26話 お久しぶりですか。

通勤中。

いつものように歩いて会社へ向かう途中。





適当なことを考えながら歩く。


今日の仕事のこと。

今日の昼飯のこと。

まあ、いろいろ。


考えても特に進展はしないが、

頭の中はゆっくりと回っているような気がする。


要するにぽけーっとしている。

ぽけーっとしながら歩いている。



もうそろそろ会社につく。


そう思いながら会社の前の信号を待っていた。












「お久しぶりです。」









ふいうち。





突然、若い女性が声をかけてきた。

若いといっても、自分と同じくらいの。


完全にふいを突かれた。






「こんなところで会うなんてびっくりです。」









私もびっくりです。

なぜなら、全く覚えのない人だから。





誰だ。

ぽけーっとしていた頭をフル回転させる。


誰だ。

その若い女性を観察する。


まず会社の人間じゃないはずだ。

そもそもスーツを着ていない。

いたってカジュアルスタイルだ。


誰だ。

結局全く分からない。


しかし止まったら負けだ。

私はその場で思い出すのを一旦あきらめ

口を開く。










お久しぶりですね。

こんなところで会うなんて。















秘技、オウム返し。


その場しのぎではあるが

相手が何者であるか分からない間は

相手に合わせながら様子を伺うしかない。







「会社この近くなんですか。」








彼女が質問をしてきた。

この質問で仕事関係の

知り合いである可能性は低くなった。


そして

敬語での会話が自然に進んでいることから

あまりよく会う人ではなさそうだ。


私は冷静に

目の前の会社が自分の仕事先であることを伝え

次の作戦に出る。








今日、仕事お休みですか。








とりあえず探る。

仕事に関してのヒントが得ることができれば

何者か分かる気がする。








「いえ、これから仕事です。あ、また今度食べに来てくださいね。」









おっと。これは意外。

職業は分かりそうだが、

それでも誰だか分からない。


飲食店勤務なのか。

私にそんな知り合いなんていただろうか。


全くピンとこない。



気のせいだろうか。

相手の顔が曇ってきた。

まずい。

私が覚えていないことがバレたのか。





とりあえず

また今度行きます。

と、引きつった笑顔で返す。


私はどこに何を食べに行けばいいんだろうか。




しかし

相手の顔は曇ったままに見える。



私はこの女性を思い出すことを完全にあきらめ

目の前の信号が青になることを全力で祈った。


早く会社に逃げ込みたい。

顔と名前の一致する人たちの元へ。



とにかくこの場からの退避を祈った。








すると

目の前の信号が青に変わった。


どうやら私の祈りは

国土交通省に届いたようだ。


じゃあまた今度。

そう言いながら信号を渡ろうとしたその時。





彼女は疑心に満ちた顔で私に尋ねた。











「あの。鈴木さんですよね。」











ふいうち。

本日二度目のふいうち。










私は中村です。











「あ!すみません。人違いをしてました!すみませんでした!」









彼女は赤面しながら

信号を走って渡って行った。







どうやら私は

答えのないクイズをやらされていたようだ。











私の頭は思考停止。

同時に足も止まっていた。



信号は点滅し

また赤に変わった。






















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