第5話 初めてのレス



 大きな音をたてて、目の前のフーリッシュベアが倒れた。

 俺はその右耳を落として、袋に入れる。


「これで12体。巣はそう簡単に見つからないか、残念だ。」

「・・・本当に強いわね。」

「まぁ、前の世界では魔王を倒したし。流石にこんな森でつまずかねーよ。」

 確かに不安はあった。勇者をやっていたのは数年前のことだし、使えていた魔法は世界が違うせいか使えない。そんな状態で大丈夫なのかとは思った。でも、この程度の魔物なら、おそらく大丈夫だろう。


「そういえば、妖精は人間には見えないって言ってたけど、魔物には見えるんだな。」

 何度かカメリアが魔物に攻撃されたのを見て気づいた。全部必死に避けていたし、気づいてからは特に気を付けて守っていたので怪我はないが。


「もういいでしょ?それだけ集めれば上等よ。」

「いや、まだ時間あるし、やめるにしてもきりのいい数字で終わらせるよ。」

 いくらアイテムボックスがあるとはいえ、クマの耳をいつまでも持っていたくなかった。


「え、まだやるの?」

「確かに怠惰だな。」

 すぐに帰りたがる姿を見てそう思った。


 そうは思ったが、カメリアの持つ怠惰の称号について思うところはある。実際カメリアがそこまで怠惰かと言われれば、そうではない。ガイドはしっかりしてくれるし、戦闘もサポートしてくれようとする。どこが怠惰なのかと首をかしげる働きぶりだ。


「ま、俺も憤怒と嫉妬があるが、そこまで怒りっぽくないしな。」

 よくわからない大罪のことは、とりあえず頭の隅に投げておく。


「あのね、無駄だと思うけど、止めるよ。この先にベアの巣があるの。」

「やっとか。」

 思わず笑みを浮かべると、カメリアは諦めたようにため息をついた。


「ベア種は、種で集まる習性はないから、巣にはいても5体くらいだと思うわ。2体は成体で、残りは子よ。」

「家族ってことか。」

 思っていたより収穫は少なそうだ。残念。

 それでも俺は巣に向かった。



 巣は洞窟のようなもので、中に入ったが何もいなかった。


「はずれか。」

「たまたまいなかったのかしら?」

 俺たちは巣を出て、森の異変を感じた。鳥の鳴き声ひとつ聞こえない、静かすぎる森。おかしい。


「まずいわね。強力な魔物でも出たのかも。」

「強力な魔物が出たからって、ここまで森が静まり返るか?」

「早く戻るべき・・・だけど、どうする?」

「そうだな。」

 強い敵とは、どれほど強いのだろうか?このような状態に森をさせるほどの敵だとしたら、魔王の四天王クラスではないか?だったら、ここは逃げるべきだ。


 そんな魔物を倒したって、面倒ごとが増えるだけだ。


「・・・逃げ足というスキルがあったな。」

 カレッジの板を出して、逃げ足のスキルを習得する。レベルは3ほど上げた。


「悪いけど、ここに入っててくれ。」

「え、ちょ、何を・・・」

 カメリアを両手で包み込んで、懐にしまった。


「逃げ足」

 呟いて、走り出す。

 今までより速いスピードで動けるが、以前はもっと速く動けたので、焦りが出た。


「ちょ・・・こに」

 懐でカメリアが何か叫ぶが、風を切る音で全く聞こえない。とりあえず、後から聞くことにしよう。


 ガサガサバッ


 森から飛び出て、草原に着地する。そこから10メートルほど走って、止まった。息切れがして、全身に倦怠感が現れる。


「運動・・・不足だな・・・はぁはぁ。」

「あ、森を出たのね。」

 懐から顔を出したカメリアは、そのまま出て俺の顔の前まで飛ぶ。


「びっくりしたー。あんた、走るの速いのね。」

「スキルのおかげだ。はぁー。」

 草原に腰をおろし、森を眺めた。何も異変を感じることは出来ないが、おそらく今も何かがいるのだろう。


「今日はもうやめておくか。」

 立ち上がり草原を見渡す。今日もスライムが優雅に草原を跳んでいた。


「うまいスライムでも倒していくかな。フーなんとかベアだと、全然ガレッジが貯まらなかったんだよな。」

「もう帰りましょうか。」

「いや、スライムを倒していく。」

「とりあえず宿代は稼げたし、十分でしょう?それに、討伐報酬をもらったら、その剣も新調しなさいよ。もう、ぼろぼろよ。後は、解体用にナイフを買って。」

「・・・それもそうか。ま、帰り道に出くわしたら倒せばいいか。」

 俺はアイテムボックスから枝を出した。


「何?今度はスライムを狩る気?」

 俺は首を振って、歩き出した。


「え、帰るの?そうよね、よかった。」

「!」

 俺は素早く前に走り出し、枝を振り上げる。そして、そこへスライムが現れたので、枝を振り下ろし核を破壊した。


「え、え?」

「やっぱり、おいしいな。」

 勢いよく溜まったカレッジを見て、ほくそ笑んだ。


「またスライム狩っている。帰るのではなかったの?はー。」

「目の前に金の卵が現れて、それを放っておくなんて馬鹿のすることだ。」

「なんで得意げな顔をするのよ。ま、確かにスライムを倒せるなんてかっこいいけどね。」

「・・・スライム倒してかっこいいと言われてもなー。」

「なんで不満そうなのよ!何、力のない私に褒められてもうれしくないってこと!?」

「いや、そんなことは言ってないから。」

「もういいわ。先行っているから。」

 スーと先に飛んでいくカメリア。それを慌てて追いかければ、速度を緩めて飛び始めた。なんだかんだで、優しい奴だと思う。




 ころんころんと、リンゴが転がる。

 大通りでリンゴを転がしたおばさんは、リンゴを拾った。しかし、今度は別のリンゴがかごから転がり、おばさんは追いかける。


 そんなリンゴが、俺の前まで転がってきた。

 しかし、そんなこと気にせず歩いていたら、カメリアに呼び止められる。


「危ないわよ、足元。」

「リンゴだろ?知ってるよ。」

「あのおばあさんのりんごみたい。届けてあげましょう。」

「・・・放っておけばいいだろう。」

「あのおばあさんよ。とりあえず拾って。」

「・・・」

 リンゴを拾う。すると、カメリアがおばさんの周りでくるくる飛び始めた。


「この人よ。」

「いや、知ってるから。」

 俺はリンゴをおばさんに渡した。


「お礼を言っているわ。」

「あ、そう。」

 俺はおばさんの横を通り過ぎた。


「どうしたの、何か怒っている?」

「え、怒ってないけど?」

「あれ、普通だ。え?」

「だから、何も怒ってないって。ほら。」

 俺はカメリアの頭を撫でた。力加減が少し難しいが、何とかうまく撫でれた。


「な、ななななにするの!?」

「何って、頭撫でただけだけど?」

「頭撫でただけですけど何か?みたいな顔しないでくれる!?私、乙女なの。小さくたって、立派なレディなのだからね!わかっているの?」

「いや、知ってるけど。こうした方が、怒ってないことがわかりやすいかと思って。」

 他意はなかったのだが。


「はー・・・いいわ。別にいいわ。頭くらいは許してあげる。でもね、気安く私の体に触れないでくれる?私は確かにあんたのものだけど、だからといって体を触られるのはごめんだわ。」

「俺のもの?・・・まだ通じていなかったのか。」

「え、何怖い顔して・・・怒った?」

「・・・俺は、カメリアのことを仲間だと思って・・・仲間か。」

 アイテムを使わなければ、その姿を見ることも、声を聞くこともできない。そして、俺の言葉は通じない。そんなのが、仲間って言えるのか?


「・・・」

 早く、レスを集めたい。そうすれば、カメリアと本当の仲間になれるかもしれない。

 レスで、カメリアを強化して、一緒に戦って。互いに支え、守り合う。


「そのためには、人助けをするべきか。」

 レスの板を出す。そこには、0レスの文字が。


「あれ?1レス?なんで・・・いつゲットしたんだ?」

 レスの所持数が1になっていた。昨日は0だったのになぜかと考え、先ほどのことを思い出す。


「まさか、リンゴを拾って・・・1レス?いや、まさかな。」

 そんなことでもらえるものではないだろうと考え直すが、そうなのではないかという期待がある。


「どうしたの?あ、レスが増えている!よかったわね!」

 喜ぶカメリア。たった1レス増えただけなのに、くるくると飛び回って、喜びを表現する。

 それに胸が温かくなった。あぁ、仲間っていいよな。


 感慨深くカメリアを見ていたら、急に正気に戻ったのか、顔を赤くして怒鳴りつけられた。


「何見ているのよっ!」

 頬を膨らませて、涙目になったカメリアは、可愛かった。それでにんまりすれば、その小さな手で頭を小突かれた。


「子供っぽくて悪かったわね。もう行きましょう。」

「・・・可愛いよ、カメリア。」

「な、何よ?」

 言葉が通じないから言えた言葉だ。女の子にこんなことをさらりと言えるほど、慣れてはいない。ま、正直女の子というよりは、ペットの方が・・・いや、この思考はまずいし、失礼すぎだな。




 討伐報酬と素材を売った金で、剣を新調した。ついでにナイフも購入したので、またもや寂しくなる懐だったが、最初よりだいぶ余裕がある。宿に3回は泊まれそうだ。


 ちなみに、依頼を達成してもレスは増えなかった。


 夕飯を食べて、昨日と同じ宿に泊まる。

 部屋で靴を脱いでベッドの上で胡坐をかき、昨日と同じようにカレッジのスキルを見た。


 帰り道で何体かのスライムを倒したので、カレッジの残高が大幅に増えていた。


「戦闘スキルよりは、解体みたいなスキルの方が面白いよな。」

 カレッジに関しては、カメリアを育てることができないので、俺が楽をできるように使っていこうと思っている。カメリアの怠惰がうつったかもしれない。ま、効率が良くなることは大事だよな。


「魔物を探すのが手間なんだよな。あっちから来てくれればいいんだが。そういうスキルはないかな?」

 ざっと目を通したが、そのようなスキルはなかった。ただ、このスキルたちは、レベルがアップすると化けることがある。なので、それに近いスキルを探した。


「挑発。敵の意識を自分に向かせるスキルだが、レベルアップすれば遠くの敵を呼び寄せたりできるか?そうならなかったとしても、このスキル案外使えそうだな。」

 カメリアが魔物に攻撃されることが分かったので、強い魔物と戦うときは挑発を使って、俺に攻撃が集中するようにしたい。


「とりあえずとるか。で、レベルを上げていく。」

 挑発のレベルをマックスまで上げたが、期待した遠くの敵を呼び寄せるものではなかった。半径25メートルの敵に挑発する程度だ。


「ま、そんなうまくは・・・あれ、こんなスキルあったか?」

 俺が目を止めたのは、「誘導」というスキル。説明を見てみると、敵の放った攻撃を自分に当たるよう仕向けるものだった。


「これはこれで欲しいな。飛び道具や魔法なんかは、これで俺に誘導できそうだ。敵が斬りかかってきた時とかはわからんが。」

 誘導を取得し、これも同じようにレベルマックスにする。無駄遣いにしか思えないが、半端なスキルならないのと同じだし、レスと違いカレッジで取得したいと思うスキルは少ないのだ。


「うわ・・・マイナス要素が付いたな。」


 使用者の半径25メートル以内の攻撃を、すべて使用者に当たるよう仕向ける。その攻撃は、必ず使用者に当たる。(盾などで防御は可能)


「自己犠牲スキルだな。誘導とかかっこいいのに、なんで自分限定にしかできないんだよ。別に攻撃を敵に返してもいいと思うのだが。」

 愚痴っても仕方がないと思い、対策を取ることにした。


「こんなの、広域魔法とか使われたら悲惨すぎる。流石に耐えられる自信もないしな。」

 前の世界で見た広域魔法で、隕石を落とすというものがあった。自分の3倍くらいある隕石がそこら一帯に落ちてくるのだ。そのときは避ければいい話だったが、もし誘導を使ったら、その攻撃をすべて受けなければならない。


「命綱。即死にはならないスキルだな。明らかに死ぬ攻撃を受けても、一度は耐えられる。ん?このスキル、レベルアップがないな。」

 詳細を見ていくと、新たな追記が増えていた。


 自動使用スキル。スキル使用後、このスキルは破棄されます。


「マジか。本当に一度きりの命綱だな。」

 それにしても、破棄とはどういうことだろう。このスキルが一生取れなくなるということなら、他に対策を考えなければならないな。


「とりあえず、これはいいか。あ、そうだ。逃げ足もマックスにしておこう。」

 マックスにした逃げ足は、通常の3倍速で逃げることができる、というものだった。ただし、逃げる専用スキルなので、戦闘に生かすのは難しいものだ。


「ま、強い敵と戦うことが目的じゃねーし、いいか。」

 納得した俺は、最後にもう一つスキルを取った。このスキルは、本当にとるかどうか迷ったが、早くレスを貯めたい俺としては、願ったり叶ったりのスキルだ。


「常時発動スキルなのが痛いんだよな。」

 そのスキルは、常に発動するもの。俺にとっては呪いとしか思えないものだった。


「おつかいハンター」

 このスキルを見たとき、何ふざけてるのかと思った。そして、説明を呼んだ時、こんなの誰がとるか!と顔を青ざめた。


 このスキルは、いわゆるおつかいイベントを呼び寄せるもの。つまり、世界を救う勇者に対して、パシリをさせるあれだ。今の俺は、ただの勇者候補だけど。


「妻が病に倒れて・・・あの山の頂上にある薬草さえあれば・・・」

「橋が壊れて・・・木材さえあれば・・・」

「雨漏りが・・・」「結婚式のドレスが・・・」「柵が・・・」「村長の機嫌が・・・」


「勘弁してくれ。」

 前の世界を思い出して、げんなりするが、これも仕方がないことだ。


「すべては、レスだ。レスのためだ。」

 そう言って、震える手を板に伸ばすが、途中で力なくその手を落とした。


 俺は、おつかいハンターを取得したが、レベルだけは上げられなかった。あまりにも恐ろしかったのだ。

 もし、レベルを上げたことで、マイナス要素が追加されたらと思うと。



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