第7話 空回り




 あたたかい。

 顔にあたる、暖かい何か。


 声が聞こえる。

 この声は・・・


「セキミヤ!」

「・・・カメリア?」

 目を開ければ、仲間の妖精、カメリアがいた。その目からは、涙が次々と零れ落ちていた。


「よかった。ごめ、ごめんなさい!」

「え、なんだよ?」

「私、あんたが疲れていると思って、癒そうと思っただけなの!でも、あんたずっとうなされていたから。私のせいよね。」

「どういうことだ?」

 起き上がると、顔から水滴がこぼれ落ちた。


「え?俺、泣いていたのか?」

「あ、それは私の・・・あんたの顔を覗き込みながら、泣いてしまって・・・ごめんなさい。」

「なんだ、びっくりした。」

 夢で泣くとか、かっこ悪いから見られたくないしな。


「それで、なにが・・・あー大丈夫か?」

 何があったのか聞こうとしたが、カメリアの目からは次々と涙があふれ出していた。こういう時はどうすればいいのかと、手がさまよう。


「ヒーリングスリープって、魔法を使ったの。ボスからもらったアイテムで使用できる魔法で・・・肉体と精神を癒す魔法と聞いていたわ。眠ることで肉体を、夢で精神を癒すって・・・なのにあんた、寝たはいいけど、うなされていて・・・」

「あー、確かに疲労は回復したかも。でも、夢見は悪かったな。」

「ごめんなさい。まさか、アイテムを使った魔法で、こんなことになるとは思わなかったの。いくら、私ができない子だからって・・・こんな。」

「カメリア・・・」

 泣き続けるカメリアの頭を撫でることにした。頭を撫でると安心すると聞くし、子供が泣いた時は、母親がなでて慰めるという光景を見たことがあったからだ。


 力を加減して、優しく撫でる。すると、より一層涙の量が増えた気がして、俺はあわてた。


「わ、悪い。何か間違えたか?どうすればいいんだ。」

「ごめんなさい。せっかく、私を選んでくれたのに・・・何の役にも立てない。迷惑ばっかりかけて・・・」

「そんなことない。カメリアがいてくれて、よかったよ。カメリアがいなかったら、ギルドに入れなかったし、つまらなかったよ。」

「戦えないし、アイテムを使わないと姿も見せられない、話すこともできない・・・あんたの言葉も理解できない・・・私って、何のためにいるの。」

「そんなこと、何の問題もない。だって、カメリアは俺の顔を見て察してくれるし、いずれは能力でお互い話せるようになるはずだから、問題ない。」

「やっぱり、私は私。何をやってもダメなのね。妖精になったって・・・ぐすっ。」

 言葉が届かない。だから、俺の思いが伝わらない。


「カメリア・・・俺を見て。」

 俺は、カメリアの顔をあげさせて、目を合わせる。


「ごめん・・・」

「俺は、気にしていない。俺は、カメリアがいてくれてよかった。」

「役に立ちたいと思ったの。でも、だめだったのよ。」

「そんなことはない。おかげさまで、体の方の疲れはとれた。ありがとう。」

 俺は笑った。感謝が伝わるように。そんな俺を見て、カメリアの涙が止まった。


「怒ってないの?」

 俺は頷いて、頭を撫でた。


「でも、使えないやつだって、思ったでしょ?」

 俺は首を振った。それを見て、カメリアの目から再び涙がこぼれる。

 伝わらなかったのだろうか?


「わかっているわよ。ありがとう。あんたは、まだ私に失望していないのね。それはとっても怖いことだけど、嬉しいわ。」

 カメリアの金の瞳が、輝いた。それは、今までになかったことだ。


「カメリア、なんで俺があなたを選んだと思う?」

「何?まだ慰めてくれるの?もう、大丈夫よ。」

「その目に、輝きを取り戻したかったからだよ。なーんてな。くさすぎか。」

 俺の言葉は、カメリアには伝わらない。だからこそ、こんなことが言える。


「もう、いいってば。それより、今日は本当に大変だったわね。」

 カメリアは飛んで、窓の枠に腰を掛けた。顔は窓の方を向いている。泣きはらした顔を見られたくないのかもしれない。


「本当にな。あれだけ人助けしたんだ、レスはかなり溜まっただろうな。」

 俺はレスをさっそく見て、固まった。


「あれだけ頑張って・・・18レスだと?」

 ふざけるなと叫びたいが、体力の無駄だし、カメリアを驚かしたくないと思ってやめた。かわりに大きくため息をついた。


「レスはどれくらいもらえたの?」

 板を見たカメリアは、微妙な顔をした。


「ま、そこそこって感じね。自動翻訳はまだとれないけど、明日には取れそうね。良かったじゃない。」

「・・・ま、そう考えればいいのか。はー、明日もあるのか。」

 強制イベントの連続は、かなり疲れた。断る暇もなく、いいや。すでに受けたことになっている人助けの、なんと厄介なことか。


 「せめて、宿では・・・宿のイベントだけは、遠慮したい。明日にはおかみさんが復帰することを祈ろう。」

 俺は手を組んで、神に祈りをささげた。


「・・・あ、そういうことね!私もやるわ!」

 俺の隣に来て、カメリアも真摯な祈りを捧げる。


「明日も、一杯レスが稼げますように。」

「いや、違うから!真逆のこと祈ってるぞ!」

「感謝なんてしなくていいわ。あんたの妖精なのだから、これくらい当然よ。」

「・・・どうすれば伝わるだろう。頭叩けばいいかな?でも、叩くのは力加減が自信ないな。」

 蚊のように潰してしまいそうだと、俺が思っている横で、カメリアは微笑んでいた。人の気も知らずに。




 4日目。

 俺は、学習したのだ。そう、一度回避できたことを思い出して、逃げ足を使いギルドまで来た。そのおかげか、誰にも捕まらずギルドまで来ることができたのだ。

 ちなみに、宿のおかみさんは復帰していた。かわりに親父が倒れていたので、手伝わされたが、そこには目をつぶろう。


「でも、一番欲しいのはレスなんだよな。金は一応あるし、カレッジでどうしても取得したいスキルは、今のところない。逃げたのは間違いだったか?」

「何ぶつぶつ言っているのよ?早く入ったら?」

「それもそうだな。」

 そうだ、カレッジで大罪のスキルを後で取得して、試しに使ってみよう。そう考えながら、俺は扉を開けた。


 カラーン。

 ぼとぼとぼと。


「・・・・・」

「え、え?」

 俺が扉を開けた瞬間、中にいた人々が手荷物やら武器やら、何かしらを次々と落とした。受付嬢もペンを落としている。

 嘘だろ。


「えーと・・・みんな、あなたに拾ってもらうのを、待っているようよ。」

 次々と声をかけられ、カメリアは要約し、通訳してくれた。でも、それに意味はない。だって、どうせそうだろうとわかっていたから。


「こればっかりは、カメリアの必要性を感じないな。」

「お気の毒様。ま、レスのためだと思って、頑張りなさいね。」

 俺は、金の亡者ならぬレスの亡者となって、ギルド内の落とし物を次々と拾っていった。律義に俺を待っていた人々は、解呪をしに教会に行った方がいいと思う。



「アント種か。」

 俺たちは、やっと掲示板を見ることができた。少し疲れたが、昨日ほどではないので、何か依頼を受けようと思い、いい依頼を探していた。そして、俺が目を止めたのは、異様に金払いのいい依頼だ。

 俺は何とか、ランクの鉄と金だけは読めるようになったのだ。


「森に巣ができたみたい。それを壊すのが依頼ね。アント種は弱いけど、数の暴力で襲ってくるわ。これはパーティー向け、それも複数のパーティーが合わさって、遂行することを想定しているものよ。」

「1万オル。大金だな。」

「報酬しか見てないわね、さっきから。私の話は聞いているの?」

「もちろん。一人じゃ難しいって話だろ。でも、この金があれば、当分はレスとカレッジを優先できるし・・・うまい。」

「さっきも言ったけど、複数のパーティーがやること前提だからこの金額なの。うまい話ではないわ。こんな依頼を受けるくらいなら、フーリッシュベアを討伐しましょう。」

「好きだな、ベア。でも、俺はもう飽きた。」

 アント種の依頼をはがして受付に行く。


「ちょっと!だからダメだって!もう!少しは言うことを聞きなさいよ。」

 カメリアの頭を撫でて、落ち着かせる。


「誤魔化さないでよ!」

 落ち着かなかった。仕方がないので、そのままにしておくことにした。

 受付に依頼を渡せば、眉をひそめられた。お前がペンを落としても、もう拾ってやらないぞ。


「あなた、字は読めるの?って、言っているわ。」

「馬鹿にされているな。」

 俺は頷いた。すると、受付嬢は何やら説明してくれているようだった。


「アント種について説明しているわ。個としては弱いけど、集団になると厄介な魔物って。無謀な新米を止めるのも受付の仕事だと、面倒そうに言っているわ。」

「無謀か。ま、確かにな。」

 俺は受付嬢が話し終えるのを待って、会釈をしてギルドを出て行った。


「そんなにあの依頼、受けたかったの?」

「金は欲しいからな。でも、止められることも仕方がないと思うし、諦めるよ。依頼を受けることはな。」

「何を言っているかわからないけど、嫌な予感がするわ。」

 俺は、カメリアを優しく両手で包み込むと、懐に入れた。


「ちょっと・・・まさか。」

「逃げ足」

 スキルを発動し、俺は駆けた。

 外へつながる門へと。そして、目的地は森だ。




 森に着いた俺は、まずお馴染みのベアを3体倒した。それから少しだけ増えたカレッジを使い、薙ぎ払いというスキルを獲得した。範囲内にいる敵を、同時に攻撃できるというものだ。


「時間はかかるが、仕方がないか。」

 範囲魔法を覚えるほどのカレッジはなかったのだ。スライムを倒しに行ってもいいが、昔の勘を取り戻すためにも、剣を振った方がいいだろう。弱いと言われるアント種で、勘が取り戻せるかと言われれば微妙だが、一対多数の戦いの勘は取り戻せるだろう。


「よし!」

「あーやっぱり、こうなるのね。」

 力なく飛ぶカメリアだが、次の瞬間には顔を引き締め、覚悟したような顔をした。


「私も手伝うわ。でも、一人よりはましって戦力だから、期待しないでよね。」

「大丈夫だ。最初から戦力として期待はしていない。」

 俺は笑って、親指を立てる。

 今のカメリアに期待はしていない。だって、まだ全く育てていないから。俺の戦いは見ているだろうから、いずれそれが役に立つかとは思うが、今ではない。


 金をためて、レスを手に入れることに集中する。そして、そのレスを使い、カメリアを育てる。すべてはそこからだ。


「今はアイスボールと、なんとかスリープしか使っているところを見ていないな。何個か魔法は使えると言っていたが、他に何が使えるんだ?」

 そう、聞きたいこともたくさんある。レスを使って強くするよりも、まずは意思の疎通ができるようにしなければならない。


「ま、行くか。」

 今日は、アント種を倒して、素材を得る。そして、その素材を売ることで、あの受付嬢に力を見せ、金ももらう。それが今日の狙いだ。


「勝手に、俺の力を弱く見積もらないで欲しいよな。全く。」



 餌を運ぶアント種を見つけ、後をつける。そうして、巣の場所を見つけて、俺は作業を開始した。


 斬って、斬って、斬る作業。

 たまにスキルを使って、効果を確かめる。


 巣から次々と出てくる魔物を、ただ斬り続けた。


「薙ぎ払い」

 6体のアント種が斬り倒される。なかなか爽快感のあるスキルだが、6体倒しても巣から続々と出てくるアント種を見れば、げんなりする。

 それでも、俺が自分で決めたことだ。やるしかない。


「アイスボール。アイスボール。アイスボール。」

 カメリアは、前と同じように連発してアイスボールを放っていた。他の魔法も見られるかもしれないと思っていたので、残念だ。


 アント種は個としては弱いので、アイスボールが1回当たっただけで、あっさり倒れる。だが、1体倒れても、今度は3体が襲ってきたりするので、効果のいい魔法とは言えない。

 相性が悪いのだ。


「わかっていたけど、きついな。主に精神的に。」

 俺は薙ぎ払いを何度かやり、少しの間だけ時間を稼いで、板を出した。見たのはカレッジだ。もう、面倒になったので、範囲魔法を使って一気に倒そうと思う。


「うわー・・・効率悪すぎだろ。」

1体1カレッジと言ったところか。増えたカレッジと倒したアント種を見比べてだした。

 やはり、カレッジをためるのは金の卵、スライムが一番効率いい。


「薙ぎ払い」

 近づいてきた敵を、倒す。板は出したままだ。


「やっぱ、1カレッジか。」

 4体倒して、入ったカレッジが4、間違いないようだ。


「あー、あと53体か。」

 一番少ないカレッジで取得できる範囲魔法の、必要カレッジと所持カレッジを見てため息をついた。気が遠い。


「アイスボール。アイス・・・ボール・・・疲れたわ。なんか、のども痛いし。」

 カメリアは俺の方に飛んでくると、俺の肩に座った。


「休憩するわ。」

「俺もしたい。」

「私も剣が使えればよかったけど・・・魔法しか使えないのよね。それでも、範囲魔法が使えれば少しはましなのに。」

「いずれ使えるようになるよ。レスで習得できるし。」

 そう言いながら、敵を斬り倒す。


「薙ぎ払い」

 あと、46体。


「いいわよね。他の人たちはカレッジで魔法習得ができて。私、そんなことできなかったのよ。みんなが習得できる、下級魔法の習得ができなくて、どんどん置いていかれたわ。」

「どういうことだ?」

 俺は、敵と対峙しながらも、カメリアの話を興味深く聞いた。


「魔法の習得方法は2つあってね。あんたがやっているように、カレッジを使ってスキルと同じように習得する方法と、地道に覚える方法。後者の方が時間もかかるし、普通はカレッジで習得するの。でも、私にはなかったのよ。」

「薙ぎ払い。」

 敵が倒れる。あれ、今何体倒したっけ?


「カレッジをためても、どこにも下級魔法の項目が無くて・・・それで、諦めたわ。」

「諦めた・・・」

 それは知っていた。カメリアの目は、諦めている目だと、出会ったときに思ったからだ。


 俺と同じ目だと思って、その目に光を取り戻したいと思ったんだ。


「ぐふっ!?」

「ちょ、何よそ見しているの!アイスボール!」

 油断した俺の腹に、敵が体当たりをしてきて、その敵にカメリアがアイスボールを放った。敵はあっさりと倒れる。


「薙ぎ払いっ!」

 腹をおさえて、スキルを発動する。

 敵が斬り倒される。


「もう、話は後ね。・・・こんな時に悪かったわね。」

「いや、話してくれ・・・薙ぎ払い!」

 本当なら話して欲しかったが、そんな場合ではなくなってしまった。本当に、数の暴力だ。


 俺は、剣を握り直し、カメリアは俺から離れた。


「まずは、こいつらを倒す!」



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