第6話 誰もイナカッタ
3日目の朝。
朝食を食べるために宿の食堂へ行くと、昨日より忙しそうな宿の親父がいた。親父だけでなく、その息子らしい男と小さな子供が慌ただしく食堂を駆け回っている。
「なんだ、一体?」
なんとなく親父を見ていたら目が合い、何事か言われた。
「どうやら、奥さんが風邪をひいて、寝込んでいるようよ。」
「ふーん。大変だな。」
すると、親父に腕を掴まれて上下に振られる。まるでそう、握手のような。
「手伝ってくれるのか、ありがとうですって。」
「は?こいつ何寝ぼけて・・・うわっ!?」
腕を引かれ、エプロンを押し付けられた。
「おい、誰も手伝うなんて言ってないぞ!なんで急にこんなことに・・・」
「空いた席の片づけをして欲しいって、言っているわよ。良かったわね、これならきっとレスがもらえるわ。」
「レス・・・レス、そうか!」
これは、もしかしなくても「おつかいハンター」のせいだろう。まさかここまで効果が出る代物とは。レベルを上げたらどうなっていたんだ・・・?
背筋が寒くなる。
「ほら、動いて動いて。レスのために頑張りましょう!」
「ま、そうだな。レスは欲しいし。」
宿の手伝いを終えて、ギルドへと向かう。
そこで、大荷物を抱えた男がいて、その荷物を俺の前で盛大に落とした。
「う、まさか・・・」
「手伝ってくれるのか、ありがとう。ですって。その箱とそっちの紙袋を持って欲しいそうよ。」
荷物を運び終えた俺は、今度こそギルドへ向かう。向かおうとした。
そこで現れたのは、白い猫。そして、それを追いかける、女の子。
「おいおい、まさか。」
「猫を捕まえて欲しいですって。さ、行きましょう。」
「マジかよ。」
飛んで先に行くカメリアを追うようにして、俺は走った。
カラーンと音をたてて、ようやくギルドに着いた俺だが、もうすでに今日は働く気がない。
「って、獣臭っ!!」
「なんでクルーエルベアの死体が、丸々あるのよ!」
見れば、最初に行った森で倒したベア種が、ギルドの隅に転がっていた。
「ちょうど解体できる人がいないのだって。あ、受付嬢が来た。」
「なんで俺に向かって、真っすぐ来るんだよ。」
わかっている。スキルのせいだ。
ドサッ
宿に戻った俺は、靴を履いたままベッドに倒れこんだ。
「ちょっと、靴は脱ぎなさいよ!」
「マジで疲れた。カメリア、脱がしてくれ。俺にはもうそんな元気はない。」
ベアの解体を終えた後、次々と解体を依頼され、やっとのことでギルドを出たら、また荷物持ち。荷物持ちを終えて、逃げ足のスキルを使って宿まで戻れば、宿の手伝い。
「呪いだよ。これは、呪いだ。」
ふざけた名前をした「おつかいハンター」は、スキルという名のただの呪いだった。とるべきではなかった。
「全く、仕方がないわね。」
俺の足元に来たカメリアは、時間をかけながらも靴を脱がしてくれた。
「ほら、うつ伏せだと体が痛くなるでしょ?仰向けになって。頭はちゃんと枕に置いて。」
「いや、別にいいよ。」
「早くして。」
「・・・はー。」
のそのそと、仕方なく言われたとおりにした。もう疲れて動きたくないのに、ひどい奴だ。
「これでいいわね。」
カメリアは俺の上まで飛んできて、俺と目を合わせた。そういえば、カメリアは結構きわどい服を着ているのだ。ノースリーブのワンピースといった感じの服なのだが、スカート部分が花弁のようになっていて、右足側はそうでもないが、左足側の花弁は小さく、太ももの根元まで見えそう・・・というか、何回か見た。今も見えている。
「ヒーリングスリープ」
「え?」
太ももに気を取られていると、カメリアが何か技名を言ったので顔を見ると、深い眠気が襲い、そのまま意識を手放すことになった。
暗闇の中、ぼうっと赤い文字が浮かぶ。
憎悪の勇者
鳥のさえずりが聞こえる。頬を暖かい風がなでて、気持ちがいい。
「おーい、起きろよ。セキミヤ。」
「ん・・・」
目を開ければ、そこにいたのは仲間の剣士、カーターだった。
「えーと、なんでこんなところにいるんだ?」
俺が寝ていた場所は草むらの上の木陰。辺りは、ぽかぽかと暖かい日差しが降り注いでいる。
「休憩中に寝ちまったんだよ。」
「あぁ、そうか。」
そうだった。俺は、いや俺たちは、王都に向かっている途中で、今は休憩時間だったのだ。
「にしても、お前が熟睡するなんて珍しいな。今まではちょっと近づいただけで、飛び起きたのに。ま、魔王も倒したし、肩の荷が下りてって感じか?」
そう、俺は魔王を倒した。
魔王を倒すために、この世界へ勇者として召喚され早3年。ついに周りの期待に応え、魔王を倒したのだ。そして、今は王都に向かっている。報告と、元の世界に帰還するためにだ。
「これで、お前との旅も終わりか。色々あったな。苦しかったし、悔しかったことも悲しかったことも、たくさんあった。でも、今振り返ってみると・・・楽しかったぜ。お前と旅ができてよかった。」
「・・・」
俺もこいつと旅ができて良かった。よくケンカもしたし、口をきかないこともあった。だが、なんだかんだこいつとは気が合って、一緒にくだらないことをまじめにやったりするのが楽しかった。仲間だと思ってた。
「もう会えないだろうが、思い出は無くならねー。俺たちの絆もな。」
「・・・」
「どうした?」
「いや、くさすぎるぜ、お前。」
「・・・だな。忘れてくれ。」
顔を赤くしてそっぽを向くカーターに、俺は冷えた視線を向けた。
鈴虫の鳴き声が耳に届く。冷たい風が、俺の頬を撫でた。
「セッキー。風邪ひくよ。」
「ん・・・」
目を開けると、仲間のアサシン、モリがいた。
「何々?星でも見てたの?わー綺麗だね。」
「あぁ、そうだな。俺の世界だと、ここまできれいな星は見られない。人工の明かりが少ないからこそ、星の輝きが映えるらしいぞ。」
「そっか。セッキ―はこんなにきれいな星を、もう見れないんだね。なら、目に焼き付けておかないと!」
「・・・」
俺の印象とは違って、かなり明るいアサシン。そんなモリは、チームの陰ではなく光だった。この明るさに何度も助けられたし、その腕に何度も命を救われた。
仲間だと思っていた。
「どうしたの?」
「・・・いいや。俺たちのチームの星も、焼き付けておこうかと思って。」
「え?それって私のこと?いやいや、星は・・・ううん。そう、月だよ!セッキーは、あのおっきな月!チームのみんなを照らすお月様だよ!」
目を輝かせ、月を指さすモリを微笑みながら見つめた。
その目に冷たさを宿しながら。
ぱちぱちと、焚火の音が聞こえる。熱気が俺の顔をかすめる。
「おきろ、せきみや。わらわがおきろといっておる。おきろ。」
「ん・・・」
目を開けると、仲間の魔法使い、アンがいた。
「疲れているのなら、先に寝ていろ。座って寝ても疲れはとれんぞ。」
声の方に目をやれば、仲間の鎧男、マノスがいた。
「・・・2人は?」
辺りを見回して、カーターとモリがいないことに気づき聞くと、アンが答えた。
「かーたーは、くそをしにいった。もりはしらん。」
「モリは運動をしてくると言っていたぞ。あれから1時間くらい経つから、もうすぐ戻ってくると思うぞ。」
「ふーん。大丈夫だとは思うが、一人で動くなんて危険じゃないのか?」
「前よりは危険もなくなった。なにせ、魔王を倒したからな。出くわす魔物の数もだいぶ減っただろう?」
「確かに・・・」
「それで、うんどうぶそくだと、もりはいってしまったのだ。」
「だってー、動かないとすぐ太っちゃうんだもの!」
真後ろから気配もなくモリが声をかけてきた。いつものことなので、誰も驚かない。
「おかえり。太るくらいなんだよ。危険だから一人でうろうろするな。一応女の子なんだから。」
「そうだぞ。だいたい、モリは細すぎる。もう少し肉を付けてもよいと思うぞ。」
「そうだ。にくをつけまくって、ぶたのようになれ。そうしたら、わらわのゆうしょくにしてやる。」
「絶対嫌だ!あれ?カーターは?」
「く・・・花を摘みに行った。」
「くそしにいったの?あー、なんかカビの生えたクッキー食べてたからなー。」
わざわざ言い直した意味がなかった。
「せきみやのせかいでは、おいしいものがたくさんあるといっていたな。」
「あぁ。この世界のものと比べれば数十倍もうまいし、安全だ。」
「それなら、はやくかえりたいであろうな。」
「・・・」
「この世界もいいところはたくさんあると思うが、話を聞く限りセキミヤの世界は天国のような場所。うらやましいぞ。」
「セキミヤ―。あっちの世界が居心地いいからって、俺たちのこと忘れんなよ?」
何事もなかったように、カーターが会話に加わった。
「わすれたら、おこる。」
「・・・お前たちこそ、忘れるなよ。」
俺なんて、すぐに忘れられるのだろう。だって、この世界は救われて、これからいいことばかりになる。そしたら、俺がいればよかったという事態は無くなり、俺を思い出すことが無くなるだろう。
「報告を終えたら、このパーティーも解散か。みんな、それぞれの道を行くんだよなー。」
「わらわは、がくえんのきょうしとなることがきまっておる。」
「オラは家を継ぐ。片田舎の貴族の家だが、それでも継がねばならん。」
「私は、王家に仕えることになっているよ。あんまり気は進まないけどねー。」
「カーターは、騎士になるのか?」
「いいや。俺は、このまま旅を続けるよ。騎士には憧れていたけど、俺がなりたいのは国を守る騎士じゃなくって、人を守る勇者だって気づいたんだ。お前みたいにはなれないけど、俺は俺のやり方で人々を救うよ。」
「それぞれのみちにいく。すこしさびしいな。」
「うーん。なら、定期的にみんなで集まって飲みましょうよ!」
「それはいい考えだと思うぞ。」
「それならさびしくない。」
「決まりだな!」
「・・・」
みんなは、それぞれの道に進んでも、また会える。でも、俺はアエナイ。
「セッキーは、残念だけど仲間外れねー。」
舌を出して、冗談めかしに言うモリ。
「なんだと、コノヤロー!」
それを俺は追いかけまわした。
最後の時間を楽しむように笑って。冷めた目で。
歓声が聞こえる。暖かい風がほほを撫でるのに、俺の心は冷え切っていた。
目を開ければ、仲間たちが笑っていた。
帰る時が来た。仲間たちは、俺を見送るために集まった。多くの人々が集まった。俺が救った人々が、俺を見送る。
「あっちでも、元気にやれよ。」
カーターが笑う。肩を叩いてきた。
「元気でね!ウチらのお月様!」
モリが手を握った。
「さようなら。わらわとのおもいで、たいせつにすることをゆるす。」
アンが頭を撫でてきた。
「オラたちの世界を救ってくれたこと、本当に感謝するぞ。」
マノスが拳を握り、俺の前に出す。俺はそれに拳をぶつけた。
「・・・」
心が冷えていく。どんどん冷えていった。
それでも、笑って。口だけを緩ませて言った。
「ありがとう。お前たちは、俺の最高の仲間だよ。」
嘘を吐いた。
もう、俺は仲間だなんて思っていない。思えるはずがない。だって、そうだろう?
ナンデ、ダレモヒキトメナイノ?
帰りたくない。この世界で、このまま生きていきたい。そう思えるほど、大切な仲間たちなんだ。それぞれの道を行くにしても、会えなくなるのは嫌だ。
カーターと共に、旅を続けたい。それで、たまには昔の仲間たちと会って、飲み交わして、昔話に花を咲かせて、そんな未来を俺は望んでいる。
なのに、俺は帰る。
誰も引き止めないから。帰ることが当然のようになっているから。
それが、俺を必要としていないように見えて、俺がこの世界の異物のように見えて、悲しくて苦しい。
カーター、モリ、アン、マノス。お前らが羨ましいよ。この世界に残って、仲間と会うことができるお前らが羨ましいよ。嫉妬するほどに。
そして、この世界。俺を拒絶するこの世界に怒りを覚える。
救って欲しいと俺を呼ぶだけ呼んで、救われたら用無しの俺を即返す。俺は、使い勝手のいいコマかよ?
強い怒りが生まれる。世界に、人類に、王族に、民に、仲間に。すべてに。
救わなければよかったと思うほどに、俺は怒りを覚えた。
それでも、俺は最後まで演じた。いい勇者を。
泣くことも、わめき散らすことも、怒鳴ることもなく。
苦しい。悲しい。憎い。
誰か、気づいて。俺を止めて。
「じゃぁな。」
光に包まれる俺を止めるものは、誰もイナカッタ。
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