第3話 カレッジ




 目の前に広がるのは、草原。正面遠くの方に町があり、右手の町よりは近い場所に森がある。あとは、草原が続くのみだ。

 草原には、丸い半透明のものが時折ジャンプしていた。おそらくスライムだろう。


「本当に来ちゃったわね、異世界に。」

 俺の視界に、手のひらサイズの妖精カメリアが入り込む。


「ま、来てしまったものはしょうがないわ。これから7日間、よろしくね。私は力がないけれど、この世界の勉強はしているから、ガイドくらいはできるわ。」

「俺は、7日間だけの付き合いのつもりはないぞ?それに、あなたを成長させ、共に旅の仲間として生活していくつもりだ。」

「・・・何を言っているかわからないから、とりあえずこれから何をすべきか説明するわ。」

 現在使用中のアイテムは、俺が妖精の姿を見て、声が聞こえるかつその言語を理解できるというものだ。俺の言葉は、妖精のカメリアには伝わらない。


「そうね、まずは身分証があった方がいいわね。まずはあの町に行きましょう。とりあえず、冒険者ギルドにでも入って、身分証を発行すればいいと思うわ。商人ギルドとかでもいいけど、この世界の勝手がわからないうちは、冒険者ギルドが無難だと思うわ。」

「そうか。ここにもギルドがあるのか。だけど、とりあえず金を確保しておきたいな。まずは、森に行ってみるか。」

 俺は、手ぶりで森に行くことを伝えた。


「あんた、馬鹿?」

 呆れたという表情で俺を見るカメリア。何か間違えただろうか?


「あそこはね、強い魔物がいるの。どうしても森に行きたいなら、町の向こう側にある森にするべきよ。いいえ、まだ森に行くべきではないわ。この草原に出る魔物で戦いに慣れてからがいいと思う。あんたは、戦いとは無縁の世界で生きてきたのだから、まずは戦いに慣れてくれる?」

「あ・・・いや、それはそうだけど。俺、一応異世界に来るの2度目だし、前の世界で魔王まで倒したから、慢心するわけではないが戦いには慣れている。」

「戦ってみたいというのはわかるけど、それで死んでは元も子もないわよ。」

「まずいな。全く通じない。・・・とりあえず、戦っているところを見てもらえばいいか。」

 俺は辺りを見回して、手ごろな木の枝を見つけてそれを手に取った。振り回して使えるかどうかを確かめる。


「何子供みたいなことをしているの・・・あぁ、剣だと重くてまだ振るえないのね。そこからなのね・・・」

「いや、この辺にいる魔物で剣を使うとか、オーバーキルだろ。」

 俺はスライムらしきものを探して、見つけると走り出した。


「ちょっと!」

 背後でカメリアが怒鳴る。

 それを無視して、俺はスライムの目の前まで来ると木の枝を突き刺した。木の枝は、スライムの核を砕き、やがてスライムは液体となる。倒したようだ。


「え、嘘。しかも、木の枝で?」

「ま、スライムだしな。」

「あんた、何者なのよ。その魔物はね、草原の支配者と呼ばれるスライムよ。」

「こっちでもスライムって言うんだな。でも、草原の支配者ってなんだよ?まさか、これはボスだったのか?」

「騎士でも倒せるものは少ないほどの魔物よ。」

「は?」

 あっけにとられた。スライムが騎士でも倒すのが難しい魔物?嘘だろ。初心者用のモンスター代表がスライムだろ?


「魔法攻撃は一切効かない。物理攻撃にも耐性があり、なおかつ自動回復をしてしまうから、斬っても斬っても倒すことは不可能と言われる魔物。あんた、なんで倒せたのよ。一撃で、しかも木の枝で。」

「強すぎだろスライム!ま、倒せたのは、核を破壊したからだよ。何、その知識は世界にないわけ?」

「確かに、核を破壊できれば、倒せるわ。でも、スライムの体内に鉄の剣を入れただけで、一瞬で溶けるわ。だから、スライムを倒すのは伝説級の剣を使うしかないのに・・・そのはずなのに。」

「もったいなっ!スライム相手に、伝説級の剣!?嘘だろ。」

「やっと気づいたようね。おそらく、あんたは特別な力を持っている。」

「・・・そういえば、俺自身に鑑定してなかったな。」

 俺は鑑定を使う。


名前の欄には「セキミヤ」としか書かれていない。種族はもちろん「人間」。そして、称号の欄だが、流石2度目の転移者と言ったところか。埋め尽くされる文字に嫌気がさす。


「うわー。勇者って付く称号だけでも3つもあるぞ。」


 憎悪の勇者


 役割を終えた勇者


 勇者候補(2)


「称号がひどすぎる。なんだよ、憎悪って・・・しかも役割終えてからの勇者候補(2)ってなんだよ。」

 確か前の世界では、勇者候補から勇者と代わって、最後に希望の勇者となっていた。それから見ていなかったので、変わったのだろう。おそらく、希望の勇者からの憎悪の勇者で、元の世界に帰った時に役割を終えた勇者が新たに付いた。そして、今回また勇者候補が付いたのだろう。


「さっきから何をぶつぶつ言っているの?ま、良かったじゃない。強いならこれから生きていけると思うわ。ただ、油断禁物だからね。まぐれだった可能性もあるし。」

「あぁ、そうだな。ゆっくり見るのは後にして、森に行こう。」

 しっかり見た方がいいとは思うが、今日中にすることがありすぎる。つまり、時間がないのだ。

 歩き出した俺に、飛んで並ぶカメリア。


「それにしても、残念ね。スライムを倒しても、何も残らないのだもの。ただ強いだけの、何のうまみもない魔物ね。」

「それはそうだな。ま、レベル上げにはちょうどいいが。」

「あぁ、でもカレッジが入るか。」

「カレッジ?」

 経験値のことか?


「これも説明するわ。青の指輪に魔力を送って。」

 青の指輪はボスからもらった物だ。他に緑の指輪もある。

 とりあえず、言うとおりに青の指輪に魔力を送った。すると、青の指輪が輝いて、そこから半透明の板が出て目の前で浮いていた。

 板に書かれた文字を目で追う。読めそうだ。


「右上に手持ちのカレッジが表示されているわ。それを消費して、スキルを得ることができるの。ま、買い物する感じね。」

「ふーうぅうん!?なんだよ、もうカレッジ1万もあるぞ!?特典か?転移特典か?」

「何驚いてってぇえええ!?1万・・・嘘でしょ。あぁ、でも、スライム倒したし・・・うん。これくらいが妥当じゃない?」

「スライムが・・・金の卵だ。」


 カサカサ


 そこへ、金の卵であるスライムが横切った。もちろん、瞬殺する。


「うそ、また倒した。」

 板を見れば、カレッジはまた増えている。


「うまいな、スライム。」

 ここら一帯のスライムをすべて狩ろうかと思った俺だが、頭を振って歩き出す。


「時間がないんだった。宿代にもならないカレッジより、金だ。今必要なのは金だ。」

「え?スキルはとらないの?」

「それは夜やる。昼は、できるだけ魔物を、金になる魔物を狩る。」

「?」

「とにかく森に行く。通行税に、ギルド入会金、宿代・・・金はいくらあっても足りないからな。野宿は流石に嫌だし。」

「よくわからないけれど、切羽詰まっているようね。」




 森に来た。

「なんで森に来るのよ!強い魔物がいるって言ったわよね!あのね、スライムとは違うの。あの魔物は基本温厚だから襲い掛かってくるなんてことめったにないわ。でもね、この森にいる魔物は好戦的なの。わかったら、早く出ましょう!」

「なら獲物に事欠かないな。流石に枝では無理か。」

 俺はアイテムボックスに枝をしまう。今度スライムを狩るときに使う予定だ。

 アイテムボックスも指輪と同様ボスからもらった。無限とは言わないが、地球一個分なら入ると言っていた。それを俺は無限と思う。ちなみに重さはだいたい1㎏くらいで、どんなに入れても変わらない。


「だめよ、出ましょう。あんた、剣なんか振ったことないでしょう?重いのよ、剣。」

「・・・言葉が通じないと不便だな。」

 俺は腰にある剣を抜いて、その場で振るう。


「・・・剣道部にでも入っていたのかしら。」

「いや、剣道部では剣は振るえないだろ。あいつらが振るうのは竹刀だ。」

「でも、だめよ。」

 俺の腕を、小さな手が掴み引っ張った。びくともしないが。


「腕に覚えがあるからなんて、思ってはダメよ。実際の戦闘は違うのだから。」

「いや、だから戦ったことあるし。」

「試合なんて、人としかしてないでしょう?獣や魔物では勝手が違うのだから。」

「だから、俺戦ったことあるから。獣も魔物も・・・たくさん、殺したことがある。」

 ジェスチャーで伝えようとするが、全く伝わらない。どうしたものか。


 ガサガサ


 そこへ、音をたてて現れた魔物に、俺は内心親指を立てた。

 クマのような魔物。こいつを倒せばわかるだろう。俺は剣を抜いて構える。


「逃げなさい!」

 そんな俺の前に、カメリアは盾となるように来た。そして、手を前に突き出し叫ぶ。


「アイスボール!」

 カメリアの手から、瞬時に氷の弾ができたと思うと、魔物に向かって飛んでいく。だが、それを魔物はあっけなく手で振り払った。地面に叩きつけられた氷の塊が、砕け散る。


 俺はそれをただ見ていた。衝撃的だったのだ。カメリアが、俺の前に出たことが。いや、俺のことを誰かが守ろうとするなんて、思っても見なかった。


「何をしているの!早く逃げて、時間は稼ぐわ!」

 またもや驚かされる。どうやらカメリアは、俺を守るために自分を犠牲にするつもりらしい。なぜ?

 会って、たった数時間の俺たち。そんな命をとして守るほどの関係は、ない。


「アイスボール!アイスボール!アイスボール!」

 次々と繰り出される魔法だが、全く魔物に効いている様子はない。すべて叩き落される。


「カメリア、さがって。俺が倒すから。」

「行きなさいよ!魔力切れになったら、もう魔法は出ないのよ!」

「だから、俺が倒すからっ!」

 言葉が通じないので、言っても無駄だと判断し、俺はカメリアの前に出た。


「やめなさい!」

 悲鳴のような叫び。それが嬉しかった。


 俺のことを、心配してくれる存在。それは、なんて良いものなのだろうか。


 俺は上に飛び、剣を振り上げた。魔物はすぐ目の前だ。

 剣を振り下ろし、魔物を斬りつける。血のにおいが鼻をついた。


 地面に着地すると同時に、後ろへ飛び去る。


 大きな音をたてて、魔物は倒れた。


「え。」

「カメリアのおかげで楽に倒せたよ、ありがとう。」

 魔物の動きが鈍かった。おそらく、カメリアの氷の魔法攻撃のおかげだろう。見れば、魔物の体は若干凍り付いていた。アイスボールにこのような効果があるとは。


「えぇえええええええ!?倒した?倒したの?なんで、嘘でしょ!」

「面白い顔だな。・・・さて、この皮を剥げば売れるかな?」

 魔物の死体に近づき、剣を突き立てた。


「ちょ、死んでるから!もう死んでるから!」

「いや、知ってるよ。でも解体しないと、売れないし。」

「どれだけ用心深いのよ!傷つけじゃダメだって、商品価値が下がるじゃない!」

 その言葉に手を止めた。なら、どうしろというのだ。


「ふー、話を聞いてくれるのね。さっきのカレッジを使えば、「解体」のスキルを得られるはずよ。それを使えば、時短にもなるし、商品価値も下げなくて済むわ。」

「そんな便利なスキルがあるのか。」

 板を出して見てみれば、確かに解体というスキルがあった。即取得して、説明を読む。すると、レベルアップのボタンがあった。


「スキルにレベルがあるのか。」

「そうだ、レベルアップもするといいわ。2万カレッジもあるのだから、じゃんじゃん使ってサクサク行きましょう!」

「カメリアは、散財家だな。ま、サクサクは大事だよな。」

 レベルアップのボタンを押しまくり、レベルマックスにする。すると、カレッジの残量が100ほどになってしまった。


「なっ・・・いつの間に。」

「本当にじゃんじゃん使ったわね。あんた、無駄遣いするタイプでしょ。」

「ま、いいか。サクサクのためだ。時間がないし・・・」

 もやもやとする思いを抱えたまま、俺は改めて魔物の死体の前に立つ。


「解体」

 そう言いながら、剣を突き立てる。すると、剣が軽くなり、瞬時に魔物が毛皮と石になった。


「早っ!」

「わー、流石マックス。あ、今更遅いけど、剣より解体用のナイフを使った方がいいわよ。ちょっと剣がボロくなったわね。」

「・・・本当だ。」

 見れば、新品だった剣は刃こぼれしていた。


「解体用のナイフなら、武器の消耗をおさえられるわ。」

「ま、別にいいけどな。剣は買い替えるつもりだったし。」

 俺は剣を鞘に戻して、毛皮と石をアイテムボックスにしまう。


「石の方は、魔石と呼ばれるもので、換金するか使うかのどちらかね。おすすめは換金。魔力を回復させる目的に使えるけど、効果が薄いからね。素材として使うのもありだけど、お金がないと何もできないわ。」

「やっぱり金だよな。これだけでいくらになるかわからないから、もっと狩っとくか。」

 森の奥へと進む俺を、カメリアが止めた。


「もう行きましょう。それだけあれば十分よ。いい加減町に行きましょう。」

「これで足りるのか?」

「夜になれば町に入れなくなるの。ほら。」

 俺は、引っ張られるようにして森を出た。特に逆らう気はなかったからだ。


「それにしても。」

 前を行くカメリアを見た。


 俺より小さくて、力のない妖精。俺が守らなければならない存在だろう。

 でも、彼女は俺を守ろうとしてくれた。それに心が温かくなる。


「カメリア、これからよろしくな。」

「何?どうしたの?あぁ、冒険者ギルドのことでも聞く?」

 そう言って、説明しだすカメリアに苦笑いする。


 言葉が通じないって、面白いな。



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