21話 真摯な紳士

呑みに行きたい気分。





そんな気分の時は仕事もサクサク終わる。

やはり目標があると、仕事の進みも違う。






定時頃。




予定通り仕事が片付いた。

よし。そろそろ帰るか。


帰る支度をしていた私に声をかけた人がいた。










「中村先輩。あの、これって…。」









4月に入ったばかりの新入社員。

仕事のことで質問があるようだ。


後ろ髪を引かれながら

とりあえず質問に答える。




真面目な青年。

礼儀正しい。

コミュニケーション能力も高い。


しかし、仕事が少しばかり遅い。

それでもかわいい後輩には違いない。




質問に答え、彼も納得したようだ。

それを見た

私はカバンと上着を持って帰ろうとした。









「あと、これなんですけど…。」









まだあるか。

まあ、いいだろう。


かわいい後輩に時間を割くのは

先輩として当然だろう。



その質問もサクッと解決。

私は再びカバンと上着を持った。








「あ、あと。すみません。この件は…。」









君の短所を一つ追加だ。

何事も小出しにするんじゃない。



プチ説教をしようかと思ったができなかった。


この真面目な青年は小動物のような目で私に質問をしてくる。

そうかと思えば

解決するとその曇った表情が嘘のように晴々とする。


相手は男だが、そのギャップにやられた。

こんなの絶対断れない。










その甘さが自らを滅ぼした。











その後も質問は続いた。

そして、立ち話もなんだからということで彼のデスクへ移動。


最終的には

私はその青年と仕事をしていた。

いつの間にか質問の域を越え、彼の仕事の手伝いをすることになっていた。





なぜだ。





私は自分の甘さを悔いたが、もうどうでもいい。

早く終わらせて呑みに行きたい。


それ以外何にもない。




ようやく全ての仕事が片付き

彼も私を解放してくれるようだ。


彼は私に感謝しているようだった。






「先輩。本当にありがとうございます。僕、要領も悪いし、仕事も飲みこみ遅いんでいっつも残業ばっかりで。今日は先輩が手伝ってくれて本当に助かりました。本当に。本当に…。ほんとうに……。」







いつの間にか彼は泣きじゃくっていた。








え。









目の前の状況が読み込めない私は

彼を落ち着かせて

とにかく帰って休むように勧めた。





自分も若いが。

こんなにも真っ直ぐな若者がいることに驚きを隠せないが、悪い気分ではなかった。


このあとに

呑んだ酒は幾分か美味く感じた。












翌日。


会社に着いた私は

すぐさま部長に呼ばれた。

誰もいない会議室に。



心当たりが全くない。

私にとって良いことではないことは

部長の表情で分かった。


会議室に入ると

部長が渋い顔をして立っていた。









「中村。お前が仕事熱心なのは分かるが、それを後輩にまで強要したらいかんよ。昨日、一年目の秋山がお前に泣きながら仕事させられてるって、秋山の同期から連絡があったんだよ。中村よ。新入社員を潰さないでくれよ。」












私はダッシュで秋山を連れてきた。

説明させるために。













しかし

ことの詳細を聞いた秋山は

責任を感じたのか、結局泣き出した。











俺のために泣かないでくれ。頼むから。

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