖がるんだよっ!」
「ごめんなさい!頑張って、役に立つわ!だから、その棒を私に向けないでっ!」
「向けてねーよ!」
とりあえず、カメリアが怖がるので距離を置いた。そこへ、スライムが視界に入ったので、倒す。
「あー・・・もう、これでいいかな。」
別にたいしたことはしていないのだが、カメリアの怖がり様にショックを受けた俺は、棒をしまってカレッジを見た。
「とにかく、アイスウィンドはマックスにして・・・これなら使えるかな。」
レベルアップを繰り返し押して、マックスになると効果が範囲魔法らしくなった。攻撃範囲が広がり、その範囲も指定ができ、威力も上がった。
ちなみに、レベル1では、前方1メートルの敵に、凍えるような風を当てるというものだった。威力も弱いと書いてある。それが、範囲半径25メートル、それなりの威力の攻撃になったのだ。これぞ、範囲魔法だな。
「よし、倒しに行くぞ!」
俺はカメリアを懐にいれようとして、悩んだ。彼女が怯えていたからだ。
「どうしたんだよ、急に。」
「・・・」
「カメリア?」
捕まえようとすると、逃げられる。なので、俺は自分の懐を指さした。自分から入ってもらうしかないだろうと思ったのだ。
ちなみに、なぜ懐に入れるかというと、逃げ足は常人には考えられない速度で移動するスキルで、空気抵抗などが結構すごいのだ。俺は、元勇者なだけあって、そんなのものともしないが、カメリアは少し心配なのだ。弱そうだし。
「あぁ、移動するのね。」
納得したように、カメリアは自分から俺に近づいてきた。
何を勘違いしていたのだろうか?
「蚊のように潰されるかと思ったわ。」
「・・・」
蚊のように潰してしまわないか、という不安を以前抱いた身としては、何も言うことは出来ない。
「何よ、その顔・・・」
「大丈夫だ!安心してくれ。」
俺は逃げようと後退したカメリアを両手で捕まえて、懐の中に入れた。
「逃げ足」
俺は何から逃げているのだろう。なんとなくそう思ったが、考えないことにした。
本日2度目のアント種たちに、あいさつ代わりの範囲攻撃を浴びせる。
「アイスウィンド」
凍り付いたアント種の数は30くらい。大きな成長に心が震える。でも、オーバーキル感がぬぐえない。
凍り付いたアント種は、触れると崩れて行った。
「どうするのよ、これ。素材が手に入らないわ。」
「・・・そうだった!」
懐から顔を出したカメリアは、呆れ顔だ。
「まずいな。他の範囲攻撃にしないと。カレッジはあるから、一つくらいなら余裕でレベルマックスにできるし、何にするかな。」
他には、炎・雷などがあった気がする。ちなみに、全部がウィンドと付く。でも炎と雷は絶対だめだな。跡形もなくなりそうだ。下手すると森も消えそう。
「炎は絶対だめだが、雷ならいけるかもしれないな。ちょっと燃えるかも、と思ったが・・・いける、よな?」
だめだ、全然自信がない。
「ぐふっ!」
「ちょっと!だから、よそ見しないでよ!アイスボール!」
油断した俺の腹に、敵が体当たりをしてきて、その敵にカメリアがアイスボールを放った。敵はあっさりと倒れる。
二度あることは三度あるは、本当のようだ。
「薙ぎ払い!アイスウィンド!」
もったいないが、考える時間を稼ぐために、素材は捨てることにした。
「あぁ、もったいない。」
「言うなよ。せっかくあきらめがついたのに。」
俺はカレッジを見ながら、泣きそうになった。今日はうまくいかない日だ。
範囲魔法を探すと、バットステータス系の魔法があった。毒とか痺れなどを敵に与える攻撃だ。敵に状態異常を付与する、と言った方がわかりやすいだろうか。
「毒か。これだったら、死に至らしめることもできるし、素材も回収できそうだな。あぁ、でも毒の効果ってどうなんだろう?」
俺は慎重になった。流石にこれだけ当てが外れると、俺でも慎重になる。毒の効果はどのようなものか?これは重要だ。
毒とはいっても、体が痺れるだけというものなら、正直今は必要ない。死に至らしめる毒というのがベストだ。しかし、説明には毒としか書いていないので、そのような毒かわからない。
「・・・結局、取得して、自分で確かめるしかないか。」
俺は、そうと決めたらすぐに取得した。スキル名は、ポイズンシャワー。雨でも降るのか?それすらも、試してみないとわからないのだ。
「ポイズンシャワー!」
なんとなく、俺は手を前に出して、スキルを発動した。
すると、前方に霧吹きでもしたような感じで、水が降り注いだ。1メートルくらいの範囲だ。そこに、敵はいない。
「えーと、何をしたかわからないけど、もう少し敵をひきつけてからにしたら?」
「うん、わかってる。」
気を取り直し、俺は自分から敵の方へと進んで、敵の近くまで来ると立ち止まった。敵との距離は3メートルくらいだ。どうせ、あっちから距離を詰めてくるだろうと、俺は待った。
「次は成功させよう。」
「頑張って!」
「ありがとう。」
言葉は通じていないが、今日で4日目。意思の疎通は完璧だ。
「ポイズンシャワー!」
敵に水しぶきがかかる。
「ぐふっ!」
その敵が俺に体当たりしてきた。
「これ、何回目よ。アイスボール!」
油断した俺の腹に、敵が体当たりをしてきて、その敵にカメリアがアイスボールを放った。敵はあっさりと倒れる。呆れた視線が、俺に突き刺さった、
「痛い。視線が痛い。そんな目で俺を見ないでくれ!」
「あんた、油断しすぎ!攻撃後のスキが多すぎるわ。気を付けなさいよね。」
「いつ・・・いつつ・・・なんだ、痛い。」
視線が痛いと思っていたが、違ったようだ。ジンジンとした痛みが腕にある。そういえば、カメリアが倒してくれた敵の頭が、腕をかすったんだよな。見てみるが、特に傷などはなかった。
「なんだこれ。」
「どうしたのよ、汗がすごいわよ・・・」
痛みで噴き出る汗。一体どういうことだ?
そんな俺の耳に、もだえ苦しむような鳴き声が聞こえ、顔をあげてみればアント種がのたうち回っていた。
「は?」
「え、何あれ。気持ち悪いわね。」
「キキキ!キキィ!」
のたうち回っているアント種は、ほんの6体くらいで、他は変わった様子もなくこちらに向かっている。
考えて、気づいた。
「あ、俺の毒か。」
のたうち回っているのは、俺がポイズンシャワーを浴びせたアント種だった。自分の痛みで、そんなこと忘れていたのだ。
「ん?まさか、俺のこの痛みも・・・毒か?」
俺に体当たりしてきたのは、ポイズンシャワーを浴びたアント種だった。十分可能性がある。冷や汗がさらに流れた俺の前で、次々とのたうち回っていたアント種が動かなくなった。まるで、死んだように。
「嘘・・・だろ?」
「死んでいるわ。」
「・・・」
カメリアの言葉を聞き、サッと血の気が引く。
俺も毒を受けているのだとしたら、目の前のアント種は未来の俺の姿だろう。
「まずい、ヤバイ、どうしよう!俺の馬鹿野郎!なんで毒なんて選んだ?あほか。」
「どうしたのよ?混乱しているの?」
「混乱?そういう作用もあるのか!」
毒とは関係なく、俺は混乱した。それはそうだろう、こんなことで死が間近に迫ってしまったのだから。
「落ち着け、俺。解毒薬・・・はないから。買う・・・ことも、言葉の壁でできないから。そう、スキル。スキルで失敗したものは、スキルで取り返す!」
カレッジを見れば、まだ余裕があった。なので、俺は該当スキルを探す。
「解毒、解毒・・・どこにあるんだ?」
「何を探しているの?アイスボール!敵が来ているわよ。」
「あぁ、本当だ。それどころじゃねーのに。薙ぎ払い!」
雑に敵を倒して、俺はスキル探しに戻る。
「もう、何なのよ!」
「毒だよ!毒にかかってるから、解毒しないと・・・死ぬ!」
「わからないわよ!あんたの言葉はわからないって、言っているの!どういうことか、別の方法で伝えなさいよ!アイスボール!」
「薙ぎ払い!」
うるさいカメリアを納得させるため、俺はポイズンシャワーのスキル画面をカメリアに見せた。
「これがどうかしたの?・・・毒状態にする・・・ね。それで、あいつらは苦しんでいたわけね。それで?」
「俺も、毒に苦しんでいるんだよ!」
自分を指さしながら言えば、カメリアは納得したようだ。
「間違って自分にもかけてしまったのね。それは焦るはずだわ。」
「わかったら、少し黙っていてくれ!」
俺はスキルを再び探し始めた。痛みがひどいし、緊張で指先は震えるし散々だ。そんな俺の手に、カメリアは小さな手を重ねた。
「・・・ポイズンルーズ」
「え?」
カメリアの手から、暖かい何かが流れ込み、腕の痛みを消した。
「解毒魔法なのか?」
「よかったわね。数少ない私が扱える魔法の中に、これがあって。ほら、もう大丈夫でしょう?さっさと倒しましょう。」
「あ・・・あぁ。」
手を握ったり開いたりを繰り返し、腕を意味もなくぐるぐると回したが、先ほどのような痛みは全くなかった。
「ありが・・・ぐふっ!」
「・・・アイスボール。」
もう、何も言うまい。そんな空気を、カメリアから受け取り、俺の目の端には涙が溜まった。説明するまでもないが、油断した俺に、敵が体当たりをしたのだ。
「つらい。」
「アイスボール。」
「薙ぎ払い!」
気を取り直し、ポイズンシャワーのレベルを上げることにした。範囲が拡大すれば、かなり使えるだろうと思って。
それは正解だった。
数分後、俺たちを悩ませていたアント種は、壊滅したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます